デンワにデルナ
わたしはいま、繁華街から離れた場所を歩いている。
普段なら歩かない暗い場所だ。居酒屋ですら一軒もない。どこのお店もシャッターを閉めている。廃業したのだろう。
そんな寂れた場所から、さらに路地裏に入った。
ここから先は街灯すらない。しかし、光はあった。一軒だけ開いているお店があった。
立て看板には『占いの館』と書かれている。
わたしはここに、用があった。
わたしは『占いの館』に入る。
カラン、コロン、カラン。
扉についた鈴の音が鳴る。
店のなかは暗い照明とキツい化粧の臭いで満たされていた。わたしは手で鼻をおさえつつ、あたりを見渡す。人の気配がなかったからだ。
「こっちです。真っ直ぐきなさい」
派手なアラビア模様のカーテンの向こう側から、声が聞こえた。
若い女性の声だ。
わたしはその声に従い、カーテンをくぐる。
するとそこには、真っ黒なローブを着た女性がいた。その女性はイスにすわり、机に置かれた大きな水晶玉をジッと見つめていた。
「おかけください」
女性がわたしの手前にあるイスに手招きをする。対面になって占うつもりらしい。
だがわたしは占ってもらう気など、さらさらなかった。
「あの、今日は占いではなく――」
「知ってます。悪霊か何かで困っているのでしょう?」
「え、あ……はい。そうです、悪霊です」
図星だった。
わたしが言う前に、言いたいことを当てられてしまった。
どうやら噂は本当らしい。
表の顔は占い師。
しかしその実態は霊媒師。
都市伝説に詳しい雑誌ライターから聞いた情報では、政治家なども活用しているのだとか。
そのような隠れた重鎮であるならば、老婆が出てくるものかと想像していた。
しかしどうみても、この女性は若い。三十代に届いたばかりといった感じだ。整った鼻、大きな瞳、顔立ちからその年齢がうかがえる。
長すぎる黒髪のせいで、真正面からではその美しさのすべてを見ることはできないが。
「あの、占い師さん。実はその悪霊なんですが――」
「退治。少なくとも追い払いたい。死んだ友人の二の舞にはなりたくない。そういうことでしょうか?」
「ええ、そうです。よくお分かりですね。つかぬことをお聞きしますが、その水晶玉で見ているのですか?」
「いえ、これはただの飾りです。ハンズで売っているものです」
「ハンズ……」
「あそこは何でもそろいますから。ただ、除霊に使う道具はハンズではなく、私の念を込めた物になります。ご安心を。ちなみにあなたの依頼については、あなたがここに入ってきた段階で見ることができました」
「どこまで見えたのでしょうか?」
「どこまでも。悪霊に取りつかれる直前から、悪霊に友人が殺されたところも」
「じゃあ、わたしの呪いも」
「当然見えています。とても厄介なことになっていますね」
霊媒師の彼女は、余裕をもった笑みも浮かべず、あわれんでいる様子も見せなかった。
業務として最低限のことを話している。そういった態度に見えた。
その出来事は、いまから一週間前にさかのぼる。
わたしは友人とともに過ちを犯した。
誘ってきたのは友人だった。
その誘いは仕事から帰ってきて、部屋で一服しているときにあった。
「軽く肝試し、行かない?」
「突然どうしたんだ? そういうのは彼女を誘えよ」
「俺に彼女がいないこと、知ってて言ってるよねっ!?」
「うん」
「はあー……。でも女の子とは絶対行けないような、ガチなところなんだ」
「へえ、じゃあ一人で行けばいいだろ?」
「いや、ガチすぎるからお前を誘ってるんだけど! だってお前、幽霊とか怖くないんだろ?」
「怖くないというより、信じてない。世の中に恨みをもった霊が実際にいるのなら、世の中は霊であふれかえっているはずだからな」
「ロマンの欠片もないなあ」
SNSのチャットでそう言葉を交わし、けっきょく、わたしと友人は二人で肝試しをする流れとなった。
一週間後の深夜一時、わたしはM駅のそばまで車を走らせた。
肝試しの場所はM駅近くの山のふもとにある廃屋だった。
倉庫のように小さな木造の建物は、台風か地震せいか。少しでも何かあれば全壊しそうなぐらいボロボロだった。
友人いわく、その建物はかつてラーメン屋だったそうだ。電話注文の絶えないラーメン屋だったため、電話注文専門店と化していたらしい。
ただそれは二十年以上前までの出来事だ。
その店の主人は電話注文を受けている最中、うしろからナイフで刺されて亡くなった。店の主人は受話器を握りしめたまま、絶命した。
この廃屋がそのときの惨劇のまま残っているらしい。
「確かに薄気味悪いな。だけど何が出るんだ?」
「店の主人の霊だよ。お客さんの家に電話をかけているらしいんだ」
確かに廃屋には固定電話がある。ダイヤルを回して電話をかける、今や珍しい黒電話だ。ただ受話器は見当たらない。受話器に繋がるはずのコードは切れてしまっている。
夜遅くにこの光景は肝試しに最適かもしれない。
当時のわたしはそれ以上の感想を持たなかった。
怖さより眠気が襲いかかっていた。
「で、これからどうするんだ?」
「ひたすら待つ」
「眠いから帰っていいか?」
「わー冗談だよ、冗談。ちゃんと方法、知ってるから心配するな」
そうして友人が見せてきたのはスマホだった。
「スマホをどうするんだ?」
「電話をかけるんだ」
「かける? どこに? ……まさか」
「そのまさかさ。この店に電話をかける。この店の電話番号はその壁にかかれた0××―××××―×××9でいいらしい」
「そこに電話をかけると、どうなる?」
「店の主人に繋がる。霊になった店の主人だ。そしてラーメンを注文すると、もってきてくれる」
わたしは霊の存在を信じていない。
しかし、このときばかりは少し寒気がしていた。
「ちなみにその店の主人のラーメンは、食べることができるのか?」
「無理だ。なぜならその店の主人がもってくるのはラーメンじゃなくて、ナイフだからな。血のついたナイフなんだ」
ナイフを持ってきた店の主人はそのあとどうしたのか。そう聞こうと思ったが、わたしは聞くことをためらった。
眠気はとうに消えていたが、もはや別の理由で帰りたくなっていた。
だが、友人はスマホをもって、電話をかけた。
番号は0××―××××―×××9。
友人はわたしにも店の主人の声が聞こえるように、スピーカーフォンのボタンを押した。
プルルルルル
プルルルルル
プル――
『おかけになった電話は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、おかけ直しください』
スピーカーフォンから音声が流れた。
よく聞くフレーズにわたしは、はあ、と盛大なため息をついた。
「まあ、常識的に考えてそうなるわな。繋がるわけがない。古い以前に、この店の電話は壊れてる」
「あれ、おかしいな……」
「おかしくない。さあ、帰ろう。そして寝よう」
わたしがM駅へ戻ろうとした、その時だった。
ジリリリリリ
ジリリリリリ
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ――
電話が鳴った。
友人のスマホからではなく、わたしのスマホでもなかった。
受話器のない、壊れた黒電話からだった。
「あ」
友人はその一言だけ発して動かなくなった。顔が呆けている。突然鳴った電話の音に理解が及んでいないことは、一目瞭然だった。ただ黒電話を見つめているだけだ。
わたしはそんな友人に代わって動き、電話を切った。ガチャンという音が鳴った。
電話は鳴りやんだ。
「行こう!」
わたしは呆けた友人の腕を強くつかんで、店から離れようとした。
「……え、ああ。あれ? 帰るの? 霊を信じてないんじゃ……」
「信じてないさ。見たことないからな。でも今は気分が悪い。帰るぞ」
友人は抵抗することなく、わたしとともに、その店からは走り去った。
そしてふもとからM駅までたどり着き、車を猛スピードで走らせた。
深夜二時。
道路にはわたしの車以外、動くものはなかった。
わたしはすぐに風呂に入った。
そして気分を紛らわせるために録画していたお笑い番組を見た。心の底からは笑えなかったが、随分と気は楽になっていた。
その日は部屋の電気を消さずに寝ようとした。
プルルルルル
プルルルルル
スマホが鳴った。
深夜4時。
表示されている電話番号は友人のものだった。
「はい」
「――――」
ザザザザザザ
テレビの砂嵐のような不快な音が耳に入る。友人はきっとボタンを押し間違えたのだろうと思った。
だが、わたしが電話を切ろうとしたとき、友人の声が聞こえた。
「しくった――――――うう、やばい」
「――――く、黒電話の―――」
「―――おとが――きこえたら――」
「デンワ――に――デルナ――」
「――――――ミセノシュジン――ニ」
「――――――――――コロサレル」
ブツン。
ツーツーツー
電話が切れたことを告げる音しか鳴らなくなった。
とぎれとぎれに聞こえた友人の声は、発音も不確かだった。
だが、伝えたい内容は分かった。
デンワ
デルナ
ミセノシュジンニ
コロサレル
わたしは友人に電話をかけるため、通話ボタンを押そうとした。
そのとき、電話が鳴った。
プルルルルル
プルルルルル
非通知。
深夜の4時に誰が電話をかけるだろうか。
そして友人の言葉を思い出す。デンワ、デルナ。
プルルルルル
プルルルルル
いつまで経っても鳴りやまない。
そして電話の音声ガイダンスが流れた。
『ただいま、電話に出ることができません。ピーという音が鳴りましたら、3分以内で伝言をど――』
わたしはそこで電話を切った。これで録音される小さな音も耳に入ることはない。
プルルルルル
プルルルルルルルルルルルルルルルルル―――
また電話が鳴った。
だがわたしは無視し、電源を即座に切って、友人の家まで車を飛ばした。
このときはまだ、友人が死んでこの世にいないだなんて、想像もしてなかった。
頭にナイフが刺さった友人を発見したのは、車を飛ばして十分ほど経った頃だった。
「あなたは頭にナイフの刺さった友人の姿を目撃した。警察に通報したものの、依然犯人は見つかっていない。そしてあなたは、犯人が見つからないことを当たり前だと思っている。今もその犯人はあなたに電話をかけ続けている。一週間欠かさず。たとえ電源を切ったとしても、深夜4時に必ずかかってくる。そうよね?」
「その通りです。本当に見えているのですね、霊媒師さん」
「もちろんです。ちなみに三秒後に電話が鳴る未来も見えています」
「え……え!?」
「決して出ないでください。死にます。あの店の主人からです」
非通知。
プルルルルル
プルルルルル
「電源、落としたはずなのに……今すぐ落とします」
「いいえ! そのまま、そのスマートフォンを私に! 今すぐ!」
「あ、は、はいっ」
気圧されたわたしは、霊媒師にそのスマホを渡す。
そして、
「とりゃあ!」
どこからともなく出てきたハンマー。それを霊媒師は力いっぱい振り下ろした。
ゴシャ、という音とともに、わたしのスマホはくの字に曲がった。完全に壊れた。
「何するんですか! 買い直したばかりなんですよ!」
「だったらまた買い直せばいいじゃないですか。スマホなんて、命より安いですよ」
そして、すっと彼女はわたしに手を出してくる。
「カネ」
「……え?」
「依頼料と相談料。あの店の主人の悪霊具合からすると、五十万でいいわ」
「五十万!? いや、ちょっと待ってください。いきなりそんなお金言われても困りますし、だいたいなんでスマホを壊されたわたしがお金を請求されなきゃいけないんですか!?」
「ただ壊しただけだと思いますか?」
「思います! だいたい壊す意味、あったんですか?」
「完全に壊すことで、あなたと店の主人との繋がりを絶ちました。もちろんただハンマーで叩き壊すだけでは意味がありません。お店の壊れた黒電話が鳴ったことを思い出していただければわかると思います。ちなみにこのハンマーはハンズのものではなく、立派な除霊道具です」
早口で言いくるめられたわたしに、反論はもうできなかった。
「分かりました、五十万は払います」
「ありがとうございます。ではこれを」
そう言って渡された物は、わたしのスマホを壊したハンマーだった。
「スマホでの繋がりが完全に絶たれた以上、新たな繋がりを店の主人はすぐ模索するはずです。さっきの要領で、その繋がりを絶ち続けてください」
「近くに電話を置かない……とかではダメですか?」
「ダメです。あなたは一生電話なしの生活を過ごしたいのですか? そもそも、相手の怨念は強力です。おそらく音の出るものすべてを使って、あなたと繋がろうとするでしょう。テレビ、パソコン、ラジオ、プレイヤー、イヤフォン……このあたりは壊したほうがいいでしょうね」
「いっそのこと、無視するわけにはいきませんか?」
「それもダメです。あなたはいま殺されていないことを奇跡と思うべきです。それに、あなたは私を介して店の主人に敵意を向けました。もう無視は通用しません。殺されます」
「はあ、テレビとパソコンも壊すというのはまいりますね……ただ、どこまで壊せば終わるのでしょう」
「1日」
「……はい?」
「一日壊し続ければ、あなたの勝ちです」
「あえて聞くんですが、どうして1日なのでしょうか?」
「私が店の主人を除霊するのに、1日かかるからです。ちなみにもう除霊は始まってますので、あと23時間40分ぐらいですね。どうにかして逃げ切ってください。ところで支払い方法はどうしますか?」
霊媒師はそう言って、机の中からクレジットカードリーダーを出してきた。
「分割とかでもいいですか?」
私が言う。
「もちろんです」
占い師はようやく笑顔を見せた。
わたしはハンマーを鞄のなかに入れて『占いの館』から出た。
鞄のなかのハンマーはいざというときのために、鞄のなかで握ったままだ。汗で滑りそうになるが、すぐに持ちなおす。
とにかく急いだほうがいいのだろう。店の主人がどうわたしと繋がってくるか、分からない以上は逃げた方がいい。
ただ、どこへ?
プルルルルル
プルルルルル
さっそく電話の音が聞こえた。わたしは路地裏からはもう出て、シャッター街に出ている。寂れたシャッター街には小さな街灯が点々と続いているだけだ。
「どこで鳴っている!?」
悪霊に敵意を向けてしまった今、無視し続けることはできない。
音源を壊さなければならない。
がむしゃらに走り回り、ようやく音源を見つけた。
古びた公衆電話だった。
「公共のものを破壊するのは犯罪だが――」
わたしはハンマーを力いっぱい振り下ろした。
ガシャン、と音を立てて、公衆電話は中の基盤をさらけ出した。そして同時に、電話は鳴りやんだ。
「や、やったぞ……」
一つの繋がりを絶った私は肩で息をしていた。もうすでに疲れが出ていた。
だが、少しは安心――
「なんだ、今の音……」
――できなかった。少しも安心できなかった。
ガラリという音とともに、シャッター街の住民が二階の窓を開け、周囲を見渡していた。
公衆電話はちょうどその人からは見えない位置にあった。そしてわたしも見えない位置にいた。
偶然にも助かった。
わたしはしばらく歩いた。今度は住宅街へと入っていく。
もう夜も遅いからか、人の気配はなかった。それにこの住宅街には公衆電話の気配すらなかった。そもそも公衆電話があるような住宅街はもう、日本にほとんど残されていないはずだ。
家に帰るだけであれば、繁華街を通り、電車に乗るべきだった。しかし選べなかった。
その区間にどれだけの音源があるだろう。
公衆電話はもちろん、多くの人は携帯電話を持っている。他人の電話が鳴っても破壊しに行くべきだろうか。難しいだろう。それに街灯ビジョン。そこから店の主人が何か言ってくるかもしれない。そうなるとわたし以外の人間も死ぬのではないか。大惨事だ。
もう見知らぬ住宅街に入るしかなかった。
住宅街を無事抜けて、山のふもとにたどり着いた。M駅近くにある山のふもととは違うが、だいたい似たような寂れ方をしている。
最も音源から遠ざかるとすれば、人間の文明から離れた土地が一番だ。
わたしはそう結論づけ、短期決戦の場を、家ではなく山のなかと決めた。
プルルルルルル
プルルルルルル
どこかで電話が鳴っている。
公園の砂場にあったオモチャの電話からだった。
音だけが鳴る子ども向けのオモチャだったが、
ガシャン
わたしは躊躇なく破壊した。
こんなものでも繋がろうとする店の主人が、もはや不憫に思えて仕方がなかった。
山の中に入る。木々のあいだに古びた公衆電話が一つ。
ガシャン。
鳴るまえにハンマーで破壊した。
周囲を見渡し、人の気配もなく、道もないことを確認しつつ、草葉のなかにわたしは座り込んだ。
腕時計を見る。
『占いの館』から出て、もう4時間は経っていた。
「あと20時間か」
わたしは呼吸をととのえ、座り込む。木の幹を背にして、落ち葉をクッションにする。座り心地はよくない。ハンマーを抱きかかえ、鳴るかもしれない電話の音を待ちかまえる気分では、眠気も飛んでいく。
風が吹き、木の葉がざわめく。
ここには落ち葉と木々しかない。遠い住宅からの電話の音も大丈夫だ。住宅の窓から漏れ出す光は、わたしの目には薄らとしか映らない。
何時間か経ったような気がした。日はまだ登っていない。
眠気が勝ろうとしてきている。
プルルルルルルル
すぐさま目を覚ます。
電話の音だ。
わたしは周囲を見渡す。落ち葉と木々。落ち葉のなかに壊れた電話でも埋もれているのか?
わたしは一生懸命に探す。うーうーとうなり声をあげてまで、落ち葉を手でかきわける。泥が指についてしまったが気にしない。
プルルルルルルル
プルルルルルルル
プルルルルルルル
見つからない!
「あああ! くそっ! 土のなかに埋めてるのか? それとも木の幹のなかか? 冗談も大概にしてくれ!」
わたしはハンマーを投げ出し、頭をかかえ、そして耳をふさいだ。
いい加減、電話の音にうんざりしていたからだ。
だが、
プルルルルルルル
プルルルルルルル
耳をふさいでいても、電話の音は鳴りやまなかった。
とある考えがひらめく。
手を耳から離し、再び手で耳をふさぐ。それを何度も繰り返した。そしてようやく確信に至った。
なーんだ、電話はココにあるじゃないか。
わたしは投げ出したハンマーを拾い上げ、手でギュッとつかむ。
電話の場所がわかった今、もう怖いものはない。
あとは簡単。壊せばいいのだ。
わたしは電話が鳴っている場所――いや部位に向けて、ハンマーを振り下ろした。
頭痛がした。今までの人生では味わったことのない酷い頭痛だった。手とハンマーが真っ赤にそまり、何だか体全体が火照ってくる。心臓の鼓動も早い。
プルルルルルル
しつこい。
もう一度。
視界が変になる。暗いからよく分からないが、全体がぼやけている気がする。そういえばメガネをかけていた気がする。そんなメガネが落ちたか。でも視力検査は裸眼で1.2だったような気がする。気がするばかりで何も分からない。
プルルルルルル
なんてしつこい電話なんだろう。
ナイフさえあれば、こんな電話、外に出すことができるだろうに!
そう思って気がついた。
友人はナイフで刺されたわけじゃなくて。
電話を切ろうとしただけじゃないか?
そもそも友人は夜中にかかる見知らぬ電話に出てしまうような、そんな不用心な奴だったか?
じゃあコロサレルっていうのは、電話に出ないことではなく、電話との繋がりを消すことじゃないのか。
だとすればあの霊媒師は味方ではなく――
ああ、分からない。面倒だ。プルルルルうるさい。とにかくうるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
わたしはおそらく友人がしたことと同じように、その電話を切った。
音はやんだ。
繋がりは完全に絶てた。
すべてと。