パート3-1
またもや、波乱の予感がある。クウの胃は痛くなりそうだ。
この前、テネに告白していた男の子。あの子が、モテ男であったなんて、私は知らなかった。面倒くさいことになったと思われる。だって、女の子たちに人気のある男の子から「恋人関係」になってほしいと言われたら、やっかみも買うことになる。実際、その手前まで来ている状態だ。お願いだから、テネ。巻き込んでくれるな。逃亡の準備をしながら、切実に祈る。
現在、テネちゃんは六人のケバケバした厚化粧をしている女の子たちに囲まれていた。テネちゃんが告白を受けて、男の子が報われない状態になった日から一日、二日と過ぎていった、放課後のこと。六人の中でリーダー的な存在が、テネちゃんに声をかける。
「ちょっと、よろしいかしら?」
クウちゃんは、それを見ながら、早々とカバンにモノを詰めていく。きっと、頭の中で警報が鳴り響いているのだろう。一方で、テネちゃんは、声をかけてきた彼女の方を向いて、返答する。
「なんですか。」
相手に尋ねる言葉だけでよかったのに、なぜテネちゃんは口を閉じていられないのだろうか。彼女が平穏でいられないのは、自業自得であるからかまわない。しかし、テネちゃんのせいで平穏を得られないクウちゃんという存在がいるのだ。クウちゃんはいつもテネちゃんが関わる出来事においての犠牲者だ。クウちゃんは、テネちゃんによる被害が自身に来ないことを願っているのに、それは、今回も叶わない。
テネちゃんに声をかけた彼女をQさんとしよう。彼女はQさんに対して言ってしまった。
「すごーー! めっちゃくちゃ化粧濃い。なんか、化粧で女の魅力が台無しになってるーー。うん、全て台無しになっているな。」
これだけ、否定的なことを言われて、怒らない者はいないだろう。現在進行中で六人の女の子に囲まれていて、彼女たちがこちら側にもっている印象はいいものではないのに、自分で印象を最悪なものにしてどうするのか。六人の人間に囲まれて、リンチ寸前なのに何も考えずに発言できるってある意味で強者だ。その行動は、無謀だともとれるけど……。テネちゃんが相手に臆していないから、言えることだ。
「私だったら、怖くてそんな恐れ多いことは言えないと思う。」
後に、クウちゃんは述べていた。
テネちゃんの言動から、もちろんのこと、Qさんを含め、その取り巻きたちは、怒っている。顔を真っ赤にして、手がプルプルと震えていた。その状況が、もう怖い。クウは、その場面を横目に教室からカバンを持って去ろうとしていた。そろり、そろりとなるべく音を立てないように歩き、扉の前まで着く。扉を開けて全力で逃げようとしたその時、テネが私に気づいた。そのまま、私を認識しないでくれたら、どんなに嬉しかったか。今となっては、なにも語れない。
「待ってーー! クウちゃん、一緒に帰ろう!!」
大きな声を出して、彼女は言う。私は、彼女に呆れた目を向けた。その状況でよく私と帰ろうなんて言えたものだ。私は、密かに溜息を吐いた。
「私の平穏よ、さようならーー。」
そのように、ボソッとつぶやいた。彼女のその姿に、同情を禁じ得ない。
Qさんたちは、クウちゃんにも突っかかっていく。Qさんはクウちゃんに、聞く。
「あなた、この子のお友達かしら?」
この子とは、テネちゃんのことである。クウちゃんは、その質問に返答しようとするが、テネちゃんが先に答えてしまう。
「クウちゃんは、テネの親友兼幼馴染なのっ!」
胸を張って、そのあたりを軽く自身のこぶしでトンっとたたいたテネちゃん。クウちゃんの表情は絶望的なものに染まっていき、傍から見ると目が死んでいた。反対に、Qさんたちは、いいことを思いついたとでもいうような笑みを浮かべていた。それは、厭な笑みだ。ろくでもないことを考えているに、違いない。クウちゃんは、誰にも分からないように再度、溜息を吐く。
「お二人とも、少しよろしいかしら?」
Qさんが尋ねてきたが、それを拒否することはできないと断言できる。
早く家に帰りたいと誰にも聞こえない中嘆く、クウちゃん。この無駄な時間を別なことに使いたいと思っていることだろう。窓から外が見える。どんよりとした灰色をしており、今にも雨が降ってきそうな空であった。
あの後、拒否権もなく、彼女たちに連れられてどこかの空き教室にいる。今から追及されるとなると、とても憂鬱だ。Qさんは、テネに向かって、猛烈な勢いで話した。
「あなた、Iさんと付き合うことになったからって調子に乗るんじゃないわよ。」
ちなみに、Iさんとは、テネに告白した男の子のことだ。自称人気者のテネと違って、女の子たちからの人気を得ている彼に告白されたということで、からまれることが多くなるのは、必然である。それが、たとえ事実とは異なっていたとしても、告白されたということは変わらない。
Iさんの告白の出来事を知っている者同士で話して、騒ぐのは構わない。また、噂を流すのもありだ。しかし、事実は曲げるなと言いたい。噂なんて、広まっていくほど事実とは異なったものに変わっていくから仕方がないこととはいえ、こっちはそのおかげで変なことを費やす羽目になったではないか。本当に噂があるのかは知らないが、誰かが噂しないと情報は広まらない。正しい内容でも間違った内容でもね。今回は、Iさんに起こった真実を言うのは憚られたのだろう。だから、間違った情報が流れたのかもしれない。
これは、もし、噂が流れていたらの仮定の話であるが、本当にIさんとテネとの間に起こったことの噂があるなら、正しい内容をみんなに知れせて欲しいものだ。ものの見方によっては、Iさんを侮辱していることにもなると思われる。まともなことを言っている風ではあるが、ただ単純に、普段でも面倒事は舞い込んでくるのに、これ以上面倒なことを増やさないでほしい、と考えた結果である。
そんなこんなで、いろいろと思考を別なところに巡らせていると、火の粉が飛んできた。
「ちょっと、あんた。聞いてんの?」
とても凄まれている。火傷はしたくないのに……、疲れた。