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自殺専門!死神ガクさんに魂を!  作者: ゆあっしゅ
2/15

2 認められない男




何が愛だ。



何が正義だ。



何が国家だ。



何が金だ。



何が人間だ?



誰が人間だ?



俺は人間だ。



そうさ俺は人間だ。



人間と同じ人間だ。



なのに見ろよ。



人間が人間を裁いてやがる。



人間が人間を評価してやがる。



人間が人間を殺してやがる。



なぁ、馬鹿じゃねぇのか人間様よぉ。



てめぇらが俺を採用しないせいで、未だに簡単な仕事すらありつけやしねぇ。



もう誰も同じ人間である俺を認めようとはしねぇ。

俺の生きる道を絶つつもりだ。



馬鹿げてる。



くだらねぇ。



あーーくだらねぇ。



あぁ分かったよてめぇら。



だったらさ



ぶっ壊しちまえばいんだ。



世の中をぶっ壊しちまぉうぜ。

建物から人間から金から欲望からもう全部だ。


あぁ、俺にもっと莫大な金がありゃデッカいロボットでも作って街を焼き払ってしまえるのに。


世の中をぶっ壊す。


それは俺の可能な範囲で出来ることなんてたかが知れてる。


ムカつくやつらを殺したってつまんねぇよ。

すぐ捕まって例のくだらねぇ裁きに遭うだけだ。

それだけじゃ世の中は壊れねぇ。



俺は考えた。

小規模でも世の中をぶっ壊わせる方法を。


要は俺の抱える苦しみを出来るだけ多くの人間に痛感させればいいのさ。


俺を採用しなかった企業を片っ端から強盗でもしようか。


県庁にでも乗り込んでぬくぬくと暮らす公務員を殺そうか。



いや


関係ない人間がいい。


俺と関係ない人間。老人だろうが子供だろうが、俺と関係ない人間にしよう。

そして更に関係ない遺族が、もっと関係ない俺に悲しみや怒りを訴えるのさ。



そこで俺はそいつらにこう言うんだ。


怨むなら世の中を怨めと。


だから俺はガソリンが入ったポリ缶片手に出掛けたんだ。



地域住民が憩いの場として活用するこのデカいビルには、何やってんだかわかんねー会社やら図書館やら喫茶店やらコンビニやらがテナントとして入ってる。

最上階には県内を見渡せる展望台、大きめに設けられた多目的ホールには嬉しいことに

【地域社会に根付くより良い暮らしを求めて】と題したわけわかんねぇ催し物が開かれ、たくさんの老人たちが集まってやがる。


俺はその会場から少し離れた人通りの少ない通路で老人たちのはにかんだ笑顔を眺めていた。


図書館にでも訪れたであろう親子が、ポリ缶を持って突っ立っている俺の前を、汚いものでも見るかのように通過していく。

不思議そうに俺を見上げて歩く子供の手を、母親が強く引っ張る。



不審かい?

そぉだろう。

俺は不審者だ。

そうさ、さっさと子供を連れてビルから出た方がいいぜ。


もうすぐここは火の海と化すんだから。



俺はポリ缶のフタを回した。

ガソリンの臭いがこんなにも心地よく鼻を突く。

俺はゆっくりとポリ缶を持ち上げて、少しずつこぼしながら綺麗な床絨毯を汚していく。


高校生のカップルが俺の行為を不思議そうに見つめている。洗剤を撒いて絨毯の洗浄をしようとする清掃員だとでも思っているのだろうか。


2人は俺を止めることなく去っていった。


このビルの職員と思われる女が俺の傍を通過する際、『ご苦労様です』とまで吐き捨てていきやがった。



俺はさすがに呆れた。

この国には危機感というものが微塵も感じられない。

平和ボケしすぎている。


俺はめんどくさくなって、ポリ缶を振り回して残ったガソリンを自ら被った。



そこでようやく、歩いてきた背広姿の男がびしょ濡れの俺に問い掛けた。



「君…何…してんの……?」



俺は男に最高の笑顔を見せてやった。

頬を持ち上げるなどどれくらいぶりだろう。

この世の中に落胆して以来笑顔という顔の仕組みを忘れていた。


男は俺の笑顔と、やっと気がついたガソリンの臭いに、大きく息を吸い込んだ。



「だっ…誰かっ!!警察をっ…!警察を呼んでくれっ!この男ガソリン撒いてるぞっ!!!」



男の張った声に、誰もが動揺した。

そして俺を見る。

その汚物を見る目が、今の俺にとっては至福の眼差しだとまだ分からないのか?



「きっ君!何をする気だっ…!早まるなっ…こんなことしても君っ…!」



俺を止めようと近づく背広の男に、俺はポケットから取り出したジッポを突きつけた。



「っ!!」



そうだ。

その顔だ。

驚いただろう?

怖いだろう?

俺はその何倍もの苦しみを背負ってきたんだ。



「こぉゆぅこと以外に何があるわけ?」



その言葉は俺にとって、世間への罵倒と、この世への別れとなる。



「死ぬんすかー?」



はずだった。



我に返ると、背広の男の後ろに黒い羽根が付いている。

説得しようと険しい表情で俺を見つめる男の顔は、何かを言いかけた半開きの口のまま止まっている。


この羽根は、男のものじゃない。



「ぴぃんぽぉぉん。大正解ー。」



場違いにも程がある浮かれたトーンの声の主が、背広の男の背後から顔を出した。



「どうもー。俺死神のガクでーす。」


「………………。」



声すら出なかった。

驚いたんじゃないさ。

呆れた。

こんな脳天気な野郎がいるから世の中はおかしくなったんだ。

俺はただただ呆れた。



「うーん。信じてないなー?」


「………………。」



信じる?

何をだ?

あぁ、死神とか言ったかこいつ。

死神だか悪魔だか何ほざいてんのか知らねーけどこういう馬鹿はシカトに限る。

俺は構わず親指でジッポのフタを弾いた。



ピンッ…。



「へぇー、いいの持ってんじゃん。あ、それから俺は悪魔じゃなくて死神ね。」



そこで俺はようやくこの羽根がついた男を疑い始めた。



悪魔?

俺はこいつに会ってからまだ一度も言葉を発していない。

何故俺の思ってることが分かった。



「死神だからさ。俺には何でも聞こえる。何でも見える。…あんだすたぁん?」



まさか。

そんなことがあるわけない。



「あるんだなぁーこれがまた。」



何だ?

何が起きてるんだ?



「死神が現れて時間が止まってるんだ。」



は?


俺は辺りを見回した。


背広の男の声でこちらを凝視する通行人や、早々と危機感を感じて逃げだそうとする老人たち、そう言えば、止まっている。



時が、止まっている。



「俺の仕事はね、今から死ぬ君の魂を預かることだ。あの世ってのはさ、生まれ変わろうとする魂たちがたーくさんいるわけよ。

その為には、君みたいに生命を途中放棄した魂のエネルギーが必要なんだ。

つまり、君が死ねば、誰かが生まれる。

素晴らしいサイクルになってるわけ。

分かったかなー?」



怖くなってきた。

こんなこと予定にはない。

こいつは警察か?

俺を捕まえに来たのか?

今の警察には時間を止める技術まで持ち得たというのか?



「だぁかぁらぁー、死神だってば。警察でも救急隊員でもねぇよ。

別に君をどうしようとも思ってねぇし。

ただ魂の寄付だけ約束してくれりゃあ別に用はねぇよ。」



やけに整った顔の男は俺を冷めた目で見つめている。

何を言ってる?

こいつは今何を言ってる?

俺の魂?

俺をここで処刑するつもりか?

待て、俺はまだ事を果たしていない。



「はぁー、どぉ言えば分かってくれっかなぁー。」



何だ?

何故溜め息をついている?

俺はどぉなる?

こいつに連行される?

俺はどぉなるっ?

警察に捕まるっ!?俺はどぉなるっ!?


ここで死刑になるっ!!!!?????



「ちょっちょっ、ちょー待て、早とちりもいいとこだ。殺したりなんかしねぇよ。聞いてた?死ぬなら魂くださいって言ってんの。」



俺はっ!!!


捕まるっ!!!!


俺は恐ろしくなってジッポの石を転がした。



カチっ


カチっ


カッ


カッ


カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……



「灯かねーよ。」



カチっ!


カチっ!



「灯かねーってば。」


「はぁっ…はぁっ…!な…な…っ…!」



動悸が止まらない。息が出来ない。

怖い。

怖いっ!!


すると突然ジッポを持つ俺の手を、死神の手が勢いよく握った。



「灯かねーっつってんだろ。俺がいる限り火は灯らねぇよ。

なぁ、そんなに怖いか。そんなにこの世が怖いか。」


「はぁっ…はぁ…な…な…に…?」


「怖いんだろぉ?自分の思い通りにならない世の中が。」


「はっ…はぁっ…なん…だとっ…?…はぁ…!」


「お前がこんな行為に至るのを何のせいにした?お前は世の中のせいにした。

何をやってもうまくいかない、何を言っても認めてもらえない。それが何故だか考えたことがあるか。」



その表情は、脳天気に現れた当初とは打って変わり厳しかった。

俺を、その美しく整った顔で睨む。



「誰のせいでもねぇ。てめぇのせいだ。」


「っ…!!」



何故だ。

何故こいつは俺を睨む。

今何て言った。

俺のせい?

俺が悪い?

俺が何故悪い!!



「お…れは…悪くねぇっ!!」



俺の手の骨が砕けそうなほど、死神はその手で強く握ったままだ。



「お前は社会に認められず事がうまくいかないからって何をした?

何もしてねぇだろ。

世の中の人間っつうのはな、1人として同じやつはいねぇ。裁く人間もいりゃあ裁かれる人間もいんだ。

正しいと思うやつもいりゃ悪いと思うやつだっている。

成功するやつがいりゃ堕落するやつだって、全てが人間なんだ。

全てが生きてんだよ。

お前だって生きてる。お前だって人間だ。

それはこの世にたった1人しかいないお前なんだよ。

だったら、そんな掛け替えのない自分をてめぇで認めたらいいじゃねぇか。」



自分で…認める…?



「人に認められるだけが人間じゃねぇ。

そんなことよりも大事なのは自分に自信を持つことだ。お前にはそれがない。

うまくいかないからって生きていくことを怖がるなんざ自分に自信がねぇ証拠だ。

だから人を傷つけたくなる。

自分より優れた人間をな。

だがそんなことしたってお前はさらに認められねぇ。死んだってただ地獄に落とされるだけだ。

だったら、自分の可能性を信じて1からやり直したらどーよ。

ここまで言ってもわかんねーならよ、他人を巻き込んでねーでてめぇ1人で死ねや。」


「………………。」



俺は反論する言葉を持ち得なかった。

死神の言うことが正しかろうが誤りだろうが、肯定するべきも否も分からなかった。


俺はただ、怖かったんだ。



「怖がらなくてもいい。お前はお前だ。

1人の人間だ。その可能性は未知。

他人は愚か自分でも分からない。それを見出す為に人は生きるんだ。誰もが、お前と同じなんだよ。」




俺と、同じーーー。


俺、だけじゃない。



死神はゆっくりと俺の手を離した。

よほど強く握られていたのか、骨が軋むように痛んだ。

死神の手の支えを失った俺の体は、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。



「君には二つの選択肢を与える。一つはこのまま自身に火を付け死んで魂を寄付。

一つは…その立派なジッポを遠くに投げる。

ま、前方を選ぶなら俺の説教は意味なかったことになるけどね。」



改めて辺りを見回した。

さっきの母親は子供を抱きかかえてこの場を走り去ろうとしている。


集まっていた老人たちは、逃げる者、誘導する者に別れ互いに助け合って生きようとしている。


ここにいる全員が、いや、この世の中の約60億といわれる全ての人間が、俺と、同じ、人間。

みんな、生きるために生きている。


俺は、生きるために、何もしていない。



「最後の質問だ。よく考えて、覚悟して答えろ。」



ガソリンを被ってずぶ濡れの汚い俺を見る死神の目に、僅かだが暖かさを見た。



「死ぬんすかー。投げるんすかー。」



俺はジッポを見つめて答えた。



「投げ…ま…す。」



────────────



「キャぁーーーーーーーーーーーーー!!」


「お…落ち着きなさい、ね、今ならまだやり直せる、ね、それ…火、よこしなさい…。」



気がつくと、死神が去って時間が戻っていた。

フロアはパニックで、背広の男は尚も俺を説得している。

だが俺に与えられた選択肢にジッポーを差し出す項目はなかった。

俺は死神への敬意を表すため、男の要求は飲まなかった。



「あっ!!」



1階までビルを突き抜ける吹き抜けに、俺の投げ出したジッポーは落ちていった。



───────


ガクは現場に駆け付けた警官に連行され、パトカーに乗り込む男の姿を、ビルの屋上から悔しそうに眺めていた。



「うぅん…俺このままじゃ死神クビじゃねぇか?こんなに…生きる道促してどぉすんだ…クソ…。」



とは言いつつ、生を選択していずれ死神の存在を忘れゆくであろう男に、自分の顔が少しだけ微笑んでいることに、ガクは気づいていなかった。




人間にはどうしようもない苦の瞬間がある。

金銭での失敗。

男女関係のモツレ。

自分以外の人間を傷つけた時、また殺した時。


それが自ら命を絶つ死へと発展してゆくなら、是非協力してやってほしい。

死神屋さんのガクさんに。

アナタの力で生を受ける魂たちに。



TO BE CONTINUDE…


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