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美奈子ちゃんの憂鬱

かなめと神社と恋占い

作者: 綿屋 伊織

「旅行かぁ……」

 明光学園教諭、福井かなめがそう呟いたのにはそれほど意味はない。

 ただ、遊びに来ていた水瀬の家でテレビの旅番組を見た。

 それだけの理由だ。

「タマには、バカな教え子共から解放されて、息抜きしたいものだ」

「近くでいいトコありますよ?」

 茶の間でかなめの横に寝そべってミニコミ誌を読んでいた水瀬が言った。

「どこだ?―――何?凸凹神社?」

「縁結びで有名なんだって」

 そう言う水瀬の顔は、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべている。

「―――くだらん」

 水瀬から受け取ったミニコミ誌を突き返しながらかなめは顔をしかめた。

「人生の伴侶を神仏に頼らねばならんほど、私は落ちぶれていない」

「葉子ちゃんに聞いたんだけどね?」

「おい、あの狐……たしか幼稚園児だろうが」

「お友達がお参りしたら―――効いたって」

「場所はどこだ?」

「……」



 翌日。

「―――まぁ、いろいろあるんだねぇ」

 勇んで歩くかなめの後ろ姿を眺めながら、水瀬はため息をついた。

「あの歳になると―――実家のご両親、安心させたいのかな。それとも寿退団狙い?南雲先生に先越されるのがそんなに悔しいのかな」

「こら」

 ルシフェルが水瀬をとがめた。

「女はいくつになっても、こういうのにはちょっと憧れちゃうの」

「ふぅん?てっきり、同期で最後の独身ひとりみが今度、結婚するからかと思った」

「そうじゃなくてね?」

「―――じゃあ、ルシフェも縁結びなんて興味あるの?」

「そうね」

 ルシフェルはちょっとだけはにかんで、

「私も、かな?」

「博雅君に飽きちゃったの?」

「こらっ!」

「二人とも!」

 かなめは怒鳴った。

「今日は力入れて祈願するんだ!わかっているのか!?」

「はぁい」

「はい」

 水瀬とルシフェルは、“どうしたもんだろう?”と言う顔でお互いを見た。

 二十代半ばのかなめには全く浮いた噂がない。

 せっかくの休日だというのに生徒の家に入り浸っている。

 しかも洗濯物まで持ってきて、家事の一切を生徒に頼り切ろうというのだ。

 外見はかなり美人の範疇に入るが、何しろ外ではカタブツとして恐れられている身がこれでは致命的だ。

 さすがに女として焦っているのかもしれない。

 無論、恋人がいる二人にとって、こういう女性の取り扱いなんてわかるはずがない。

 ただ、何とか力にはなりたいと思うだけだ。

 だから、二人は言った。

「僕もきちんとお願いします」

「私もです。先生」

「……」

 それなのに、かなめの顔は曇った。

「どうしたんです?」

「何だか……」

「?」

「お前等にまで先を越されそうで……」

「あの」

 ルシフェルは言った。

「私達がお祈りするのは、福井少佐のことで……」

「な、何っ!?」

 てっきり教え子達が自分のことを祈願するとばかり思っていたかなめは、面食らってしまった。

「す、すまない!わ、私も心が狭いな……大人としての寛大さの一つも持っていなかったか……」

「しょうがないよ」

 教師として落ち込むかなめに、水瀬は言った。

「事態は切迫してるんだもん!冗談抜きで切実なんだもん!その歳で彼氏ナシなんて、もう本当にシャレになってないんだから、心の狭さなんて関係ないよ!」

「……水瀬」

 かなめは水瀬の頭を軽く撫でながら言った。

「殴らせろ」



「―――あっ」

 駅の広告を見た水瀬が、ふと足を止めた。

「どうした?」

「秋場所、始まるんだなぁって」

「相撲か?」

「そう」

 水瀬は腰を低くして小結の姿勢をとった。

「はっけよい……のこったのこった!って」

「お前、好きだったのか?」

「うん」水瀬は頷いた。

「八百長が」

「……」

「残った残った」

 相撲の真似事をする水瀬がかなめに向き直った途端、水瀬の「のこった」が漢字変換された。

「……おい」

 そして。

「売れ残った!」

「私は大売り出し中だっ!」

 水瀬が駅のホームから空の星となった。



「いい加減にしないと」

 肩を怒らせて歩くかなめの後ろで、ルシフェルがこっそりと言った。

「本当に後が恐いよ?」

「ぐすっ」

「福井少佐だって、女性なんだから」

「捨てたかと思っていたよ」

「だから」

「お酒とおつまみ、下着に服に雑誌が散らばって足の踏み場もない部屋。とどめに万年床。片づけようともしない。人の家、無断で間借りしているのに」

「……そう言われると、ぐうの音も出ない」

「そういうのを直す方が、神様にすがるより先だって、どうして気づかないんだろ」

「……人は、欠点から目を背けるからね」

「……そっか」



「うわ。でっかい」

 神社の社殿前に張られたしめ縄の巨大さに水瀬とルシフェルは目を見張った。

 重さ数トンはあろうそのしめ縄には、何故か10円玉や5円玉が突き刺さっている。

「さっき聞いたんだけどね?お金を投げて上手く刺さると、良縁に恵まれるって」

「へぇ?水瀬君もやってみる?」

「面白そうだね」

 二人が5円玉を1枚ずつ財布から取り出した時だ。

 ビュンッ!

 ガンッ!

 何か、まるで鉄砲の弾丸が固い物にはじかれたような音がした。

「―――ちっ!」

 見ると、かなめの足下に何か金属の物体がめり込んでいた。

「う、撃たれたんですか!?」血相を変えるルシフェルに、

「違う」

 かなめは首を横に振った。

「小銭を投げたが失敗しただけだ」

「つまり―――跳ね返ってきた?」

「これ―――もう使えないよ?」


 力任せに投げすぎたんだよ。

 教え子にそう言われ、かなめはもう一度、やさしく投げてみることにした。

「やさしく……やさしく」

 自分にそう言い聞かせたが、

 どりゃぁっ!

「……先生」

 教え子の視線が痛い。

 小銭は―――しめ縄を貫通してどこかへ消えていった。


「―――まぁ、とりあえず。お参りを」

「先生、お賽銭は奮発しようね」

「も、もちろんっ!」

 かなめが財布から取り出したのは―――

「これだっ!これだけ出せばっ!」

「ええっ!?」

 ルシフェルと水瀬が目を見開いた。

「い、一万円ですか!?」

「―――えっ!?」

「……間違えたんですか?」

「い、いや……あの」

「先生……思い切ってそれ位、やっちゃった方がいいかも」



「う……ううっ……」

「出しちゃった以上、引けなかったねぇ……先生」

「ら、来月の給料まで、あと何日あると……」

「食費に光熱費に水道代、僕達もちでしょ?」

「そ、それはそうだが……」

「いや、そこでそうだって言わないで欲しい」

「……」



 最後に三人が来たのは、婚期を占うことの出来るという神社の池。

 お金を占い用紙に乗せて池に浮かべ、その沈み具合が早ければ早いほど、婚期は早いという。

「……ううっ」

 かなめはどうするか躊躇していた。

 結果が恐いのだ。

「先生」

 水瀬は言った。

「恐かったら、目をつむってでもやってみたら?ルシフェもどうぞ?」

「そ、そうか!―――水瀬、お前もタマにはいいこと言うな!」

 かなめは意を決して、池を見ないようにして用紙を水面に浮かべた。

 たかが占いだ。

 口先では何とでも言える。

 だが、かなめの何かが、その結果を知ることを恐れている。

 震える指が、用紙から離れた。

 その途端、

「……あっ」

 水瀬は驚いた声をあげる。

「沈んだ」


「何っ!?」   

 早ければ早いほどいい。

 そう聞いたこの占いで、こうもあっさりと!?

「―――ルシフェのが」

「……」



 結局……


「ど、どうするの?」

「どうもこうも」

 あたりが真っ暗になるまで池の前にしゃがみ続けるかなめの前で、水瀬達は対策を協議していた。

「用紙がゴミの上にのっちゃって、それで沈まないなんて言っても、今の先生が信じてくれるかどうか……」

「あれからもう2時間だよ?魔法で何とか」

「2時間待ったって事実だけは残るから……」

 恐ろしいほど哀愁漂うかなめの背中に、どうやって、何と声をかけていいのか、水瀬達はまるで分からずに立ちすくむしかなかった。

「行こう?」

 水瀬は、ルシフェルの腕を掴んだ。

「もう一度、本気でお願いしてみようよ」

「えっ?」

「先生に良縁を授けてくださいって、神様に」

「水瀬君」

「僕達には、それくらいしか出来ないんだから」

「……うん!」


 

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