再会!もう離さない!
交差点の中央にポツリと立ち尽くす私を睨み付けて邪険にする人もぶつかる人も居なかった。正確にはもう何回もぶつかっているはずなのだが私の身体がすっかり透けているので痛い思いをすることはなかった。
同じ世界に存在しているように見えるが、アンテナが受信できないラジオのように決して近づいても干渉は無駄らしい。
当然誰からも認識すらされていないまま置いてきぼりにされたのだから生まれたての赤子のように誰かに助けを求めたいが誰も助けてくれないだろう。
「死んでも除け者かよ」
自分のやりたいことが見つからないまま私怨で肉親の母親に殺されて、死んだら終わりと思っていたら意識だけははっきりしたままの状態で生前の世界に野放しだ。
生きていた頃に何がしたかったとか夢とか希望もないから後悔はない。それならば今ここにそのときの肉体が存在しているのは何故だろう。血塗れになったはずだろう。とっくに肉体は風呂場に放置されてハエが集って亡骸になったはずだろう。精神が自己認識と大きくズレた現状を今となって少しずつ理解してきたのだろうか。
迫り来る気持ち悪い感情が私の胸をいっぱいに満たした。
呼応するように晴天は少しずつ表情を変えていく。
――ポツリ。
ポツリ。ポツリ。ポツリ。
「なんなのよ……もう!」
銃弾のような速度で激しく地面を殴りつける土砂降りの雨。
電車の走行音が、おぼろげな雨空の下に佇み、不協和音を鳴らしながら、大都市中に穏和に響き渡っていく。
道行く人々は相変わらず顔を伏せたままで、前方など確認せずに駆け足で浅い浅い海を渡る。 時折、誰かとぶつかりそうになるも、亡き者として通り抜けた。
勢いで大きく転んだ人が居ても、人混み付近でスリップしそうな車両があっても、誰一人として、互いが互いの状況など気に掛けるこどない。
それぞれの目的地へと必死へ向かう姿は、何時からか変化した、現代の利己主義な社会を風刺しているようで滑稽さすら窺えた。ここが地獄だって? 生きていた世界と何も変わらないじゃない。
「……あれ」
何気ない風景の中に異様な存在感があった。それは……小さな、小さな違和感として、日常に溶け込めずに立ち込んでいた。土砂降りの雨が止むよう、出来るだけ人気のない店舗用のテントの下で。
見覚えのある少女。だが、生きることに疲れ切った無気力な虚ろな目も、今にもその場で倒れ込みそうな安定のない佇まいも、到底その容姿からは窺えないだろう。
何の為に生まれて、何故このような境遇でいるのかきっと彼女には思い出せないのではないか。
過去に何があったのか、誰から生まれてどのような環境で育ったのか、好きな音楽も、リンゴの味も、特技も趣味も夢も――楽しかった記憶など、カケラもないのではないか。
彼女の心はとっくに――生きることを諦めていた。
しばらくの間、降り注いだ雨の音は小さくなりやがて音と共に消えた。彼女は大きく背伸びをして歩き出そうとした時。それを待っていたかのように灰色の雲から、突如別の何かが降ってきた。
「――寒い」
雪だ。白く明るい雪が、曇天から小さな妖精のように少女達の周りに降り注ぎ始めた。
今すぐにでも消え入りそうな雪が彼女の頬をそっと撫でた。
なんだろうか。この光景は。
その少女の立ち振る舞いも、孤独を感じさせる目も全部――
止む気配のない雨が雪に変化したという事は、傍近の温度はますます冷えていった事を意味するのであって。天が何処へも行くあてのない彼女を見放しているのであって。
身体も心も芯まで冷え切った、小さな少女にとってはどれだけの苦痛だろうか。
いつかは、雨は止むものだろう。雪も砕けるものだろう。だが、この一向に晴れ間のない人生……永遠と続くように覚える長い長い岐路に、果たして転機は訪れるのだろうか。
いつかは、灰色の空に見える裂け目から光が覗くように、彼女の人生にも光は――差し込むのだろうか?
違和感の正体に気付く。
その少女は――私自身なんだ。
遠い、遠い、母から置いていかれた居場所のない少女こそが私なんだ。
一瞬、空が彼女の白い頬を優しく照らすような感触を覚える。
だが、それも儚い幻想であった。首を上げ、空を見上げても、黒雲が光照らされる青空を覆い隠し、止むことを知らない雪が下に舞い降りていくだけの光景が続く。
「――辛い、なぁ……」
賑やかな空間に、決して誰にも聞かれないように、弱音を零した。
人々は気付かずに、止まることを忘れて歩き続ける。何処か遠くの糸に引っ張られるように――気付いているだろうが誰一人として相手などにはしていない。
気持ち悪い程に、人間の自己中心的な、「判断」や「行動」なんかよりも、彼女は自身が生命を授かったことに対する憤りを感じた。他の誰でもない――自分自身に。
「――進まなきゃ」
だけれど、身体は呼吸することを止めない。震える足はここで死んでたまるか、と前方することを促している。
やがてその少女の姿はどこにも見えなくなっていた。
――そっか。それでも生きたいんだ、私。
今は希望のカケラも何も残っていないけれど。
フラつきながらも体勢を整え、白で覆われた都市に足を踏み込んだ。
雪解けを信じて。
「この歳で毎日こんなに頑張っていると思ったけど、この様子じゃ自立はまだまだね」
聞き覚えのある声だ。
周囲に群がる老若男女の中でも、あの声を聞き逃すほど私を失っていた訳ではない。
せっかく踏み出そうとしていたのに……この人だけはやめてよ。
――振り返ってしまうじゃん。
人混みの中を掻き分けていき声のなる方へと歩を進めていく。今となっては死んでいるはずなのに、この幸せな生き心地はなんだろうか。
「みくる……」
「よっ」
忘れもしない。親友の姿をこの目で捉えた瞬間、目から涙がこぼれた。
久しぶりに出会った親友を前に言葉が出てこない。
「まだまだ未熟者ね、しょうがないんだから」
――ああ、言葉なんて不要だ。
みくるは優しく私を抱きしめる。あらゆるものを透き通し、受け入れなかったはずの私の肌は、誰よりも一緒に居て、ずっと傍で見てくれた親友を感じ取った。
自分は生きているんだという温もりを強く、強く、感じ取った。
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