起 スラム暮らしの猫人
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ボロ切れを纏った薄汚い猫女が、険しい表情で夜のスラム街を進んでいる。周りには病気や栄養失調で倒れた人が多く転がっていて、中には死にかけているものもいる。
金目の物を持っていなそうで、あまりにも見窄らしい亜人の彼女を、わざわざ止める者はいない。亜人は化け物、それがこの国の常識だった。
「にゃんで」
彼女はこうなってしまった原因である、自らの姿を恨んだ。人間の体に猫の耳と尻尾、獣と人間が混ざった姿。
彼女の家系が猫人だったわけではない。とある町の領主であるスフィア家の4人目の子ども、次女として生まれたティフェニは生まれた時から猫人だった。スフィア家はどれだけ遡っても猫人の先祖はいなかった。
彼女を産んだ母親は不倫を疑われ、スフィア家を汚したとして出産直後に処刑された。当時赤子だったティフェニは、スフィア家の為の奴隷として働かせるように生かされた。
亜人とは身体能力が優れており、特に猫人は音を消せることもあって暗殺者に育てようとしたのだ。鞭を振るわれ、ご飯もちゃんと食べられない毎日。それでも生きようと必死に訓練した。
だが、とある事情により暗殺者は必要なくなった。情勢や世界の変化によって暗殺者は過去の職業になった。
ティフェニは用済みとなり、徐々に暴力の捌け口として扱われるようになった。数えきれないくらい死にかけた。
特にスフィア家当主のグレン、長男のソラ、三女のモニカは容赦がなかった。
グレンは爪を剥がすことを好み、痛みに震えるティフェニを見ることを日課としていた。
ソラは毒物を無理やり食べさせ、吐き出すティフェニを見て苛立ちを抑えていた。
モニカは魔法の的としてモニカを何度も致命傷を与えた。
ティフェニは3人を怖がり、やがて恨むようになった。心が折れていないことを悟ったスフィア家は、恨みの籠ったティフェニの目に怯え、転移魔法により遠く離れた地へと追放した。
それがこのスラム街だった。このスラムは旧時代の遺跡の浅部に、行き場の失った人たちが住み着いたことによって形成された。深部には旧時代の遺物が多数のこされており、それらを回収して市場に売ることでスラムの人々は稼ぎを得ている。
それ以外に稼ぐ手段がない。その稼ぎも微々たるものであった。
ティフェニは生まれた時から暗殺者として育てられていたこともあり、遺跡を探索するのも他に比べて上手くいった。遺跡には魔物が住み着いており、それらを対処する技術も必要だった。
ティフェニは毎日深部へと潜っていき、自分をこのような境遇にしたスフィア家に復讐する手段を考え、魔物を倒して稼いでいる。
「よう、猫女。今日も行くのか」
スラムの終わりでもある地下階段の入り口でいつものように止められる。相手はこのスラムが形成された時から暮らしている、深部への門番とも言える年老いた男だった。
遺跡に潜ることはできず、ただ深部へと潜る者たちを観察しているだけの人だ。
お互いに名前は知らない。余計な詮索はしない。これがスラムのルール。
「そうにゃ」
軽く答えて直ぐに地下へ行こうとするが、老人に手で止められる。
「今朝深部から戻ってきた奴らが言っていたが、どうやらモンスターの群れが丸々死体で見つかったらしい」
「奴ら……群れ」
このスラムは基本単独行動。なので複数人の証言ということは信憑性は高い。
群れが丸々死体で見つかったということは、怪物が現れたか、強力な魔物が最深部からやってきたのかも知れない。今日の探索はより慎重に行う必要があると判断した。
「ありがとにゃ」
硬貨を一枚投げ渡し、遺跡へと潜っていく。その後ろ姿を老人はただ見つめているだけだった。踊り場で折り返し、姿が見えなくなると彼は手を合わせ拝む。
「これが最後の会話にならないでおくれ」
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