承 怪物と魔法使い
「死体にゃ」
かなり深い場所に新鮮な魔物の死体が多数転がっていた。どれも潰れるような死体であったことから、人の手によって殺されたものではないことは直ぐにわかる。
魔物の体長は平均2m程。動きが鈍い訳でもなく、人が対峙したら間違いなく負ける。勝てるとしたら不意打ちするか、訓練を受けた戦士か、魔法使いぐらいだ。
仮にそれらが偶然この場に居たとしても、潰れるような死体にはならない筈。また、この辺りに生息している魔物に、このような殺し方をする奴はいない。
「殺し……捕食じゃにゃい」
そう、魔物を潰して殺している。魔物たちが人や他の魔物を襲うのは食事をするため。だから殺す為に潰したというのは可笑しいのだ。
この遺跡の魔物と何度も相対したティフェニは直ぐに異常に気づいた。その異常からこれをやった存在を予想する。最深部の魔物も他を襲うのは捕食の為。つまり、栄養補給を必要とせず目の前の生物を殺す怪物が一番可能性が高い。
「まずいにゃ」
この遺跡に怪物が現れるとは思わなかった。
怪物とはそんなに頻繁に遭遇することはない。ティフェニの近くで出現したのも、スフィア家にいた時に2つ隣の街で出現した一回だけである。
街は一体の怪物で半壊した。
決して防衛隊とかがいなかった訳ではない。魔法使いが少数だがいて、訓練された戦士がいて、迎撃できる防壁があった。
それでも半壊した。
防衛設備などないに等しいこの街で、怪物が地上に現れたら間違いなく全滅する。
「直ぐに上に戻らにゃいと」
来た道を慎重に、かつ素早く戻ろうとティフェニは体を反転する。仲の良い人なんかいないが、知り合いが死ぬのは心苦しい。
キン……。
だが、ティフェニの背後から奇妙な音が聞こえる。加えて独特な気配が微量に波となって押し寄せてくる。
「これは……魔力?」
魔法使いの数は少ない。魔物も名前に魔とついているのに魔法は使わない。ティフェニは魔法使いを見たには妹のモニカぐらいである。モニカに何度も的にされたことでティフェニは魔力の感覚を嫌と言うほど刻まれていた。
だから僅かな魔力に気付くことができた。一般人なら気づかない異常に気付くことができた。
魔力が来る方向は最深部の方角。門番は魔法使いが入ったとは一言も言っていなかった。
「怪物に魔力。何が起きっているにゃ」
「何が起こっているんだろうね?」
声がして正面を向く。目の前には赤い目をした人間が立っていた。さっきまでいなかった場所に、いつの間にか赤い目の男が佇んでいる。
赤い目。それは怪物にしか持たない特徴である。
「怪物! 言葉持ち?!」
「何が起こっているんだろうね」
男が、否怪物の体が変化する。背中が隆起し、裂けると悍ましい顔が現れる。魔物の数倍、10mは下らない巨体へと変化していき、遺跡の天井が崩落を始める。
「ななななな何が起ここここここっているだろうね」
ティフェニは黙って立ち尽くすことなく、即座に逃走を始める。向かうには怪物とは逆の方向、即ち最深部の方向であり魔力がやってくる方角でもある。
「ににににげげげないでででで!」
その後を怪物は天井をと床を崩落させながら追走する。それは帰り道がなくなることを意味している。探せば別ルートで地上に行けるかもしれないが、あるとは限らない。
つまり、もう2度と遺跡から戻れなくなるかもしれないのだ。戻れるとしても追いかけてくる怪物をどうにかしなくてはならない。
その為にティフェニが行ったのは、最深部へ連れて行くことだった。怪物のことはよく分かっていないが、強い奴には強い奴をぶつければ良い。そう考えた。
道中で他の魔物になすり付けることも考えたが、この崩落の音を聞いて逃げ出していることは十分あり得る。実際、いつもなら魔物が大量にいる場所には何もいなかった。
「ハッハッハッハッ」
ティフェニは猫人と言えども、ずっと走っていられるほど体力がある訳ではない。だから直線で逃げ続けないで、下に飛び降りれる場所があったら躊躇なく飛び降りる。
猫人は着地が得意だから。
やがてティフェニが到達したこともないほど深い場所へまで下りてきた。未だに怪物は追いかけ続ける。
「もうもうもう少し!」
明らかに距離が縮まっている。それでも最深部にはまだ到達しない。ティフェニは死を覚悟する。このままでは怪物に潰される。
「にゃんで……こんなことに」
このような目に遭ったのは誰のせいだ? そう考えてまさきに浮かんだのはスフィア家の人たちだった。猫人だからと言う理由で痛めつけ、挙げ句の果てに捨てた元家族たちだ。
あいつらは今でも貴族として優雅な暮らしをしている。そう考えると怒りが込み上げてくる。
「恨んで……出てやるからにゃ!」
『24m先、右に曲がって』
叫んだ瞬間、声が届いた。頭の中に直接だ。それは魔力に乗って伝わってくる言葉、念話と呼ばれるものだった。
それに気がついたティフェニは、魔力の波が強力になっているのを感じる。いつの間にか魔法使いの近くまで来ていたのだ。
「ふにゃぁぁぁぁあああ!」
最後の力を振り絞り、止まりかけていた足を無理やり動かす。直ぐに指示された角につき、右へと曲がる。
『JUMP』
「ミャ゛ア゛ア゛ア゛!」
そこから先は道がなく、底が見えないほどの渓谷だった。地下へ遺跡をザックリと分ける渓谷、落ちたら猫人と言えども無事では済まない。
「ふにゃぁぁああ?!」
何とかジャンプは間に合ったが落ちることに変わりはなかった。しかも怪物も同様に渓谷へと落ち続ける。もう逃げる事はできない。
『よく頑張ったね。あとは任せて』
キラリと壁際で何かが光り、反応する前に当たる。
ーー魔法弾?!
魔力の塊が当たり、落下方向が大きくずれて反対の壁へ一直線に向かっていく。
『頭を抱えて丸まって』
指示された通り縮まると魔力が自分の周りに巻き付くの感じがして、直ぐに水に落下した。だが痛みは僅かにあっただけ。怪我はしなかった。
慌てて水面に上がると、そこは何かの祭壇がある部屋だった。池の上に建てられた祭壇。人の手は入っておらず、宝の山が多数残されている。
その祭壇の上には銀髪の女性が腰をかけていた。