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決闘目前、コジマさん。


 そして、午後の授業はディミトリたち貴族組と合同の戦闘訓練だった。戦争が終わって二年が経ったとて、いつ再び戦火が降り注ぐかわからない。そのため、自己防衛も兼ねて貴族も使用人らも等しく戦う訓練は重ねて続けている。貴族といえど、戦闘向きの才能(スキル)所有者は多いのだから。才能を有意義に活用してこそ、貴族の矜持ノブレス・オブリージュなのだという。


「まだまだ~!」


 今日は剣を使った訓練。コジマさんも含めて全員運動着の上に防具は付けているし、剣も訓練用に刃を潰した物。だけど当然、叩かれれば痛い。


「まだだ、僕はまだやれるっ!」


 広いグラウンドのあちこちで、強制的に組まされたペア同士が打ち合いを続けている中、


「まだ諦めんぞ~!」


 コジマさんは対戦相手をすでに十五回、地面と接吻させていた。この対戦相手は午前の授業後にも話しかけてきた少年で、どうやらジョセフ――ディミトリの婚約者であるアイーシャ姫の護衛騎士を勤めている騎士侯爵閣下の息子らしい。名前はオスカル。これでも使用人らのクラスでは学力、実技ともに首席とのことだったが……コジマさんは片手間の打ち合いでも手が余っていた。


「手加減などいらぬ!」


 合同授業とはいえ、貴族と使用人がペアを組むのは基本的に厳禁(使用人らが貴族に遠慮してしまうため)これでも彼は、唯一コジマさんと組んでくれた相手なのだが……。


 そして十六回目の止めが決まった時、コジマさんはよそ見をする。少し離れた場所で、華奢な印象の銀髪の少年が相手を討ち取っていた。


 ――剣術の腕は人並み以上のようね。


 実際、コジマさんは彼が朝早くから訓練する姿を何度も目撃している。

 森に居た時も、暇さえあれば剣の素振りがしたいと表に行こうとしていたし、今朝もコジマさんがまだ日が昇らぬうちに起きれば、それよりも早く外で素振りをしていて驚いた


 それでも、到底自分に敵うほどではなさそうだが……だけど嬉しそうなエメラルドグリーンと目が合えば、彼は恥ずかしそうにはにかんでくるものだから。


「僕はジョセフ=リーチの息子――首席のオスカル=リーチだあああああああ」


 コジマさんは慌てて目を逸らして、十七回目を挑んでくる同級生の脳天に、少しだけ強く剣を打ち下ろしていた。




「コジマさん……本当に良かったの?」

「何がですか?」


 そんな午後の授業も終わり、放課後。決闘の舞台はそのまま同じグラウンドを指定された。砂を固めただけの地面が広がる、だだっ広いグラウンドの外周には、人だかりが出来ている。授業のあと、そのまま同学年の全員が物見遊山。さらに他学年の野次馬が増えている。

 対戦相手であるアイーシャ姫を除いて。彼女は着替えると言っては、一度席を外している。


 今は定刻の数分前。アイーシャが到着するまで、コジマさんはただただお喋りしながら待つだけだ。だけど、コジマさんもこの空き時間を使って着替えてはいた。いつもの家政婦ルックだ。ディミトリは「運動用の服を手配しようか」と提案したが、コジマさんは頑なに断った。必要がないから、と。


「こんな決闘受けちゃってさ? コジマさんには、何のメリットもないでしょ?」

「……あそこで拒絶しては、むしろアイーシャ殿下の顔に泥を塗ることになりますので」


 それは即ち、彼女と婚約しているディミトリを辱めることも同義。ならば、彼に雇われている家政婦としても失格に値する。なのでディミトリが良しとする以上、断る理由もなかったコジマさんなのだが――それでも、事前に確認しておくべきこともある。


「ただ殿下。私は勝ってしまっても宜しいのですか?」

「あ、やっぱり勝つ気なんだ」

「まぁ……」


 返答は濁しておくものの、本気でやれば負けることはないだろうと自負しているコジマさん。そんな相変わらず無表情な彼女に、ディミトリは説明する。


「アイーシャはアレでも神々の雷槌(トールハンマー)才能(スキル)持ちでね。俺のクラスでも戦闘系授業では負け無しでさ。時代が時代だったら、戦争の最前線に立っていたかもしれないお姫様だったんだよ」

「それは素晴らしいですね」


 言葉とは裏腹、だからどーしたと言わんばかりの淡々さに、ディミトリは苦笑を漏らして。


「だからコジマさんの好きにしていいよ。……他の仕事を紹介してもらいたければ負ければいいし」


 ――私の自由……?

 家政婦として、その曖昧さは一番困る命令だ。


「殿下はどちらに勝ってもらいたいですか?」

「……それは言えない」

「かしこまりました」


 なので再度確認したのに、ディミトリは答えてくれないから。


「では、私の好きにしたいと思います」


 ちょうどその時、定刻を知らせる鐘が鳴った。つまりそろそろ、約束の時間なのである。

 だけど、コジマさんはそわそわするどころか、準備も、準備体操すらもしない。

 そんな彼女より焦りだしたのはディミトリの方だ。


「ねぇ、本当に何も用意とかしなくていいの? ストレッチとか、俺も手伝うよ?」

「そうですね……そんなことより、私はやりかけの書類が気がかりです。こんなに待たされるなら、全部提出してくればよかったですね」


 着替えてくるついでに、コジマさんは学生課に寄っていた。それは制服などの嫌がらせの文句などではなく――復学にあたり、交わさねばならない書類がまだ残っていたのだ。


 ディミトリは眉根を寄せる。


「あ~、やたらのんびり対応されてたやつね。保証人の書類だっけ? 三人目ってやつ?」

「はい。殿下とジョセフ閣下のお名前はお借りしましたが、やはり血縁者のサインが必要とのことで――仕方無しに、兄に手紙を出そうかと。期日までに返事が来ればいいのですが……」

「お兄さん、今どこに居そうなの?」

「おそらく隣国ですね。二週間後の期日までに間に合えばいいのですが――」

「お待たせしましたわっ!」


 だけど、そんな呑気なお喋りタイムも終わりを告げる。

 彼女が歩くだけで、人だかりが捌けた。金の立髪ロールを靡かせながら、戦闘用(バトル)ドレスとでも呼ぶべき豪奢な姿の王女アイーシャ=デゼル=シェノンが悠々と歩いてくる。


「それでは、行ってまいります」


 それに、コジマさんはディミトリに頭を下げてから。彼女の反対側から、ゆっくりと歩を進めた。一陣の風が吹き、グラウンドに砂埃が立ち上る中。


 彼女たちは、向かい合う。


「ミーチェと別れの挨拶は済みまして?」

「それは必要ないかと」


 ただ、コジマさんは疑問符の答えを返しただけ。

 だけど当然、その返答はアイーシャの機嫌を損ねた。


「泣いても知りませんからね――ミーチェ、開始の合図をっ!」


 歓声が沸き上がる。その中で、ディミトリは彼女らの間に立って、構えるアイーシャと腹の前で両手を重ねたままのコジマさんを見比べて――小さく肩を竦めてから、声をあげた。


「ディミトリ=スヴェン=バギールの名の元に、これより決闘を行う――両者、始めっ‼」


 先に動いたのはアイーシャの方だった。


「無駄な時間をかける趣味はありませんの」


 駆けた彼女は、大きく砂の地面を踏みしめる。そして高く跳び上がり――太陽を後光に、その金の髪を煌めかせた。


才能(スキル)発動――っ!」


 可愛らしくも、凛々しい雄叫びをあげれば、その華奢な両腕の間に、バチバチと帯電する巨大な槌が現れる。その輝きは、太陽よりも眩しく。空が暗くなるような錯覚をその場の観衆らに覚えさせる。


 今や槌が振り下ろされそうというのに、コジマさんは「立派ですねぇ」と呑気に見上げるだけで。動こうとしない彼女に、ディミトリが声をあげかけるも。神々の雷槌(トールハンマー)から発せられた風塵と稲光の余波で、彼もその場に踏みとどまるのに精一杯の様子。


「し、死んでも知りませんからねっ!」


 まったく動こうとしないコジマさんに動じつつも、アイーシャはとうとう巨槌を振り下ろす。


「《神々の雷槌(トールハンマー)》あああああっ!」


 コジマさんに襲いかかる巨大な雷槌。誰もがそれに潰される彼女に目を背けかけた時――コジマさんの手には、いつの間にか銀色の泡立て器が握られていた。


 そして彼女は、小さく口を開く。


「ま~ぜまぜ」


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