表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

選別

作者: ラヴィット

-序-


ある日の昼下がり。

近所の公園では、子供たちがキャッチボールをして遊んでいる。

私、佐藤健一は自宅で執筆活動をしていた。

猛暑の中、エアコンの効いた部屋で仕事ができることに喜びを感じていた。

元々、インドアな私はこの仕事が天職だとさえ思った。


ダイニングでは、妹二人が楽しそうにおしゃべりをしていた。

上の子が千里で、下の子が美玖。

二人はまだ学生で、現在夏休みの為、自宅にいる。


両親は数年前に交通事故で他界しており、当てにできる親戚もいなかったため、私が養っている。

今は3人暮らしだ。

家事は分担してやっている。


両親が他界したしばらく後、3人暮らしが辛くないかと聞いたことがある。

すると二人は「兄さんがいれば大丈夫だよ。」と答えた。

意地を張っているだけなのかもしれないが、私は嬉しかった。

本当によくできた妹たちだと思う。

この子たちがいるから私は頑張れる、そんな気がした。


-1-


執筆がひと段落つき、仮眠を取ろうとベッドに横になった時、ダイニングのほうから小さな悲鳴が上がった。

何事だろうと思い、ダイニングへ向かうと、二人がおびえた表情でこちらを見つめた。

「なにがあったんだ?」私は二人へ問いかけた。

「お隣さんが、、、ナイフを持って、、、」千里が震えた声で呟いた。

私はすぐに玄関へ向かい、ドアスコープを覗いた。

するとそこには、確かに大きな出刃包丁を持った隣のおばさんがいた。

全身の力が抜けたように、頭を下げだらんとして立っている。

「なんのつもりですか?妹たちがおびえているのでやめてください。」私はピシャリといった。

するとおばさんは、急に顔を上げ狂ったように叫びながらドアノブを回し始めた。

「どうされたんですか?これ以上続けるなら警察を呼びますよ。」

返事はない。

代わりに聞こえてくるのはドアノブを回すガチャガチャという音だけ。

恐怖を感じた私は、念のためドアチェーンをかけダイニングへ戻った。


妹二人に家から出ないように言い、わたしは110へ電話をした。

「はい、110番です。事故ですか?事件ですか?」

「事件です。隣人が包丁を持って玄関前に立っています。」私は冷静に答えた。

「はあ、、実は同様の事件が何件も起こっていまして、、パトカーはすべて出払っているので到着に時間がかかりそうなんです。家の中は安全ですか?」

「安全だと思います。戸締りもしてますし。」

「分かりました。家から一歩も出ないでください。準備ができ次第すぐに向かいますので、お名前と住所を教えてもらってもよろしいでしょうか?」

私は名前と住所を教え、電話を切った。


同様の事件?どういうことだ?

私は考えを巡らせたが答えは出ない。

私はダイニングへ戻り、二人に事情を話した。

「それっていろんなところで同じ事件が起こってるってこと?」千里が疑問を投げかけた。

「そうだと思う、どういうことだか俺にもわからない。」

「SNSで調べてみるのはどうだろ?」美玖が名案を出した。

「それだ!」私と千里は声を合わせていった。

私たちは各々のスマホを取り出し、SNSを確認し始めた。

そして、調べた結果を知った私たちは驚愕した。

全国各地で同様の事件が起こっていたのだ。

『隣人が包丁持って家の前に立ってる!』

『隣のおじさんが斧もってうちに来てるんだけどw』

『ええ、こわ、色んなとこで同じ事件起こってるじゃん、うちにも来てる』

「ほんとに起こってるんだ、しかも全国規模で、、、」千里が唖然とした表情で言った。

「なんだろ、、大規模な集団テロとかかな、、」美玖が言った。

「多分それだろう、テロに加担してる者が隣人の家を襲撃する手筈だったんじゃないかな。」私は答えた。

「なんだか不安になってきた。二人はここにいて、もう一度玄関を確かめてみる。」

「気を付けてね」二人が不安げに言った。

私は玄関へ向かい、もう一度ドアスコープを覗いた。

そこにはもうおばさんの姿はなかった。


「もうおばさんはいなかったよ、諦めたみたい。」私は肩を撫で下ろしながら言った。

「そう、、よかった。」二人は安堵した表情で言った。

「さあ、夕ご飯の準備を始めよう。今日は俺が作るよ。」

本当に帰ってくれて助かった。

おばさんは近いうちに警察の御用になるだろう。

妹二人はダイニングのテーブルについて食事を待っている。

今日は二人が好きなカレーにしよう。

精神的に辛かっただろうしそれがいい。

米をとぎ、野菜と肉を切り、煮込み始めた。

心地の良い香りがキッチンを包み込む。

約1時間後、カレーが完成した。

カレーと盛りつけたサラダをダイニングのテーブルへ運ぶ。

三人で手を合わせ「いただきます。」

そしてスプーンに手を伸ばそうとした時、


バタン


ふいにドアの閉まる音が聞こえた。

私は寒気を感じた。

おばさんは帰ったはずだ。

いや、しかし


私は急いで、玄関へと駆けた。

するとそこには、大きなチェーンカッターと包丁を持ったおばさんが立っていた。

足元にはヘアピンが二つ落ちていた。


私は急いでダイニングへ戻り扉を思いっきり抑え込んだ。

「二人とも!早く隠れるんだ!」私は大声を出して叫んだ。

おばさんは扉をドンドンと叩いている。

どれだけの時間持つのだろうか?

厚さ数センチの扉の向こうに私たちを殺そうとしてくる狂人がいる。

自然と顔がこわばった。

早く警察来てくれ、、、

扉から銀の金属が飛び出してきた。

包丁で扉を刺し始めたのだ。

もう長くはもたない。

二人はちゃんと隠れただろうか。

扉に少しずつ穴が開き始めた。

どうやら自分の身はもう守れそうにない。

相手は老婆だがチェーンカッターという名の鈍器と包丁を持っている。

勝算は薄い。

扉が本格的に壊れ始めた。


ごめん、二人とも。もう無理そうだ、、


その時、


ピーンポーン


チャイムが鳴った。

「警察です!佐藤さん、大丈夫ですか?」


勝機、、!


「家の中にいるんだ!助けてくれ!」

すぐに警察は家の中に入ってきた。

「その場から動くな!手を上げて後ろを向け!」警察官の声だ。

「動くなと言ってるだろう!さもなくば撃つ!」

「あ”あ”あ”あ”あ”!!」おばさんの叫び声だ。

その直後、


バァーン!


耳を劈く轟音が鳴り響いた。

と同時に、おばさんが倒れたのであろうバタッという音が鳴った。


助かった、、


ダイニングの扉を開けると、そこには足から血を流し蹲るおばさんと警察官3名がいた。

「佐藤さん!大丈夫ですか!お怪我はありませんか?」

「大丈夫です、ありがとうございます。」

私はほっと安堵した。

全身の力が抜ける感覚がした。

そこからのことは覚えていない。


気が付くと病院のベッドの上に横たわっていた。

どうやら気を失った私を病院へ搬送したようだ。

ナースコールのボタンを押し、気が付いたことを知らせた。

すぐにナースと医師がやってきてあれから丸一日経っていることと一日検査入院が必要なことを告げられた。

妹二人もお見舞いに来てくれた。

「心配かけて悪かったな。」

「生きてるだけで充分嬉しいよ。」二人は声を合わせて言った。


ふとあの事が気になり、病室に備え付けられているテレビをつけると、案の定、どの局もあの事件の話で持ち切りだった。

どうやら、やはり集団テロとして取り上げられていた。

しかし、この事件の奇妙なところは、加害者が誰一人として正気を保っておらず、支離滅裂なことをつぶやき続けているため、取り調べなどできないことだった。

結果、首謀者不明の集団テロとして扱われた。


次の日、私は退院した。

ようやく我が家に帰ることができる。

帰宅すると妹二人が出迎えてくれた。

私は改めて安堵し、生きている喜びを噛みしめるのだった。

「ただいま、千里、美玖。」

「おかえり、兄さん!」


-2-


あの集団テロから数か月が経った。

だんだんと日照時間が短くなり、肌寒くなり始めた。

いつものようにダイニングでテレビを見ながら食事をしているとふと、こんなニュースが流れ込んできた。

『日本で新種の蚊が発見されました。全長約2cm。雄雌かかわらず、あらゆる恒温動物の血を吸い生きます。寒さに強く冬でも行動することができます。また、この蚊が本来持っている新種のウイルス[血耳ウイルス]は非常に危険で、処置を受けなければ発症から3日以内に90%の確率で死亡することが確認されています。体が大きく針も長いため、長袖のシャツの上からでも刺すことができます。』

『いや~、危険ですね。これからは厚着をして外に出る必要がありそうですね。』

『また、今回の件に関してWHOは懸念を表しており、日本への渡航制限を求めています。また早急にワクチン開発に取り組む模様です。』


「危険な世の中になったな。」私はぽつりと呟いた。

「そうね、学校に行くとき気をつけなくちゃ」美玖が真剣な眼差しで言った。

「ジャンパーとか着たらいいかな。でも顔はどうしよ、、」千里が言った。

「スカーフでも巻いてりゃいいんじゃないかな?ほら、イスラム教徒みたいに」私は適当に答えた。


ー1か月後ー


『新種の蚊、血耳蚊の繁殖力は凄まじいものです。季節問わず卵を産み、普通の蚊が一度に150個の卵を産むのに対し、血耳蚊は1000~1500個の卵を産みます。発見時の推定匹数は1000匹でしたが、現在では200万匹にも及びます。都心でも個体が確認されており、今後はさらなる警戒が必要です。現在までの総感染者数は1289人で死者数は893人になります。国は今日、緊急事態宣言を発令し、外出の自粛を求めています。』


「学校無期限休校になった。緊急事態宣言出すの遅くない?」二人が言った。

「うん、今学校からメール来た。遅かったね、もっと早く出すべきだったと思う。絶対外に出るなよ。買い物も俺が行くから。」私はピシャリといった。

「いやいや、私たちも行くよ。兄さんだけが危険な目に合うとか考えらんない。」二人は真剣な眼差しで言った。

「、、、分かった。でも俺がどうしてもいけない時だけな。」私はしぶしぶ承諾した。


ーさらに1か月後ー


『血耳蚊の飛翔能力は凄まじいものです。海を越え韓国でも血耳蚊が確認されました。今後は全世界に拡散することが予測されます。また、牛、豚、鶏への感染も確認されているため、以上の食物がご家庭に並ぶ日は遠いかもしれません。現在までの総感染者数は5627人で死者数は4178人になります。』


「最近肉類が並ばないと思ったら、そういうことだったのか。」

「え、でも昨日ハンバーグ作ってくれたじゃん。」千里は疑問を投げかけた。

「あれは豆腐ハンバーグだよ。うまくできてただろ?」私は誇らしげに言った。


ーさらに1か月後ー


『血耳蚊は現在、150の国で存在が確認されています。WHOは緊急事態宣言を発令し、外出を控えるよう呼びかけています。日本では現在、あらゆる水源に魚を放出しボウフラの発生を抑える作戦を検討中とのことです。現在までの日本での総感染者数は8935人で死者数は6726人になります。』

『魚を放出、、本当に効果があるのでしょうか?』

『何はともあれやってみないことには分かりません。』


頭がくらくらする。

仕事のし過ぎで風邪を引いたようだ。

「まさか血耳症じゃないよね、、?」二人は不安げに聞いた。

「多分違うと思う。発症からすぐに悪化するんだろ?もう症状出て半日経つし。」私は少々怯えながら言った。

「じゃあ買い物に行けないね。私が行ってくる!」千里が嬉しそうに言った。

「いや、私が行くよ。」美玖が言った。

「いいのよ!長女に任せなさい!」

「じゃあ千里、頼んだぞ。くれぐれも用心するようにな。」私は真剣な眼差しで言った。


ー1週間後ー


千里が倒れた。

急いで病院へ連れて行った。

検査の結果、血耳症になっていることが判明した。

医者に今夜が山場だとそう告げられた。

私は血の気が引き、真っ青になった。

美玖もショックでしくしく泣いている。

血耳ウイルスは人人感染しないため、面会は許されている。

しかし私は千里のいる病室の前で立ち止まった。

何と声をかければよいのか分からないのだ。

そんな私に美玖は「大丈夫だよ。」と泣きながらも優しく微笑みかけてくれた。

「よし、、入るぞ。」私は心を決めた。

病室のドアが滑るように開く。

そこには、苦しげながらも必死に笑いかける千里の姿があった。

「来てくれたの嬉しい、、」千里はかすれた声でそう呟いた。

その瞬間、私の眼は涙でいっぱいになった。

「ごめんよ、、俺が風邪を引いたばっかりに、、、」

「ううん、私が注意してなかったのが悪いんだよ。兄さんは何も悪くない。」

私は言葉が出なかった。代わりに大粒の涙がぽつりぽつりと落ちた。

「私は平気だから、、こんな病気吹き飛ばしちゃうから」千里は弱弱しくいった。

「だから泣かないで、、」

私は必死に涙をこらえニッコリ笑って見せた。


様態は悪化していき、耳から血が出始めた。

みるみるうちに弱っていく千里を見ているのが辛かった。

けれど私は逃げない。もしだめでも最後までみとるって決めていたから。

「なんだか眠くなってきたよ、、」千里がポツリと呟いた。

「寝てもいいんだぞ。ずっとここにいるから」私はゆっくりと呟いた。

「じゃあ少し寝かせてもらうね、、あ、そうだ。言わなきゃいけないことがあるんだった。」



「兄さん、美玖、大好きだよ。これまでも、これからも。」



千里は深い眠りにつき、そのまま息を引き取った。


私たちは空っぽになった。

感情のない人形と化した。

心に穴が開いた。

涙なんて出なかった。


葬式は二人だけで行った。

ずっと上の空だった。

でも二人で歩いて帰ってる時、確かに聞こえたんだ。


『ちゃんと前見て歩きな!』


私たちは顔を見合わせた。

お互いちゃんと聞こえたんだ。

千里からのメッセージが。

途端に感情が戻ったかのように涙がどっと溢れた。

「分かったよ千里、しっかり前見て歩いていくよ。」


ー数年後ー


政府の考案した魚を放出する作戦はなんとうまくいき、蚊は激減した。

また、ワクチンにより血耳症にかかる人はいなくなった。

ようやく普通の生活が戻ってきた。

美玖は社会人になった。

とても忙しいようで家に帰らない日も増えた。

今朝も「やば!遅刻する!ご飯はいいや!いってきます!」

と忙しなくドタバタして出て行った。

私は今も執筆活動を続けている。

私の書いた本が通販ショップのベストセラーになったのだ。

これほど嬉しい気持ちになったのは何年振りだろう。

ともあれ、私たちは必死に今を生きていこうと思う。

千里の分も一緒にのせて。


-3-


天花[てんげ]。

やつが現れてから生活は一変した。


その日、私は美玖と買い物へ出ていた。

デパートでいろいろ買い物をしていた。

「次はどこいこっか?」美玖が尋ねた。

「うーん、、服が買いたいかな。もうすぐ寒くなるしセーターでも買いたい。」

「じゃあ洋服屋さんだね!私いいとこ知ってる!」

何気ない会話をしていた。

ふと、外のほうが騒がしいことに気が付いた。

皆が何やら空を見上げている。

「みんなどうしたんだろ?ちょっと行ってみようか?」私は尋ねた。

「行ってみよ」

そして外へ出た私たちはこの世のものとは思えないものを見ることになった。

遠くに巨大な黒い人型の影が雲を突き抜け堂々と立っていた。

全長は2kmほどあろうか。

眼は丸く真っ赤に光っていた。

そしてやつと目が合った。

合ってしまった。

やつはどっと低い唸り声を上げながらこちらへ歩きよってきた。

本能的に分かった。

あれとは関わってはいけない。

「美玖!逃げるぞ早く!」

「逃げるってどこに?!」

考えていなかった。

「とにかく踏みつぶされない場所だよ!地下鉄はどうだ?」

「そうしよう!」美玖は賛同した。

「荷物は必要なもの以外は置いていこう。」

私たちは走ってデパートを出て地下鉄へと走った。

そのうちにもやつはみるみる近づいてくる。

ようやく地下鉄の入り口に着いた。

振り返るとやつがデパートを粉々に踏みつぶしていた。

私はひどい恐怖を覚えた。

地下鉄には私たちと同様、逃げてきた人であふれていた。

唖然とするもの、泣き叫ぶもの、戸惑っているものと様々だった。


ドーン!


地下鉄ホーム内に轟音が響き渡った。

どうやら今、真上にいるらしい。

とりあえず地下鉄ホームが崩落しないことに安堵した。

しばらく時間をおいて落ち着いた私たちは現状把握に時間を費やすことにした。

SNSで現状を調べる。

「わ!世界中で出現してるって!アメリカでもロシアでもイギリスでも!」美玖が叫んだ。

「結局正体は何なんだ?」私はスマホを見る美玖に尋ねた。

「わかんない、、生物兵器って意見が多い、、神の怒りってのもある、、」

「神の怒りね、、あれ見せられた後だと信じたくもなるよな。」

「政府の発表はまだ何もない。」

「スマホは大切な時以外は使わないようにしよう。充電できないからな。それに生命線でもある。」

「私おなか減った。」

「こんなときに?まあ、昼食取ってないしな、、ちょっと外見てくる。」

「えー、危ないからここにいようよ。」

「とは言っても、ずっとここに籠ってもいられないしな、、やっぱりちょっと見てくる。美玖はここにいな。」

ホームを出て、外へ向かう。

そして外の世界を見たとき唖然とした。

たくさんあった建物が、やつの通ったところだけ粉々になっている。

遠く山の向こうにやつの頭だけが見える。

瓦礫をかき分けて、食品売り場があった場所へ向かう。

途中、潰れて赤黒くなっているところがあったが、なるべく見ないようにして進んだ。

食品売り場に着いた。

影も形もなく潰されていたが、無傷のクッキーを見つけることができた。

これを持って戻ろう。

帰り道、何度も躓きこけそうになりながらも、無事地下鉄へ戻ることができた。

美玖にクッキーを渡すと喜んで食べた。

そして美玖からいろいろな情報を聞くことができた。

「今、政府から発表があったよ。正体不明。自衛隊の攻撃も無意味だった。でも日本にいるのは1体だけだって。世界に12体出現したみたい。今は九州方面へ移動してるって。衛星から見ると花が咲いているように見えるから天花[てんげ]って名前が付けられた。」美玖は興奮気味に早口で話した。

「天花か、、大層な名前だな。でも今九州へ向かってるんなら家に帰れるんじゃないか?」

「うん、帰られるよ。天花が近づく気配があったらその地域に警報出すって言ってたから。」

「じゃあ安心、、とまではいかないが一応生活できそうだな。」

「帰ろっか?」

「そうだな、帰ろう。」

こんな状況だが、落ち着いて行動できたほうだと思う。

とりあえず帰って落ち着きたい。

二人で地下鉄を出て歩いて帰った。


家に着くと二人は流れるようにベッドへ入り、そのまま眠りについた。


突然けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

私は何事かと飛び起きた。

自室を出ると同時に美玖も自室から出てきた。

「何事だ?!」

「メール見て!」

言われた通り、スマホを見てみると『防災メール、天花接近中』の文字が。

「九州に向かってたんじゃなかったのか!」

「帰ってきちゃったみたい!」

「ああ、、早く避難の準備を!」私は美玖をせかした。

一通り荷物をまとめ終わると、外に自衛隊の車両が巡回しているのが確認できた。

荷物を持ち自衛隊の車両に乗せてもらい避難した。

その日は避難所で過ごした。

「ねえ、なんで天花は戻ってきたんだろ?」美玖が問いかけた。

「何も考えてないからだろう。目についた場所を片っ端から潰していってるんだと思う。」

「ますます不気味な生き物だね、、そもそも生き物なのかな?」

「それすら分からない、、この世は一体どうなってるんだ。」

続けて私は言った。

「とりあえず今日はもう寝よう。睡眠の途中でたたき起こされてひどく不愉快なんだ。」

「そうだね。今日は寝よう。おやすみ。」

そして眠りについた。


翌日、家へ帰った私たちは光景を疑った。

家があったはずの場所は、見るも無残な瓦礫の山と化していた。

「嘘だろ、、、」私は唖然とした。

「家が、、千里との思い出の場所が、、、」美玖はすすり泣いている。

私は天花をひどく恨んだ。

自宅を破壊されたことに加え、千里との唯一の思い出の場所を踏み躙られたことが我慢ならなかった。

「これからどうしようか、、」美玖は不安げに聞いた。

私は考えをめぐり巡らせ、ある結論を導き出した。

「いい考えがある。」私の眼に一筋の光が差した。


「いいか、天花は恐らく海岸線は見ていない。ずっと住宅街や都市を狙ってる。もっと言うと、海の上はノーマークだ。だから船だ。船を買ってそこを自宅として利用すればもう踏み潰されることなんてない。仮に海に来たとしても、船で天花の全長より深度が深いところまでいけば大丈夫だ。」私は胸を張って言った。

「兄さん、、!流石だよ!それなら安心して眠れるね!」美玖は目を輝かせながら言った。

「早速クルーザーを買いに行こう!印税のおかげでお金はたんまりある。」


私たちはさっそくクルーザーを扱うショップへ赴いた。

「クルーザーを買いに来ました。なるべく遠くへ行きたいんですが、、」

「でしたらここから奥のクルーザーがおすすめですよ。でしたらお客さん一級小型船舶操縦士の資格をお持ちで?」

「あ、、、」

しまった。

資格が必要なことをすっかり忘れていた。

こういう先走ってしまうところが自分の悪い癖なのかもしれない。

とりあえず二人で買うクルーザーを選ぶことにした。

「これが良さげじゃない?」美玖が言った。

「そうだね、これがいいかも。すみません、このクルーザーを購入したいんですが、まだ資格を持っていなくてですね、、取り置きってできます?」

「かまいませんよ。早い方だと30時間くらいでとれるので、頑張ってくださいね。」店員は言った。

免許を取る間、海岸線近くのホテルを予約することにした。

天花は現在、北陸地方をうろついている。

政府は人が少ない地域に留まっている間に仕留めたいらしく、明日、天花へ総攻撃を仕掛けるという。

アメリカの政府は核兵器の使用も検討しているようだ。

「明日の作戦、うまくいくといいね。」美玖がつぶやいた。

「そうだな、でもうまくいくと俺たちのクルーザー作戦は無意味ってことになる。まあ、いなくなることに越したことはないが。」

「そうだよね。じゃあおやすみ、、、ってあれ?」美玖が不思議な声を出した。

「どうした?、、、って何だあれ、、虹か?」

「ううん、多分オーロラだよ。」美玖がきっぱりと言った。

「ここは東京だぞ?オーロラなんて見れるはずない。」

「でも見てよ、あれオーロラだよね?」

「うーん、、世の中一体どうなってるんだ?おかしなことだらけじゃないか。とりあえず今日はもう寝よう、おやすみ。」

「おやすみ!私写真とっとこー!」美玖は暢気に言った。


次の日の午後、作戦が決行された。

結果、我らの自衛隊は玉砕した。

戦闘車両は踏み潰され、戦闘機は一機の残らず叩き落とされた。

もう希望の頼みの綱は尽きた。

私は教習所へ通い始めた。

美玖は仕事に出ている。

天花は現在、東北地方を縦断している。

私は、自分にできることは何かないかと考え、一つの案を思いついた。

SNSで拡散しよう。

海は天花が来れず安全だ、ということをだ。

私はすぐさまスマホを手に取り、海は安全だということを呟いた。

呟きは見る見るうちに拡散され、日本中の人々がそのことを知ることになった。


時はしばし流れ、私たちは無事クルーザーを手に入れることができた。

「これであの忌まわしい天花とおさらばできるな。」私は嬉し気に言った。

「うん!ここが今日から新しい我が家だ!」美玖も興奮気味に言った。

そして、私が呟いた内容はテレビメディアでも大々的に報道され、海上生活が推奨された。

免許未所持者に対しては、各地に専用のスクールを開講して対応している。


それから1年が過ぎた。

われわれ人類は海上生活がメインとなり、何をするにも海の上で行うようになった。

大型のフェリーなどは賃貸、商業施設や公共施設として利用されている。

仕事はほとんどがリモートで行うようになり、美玖もクルーザー上で仕事をしている。

現在本土に残っているものはごく少数で、農作物を育てたり、電波塔の整備などのために本土に残って作業している人達だけになっていた。

本土に残り仕事をしている勇気ある者たちは称賛の意を込めて『レンジャー』と呼ばれるようになった。


それからまた時は過ぎ、5年後。

突如として天花が姿を消した。

人類が陸地を再び取り戻したのだ。

我々は歓喜あまりあちこちでパーティが開かれた。

しかし現実はそう甘くはなかった。

天花の歩行により、ありとあらゆる都市は粉々に踏み砕かれていた。

再建の見通しはたっていない。

それでも私は嬉しかった。

「どれだけの月日がかかるかは分からないが、ゆっくりと元の生活を取り戻していこう。」

「そうだね!また前みたいに暮らせるといいね!」


ブーッブーッ


スマホが震えた。

なんだメールか?

「なんだこれ、、?」

『件名1件、差出人不明 件名:1XA 2DA 3XA 4NONE 内容:JNOT WD INJ MXJOJ YIUGDYQHW. MJINKUS YX KEF ICG JFNHW. JZ RVMEENH ECF.

SDP'N OVZGR V CXZ IMNLKP KBFLXMDD. RZ RTL FZASGCX KSG JKT ZBIZ JWQCY.』


美玖が駆けてきた。

「兄さん、なんか変なメール来たよ、、」

『件名1件、差出人不明 件名:1IA 2GA 3KA 4NONE 内容:XDXR XT SII EEOUT OTTYAFUQT. NICKLTV PF WBA BUO XCLYB. AR DGHPJQI WLV.

NNC'D HQAJU Q BQH QCZAWU QXDKJABT. OU PPH YWGSPGC NJH FXN DIDC QALTG.』


見比べてみると若干内容が異なる。

「なんだろうねこれ、、SNSで調べてみたらいろんな人に同じようなメールが届いてるみたい、、」

「謎の集団テロに殺人蚊に天花に今度は謎のメールか。俺は関わりたくないからな。」私はピシャリと言いスマホをテーブルの上へ置いた。


空にはオーロラが、美しいカーテンのように揺らめいていた。


ー終ー


「面白かった?あたしはよくわかんなかったよ。」千秋は不満げに言った。

「どうだろ、、色んな謎が残ったままだし、僕もよくわからなかったよ。」

「作品タイトル、『選別』ねえ、、、」僕は不満げに言った。続けて

「僕は最後のあの暗号みたいなやつが気になるかな。」

「やっぱり?あれ暗号だと思う?あたし解読に挑戦しようかな、、!ホームページに暗号載ってるでしょ多分。」千秋は真ん丸な目をしてそう呟いた。

「流石、雑学王。進展あったら教えてね。」

「わかった!まかせて!」

一通り会話を済ませ、僕たちは劇場を後にした。


1週間後、千秋からメールが届いた。

「暗号解けたよ!エニグマだった、ほらナチスドイツが2次戦の時に使ってたやつ。件名に書かれてたのがキーだった。あれを解読すると『THIS IS THE FINAL SELECTION.WELCOME TO THE NEW WORLD.

WE WELCOME YOU.LET'S BUILD A NEW FUTURE TOGETHER.WE ARE WAITING FOR YOU FROM DUBAI. 』になって、和訳すると『これは最終選別です。新世界へようこそ。あなたを歓迎いたします。

共に新たな未来を築いていきましょう。私たちはあなたをドバイよりお待ちしております。』になる!どうよ、あたし凄くない?!ええと、つまり一連の事件を起こしている首謀者は世界を創り変えたくて、それに適した者を『選別』してたってことかな?ともあれこれでスッキリしたよ!解読を放棄した佐藤さんたちには気の毒だけど。」


なるほど。

僕は千秋に対してとても感心した。

そういうことだったのか。

僕も気分は晴れ晴れしスッキリとした気分になった。


そしてふと思い出した。

そうだ、今日は晴天。きっと星が良く見えるだろう。

とは言ってもここは都心。

見られるのは1等星のシリウスやリゲルに限られるだろうが。

僕は天体望遠鏡を引っ張り出し、ベランダへ出た。

そして、そこで僕は確かに見たんだ。


美しいカーテンのように揺らめく空いっぱいのオーロラを。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ