俺の中に悪魔の王が宿った件
俺は確かに、天使を召喚した筈。しかし、目の前の少年からは、何の力も感じる事ができない。
状況が上手く理解できず、その場に呆然と立ち尽くしている俺など眼中にはない様で、キョロキョロと周囲を見渡す少年。
しばらく視線を右往左往させていたが、やがて俺の事を見ると、その視線が真っ直ぐに俺を見つめる。
「君かい?ボクを召喚した者は。」
「そ、そうだな。確かに、俺が君を召喚したんだが……」
少年に話しかけられ、咄嗟に言葉が出てしまう。しかし、状況的にはそう判断するしかないので、嘘は言っていない……と思う。
「ふーん。見た感じ、ここは現世に存在する、聖皇学園の、天使召喚の間だと思うんだけど?君、もしかして天使じゃなくて悪魔の王たるボクを召喚するなんて、面白い人間だね。この世界でも滅ぼしたいのかい?」
何でそんなにここに詳しいんだよ。と突っ込みたかったが、それ以上に何だかすっごくとんでもないこと言われた気がする。
天使じゃない?
悪魔、それも王を召喚した?俺が?
また何も言えずに立ちすくんでいると、悪魔の王を名乗る者は更にとんでもない事を言い出す。
「うーん、見た感じ、この魔法陣は、中央に立った者にとって、最も適合する性質を持った天使を呼び出すタイプのモノみたいだね。それなのに、悪魔を呼び出すとか……という事は君には天使ではなく悪魔の方が適している、という事になるな。」
「違う。それは絶対にあり得ない。」
俺は強く否定する。悪魔と性質が似ているだなんて、幼い頃から聖騎士を目指してきた俺にとっては、到底納得できるものではないものだからだ。
「お前こそなんだよ。いきなり現れて、自分は悪魔の王だなんて言っちゃって。んなもん、信じられるわけねーだろ!その上、俺の事を悪魔に似ているだなんて言いやがって。お前、人をバカにするのもいい加減に……」
俺が最後まで言葉を言い切る事は出来なかった。
悪魔が俺をひと睨みした。たったそれだけで、俺は金縛りに遭ったかの様に、全く動く事が出来なくなってしまったのだ。
もがく俺を見て、バカにする様な笑みを浮かべながら悪魔は言う。
「初対面の人に普通ここまで言うかよお前。少しは今ボクが言った事を考えてみたらどうなんだ。」
お前が言うなよ、と思ったが、今の俺は喋る事が出来ないので、心の中で思う事しか出来ない。
悪魔は続ける。
「いいだろう。君は、ボクの正体に関しては、別に信じなくてもいい。証明してあげてもいいんだが、色々と面倒なんでね。でも、君の性質については、簡単に証明出来るよ。」
ここで、俺への金縛りが解ける。どうやら、俺が大人しく話を聞く気になったと判断したらしい。
「まず、1つ質問するけど、君、この学園内でロクに魔法を行使出来た事無いだろ。」
驚く様な表情を浮かべる俺を見て、やはりな、という風に悪魔は笑みを深める。
「勘違いしているかもしれないから言うけどね、君、能力自体は優秀だよ。それに、魔力量だってとても多い。というか、尋常じゃない位の実力を備えていなければ、ボクを召喚する器に値しないしね。それなのに、何故君が魔法を行使出来ないのか分かるかい?」
……何となく、分かってしまった。確かに村の中では最も優れた実力があったし、学園に来る途中、数多くの魔物や悪魔を倒した。魔法も、確か何度か行使出来ていた記憶がある。それなのに、学園内では使えた試しが無い。という事は……
「思ったよりも理解が早くて助かるよ。そう、優れた能力を持っている筈の君が、学園では全く駄目な理由。それは、学園全体に展開している対悪魔結界、ホーリーフィールドに、魔力が妨害されているせいだね。」
……やっぱり。アイツの言っている事が本当ならば、俺の能力の性質は悪魔に近しいモノになる。それならば、対悪魔結界に阻まれて能力が行使出来ない訳だ。それに、だからこそ、俺の召喚に応じる者も、天使ではなく、悪魔になる事も納得できる話だった。
「はは、信じたくないが、どうやらお前の話を信じざる得ない様だな。」
「ようやく信じてくれたか。それで、君は聖騎士を目指しているんだよね?それなのに君は悪魔に近しい性質を持っている。どうするつもりなのかな?そんな奴、普通に考えて聖騎士になんてなれると思えないんだけど、やめたほうがいいと思うよ?」
うっわ、意地悪りいなこいつ。その辺りは、流石悪魔といったところか。
だが、結構正論だとも思う。俺だって、悪魔が聖騎士になりたいなんて言い出したら絶対になれないからやめろ、と言うだろうしな。
だが、他人にやめろと言われたらやめたくなくなってしまうのが俺という人間だ。
俺はニヤリと笑って悪魔を見る。
「悪いな、俺はやめろと言われてハイそうですかとやめるほど、素直な性格じゃないんでね。それに、元々俺は強力な天使が召喚されない限り、もう自主退学すると決めてだいたんだ。悪魔の王?その辺天使よりも遥かに強力な存在じゃねーか!ほら、さっさと俺に宿ってくれよ!!悪魔の力を宿した聖騎士、なんかカッコいいじゃねーか!!」
やけっぱちになって、悪魔の王に対して啖呵を切る俺。これも、普段人とあまりコミュニケーションをとらないが故の悲しい俺の性格なのだろうか。
すぐに我に返って、殺されるかもというリアルな危機感をいだく俺。だが予想に反して悪魔は、腹を抱えて大笑いをしていた。
「やっぱ面白いよ君。このボクに、真正面からここまで言うなんてね。いいだろう。宿ってやるよ。ボクもたった今、現世での用事を思い出したんでね。」
なんだか快諾された模様。ま、それならそれでいいんですけどね。
「人間、名前は?」
「俺はラビオ・クラージュ。聖皇学園スノウビオサの2年生だ。」
「ふーん、ラビオ、ね。ボクの名前はガベラ。悪魔を統べる者さ。ま、これからよろしく頼むよ。」
そういうと悪魔──ガベラは半透明な、黒い球体へと変化する。そして──
何の現象も起きずに、あっさりと、俺の中に、宿ったのだった。