プロローグ
「ここ、何処?」
何時もより低く感じる視界を巡らせれば、木々に囲まれているから森の中ということはわかった。
深い位置なのか、樹齢がだいぶありそうな巨木。人より大きな花を咲かせ、蔦らしきものを動かしながら器用に歩く植物。1メートルはありそうな大きな蜂が……
「って何!あの植物」
あわてて見つからないように隠れて様子をうかがっていると、謎の植物は蜂を捕まえて花まで持っていくと取り込んでしまった。
ゆっくりとした動作で離れて行く植物を見て、知らずに止めていた息をはき落ちつこうとする。
あのような不思議植物や大きな蜂がいるってことは、地球ではないのかも知れない。
学生時代にクラスの男子達が話していた、異世界転移という題材の小説に、こんな森の中に飛ばされる話があったような。
ガサリっ
近くの繁みから音が聞こえ、慌てて身構える。
手にはいつのまにか剣を握っていたが、リスのような小動物が目の前に現れて、不思議そうに見つめていた。
やがて飽きたのか走りさっていったリス(?)を見て、改めて手の中の剣を見る。
「これは、【精霊の剣】かな?」
【精霊の剣】は四大精霊の加護を持つ剣で、VRMMOのイベントでもらえるロングソード。
【精霊の剣】を軽く振ると水の精霊を呼び出した。
「ウンディーネってこんな姿だったかな?」
【アルカディアオンライン】では、上半身は人型で下半身は魚の姿で呼び出せる水の精霊。
しかし、目の前に呼び出した精霊は流線型のような透きとおった姿をしていた。
「まぁいいか、水をちょうだい」
ふよふよと漂う精霊は、差し出した手のひらに近づいてくると嬉しそうに水を出してから、また肩辺りまで上昇して漂う。
ウンディーネが出した水は、少し甘い感じがして飲むことが出来た。
「【アルカディアオンライン】で使ってた剣があるのは良かった、とりあえずはなんとかなるかな」
【アルカディアオンライン】では味覚エンジンの再現度はそこそこだったけど、感じた甘さは抑えられた感じではなく、現実のようだ。
ウンディーネにうつった自分の姿を見ながらこれからについて考えを巡らせる。
【アルカディアオンライン】で使ってたアバターが不安そうにうつっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
鎖海真綾が【アルカディアオンライン】を始めたきっかけは友人からすすめられてだった。
2127年に初めて実現されたVR技術によるMMOは年を重ねるごとに様々な分野へと発展、改良されていった。
2195年に発売された【アルカディアオンライン】には転生システムがあり、上限まで鍛えたアバターでラスボスを倒して入手出来るアイテムで転生を繰り返し、強くてニューゲームのような状態でプレイすることが出来た。
真綾が友人からすすめられた時には、そんなにのめり込むと思わなかったが気づいたらゲームの虜となっていた。
攻略サイトと呼ばれるものは無く、手探りでのキャラ育成や現実では味わえない風景や達成感を求めて、暇を見つけてはプレイしていたら、いつの間にか上位プレイヤーとなっていた。
青春時代を、心血を注ぐようにプレイしていた【アルカディアオンライン】にも終わりの時がこようとしていた。
ある事件でのネット炎上、開発陣の引き抜きによる打撃などが大きく、会社としても頑張ったのだろうがユーザー離れは戻ることが無かった。
2220年に25年続いた【アルカディアオンライン】のサービス終了が発表された。
「マーヤ、次は何やるの?」
「まだ決めてないけど、どこかであったらヨロシク」
知り合いの廃プレイヤーと軽く雑談したが、しばらくは何もする気にはならないだろう。
親が残してくれた財産と稼いだ貯金は、もう働かなくて良いほどあった。
「サービス終了前に、ラスボス周回でもしますか」
数多くの転生を繰り返したエルフのアバターを操り、順調にダンジョンを攻略していった。
長年倒しまくったラスボスを危なげなく攻略、サービス終了前にマーヤはラスボスを倒すことが出来た。
「長い間お疲れ様」
消えるエフェクトを出しながら崩れていくボスを見ながら呟くマーヤ。
やがて完全に消滅したボスのいた辺りに、今まで見たこともないアイテムを見つけた。
「こんなアイテム知らないなぁ、ところどころ読めないし」
サービス終了間際に出た新アイテムも、残り数分で終わるのでは意味ないと残念に思いながら、マーヤはログアウトする準備に入った。
ラスボスから入手した経験値やアイテムのログをスキップで飛ばして済ますと、長年遊んだ【アルカディアオンライン】をログアウトした……はずだった。