転校生は有名アイドル……?
俺は、クラスメイトから嫌われている。
しかし、別にその事に対して不満を持っているわけではない。
というのも、俺はクラスの人間に嫌われているが、嫌がらせ等を受けているわけではないのだ。
皆、俺のことを気味悪がって、避けている。
要するに、嫌われているとは一言で言っても、俺はその最上位に位置しているという訳だ。
しかし、それでいい。
むしろ、独りの時間を作ってくれてありがとう、といった感じだ。
俺は、変化が嫌いなのだ。
つまらない人間だと罵られても構わない。ただ、俺に危害を加えないでくれれば。
いつもと同じように流れるこの時間を大切にしたいと思う人間は、きっと俺だけではないはず。
ただ、運命というものは無情なもので……。
変化が訪れたのは、高校に入学してもうすぐ一年の月日が経とうとしていた頃……厳密に言えば、二月に入って間もない頃だった。
「今日は転校生が来ているぞ」
担任の先生が、突然クラスに公言した。
珍しいイベントではあったので、普段は絶対に聞かない先生の話に耳を傾けた。
「なんでも、今まで高校には通っていなかったらしいから、皆で色々と教えてやってくれ」
……学校に通っていなかった?虐められて不登校になった子が、新しい環境を求めてやってきたとか、そんな感じだろうか。
僕は勝手に、そんな予想を立てていた。
「それじゃあ、入ってきてくれ」
先生のその言葉を合図に、教室のドアが開いた。
そしてーーー
その少女が入ってきた週間、クラスがざわつき始めた。
その場にいる九割の人間が、驚きを隠せないでいることだろう。
そして、例に漏れなく俺もその一人。
少女は、皆がよく知っている人物だった。
「こんにちは、皆さんっ。アイリと言いますっ!」
その少女ーーーアイリと名乗ったその人物が、元気よく自己紹介をすると、誰かが拍手をした。それに釣られて、他の人間も一斉に拍手をし出した。
転校生が挨拶をしたときにある、お決まりってやつなのだが、拍手をする意図はよく分からない。
「よし。それじゃあ、あそこの一つだけ空いている席に座ってくれ」
そう言って先生が指差したのは、俺の隣の席だった。
何故、不自然にここだけ空いているのかって思うことだろう。
席替えの際に、クラス全員が俺の隣を嫌った為、くじ引きに細工を施された事に対する代償が、こんな所で降りかかってきた。
過去に起こった出来事を振り返っている内に、いつの間にか、僕のすぐ隣まで来ていた。
「宜しくお願いしますっ、カワルさんっ!」
「……おう、よろしく」
俺は、俺の名を呼んだその少女の顔をよく見つめてみた。
……やっぱり、どこからどう見ても「さいかちゃん」だよな?
それはおそらく、この場にいる殆どの人間が抱いているであろう疑問だった。
紫がかった、鮮やかな髪色と瞳が特徴的で、何より滅茶苦茶可愛い。
その少女は、人気アイドルの……正確には、人気アイドルだった、さいかにそっくりなのだ。
「隣のクラスにも転校生が来ているから、仲良くしてやってくれよー」
先生の声は、誰の耳にも届いていなかった。
皆、こっちの転校生に夢中だったからだ。
◆◇◆◇
とある女「あ、あの……もしかして、さいかちゃんですか!?」
とある男「だよな!それ、おれもおもった!!」
ホームルームが終わるやいなや、俺の隣の席の少女はいろんなグループから質問攻めにあっていた。
それもそのはず。人気アイドルと同じ顔をしているともなれば、気になって当然だろう。
しかしながらーーー
「違いますよ?よく似ているとは言われますが、ボクとは全く別人の方です!」
先程から、少女は否定を続けていた。
それが本当のことなのか、それとも身バレ防止の嘘なのか、僕には決めつけることは出来ないのだが……。
質問しに来る人達は皆、案外あっさりと引き下がっていた。
口調、立ち振る舞い、雰囲気……どこを見ても、さいかちゃんのそれとはかけ離れていたからだ。
皆が知っているさいかちゃんは「アイドル」なのだから、そりゃあ普段と違っていて当たり前なのかもしれないが……少女からは、さいかちゃんの面影すら全く感じないのだ。
その事もあり、何故かさいかちゃんとは別人だと思わされていた……らしい。
あくまでこれは、クラスの連中の考えだ。
ぶっちゃけ、俺からしてみればどこからどう見てもさいかちゃんなのだが……。
ふと、その少女と目が合った。
「えへへっ。カワルさん、もしかしてボク、有名人になっちゃうんですかねっ」
ドキリと心臓が跳ねた。
少女が、おどけるようにして、俺に語りかけてきたのだ。
「……まあ、アイドルにそっくりな子が転校してきたんだから、そりゃあ誰でも驚くだろ」
急なことで驚いてしまったが、なんとか平静を装いながら答えることが出来た。
さいかちゃんっぽい人物と話せてちょっと嬉しかったが、同時にとある疑問が浮かんできた。
(……名前、教えたっけ?)
今思えば、この少女は最初から、俺の名前を呼んでいた気がする。
教えることはおろか、覚える暇すらなかったはずだ。
俺は、その事について尋ねてみることにした。
「あの、アイリさん……」
「アイリさん、なんてそんな、他人行儀な呼び方はやめて下さい」
「えっ?」
「アイリで良いですよ?その方が嬉しいですっ!」
自分だって俺に対してさん付けだったじゃん……という疑問は、心の中にとどめておいた。
別に拒む理由は無いし、なんならちょっと嬉しい。
ただ、俺の日常にはこれ以上の変化を与えないでくれと、そればかりを祈って……
「分かった、じゃあ……アイリ」
「はいっ!」
俺は少女の事を今後、アイリと呼ぶことにした。
なんだか、不思議な子だなぁ……。
彼女の放つ、今までに感じたことのない独特な雰囲気に、俺はわずかながら疑問を持った。
そのせいで、肝心な質問は頭から抜けていた。
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