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試み的作品シリーズ

成仏して欲しくば魔女学校に行けとおばあちゃんが。

作者: 香坂くら


「コンコン」


 羽黒真白が越してきた先の、部屋のトビラが叩かれた。


 彼女の新居は新入学生用の格安物件で、階下は界隈の教会関係職員がボランティアで運営する職業安定所。様々な人種や境遇の者が多数出入りしていた。

 恐る恐る開けると、立っていたのは見知らぬ女子だった。


「どちらさまですか?」と問う声には警戒色がにじんでいる。現に愛用の魔法の杖を左手にしっかり握持っている。


「あたし、隣の部屋の赤井茶緒って者や。あなたも今日引っ越ししてきたんやろ? 実はあたしもやねん! どーぞヨロシク!」

「はぁ。わたしは羽黒です。羽黒真白。よろしくお願いします」


 半開きにしていたトビラの隙間から押し込むように差し出されたものがあった。


「コレ、引っ越しソバ。――えーと、村に住む母が『ご近所に配りなさい』って。はいどーぞ」


 受け取った真白はちょっと考えるふうに眉を寄せてから「あ」と声を出し、「ち、ちょっと待っててください」と小走りで部屋の奥に引っ込んだ。

 ガタゴトとなにやら物音を立てた後、「わー」とか「あー」とか悲鳴に似た叫びを上げつつ玄関に駆け戻ってきた。彼女の後ろで無数の紙類が舞った。


「こっちも引っ越しソバ買ってたはずなんですけど……あのその……スミマセン、後でお持ちします」

「やったら今から市場(マルシェ)に一緒に行かへん? まだ行ったコト無いやろ? 家財道具や調理器具なんかも要るやろし」


 荷物の片付けがあるからと言い訳めいた断りをした真白だったが、赤井茶緒の押しは強固で「それじゃ帰ったら手伝うから」と結局連れ出されるはめになった。



◆◆



「な? 値引きの仕方とか、品ぞろえのいい店とか、これで分かったやろ?」

「有難う、ございます?」


 羽黒真白は食卓のテーブルを挟んで、快活にしゃべくる赤井茶緒を眺め首をひねっている。

 ナニユエわたしは引っ越し初日に素性の知れない女の人と食卓を囲んでいるんだろう。

 そう言ったところだろうか。


 一方の赤井茶緒は、硬い表情を崩さない真白にお構いなく、持参したソバと彼女から頂戴した返礼のソバを用意した鍋で茹で上げ、特売の海苔を刻み入れてご満悦の様子。


「ところで魔女学校の教科書はもう買ったん?」

「いえ。……入学式の日にまとめ買いします」

「式には何着ていくのん?」

「……えーと、これから決めます」


「ノンビリしすぎやで! 明日一緒に服屋さんに行こ。魔女学校なんやから、やっぱり由緒正しい制服を買うべきや」

「えー……? でも制服は強制じゃないし、だいたいデザイン古くないですか?」

「デザインやなくて格式。そして伝統。魔女学校はそういうところやで?」


 赤井茶緒の口はまるでマシンガンだった。せめて口の中に食べ物を入れている時は黙りそうなものだが、一瞬で喉の奥に吸い込まれているようで、全くトークの障害になっていない。


「そういうところ、ですか」


「真白、アンタも早く食べんとのびるで?」

「あの……あなた一体……」


 箸の手を止めた茶緒。


「ひひ。そんなコト聞きながら、あたしの正体、実はもう気付いてるんやろ?」


 お椀を置いた真白、急に唇をわななかせ、「まさか」とうめいた。


「ひとつ質問していいですか? 赤井……茶緒……さん、もしかしてわたしの誕生日、知ってるとか?」

「ウン。11月9日生まれのさそり座」

「どうしてわたしがレイシャル市街に引っ越して来たのかはさっき……アレ?」

「そりゃ王立魔女学校に入学するためやろ。……そうや! あの魔女学校に! よく決心した! もう鼻高々や! こんな嬉しいことは無いッ」


 満面に朱を注いで立ち上がる真白。混乱状態で魔法の杖を出現させた。


「……おお、その魔法の杖。大事に使ってくれてんのやな」

「うう、あなた……本当におばーちゃん?! なんで来たのッ?! どーして来たのッ?! わざわざ来たのッ?!」

「ご名答。あたしは黄緑アオ。アンタのばあちゃんや」



◆◆ 



 羽黒真白はおばあちゃんと二人きりで暮らしていた。


 幼少期に水害に見舞われて、父母とともに村ごと住むところを失くしてしまった。そのときは辛くも山間に逃げ延び、人里離れた場所に打ち捨てられていた猟師小屋を見つけて暮らし始めたが、直ぐに、祖父も山獣に襲われ、あっけなく死んでしまった。祖母とふたりだけになった。


 ふたり暮らしになってから、()()()()()()は変わった。

 草花山獣の生態をつぶさに観察し、採取と狩猟に明け暮れ、そのうちに魔女の端くれを自称するようになった。数々の妙薬を開発しては村や街に出掛け足を使って売りさばき、まずまずの評判を得るに至った。

 そのおかげで年中、小屋の中は食材や生活品の欠くことは無く、成長期の真白は、飢えや不便と無縁に過ごすことができた。


「真白。今帰ったで! 今夜はキノコ鍋や! ひひ!」


 世の人がすべて死に絶えても、祖母と自分だけは生き残るだろうと、真白は密かに自負していた。祖母は生命エネルギーのカタマリだと感じていた。


 そんな祖母の口ぐせは、


「もっと若ければ魔女学校に通えたのに」


 だった。


「魔女学校に行けてさえすれば、いっぱしの魔女称号を得て、こんな山間で人知れず仙人生活なぞ送らんで済むのに」


 と嘆いた。

 それがやがていつの間にか、「真白、魔女学校に行け」に変化した。


「オマエはあたしの血を継いで魔術魔法の才がある。ゼッタイに魔女学校に行くべきや」

「ヤダよ。わたし都会コワイもん。それにウチにはお金が無いでしょ!」


 ある日、真白がそうキレた事があった。あまりに口やかましく「行け行け」言われたので反発したのである。その後、祖母は、妙薬の研究、開発の仕事にますます傾倒していった。


 真白が13の歳を迎えたとき、唐突に祖母が告げた。


「街に行ったついでに魔女学校への入学願書、出しといたからな」


 当然、「勝手な事をして」とケンカになった。

 それに真白は知っていた。


「おばあちゃん、わたし知ってるんだよ? おばあちゃんが作ってる薬、ご禁制の麻薬なんでしょう?!」

「子供はそんな事知らんでええんや! とにかく合格するために真白はひたすら受験勉強しとったらええ! あたしは通いたくても学校に通えんかった。真白には魔女学校で一生懸命魔法の勉強をしてもらいたいんや!」

「そこまでしてお金貯めて通わなくちゃならない学校なんて無いッ、わたし絶対に行かない! 行きたくないっ!」


 その日からふたりは互いに口を利かなくなった。


 受験の日が近づき、流石に真白は気になり出し、祖母の見ていないところでこっそり勉強を始めた。何しろ生まれて初めて【受験】というものに挑むのである。祖母への反発心は未だあるものの、他方では夢あふれる若者らしく、向上心や冒険心が抑えがたく心中に根付き、育っていたのである。


 都合よくというべきか、祖母の帰宅はとみに遅くなっていた。どうせ自分に愛想を尽かして街の知り合い相手にウダウダ、愚痴でも漏らしてるのだろうと想像しては軽蔑し、また、そんな邪推に苛まれひどく落ち込んだりした。


「ドンドン!」


 あるとき、小屋のトビラが乱暴に叩かれた。

 ビックリして開けると数人の男らがいた。揃いの制服を着ている。


「アステリア領府の者だ。少し小屋を調べさせてもらうぞ」


 訪問者など珍しく、真白はパニックになりながらも、役人を名乗る男たちにどうにかその理由を問うた。すると、


「黄緑アオというのは、オマエの身内だろ。不法薬物の取引を行った疑いで逮捕した。この小屋から同種の物がでてくればオマエも同罪だ。覚悟しろ」


 しかしそのような物は一切出て来なかった。

 どころか貴重な薬剤の調合法を記した研究ノートなどが見つかり、役人たちは大層感心しつつ、「こんな重要な情報を埋もれさすのはあるイミ犯罪だぞ」とまくし立てて、手当たり次第に持ち去ってしまった。



◆◆



「あのときの役人らを見返してやりたいと思って。魔女学校に通うことにしたんですよ、わたし」

「見返すとは?」

「違法薬物の調合法なんて無いって言ったのに耳を貸そうともしませんでした。『田舎の小娘が出しゃばるんじゃない』と。それに『魔女や薬師でもないのに、分不相応なばあさんだ』って、祖母の悪口も言われて」


 赤井茶緒は「うんうん」と頷いた。


「その日以来、おばあちゃんが小屋に帰ってくることは無かったです。でも、今こうしてわたしの目の前に、おばあちゃんだって名乗ってる女の人がいる。名前は全然違うのに」

「いやぁ。いきなし最初から本人って名乗ったら相手にしてくれへんでしょ?」


「どうして今頃?」

「いやぁ。あらためて魔女学校への入学おめでとう。あたしはメッチャ嬉しいよ」


 引っ越しソバはまだ鍋に残っていた。()()()()()()に勧められるまま食を進めた。


「おばーちゃん。どうして小屋に戻らなかったの?」

「あたしはね、こう見えても今や有能な魔女研究員のひとりなんや! それにチョー可愛くて優秀な部下たちがいる。彼らを残して研究所を去るなんてできんわ!」

「……フーン。優秀でカワイイ部下……」


「中でも飛び切り優秀な子がいてなぁ。その子のためやったら孫の一人や二人……」


 椀のつゆをひとすすりし、真白が箸を置く。

 ジッと見た先に祖母(赤井茶緒)の視線があり、ガツンとぶつかった。


「おばあちゃん……黄緑アオはひょっとして死んだんですか? 答えてください。わたしのおばあちゃんは、死んじゃったんですか?」


 出し抜けの質問だったからか、赤井茶緒はとっさの返しを逸し絶句してしまった。ひたすら眼を白黒させているだけの彼女の次の言葉を、真白は根気よく待った。


 真白は、目前の女性が祖母ではない事に端から気付いていたのだった。


「――あなたのおばあさま、黄緑アオさんはある毒性の強い薬物の、解毒薬を開発していたんだ。自らの身体をを実験台にしてね。……申し訳ない事をした」

「どういうことですか?」


「昔、常習性のある不法薬物を製造して売りさばいていた彼女は、改心して良薬作りに目覚めたんだよ。このところ市中に出回っている常用薬の一割以上は彼女の開発したものなんだ。彼女は偉大な研究者だよ。……わたしたちはそんな優秀な人材に頼りきりになってしまった」


 黙って聞いていた真白は再び箸を取り、……また置いた。


「おばあちゃんは常日頃、『あたしに学歴があれば』と嘆いていました。才能を認められるのにも肩書きがとても大事なんだって」

「……そーだよね。だからあなたも感化されて魔女学校に進学したんだよね」


「アステリア領府の職員を名乗って山小屋を訪ねてきた人たちの中に赤井さん、いらっしゃいましたよね? 男の人の恰好(なり)してたけど。……それと魔女学校の試験のときにも試験官として」

「それ……いつ気付いたの?」


「試験のとき、オロオロしていたわたしを教室まで連れてってくれましたよね? さっき、ふと思い出しました。……ホント虚々実々の人たちばっかり。わたし、都会がますます怖くなりました。最近、別世界から来たっていう転生少女がウワサの的ですが、そんな荒唐無稽な話をちょっぴりだけど信じかけましたし。……赤井さん、おばあちゃんの口真似、とても見事だったです」

「そりゃ、いつも……いや何でもない」


 赤井茶緒は、深々と頭を下げた。


「わたしが領府の職員だってバレてた?」

「会話の途中からはっきりと。探り探りわたしに調子を合わせてしゃべるところとか、言ってるコトが唐突でおかしかったり、つじつまの合わないコトだらけで」

「うへ、そっか。わたし領府の職員みたいに言ってたけど、本当は魔女学校の研究員だったんだ。あのときは男どもに混じって必死に成果を出そうともがいてたからね。いろいろ暴言吐いてたみたいでごめん」


 真白の祖母が証言したらしい。実験結果を記したノートが小屋に蓄積されていると。それあれば解毒薬が完成すると。小屋に押し掛けたとき、研究員らは無名の年寄りの言葉を半分も信じていなかったという。

 そして解毒薬が完成。

 その日のうちに祖母は行方をくらませたという。孫が心配で山に帰ったんだろうと気にしなかったが、道端で倒れて身元不明で療治院に担ぎ込まれたと知った。

 赤井茶緒はうつむき加減に話した。


「臨終の間際、あなたのおばあさまに頼まれたのよ。『成仏して欲しくば魔女学校に行けとおばあちゃんが言ってたぞ』と。孫にそう伝えて欲しい……ってね」

「本当最後まで権威主義甚だしくてバカバカしい」


「そう言わないで。あなたのおばあさまは憧れてたんだよ? 魔女学校に」


 真白は一気にソバをかっくらい、赤井茶緒の腕を引っ張った。


「赤井茶緒さん。その名前は本名なんですよね?」

「うん。本名」

「隣に引っ越して来たのはウソなんですか? それとも本当なんですか?」

「それは本当。わたしはあなたのことを黄緑アオさんから頼まれている」


「それでは連れてってください」

「え、いまから? どこに?」


「おばあちゃんが埋葬されたという場所に。とっとと合格報告して成仏してもらわなくちゃ」

「そ、それは……」


 赤井茶緒の狼狽ぶりを目の当たりにした真白は、ニッコリして彼女のお椀を取り上げた。


「そろそろお開きですね。いい加減、おばあちゃんに成りすました本当の理由を白状しないと、ソバが伸びすぎてマズくなりますよ?」


 頭をかいた赤井茶緒は「度々ごめん」と苦笑い。


「あなたのおばあさまの研究ノートの最後にね、実はこう書いてあったの。『続きは孫の研究ノートを参照の事』。解毒薬の研究は二人三脚だったんだね。わたしはあの方の助手なんだ。そしてあなたはあの方の一番弟子。ちょっとやっかみも出ちゃったよ」

「才能があるとか調子に乗らせたおばあちゃんの巧妙な戦術です。おかげでこうして晴れて学生になれましたし、こうして赤井茶緒さんっていう人とも知り合えました。――じゃあ、連れてってください、おばあちゃんの所へ」


 祖母にお詫びをしたいと真白は言い、赤井茶緒はそれならお礼の言葉の方が良いと助言した。


「あんなに手前勝手でマイペースな性格なのに、いまさらケンカ別れした孫に会いづらいなんて。なんて面倒な人なの?」

「そのセリフさ、まんまおばあさまもボヤいてたよ? 『ややこしい孫だ』って」


 真白の頬が赤一色に染まった。


 ――春、祖母と孫のふたりは久しぶりの再会を果たして、仲直りの笑い泣きをした。

 

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