〜世界の美形よこんにちわ〜
「今日もいい天気だこと」
青い空を仰ぎ見ながら、胸一杯に清々しい空気を吸い込む。その甘く清らかな香りに、自然と笑みが浮かんだ。
「リア様、こちらの薔薇も見事ですよ」
「あら本当。綺麗ねぇ」
ここはガルド大陸一の大国、ワナキア。
二年前、私は小国ベルンからこのワナキアに王妃として嫁いで来た。薔薇が好きな私は、こうしてワナキア王宮自慢の薔薇園を散策するのが日課となっていた。
「この白い薔薇を私の部屋に飾って頂戴」
「かしこまりました」
本当に綺麗ねぇ。
柔らかい薔薇の花弁にそっと触れて、顔を近づけてその甘い香りを楽しむ。
「ーーーまぁ、陛下ったら……クスクス」
…あら、嫌な声が聞こえてきたわね。
「サーラ、部屋に戻るわ」
「はい、リア様」
ドレスを翻し、薔薇を抱えたサーラと共に小走りで庭を後にする。
「クスクス…、陛下ったらご冗談を……」
間一髪。つい先ほどまで私が薔薇を愛でていた場所に、一組の男女が寄り添いながら現われた。
男性は女性の腰に腕を回して、耳元でなにやら囁いている。透き通ったアイスブルーの瞳で、隣の女性に蕩けるような笑顔を浮かべるその男こそ、私の夫であるワナキア国王、ベアルドである。
背が高く、程よく鍛えられた身体からスラリと伸びる長い手脚。太陽の光を受けて見事に輝く黄金の髪とその甘いマスクに、一目見た女性は皆恋に落ちてしまう。そう、私の夫は見事なまでに完璧な顔と身体を持っていた。…そう、見た目だけは。
そしてその隣で陛下の腕に白い腕を絡め、豊満な胸を押し付けながら蠱惑的に微笑む女性は、第五側室のソフィア様。五人いる側室の中でも、陛下から一番の寵愛を得ていると言われるとても美しい方。二人の視界に入る前に、私は素早く王宮の中に滑り込んだ。
「危ないところだったわ」
長い廊下を足早に進みながら、私はホッと胸を撫で下ろす。もしあのままあの2人と顔を合わせていたら、一体何を言われるか分かったものじゃない。
さあて、今から何をしようかしら。読みかけの本を読むか。それとも新しく取り寄せた水晶玉で占いの練習でもしようかしら。
思案してる間に王妃の部屋の扉が見えてきた。私の姿を確認した近衛騎士が、分厚い扉を開ける。部屋に入る寸前、私はすました顔で扉の横に控える二人の騎士をチラリと盗み見た。
ピンと背筋を伸ばす2人。ピカピカに磨き上げられた鎧の下には逞しい身体。そして美しくもキリリとした精悍な騎士の顔。
ーーふふふ、今日もアレンとカイルは美しいわねぇ。私付き近衛騎士は4人いるけど、私はこの2人が特にお気に入りよ。何故ならこの2人が4人の中で1番美形だからよ。ホホホ、朝から美形二人の顔を拝めるなんて眼福ガンプク。
にやにやしながら椅子に腰掛けると、呆れたサーラの声が飛んできた。
「リア様、ほどほどになさいませ」
先程切り取った薔薇を花瓶に活けながら、サーラが私を窘めた。
「あら。美しいものに目が行くのは当然でしょ」
「せめてだらしない顔はお控え下さい」
おっといけない。すぐ顔に出るのは悪い癖ね。慌てて緩んだ頬を引き締める。
「あら、あの二人にも見られたかしら」
「さあどうでしょうね」
サーラはお茶の準備をしながらそっけなく答える。乳姉妹として育ったサーラは、二人きりの時はいつもこのように遠慮がない。気を取り直し、私は机に置いた水晶玉に手を当てた。
「サーラ、占ってあげるわ」
「結構です」
「なによ、つれないわね」
「だってリア様の占いは当たったことがありませんもの」
ーーグサッ。
傷ついたわサーラ。確かに私の占いはあんまり当たったことがないけど、ズバリ言うのはあんまりじゃない?
「失礼しちゃうわ。十回中一回ぐらいは当たるんだから」
「…リア様に占いの才能はないようですね」
ーーグサグサッ。
今度は心がえぐられたわサーラ。
「もういいわ。読書で暇を潰すから」
「そうして下さいませ」
サーラが入れてくれたお茶を一気に飲み干すと、淑女のマナーに反するそれをサーラが視線で窘めた。
喉が渇いてたのよ。
.
.
.
「昼食をお持ちしました」
食欲をそそる芳ばしい匂いを漂わせながら、食事を乗せたワゴンと共にサーラが部屋に入ってくる。
「あら、もうそんな時間? 」
今、都で一番の人気を誇るチャールズ・フランソワ先生作、『華麗なる美形たち』に夢中になり過ぎてついつい時間を忘れてしまったわ。
「そんなに面白いですか。その本は」
「勿論よ、 久々にこんなに夢中になって読んだわ。やっぱりフランソワ先生は天才ね。サーラも読む?」
「結構です。タイトルもそうですが、チャールズ・フランソワなんておかしな名前の作者自体が怪しいのでご遠慮します」
「面白いのに」
お姉様から誕生日プレゼントで頂いた、薄い銀板を花々の模様であしらい、さらに小さな宝石を散りばめた豪華過ぎる栞を挟んで本を閉じた。そういえばお姉様はお元気かしら。また悪い病気が出てなければいいけれど。
「美味しそうね」
流石大国の王宮、見栄えよく飾られた料理はどれもこれもみんな美味しそうね。でも、テーブルに所狭しと並べられた料理をいつも1人で食べるのは味気ないものだわ。ああ、誰か一緒に食べてくれる人でもいたらいいのだけど。
「あらそうだわ」
「いけません」
名案を思いつき、ポンと手を合わせた途端にサーラの冷たい声が飛んでくる。
「まだ何も言ってないでしょう」
「言われなくとも分かります」
「あらそう。でも止めても無駄よ」
スッと立ち上がり扉を目指す。後ろから「リア様、おやめ下さいっ」と声が飛んでくるが私は気にしなくてよ。
「開けて頂戴」
声を掛けると、扉がゆっくりと開く。扉が開いた先にはアレンとカイルがピンと背筋を伸ばして立っていた。
いいわ〜、騎士。美形二人が並ぶとさらに眼福よねぇ。
「ねぇ、二人も私の昼食に付き合って頂戴」
「「ハッ!………は?」」
同時に素早く返事をして、すぐにポカンと口を開ける。美形はこんな顔でも様になるからいいわよねぇ。
「嬉しいわ。さ、中に入って」
「…あ? え、い、いやっ、しかしっ!」
ホホホ、カイルったら慌てちゃって可愛いわねぇ。カイルは毛先がピョンピョン跳ねた明るいオレンジ色の髪に、綺麗なグリーンの瞳の背の高い青年騎士。まだ近衛になって日が浅いみたいで、緊張しながら任務に着いてる姿がまた初々しくて可愛いのよ。
「ちょっと量が多過ぎて食べ切れないの。勿体無いから一緒に食べて頂戴」
背が低い私は下からカイルを上目遣いに見ながら可愛らしくお願いポーズ。しかし何故かサッと目を逸らされた。なぜ?
「は、あの、しかし……」
カイルは困ったように隣の先輩騎士アレンにチラチラと視線を飛ばしている。
ホホホホ。逃がさないわよカイル。
「王妃様。恐れながらただの一介の騎士が王妃様の昼食の席にご一緒するなどとんでも御座いません」
しどろもどろになるカイルに溜息をつき、アレンは先輩騎士らしく真面目な顔つきで私の誘いを断った。
「あら、私が誰と食事をしようが気にする者などいないわ。気にしないで中に入って頂戴」
「………」
ホホホ、「そんな事はありません」なんて言い返せない正直なところも私は好きよアレン。
少し長い翠色の髪を後ろで一つに縛り、男らしいキリリとした精悍な顔に鍛えられた見事な身体。まさに、か弱い王妃を守る寡黙な騎士って感じねぇ。はぁ、ステキだわぁ。
「しかし、王妃様の部屋の警護もありますし…」
「じゃあどちらか一人が一緒に食べるのはどう? 」
「それでは警護が一人になってしまいます」
「あら大丈夫よ。今更この私を襲いにくる馬鹿な輩なんていやしないから」
「…………」
ホホホ、本当に正直ねぇ否定も出来ないなんて。
そうよ、私はワナキア国王妃とは名ばかりの存在。夫である国王ベアルドは美しい側室達に夢中。王妃として嫁いだ私には見向きもしない。というか疎まれていると言ってもいいわね。王から毛嫌いされ、政治にも無関心な存在感のない王妃なんて何の価値もないもの。襲う理由もないというものだわ。
.
.
.
「ホホホッ、カイルったら意外と甘い物好きなのねぇ」
結局私はカイルを部屋に引きずりこんだ。始めのうちは恐縮していたカイルも食後のデザートを食べ始めると、まだ少年のあどけなさが残る顔を嬉しそうに綻ばせて食べている。
ほほほ。その笑顔、プライスレス。
「騎士なのに甘党なんて、やっぱり恥ずかしいですよね…。バレないように人前では食べないようにしていたのですが…」
恥じらう顔もなんて可愛いのカイル。あなた、今直ぐ私の侍女になりなさい。
「男は侍女にはなれませんよ」
サーラ、口に出して言ってないのに何故分かったの。
「口に出さなくても分かります」
だから何故分かるのよサーラ。
「仕方ないわね。侍女は諦めるわ」
カイルはポカンと口を開け、私とサーラのやり取りを見ている。あらあら、口の端にタルトのカスが付いてるわよカイル。
…知っていて? 可愛いすぎるのは時として罪になることを。そして時として、人を犯罪に駆り立ててしまう事を。
「ホホホ、カイルったらこんなところにデザートが付いてーーー」
ガシッ。
「カイル様、失礼ですがお口にタルトのカスが。こちらのナプキンをお使い下さい」
「あっ、す、すみませんっ」
…おのれサーラ、邪魔をしおって。
「目の前の犯罪からカイル様をお救いしただけですわ」
「あらそう。それより早くこの手を離して頂戴な」
今まさに、可愛らしいカイルの唇に触れようと思ったのに。全く余計な事を。
「そ、それでは私はこれで……」
食べ終えたカイルはそそくさと部屋を出て行ってしまった。ああ、可愛いい子犬が逃げてしまったわ。
「サーラ、私カイルが気に入ったわ」
「そうですか。では遠くからチラ見程度で我慢なさいませ」
「それじゃ我慢出来ないわよ」
「全く、リア様の悪いご病気にも困ったものです」
サーラは心底呆れた顔で私を一瞥する。
しょうがないでしょ。私は『美形愛好家』。世界中の美しく愛らしい、かつ艶やかで麗しい男達をこよなく愛する者、それが私。美しい男達を色々な形で愛し愛で続けるのが、神から与えられた私の使命。
「いい加減その意味の分からない馬鹿な考えは捨てて下さいませんか」
「いいえ、サーラ。私は美しい男達を愛でる為に神から地上へ使わされた愛の使者。たとえ誰に邪魔されようと私を止めることなど出来やしない。おおっ神よ! 私は決して美形達を愛することを止めたりしません。いつかその御身に抱かれるその日まで、私は美しい男達を愛し愛で続けることをここに誓いましょうっ。………サーラ?」
あら、いつの間にかサーラが居なくなってるわ。せっかくの語りが独り言だったなんて哀しいじゃないのよ。
いつの間にか1人部屋に取り残された私は、カイルが残したブルーベリーパイを囓りながら、まだ見ぬ美形達へと思いを馳せたのであった。
続く