僕、妖狐になっちゃいました ~ドキドキ新婚旅行?~
電車の窓から外を眺めて、いつもの巫女服を着た僕は、少しため息をつきます。
妖狐として色々忙しい毎日を送っていたけれど、ようやくのんびりした日が纏めて取れそうなので、2人と新婚旅行旅行に行こうという事になりました。
普通の中学生の男の子だった僕は、今や妖狐の女の子椿として、もう1年以上も生活しています。
そして数ヶ月前に、僕はある妖狐達と結婚しました。
「椿よ……その、機嫌を直さないか?」
「別に~僕は不機嫌じゃないですよ、白狐さん」
1人はこの白い毛色をした妖狐、白狐さん。
たれ目で優しそうな目に、毛色と同じ色のロングヘアーはサラサラだけど、僕としては尻尾の方がフサフサでお気に入りです。
「しかしな……椿。尻尾がご機嫌斜めだぞ?」
「尻尾触らないで……」
「ぬっ……やっぱり……」
もう1人はこの黒い毛色をした妖狐、黒狐さん。
つり目で恐そうで、毛色と同じ色のショートヘアーをしているけれど、意外と黒狐さんは耳の触り心地が良かったりします。あと恐そうに見えるけれど、実は押しに弱いんです。だから僕は、良く黒狐さんをお尻に敷いてます。
とにかく、この2人が横から僕の顔色を伺っているんです。
僕達は新婚旅行に行く計画をしていました。2人は妲己さんとも結婚しているしね。妲己さんが着いてくるのは考えていましたよ。この辺りはややこしい事があったんだけど省くね。
僕は妲己さんと一緒に、白狐さん黒狐さんと結婚したと思って下さい。
それで、僕は4人との新婚旅行を考えていたけれど……。
「なによ椿~私達も一緒なのが気に入らないわけ?」
「……いや、そうじゃないけれど……でも、やっぱりね……」
「椿ちゃん、ごめんね。でもね、なんだか流れで皆が……」
そしてむくれている僕に向かって、通路の向こうから美亜ちゃんと里子ちゃんが話しかけてきます。
美亜ちゃんは、猫の妖怪金華猫です。癖っ毛のないロングヘアーの髪の毛は黒いけどね……。
茶色の癖っ毛が肩まで伸びている里子ちゃんは、狛犬見習いらしいけれど、僕としては十分狛犬だと思います。従順だしね。思い切り尻尾振ってるしね。
もう1人仲の良い妖怪、座敷わらしのわら子ちゃんは今日は別行動です。あの四つ子の守護者の女性達と、久々に会うみたいです。
僕との旅行とどっちにしようか相当悩んでいましたけど、これからは滅多に会えないかも知れないらしいから、四つ子の方に行きましたよ。嬉しそうだっけどね。
「すまんな、椿。こんな機会でなければ、皆と温泉旅行なんて出来んからな」
そしてその後に、お鼻が立派な鞍馬天狗のおじいちゃんが、僕にそう言ってきます。
おじいちゃんって言ったけれど、本当のおじいちゃんじゃないよ。僕が人間の男の子だった頃、祖父として僕の事を見守っていてくれていたんです。
「むぅ~分かってるよ。僕だって皆と旅行に行けるのは嬉しいですよ……でも、だけどね……」
「椿は可愛いのぅ」
「まぁ、そういう所が弄りがいあるのよねぇ」
すると、僕の座っている席の後ろから、妲己さんと玉藻さんがからかってきます。
2人とも伝説の九尾の狐で、妲己さんは金髪の髪の毛をツインテールにして、容姿は僕より少し幼いです。
玉藻さんは金髪の長髪で、容姿は僕より年上っぽいけれど、それでも20代後半に見えます。だけど、2人とも何百年と生きてる大妖です。今の僕なんかじゃ太刀打ち出来ません。
今の僕は白狐さんと黒狐さんの力と、自分自身に本来備わっていた多少の力だけ……つまり、ちょっと強力な玩具が作れる妖術『玩具生成』だけが使えます。
そして白狐さんと黒狐さんには、神がかった力を使える神妖の妖気もあります。それは僕にもあったんだけど、今は失っちゃっています。
別にそれで不便はないけれど……また白狐さん黒狐さんに守られながら任務をするのは……ちょっとモヤモヤしちゃいます。僕はそうならないように強くなったのに……。
「椿、そんな不機嫌そうな顔をしていると、折角の旅行が台無しよ」
「そうだぞ、椿。白狐黒狐と3人きりなんて許……したとしても、やはり大勢での旅行はだな……」
「お父さん……」
「すまん……」
今新婚旅行なんて許さないって感じの顔でしたよね?
前の席から僕のお母さんとお父さんが話しかけて来るけれど、お父さんが少し面倒くさいです。
僕のお母さんとお父さんは、金狐と銀狐です。伝説の妖狐らしいけれど、あまり記述がないのでその能力も分からないとされています。
金狐のお母さんは金尾と呼ばれていて、金髪の絹のようなサラサラのロングヘアーは、妲己さんや玉藻さんにも負けてません。
銀狐のお父さんは銀尾と呼ばれています。最近は銀色の髪の毛をお洒落していて、無造作にしていたり、変な方向に向かせたり、色々とアレンジしています。
今日は無作為に髪を遊ばせてるよ……すっごく若い人に見えるけれど……僕は今、お父さんがちょっと鬱陶しいです。
「妲己よ、この前の任務だが……」
「なに? あ~やっぱりあれだけじゃなかったか……面倒くさいわねぇ。土地神関係は妖怪にやらせないでよ~」
「まぁそう言うな、神が対応するまでのつなぎだろう」
「はぁ~面倒くさい……って、黒狐気を付けときなさい」
「ほほぉ……可愛い嫁を放っておいて、そっちとイチャイチャとは……黒狐~貴様偉くなったも……」
黒狐さんと妲己さんはお仕事の話をしていたのに、何をしているんですか? 新婚旅行は許さないと言っときながら、僕を蔑ろにしていたら怒りますからね。面倒くさい妖狐です……。
だから僕は、黒狐さんの力を使った妖術『黒槌土塊』を発動して、自分の毛色を黒く変えると、尻尾をハンマーに変化させ、それでこっちの席に乗り出しているお父さんの頭を、2~3回小突きます。
「椿……そのままハンマーは振り降ろさないでおこうな」
「それじゃあ振り上げておきます」
「ふぎっ?!」
頭に振り下ろしたらダメなんですよね? だから、向きを変えて瞬時に顎の下から振り上げておきました。
「つ、椿が反抗期だ~」
「銀尾、あなた少し過保護過ぎるのよ……そんに娘が心配~? ウフフ」
あっ、お父さん詰みましたね。
実は、普段はお父さんもお母さんも相手を呼ぶときは金狐銀狐と言っているけれど、お母さんだけはキレた時に本当の名前で言ってくるんです。
つまり、お母さん怒ってます。
「き、金狐……分かった、少し落ち着け……」
「あなた~宿に着くまでの間……少し相手してあげるわね」
「ぐがっ?! 首、首がしまって……!」
それでも2人は仲良いです。でも、それもそうですね。日本の島が出来た時から存在している妖狐ですからね。それだけ長い時間一緒にいたら、その絆も次元が違ってきます。
すると、そんな僕の横にかき氷が差し出されて来ました。夏にはまだ少し早いですよ。わざわざ持ってきてくれたのは嬉しいけどね。
「雪ちゃん、ちょっと今はかき氷は良いです」
「残念……」
この子は雪ちゃん。雪女と人間の合いの子で、所謂半妖という存在です。
この子は真っ白な肌に、真っ白な髪の毛をしていて、首元までのショートヘアーはいつでも寝癖がついてないです。そう言えば雪ちゃんの寝癖、見たことないなぁ。
因みに、雪ちゃんは辛い者が大好物です。そして、今は亡き輪入道の半妖、カナちゃんの作った僕のファンクラブの会長をしています。つまりこの子は……。
「椿と食べさせ合い、したかった……」
僕の事を好きになっちゃってるんです。そう、雪ちゃんはレズです。だけど親が原因なので、僕は何も言わずに接しています。そしたら結構勘違いされてるっぽいんです。
「雪ちゃん、普通のかき氷ならいくらでも食べさせ合いしますよ」
「普通のかき氷に、ロマンはない」
雪ちゃんはかき氷に何を求めているんでしょう?
「お姉ちゃんお姉ちゃん! 私、温泉楽しみ!」
「菜々子ちゃん、向こうに温泉なかったけ?」
「ないよ~」
すると、三つ編みをした可愛い女の子が僕の席にやってやって来て、ついでにそのまま僕の膝の上に乗ってきました。
この子は山姥の娘で、僕をお姉ちゃんとして見ています。だからこうやって絡んでくるけれど、妹みたいで可愛いから、僕も結構可愛がっています。
「だからね、妖界の温泉楽しみなんだ!!」
そして、菜々子ちゃんは無邪気な笑みを浮かべてそう言ってきます。
そう、今から僕達が向かうのは、妖界にある温泉街なのです。ここは人間界の方にはない離島にあって、妖怪達の唯一の憩いの場になっているのです。
だから、僕が今乗ってるこの電車も妖怪電車で、窓から差し込むのも燃えるような真っ赤な夕焼けです。いつ見ても、この夕焼けは綺麗ですね。
沈むことのないこの夕焼けは、普通なら怖ろしいものだけど、もう僕は怖くないです。
「ふっ……妖怪センターの職員達が、頑張った儂等にご褒美とはな」
そして、鞍馬天狗のおじいちゃんがそう言いながら、ちょっと浮かれた表情を浮かべています。今回のは慰安旅行も兼ねてるのかな?
うぅ、白狐さんと黒狐さんとの新婚旅行なのに……まぁ、良いです。二人きりになれるチャンスはいくらでもあります。
「ふむ……しかし白狐。椿と一緒の旅行の方が……」
「うむ、確かにそちらの方が……」
えっ? 両隣の白狐さんと黒狐さんも残念そうにしている。やっぱり2人も、大人数より僕との方が……。
『夜にタップリ愛でる事が出来たな』
「僕、ちょっとお父さんとお母さんの方に……」
なんだか危ない事を言い出したから、移動です移動。
「こらこら、どこに行く」
「全く、初夜はあれほど可愛かったのにな」
「ひゃうっ?! は、離して下さい!」
しまった! 僕は2人に挟まれるようになってるから逃げられない! そして尻尾弄らないで! しかも初夜の事まで……ちょっと待って、妲己さんに聞こえる!
「椿~? 初夜ってどういう事? 私が玉藻に呼ばれていた日かしら~?」
「あぅっ……いや、その……」
黒狐さんのバカ!
実は結婚した夜、妲己さんは玉藻さんに呼ばれていて、呑みに行っていてたみたいなんです。その隙に僕は2人に……妲己さんには内緒だったのに。
「椿~答えなさい~」
「いたたたた! 耳引っ張らないで妲己さん! ごめんなさい! 2人に迫られて!」
「それじゃあ2人も悪いわよね?! 特に黒狐~!!」
「わ、悪い妲己! 白狐にばかり良い事をさせたくなかったんだ~!」
あ~あ……妲己さんが後ろから黒狐さんに掴みかかってる。でも、これは黒狐さんが悪いですよ。
「罰として、今夜は私が白狐と黒狐とだからね!」
ちょっと! なんでそうなるんですか?! それはなんだか嫌だ……モヤモヤする。
「駄目! 僕もする!」
「はい、参加決定~」
あっ……妲己さんが凄い笑みになってる……そ、それと白狐さんも黒狐さんも凄い笑顔になって……は、嵌められた?
「妲己さん~」
「ふふ……別に私は嫉妬なんかしないわよ。椿のくせに抜け駆けされて、ちょっとムカついたからね、い・や・が・ら・せ。今夜覚悟してなさい。3人でタップリと可愛がって上げる」
「あぁぁぁ……!!」
なにやってるんでしょう僕は……本当になにも変わらないです。僕は毎日この3人に弄ばれています。だけど……。
「椿お姉ちゃん、嬉しそうだね」
「べ、別に嬉しくないですよ!」
僕の膝の上に乗ってる菜々子ちゃんにそう言われて、慌てて表情を戻すけど、ちょっとにやけてたかも……。
やっぱり色々あってさ、皆とは会えなくなるかも知れない事態から、こうやって幸せな日々を送れる様になったら、そりゃにやけるよ。
僕は今、幸せだから……。
ねぇ、カナちゃん。あとは君だけだよ。
―― ―― ――
そして妖怪電車に揺られる事1時間半。ようやく僕達は、目的の温泉旅館に辿り着きました。
「おぉ~自分の実家よりも……むぐっ」
楓ちゃん、言うと思いましたよ。だから、慌てて僕の影の妖術で口を押さえます。
この子はくノ一志望の化け狸です。未だにくノ一の格好をしているからね。
そして、赤茶色の背中くらいまでのポニーテールを靡かせて、必死に僕の妖術から抜け出そうとしているけれど、上手くいっていません。この子はまだまだ見習いみたいな冗談で、妖術もあまり使えないのです。
スラッとした体型で身は軽いけれど、おつむがちょっとね。とにかく色々と手のかかる子です。
今だって、自分の実家の旅館とここの旅館を見比べて、失礼な事を言おうとしたよね!
「楓ちゃん、もう少し礼儀作法を学んで欲しいな~」
僕の殺気の籠もった笑みに、楓ちゃんが無言で頷いています。皆が楓ちゃんに色々と教えていても、当の本人がこれじゃあね……。
そして、その旅館の扉をおじいちゃんが開き、皆を中に入れていきます。確かに古くてこじんまりとしているけれど、風貌があって良いですね。
ボロボロの屋根、穴の空いた壁……お化け屋敷に出て来そう。って、これも失礼ですね。
だけど、中に入って驚きました。
中はかなり綺麗で、天井の間には何本か太い木の枝を通して、昔ながらの雰囲気を出しています。入って直ぐの受付も木で出来ています。基本的に全部木だ……凄い。
受付から見えるロビーも広くて、他に泊まっている妖怪さん達が談笑しています。
えっと……頭に口があったりするから、二口さんかな? あっ、看板にも二口さん御一行って書かれている。ただ問題なのが……。
「姉さん……あの妖怪、自分の実家の旅館にも来たっすけど、うるさいっすよ」
「楓ちゃん、分かってるから……あんまりジロジロ見ないでね」
口が2つもあるからね……そんな妖怪が数人集まって談笑されたら、近所迷惑どころじゃないよね。だけど、ここは妖怪御用達の旅館。ちゃんと対策はされているはずです。
「おぉ! 鞍馬天狗の翁とその御一行さん、ようこそ我が旅館にお越し下さいました!」
そして僕達が受付で待っていると、奥から髭を生やし、白髪の毛が炎の様にして立ち上がってる老人が出て来ました。
「うむ、朧車よ世話になるぞ」
朧車って、牛車の妖怪ですよね。怨念で妖怪になったタイプだから、結構怖いイメージがあるんだけど……。
「いやぁ、もっと早くに言って下されば、予定を調整して私自らお迎えに上がりましたのに~」
かなり献身的なご老人ってイメージです。もう慣れました。僕の中の妖怪のイメージをことごとく壊してくる、この現代社会に慣れ親しんだ妖怪さん達にはね。
「いやいや、そんな気を遣わせたくはなかったしな。それに……本来ならこいつらの新婚旅行のはずだったんじゃ」
そう言いながら、おじいちゃんが僕の頭に手を置いてきます。ついでに僕の耳にまで手が伸びそうになってませんでしたか? おじいちゃん。
「ほほぉ! それはそれは……それでしたら、そちらの方々には特別なお部屋をご用意いたします」
「うむ、頼んだぞ」
ちょっと……嫌な予感しかしないんですけど……。
「へぇ……それは楽しみね。ねっ、椿」
「うむ……今から楽しみじゃな」
「節操がないな、白狐」
「貴様には言われたくはないな、黒狐!」
「ぼ、僕……美亜ちゃんと同じ部屋の方が……」
『却下……!』
3人とも目を爛々と輝かせながら、嬉しそうにして言わないで下さい!!
「姉さん羨ましいっす」
「……楓ちゃん、意味が分かるようになってから言ってね」
この子はお子様だからまだしょうがないと思う。もちろん菜々子ちゃんも、山姥のお母さんに何か耳打ちをされています。悪い事は吹き込まないでね。
「それじゃあ、私は1人でのんびりと満喫させて貰うかの」
そしてその様子を見ていた玉藻さんも、僕に笑顔を向けながらロビーの奥へと進んでいく。だけど、僕の横を通り過ぎる時に、小声で言ってきました。
「寂しがり屋の妲己を宜しくの。もう独りにはさせないようにな」
妲己さんが寂しがり屋……そうですか。だからひたすら、僕と白狐さん黒狐さんに絡んで……。
「玉藻になんか言われた~?」
「うわっ?! な、なにも言われてないよ!」
そして気付いたら後ろに妲己さんがいました! 恐いですよ、妲己さん!
―― ―― ――
「お~部屋広~い」
そのあと部屋に通された僕は、荷物を置いてからその部屋を確認していきます。と言っても、一般的な旅館の広さと同じなんだけど……実は僕、旅行なんて初めてなんです。
お父さんとお母さんとは色々あって行けてないし、人間の男の子だった時の家では、嫌な扱いされてたからね。
あっ、夏美お姉ちゃんならこっちには来ていないよ。これを機にあの半妖の刑事さんとデートするんだって。
「ふむ……中々良い部屋だな」
「そうだな、変な奴も居ないし、久々にのんびり出来そうだな」
「変な奴……?」
すると、僕のあとに白狐さんと黒狐さんが入ってきて、そんな事を言ってきました。
「いや、例えば布団を入れている押し入れの中に、悪戯をする妖怪がいたり……」
「あっ……!」
白狐さん白狐さん……悪戯する妖怪ってそれですか?
説明しながらその押し入れを空けたら、もの凄く小さな叔父さんがいましたよ。凄くビックリしてるけれど、こっちも目を疑ったよ。
全裸にバーコード頭で、サングラス? なにこのわけの分からない容姿……。
「……ほっ、よっ、おひょぉ~!!」
そして変な踊りをした後に、そこから飛び降りて走り去っていきました。ナニアレ?
「白狐、今のは……」
「待て、言うな。面白いものがいたな」
2人とも凄い嬉しそうなんだけど、あれ逃がして良かったのかな?
「ねぇ、白狐さん黒狐さん。さっきの逃がして良かったの?」
そういう僕も、ビックリしちゃってどうしたら良いか分からなくなってました。
「んっ? いや、ただの妖精じゃ」
「そうそう、ただの妖精だ」
「妖精? 妖怪じゃないんですか?」
「まぁ、妖怪ではあるが……なに、害はない。気にするな椿」
何か嫌な予感がするけれど、白狐さんが害が無いって言うなら大丈夫なのかな。
「ねぇ、今パウ……むぐっ?!」
「お~っと、愛しき妲己よ。あっちに美味そうなものがあったぞ、食いに行こう」
「むぐっ?! むぐぐ!!」
パウ……? 何でしょう、妲己さんが部屋に入ろうとするなり何か言いそうになってたけど、黒狐さんが一瞬で移動して、その尻尾で妲己さんの口を塞ぎ、そのまま引きずって行きました。
「白狐さん、黒狐さんの様子が変なんですけど?」
「まぁ、あいつはいつでも変だからな。それより椿よ、ここは温泉が沢山あるので有名でな。妖怪達の憩いの場になっている。他の者と一緒に、温泉に行ってはどうじゃ?」
「……」
白狐さんの様子も変ですね。いつもなら、僕と二人きりになった瞬間抱き締めて来たりするのに。
あの妖精が出てから、2人の様子が明らかに変です。
「白狐さん……何企んでるんですか?」
「いや、なに。たまには仲間と一緒に、羽根を広げてはどうだと思っただけだ。それに、我とは家族風呂……げほっごほっ! とにかく、折角仲間と来たんじゃから仲間とも楽しまんか」
「別に家族風呂くらい入るけど。夫婦なんだし」
「……なっ!!」
僕がその意味を分かってないと思ってましたか? 知ってますよ、全く……。
さて、白狐さんが鼻血出して伸びてる間に、楓ちゃんと菜々子ちゃんを誘って温泉に行きましょう。
「あっ、楓ちゃん」
「姉さん! 旦那さんとはもう良いんすか?」
「ん~なんか企んでそうだし、一旦楓ちゃんと菜々子を誘って温泉にでも行こうと思って」
丁度僕が部屋から出た瞬間に、楓ちゃんが長い廊下を歩いて来ましたよ。この子はジッとしていられないから、多分何処かに行こうとしたか、探検でもしたかったんでしょうね。
「温泉っすか!! 良いっすね! 行くっす!」
「よし、それじゃあ菜々子ちゃんと、あっ、美亜ちゃんも誘おうか……」
とその前に、嫌な視線を感じます。白狐さんじゃなければ黒狐さんでもない、この視線はまさか……。
「やっぱり……里子ちゃん、雪ちゃん、ジェラシーの視線は止めて下さい」
廊下の物陰から2人が凄い目で見てました。
「うぅ……だって、だって椿ちゃん……私達の事は頭に無かったんでしょう?」
「私達の名前、1回も出て来ない」
「君達と入ると危ないからですよ!」
特にこの2人は、最近僕への絡みが異常になってるんですよ。僕はアブノーマルなのは嫌ですからね。
だからって、この2人をあからさまに拒否するのも嫌だし……う~ん。
「まぁ、皆もいるから変な事はしないよね……というか出来ないよね」
「うんうん、しないしない」
「絶対にしないよ、椿ちゃん~」
なんだかこの2人も怪しいけれど、まぁ良いです。折角だから皆と楽しみたいですしね。
「しょうがないな……それじゃあ、他の皆も呼んできてくれる? 一緒に温泉に行きましょう」
「やった~!! ありがとう椿ちゃん~!!」
「うひゃぁ!! そう言いながら尻尾触らないで下さい! お風呂でこんな事したら直ぐに追い出すからね!」
里子ちゃんは相変わらずです。でも、僕の方も慣れちゃいましたよ。
そう……皆の扱い方くらいはね……。
―― ―― ――
旅館から歩いて少し、山間の場所に転々と様々な温泉が湧いていました。
もちろん入れる温泉は建物になっていて、のれんが掛かっています。それ以外の所は入ったら駄目だそうです。熱湯だしね、当然です。
人間界でもこんな温泉街はあるよね。温泉卵も食べたかったけれど、湯気の中で熱いタップダンスを踊っていたので止めときました……。
妖怪食には慣れたけれど、流石にあれを食べるのには時間がかかりそうですね。先に温泉です。
「ん~でもやっぱり折角だし、食べてみようかなぁ」
そして乳白色の温泉に浸かりながら、僕はさっき見た温泉卵を想像して、どうやって食べようかとイメージしています。
「姉さん姉さん」
「何ですか? 楓ちゃん」
折角の温泉なんです。君の実家にも温泉はあったけれど、こんな本格的なのは無かったでしょう? ちゃんと楽しんどいた方が良いんじゃないですか?
「皆さんも浸からせて上げた方が……」
『椿ちゃん~! ごめんなさ~い!!』
あぁ……あれですか。
何人かの女性の妖怪の方達が、里子ちゃん雪ちゃんと結託して襲いかかって来たので、僕の影の妖術で全員一斉に縛ったのです。
僕達が上がるまでそうしていて下さい。
「うぅ……椿ちゃん、翁の家に来た時にはか弱くて簡単に弄れたのに、今じゃ立派な妖狐ちゃんね……」
ろくろ首さん、いつの事言ってるんでしょうか。そりゃ僕だって、こんな面子に毎日弄られてたら強くもなりますよ。
「あぁ……はっ、はっ、椿ちゃんの白い肌……タオルでちゃんと髪が濡れないように纏めているから、うなじがうなじがぁ……んぐっ?!」
「影の操。里子ちゃんはちょっとお口にチャックしておこっか?」
これだから一緒に入りたくなかったのです。とりあえず、もう一度影の妖術を発動して、僕自身の影の腕を伸ばして、里子ちゃんの口を塞いでおきます。
そのあと、しっかりと笑顔で里子ちゃんを見たけどね。里子ちゃんは震えて尻尾も垂れ下げちゃってます。ちょっと殺気も入ってるからしょうがないかな。
「椿、分かった。私達大人しく温泉を楽しむから、だからこの妖術を解いて」
「本当に?」
「本当に」
雪ちゃんは僕に嫌われたくないみたいだし、真剣だと思う。でも里子ちゃんがなぁ……恍惚な表情してるんだもん。駄目だ、この子。
とにかく折角の温泉だし、僕もこれ以上ギスギスしたくはないので、影の妖術を解きました。
「椿……」
「良いですか? ちゃんと温泉を楽しんで下さい」
「分かった」
そう言うと、他の皆も各々好きなように温泉を楽しみ始めます。最初からそうしてくれたら良いのに。
「さて……それじゃあ私は……」
「雪~久しぶりに母娘のスキンシップを~」
「……離れて下さい」
雪ちゃん、今雪女の氷雨さんから逃げようとしたよね? でも思い切り捕まってるよ。
「良いじゃん~ほらほら、椿ちゃんとのスキンシップが終わったなら、次は私とよ」
「くっ……うっとうしい……!」
そう言えば、氷雨さんはずっと湯船にいましたね。ずっと待っていたんですね、それなら……。
「雪ちゃん、やっぱり母娘だね」
「えっ?」
「同じ事を僕にしてるじゃん」
「……!!!!」
あっ、凄く驚いた顔をしてる。もう一押し?
「僕の気持ち、少しは分かってくれた?」
「……あっ、あぁぁぁ……私は、大好きな椿に、なんて事を」
そして雪ちゃんは、そう言いながら僕から離れると、端の方で肩まで湯船に浸かり、小さくなっちゃいました。ちょっと言い過ぎたかな?
「雪~元気出して~良いじゃない、お母さんと一緒で。グイグイいったら良いのよ」
そして、その隣で氷雨さんが引っ付いちゃいました。それと、多分それはトドメだと思います。だけど助かりました。
「ふぅ……これでちょっとはのんびり浸かれるかな……」
そのまま僕は向きを変えて、岩で出来た浴槽の縁に腕を乗せると、その上に顎を乗せて、力を抜いてリラックスします。
「……てぃ」
「ひゃっ?! えっ? 誰?!」
すると突然、僕の胸を誰かが鷲づかみにしてきました。
里子ちゃんかと思ったけれど、この声はまさか!
「姉さん、やっぱり胸大きくなってるっすね」
「か、楓ちゃん?! 何してるの!」
やっぱり、後ろから僕の胸を揉んでたのは楓ちゃんでした!
「自分あんまり大きくならないっす。姉さんもそうかと思ったのに、最近はちょっとずつ大きくなってるっすよね? なんでっすか?」
「か、楓ちゃん……君はそんなの気にするタイプじゃないと思ってたのに~!」
「自分も女の子っすよ。気になるものは気になるっす! くノ一たるもの、お色気もいるんすよ!」
あっ、楓ちゃんは楓ちゃんでした。良かった……。
突然百合にでも目覚めたのかと思いましたよ。里子ちゃんや雪ちゃんに毒されたのかと……。
「うふふ……意外な伏兵ね~椿ちゃん~」
すると、楓ちゃんの弄りに抵抗していた所に、僕の真正面に里子ちゃんがやって来ました。あっ、嫌な予感しかしないです。
「里子ちゃん……ちょっと待って、弄らないって言ったよね? ねぇ!」
その両手をわきわきさせてるのは何ですか?!
「だって……最近椿ちゃん構ってくれないんだもん~」
「君はペットか何かですか?!」
「そうよ! 椿ちゃん専属のペットだもん!」
「認めちゃったよ! わぁぁあ! 助けてぇ!!」
里子ちゃんが湯船に飛び飛んで来て、僕に引っ付いて来ました!
「ペットは癒すために存在するの。たっぷりと癒すんだから~」
「里子ちゃん、これ癒しじゃない、癒しじゃないってば! はぅっ! そこは駄目!」
そして何故か妖術が使えないです。何で?!
「姉さんは暴れられたら厄介っすからね、妖具で妖術を押さえたっす」
後ろから楓ちゃんにそう言われて確認すると、僕の頭に木の葉が乗ってました。これって、変化する時に使うやつじゃ……。
妖具は、妖怪が使う妖術を含んだ道具の事で、妖怪以外の人達にも使える代物なんです。ほとんどは妖気が少ない妖怪や、半妖が使うくらいですね。
言ってる場合じゃないや、何とかして逃げないと! 本当に意外な伏兵でしたよ。楓ちゃん!
「これを機に、姉さんのバストアップの方法を聞き出すっすよ」
「聞くまでもないわよ。白狐さんと黒狐に毎晩揉まれて……」
「毎晩じゃないです!!」
里子ちゃんはなんて事を言うんですか! 楓ちゃんにはまだ早……。
「ほほぅ、殿方との密会とかそういうものですか……なるほど、あの噂は本当だったんすね」
「か、楓ちゃん……君、どこまで知って……」
「えっ? それはもちろん、姉さんが毎晩されている……」
「わ~わ~わ~!!」
楓ちゃんに見られてた? 聞かれてた?! この子意外と知ったよ~!!
「へぇ……あんなに忙しくても、毎晩されてたんだ~初耳」
すると、必死に2人から逃げようとする僕の肩に、妲己さんが背中からもたれかかってきました。その前にいましたっけ? 妲己さん……。
「妲己さん、いつここに入ってきたんですか?」
「あんたが入った後に入ってきてるわよ。私の気配消し、甘く見ないでよね」
「えっと……なんで気配消してたんですか?」
「聞き込み」
恐いですよ妲己さん。何を聞き出そうとしていたのは分かっていたけどね……だって妲己さんは、あれから毎晩どこかに出掛けていたから、必然的に白狐さんと黒狐さんの相手が僕に……。
「私言ったわよね。初夜は私も一緒にってさ」
「……あの、えっと……文句は白狐さんと黒狐さんに……」
「もうやったわよ。存分にね」
白狐さんと黒狐さんに何したんですか?
「だから椿……せめてあんたは、たっぷりとこいつらに弄られなさい。そして、今晩は楽しみにしていなさい!」
「ということよ~椿ちゃん~たっぷりと可愛がって上げる。やっぱり毎晩されてたんだね~」
「里子ちゃん、楓ちゃん、ちょっと落ち着いて下さい。温泉を楽しもうよ、ね?」
2人とも真剣な目で、ジリジリと僕に迫って来ていて、色んな意味で恐いんだってば!
「妲己の姉さん、強力な妖具ありがとうっす。これで姉さんの実力の一端を調べられるっす。殿方を魅了するその肉体……自分も真似したいっす!」
「楓ちゃんを毒したのも妲己さんですか?!」
「あら、そうよ~こんな良い子を独り占めはズルいわよ、椿~」
「あ、あぁぁぁ……」
油断していた……妲己さんは大妖九尾の妖狐。人をかどわかすのは十八番です。気付かない内に、僕の外堀が埋められていました。
「さぁ、椿ちゃん~」
「姉さん~」
「ま、待って……落ち着いて2人とも、妲己さんも!」
『問答無用~!!』
「きゃぁぁぁあ~!!」
そして僕は、3人に身体中弄られまくりました。
「……うるさいわねぇ、あいつらは」
「ふふ、だけど楽しそうね妲己」
「そう?」
「ねぇ、玉藻お姉ちゃん、それ美味しいの?」
「あら、あなたも飲むかしら?」
「ちょっと、子供にお酒進めないでよ!」
「え~菜々子、子供じゃないよ。美亜お姉ちゃん~」
「私よりガキが何言ってるのよ。それにしても、温泉くらいゆっくりとしないさいよ、全く……んっ?」
「あら……?」
―― ―― ――
その後、しっかりと逆上せた僕は、フラフラになりながら脱衣所に出ていきます。
「ふむ……やはりの」
「ちょっと、どうするの?」
すると玉藻さんと美亜ちゃんが、タオルを身体に巻いたままで、女性の従業員の方となにか話しています。だけど、従業員の女性はひたすら謝ってます。なんでしょう? 何かあったのかな?
「美亜ちゃん? 何かあったのですか?」
「あぁ、椿。どうやら私達の服が、猿の妖怪に盗られたらしいのよね」
「えっ?!」
盗られた? 嘘……それじゃあ、僕達はこのまま裸で部屋までって……無理です!
「申し訳ありません……あの妖怪達は昔から悪さをしていて、以前鞍馬天狗の翁にキツくお仕置きされてからは、大人しくしていたのに……キキッ。何とかして私達が取り返しますので、それまではこちらの用意した浴衣で……」
あれ? 従業員の女性の人、途中で猿の鳴き声が入ったような……。
「ねぇ、この浴衣重りが入ってるけど……」
すると、既に雪ちゃんがその浴衣を取ってきていて、それを確認していました。重り? 持って重かったんですか?
「……ふむ、何か異質な妖気を感じ、変な影も見たのだが、私達を相手に大胆な事をするの」
「ほんとほんと、猿の妖怪の中には変化が得意な奴もいるからね~」
「……」
そして妲己さんと玉藻さんが、その従業員の女性に詰め寄って行きます。どうやら従業員に化けていたようですね。それじゃあ、本物の従業員はどこに?
「あ、あの……私は別に……」
「あら? 真っ赤なほっぺが見えてるわよ~」
「キキッ?! う、嘘だろ?!」
「嘘よ」
見事に引っかかりましたね、この妖怪……驚く時もあからさまに猿みたいでしたし、三流っぽいですね。
「いっ……キッ……こうなったら!!」
「んっ?」
するとその女性の従業員は一瞬で煙に包まれ、その煙から出て来た瞬間ニホンザルのような猿になっていました。
そして、僕に向かって飛び出して来くると、そのまま僕を脇に抱えてその場から逃げ出したのです。
ちょっと、僕裸だってば!!
「キキッ、見てたぞ。お前仲間から弄られてただろう? 弱いな。キキキキ」
僕の事弱いって決めつけましたね。
まぁ良いです、このまま大人しくしておいて、住処まで連れて行って貰いましょう。多分、僕達の服はそこにありそうだから。でも裸はちょっとなぁ……。
その後、その猿の妖怪は旅館の脇にある森に入っていき、その奥へと進んでいきます。
動物達が長生きすると、たまに化ける事があるんです。この妖怪はそういう類のものです。ただ、その手の妖怪は凄く妖気が弱くて大した事はないんです。
でもこいつら……。
「キキッ、お前良く見たら可愛いな、ボスが気に入らなければ俺の嫁にでも……」
こいつオスでしたか。それなのに人間の女性に化けるなんて……いやその前に、こいつらから邪悪な妖気を感じます。何かおかしな事でも起こってるのかな?
「僕を嫁にしようとしたら、最強の妖狐と戦う事になりますよ」
「キキッ、最強の妖狐がなんだ。そんな奴等俺達が潰してやるぜ」
お決まりの台詞を吐いてきましたよ。ただ、それもこのおかしな妖気の前では恐ろしく聞こえる。ちょっと余裕を見せすぎたかな?
そうこうしているうちに、僕の周りに他の猿の妖怪達が沢山集まっていました。
「おぉ、お前上物拾って来やがったな」
「人間に化ける為の服だけじゃなく、嫁役の女狐ってか?」
「キキッ、ボスへの献上品でもあるけどな~」
「てめぇ、抜けがけする気か!」
「キャッキャッ、何とでも言え。次のボスは俺様だ!」
猿の妖怪達がキャッキャッとうるさいや。
なるほど、服を盗んでいたのは人間に化ける為ですか。それじゃあ、なんで人間に化けようとするのでしょう? 大方悪さをする為なんだろうけどね。
するとしばらくして、森の中で開けた場所に出ました。その中央には僕達の服もあります。そして……。
「ギギ、遅かったな。次の場所に向かうぞ、それを着て人間に化けろ」
その中央に集まってる猿達の中でも、一際大きな猿が、僕を抱えてる猿に向かって話しかけています。
突き出した大きな牙、太い腕……間違いない。この猿の妖怪が更に強力になったのがこいつ。ここのボスだ。
「んっ? なんだそいつ」
すると、そのボス猿が僕を見つけてそう言ってきます。
「キキッ、ボスへの手土産です。女狐ですが、愛でる為の愛人なんかに……」
「要らん。そんなケツの小さい女などな」
「……」
怒るな僕。こいつはそのまんま猿なんだよ。オスの猿にとって魅力的なメスは、お尻で決まります。形の良い大きなお尻ほど気に入られるようです。
だから、僕なんかに目もくれないのは当然なんです。
「キキッ、それなら俺が貰うか~」
そして僕を捕まえているこの猿は、その中でも特殊なんでしょうね。とりあえずお嫁さんは却下です。
「黒槌土塊!」
「ギャイッ!!」
「んん? おいおい、貴様とんでもない奴連れて来るんじゃねぇよ」
僕を捕まえていたお猿さんが、ずっと僕を抱えてくれていて助かりました。
黒狐さんの力を使って、一瞬で自分の毛色を黒く変えてから、尻尾をハンマーみたいにして、それでそのお猿さんの顎を叩きました。顎なので、もちろん脳が揺れてそのままノックダウンです。
「僕達の服、返して貰うよ。それと、悪戯したお仕置きもね」
「ギャッギャッギャッ……たかだか妖狐如きが、パワーアップした俺達に勝てると思うのか?」
「えぇ、もちろんです」
さっきパワーアップって言ったよね? それってつまり、この邪悪な感じの妖気は外部から与えられたって事? そうなると、いったい誰が……。
「だが……俺もバカじゃねぇ、妖狐とは言えおかしな力を感じるな。よし、てめぇらは手を出すなよ。こいつは俺がやる」
そしてボス猿が他の猿達にそう言うと、座っていた岩の上から降りて、ゆっくりと僕に近付いてきます。
ボス猿の言う事は絶対みたいですね。皆道を空けてます。そのついでに僕の逃げ道まで塞がれてるよ……まぁ、逃げる気はないけどね。
問題なのは、僕がまだ裸だって事だけど……別に他の猿達も僕を変な目では見てませんね。さっき気絶させた猿以外はね。あいつだけ僕を変な目で見てましたよ……。
「それじゃあ、僕が勝ったら服返してくれるよね?」
「ギャッギャッ、あぁ良いぜ。ただし負けた場合、こいつらの玩具になって貰う」
「了解……です!!」
先手必勝。そう答えると同時に、僕は『玩具生成』の妖術でけん玉を出して、勢いを付けて思い切りその球を相手の顔面にぶつけます。
この妖術は普通の玩具を出すだけじゃなくて、戦闘にも使える能力を付与させる事が出来るんです。今回は、けん玉の球を思い切り重く硬くしておきました。
体術に長けた白狐さんの力を同時に使わないと、こんな風に思い切りは振れないよ。
「ギャッギャッギャッ……中々場慣れしてやがるな」
だけどしっかりとキャッチされてました。まぁ、腕が太いからそうだと思いました。だから……。
「ほっ……!」
「ウギャッ?!」
もう一個同じ能力を持ったけん玉を出して、同じようにして相手の顔面にぶつけます。
僕だってこの数か月、怠けてたわけじゃないですよ。神がかった力を持つ神妖の妖気が使えなくなったんだから、今ある力で同じくらい戦えるようにしましたよ。
「黒焔尾槍!!」
「ぬぅ!!」
そしてそのまま僕は、黒い毛色の尻尾を槍みたいに鋭く変えて、黒い炎を纏わせると、それでボス猿を突き刺します。
だけど、ボス猿もこの群れのボスをするくらいです。そう簡単には貫かせてくれません。飛び上がって避けられちゃいました。
「ギャッギャッギャッ! 甘いわ!」
「それはどちらでしょうね。黒焔狐火≪爆≫!!」
「ギャァァァア!!!!」
うん、飛び上がったら駄目でしたね。ただの黒い狐火を放つだけだったこの妖術も、妖気を沢山込める事によって、爆発させる事も出来るようになりました。
もっと連続して打てるけれど、今回は一発で相手が伸びてしまいましたね。仰け反ったまま地面に倒れて、そのまま動かなくなったもん。
「ボ、ボス!!」
「そんな、直接あの力を受け取ったボスが、こんな簡単に?!」
そして周りの猿達は、そんな事を言いながらざわめいています。ただ気になる言葉があるね。
あの力? それは何でしょうね。
「さて……約束通り僕達の服、返して貰うね。それと、あの力って何ですか?」
「キキ、服は返してやるが、それ以外の事は……」
「ツンツン……」
「数ヵ月前に我々の所にある人物が現れたんだ。そしてそいつが、これを使えば強くなれると、不思議な黒い球を差し出してきたのだ。それをボスはなんの躊躇いもなく使った。それからボスは、いつも以上の強さを手に入れたんだ」
槍にした尻尾でお猿さんの頭を突いたら、ペラペラと良く喋るようになりました。
確かに普通の猿の妖怪にしては強かったですよ。普通の猿の妖怪なら、僕の2回目のけん玉の攻撃でダウンしますからね。
それにしても、そんな不思議なものを妖怪に渡してくるなんて……いったい何者なんでしょう。
また何かが起ころうとしているの?
「ありがとうね。それじゃあ、服は返して貰……」
「椿ちゃ~ん!!」
「ギャフン!!」
服を取ろうとしたら誰かが僕の後ろから突撃してきたよ?! いや、この声は里子ちゃんですね!
「ちょっと、里子ちゃん。落ち着いて下さい!」
「椿ちゃん大丈夫?! どこか怪我してない?」
「怪我はしてませんから、僕の上から退いて下さい!」
僕の上に馬乗りになって、尻尾を激しく振らないで下さい! この状況は色々と危ないから!
「全くもう、だから心配する必要ないって言ったでしょう? 椿は強いんだから」
すると、その後に美亜ちゃんもやって来て、僕の上に乗っかってる里子ちゃんに向かってそう言います。
そう言えば、2人とも浴衣に着替えてるけれど、ちゃんと下着も着けてるよね?
「もう、美亜さん早いですよ~あなたが着くまでに、椿ちゃんと色々したかったのに~」
「そんな事だと思ったから早く来たのよ」
「ありがとう、美亜ちゃん。助かったよ……」
猿の妖怪退治よりも、里子ちゃんの暴走の方が恐かったですね。
―― ―― ――
無事に僕達の服を取り返して旅館に戻った後は、旅館の責任者の朧車さんにひたすら謝罪されました。
実は僕が連れ去られた後、女性従業員の何人かが物置で見つかったらしいのです。完全にしてやられたらしく、朧車さんは悔しがっていました。
その後は、鞍馬天狗のおじいちゃんがセンターに連絡して、捕まえた猿達を翌朝に引き取りに来るよう手配し、なんとか一件落着……したと思うんだけど、僕はどうも引っかかるんです。
ボス猿のあの邪悪な妖気……それを与えた者。いったい誰が……。
「あっつぅい!!」
「もう、椿ちゃん。考え事なんかしてるから、お肉さんが顔面に引っ付くんでしょう?」
うぅ……こんな事が起こるのは妖怪食だけですよ、もう……。
晩ご飯の最中に考えるべきじゃなかったですね。でも、やっぱり気になっちゃうんです。あの妖気……。
「だから椿ちゃん、お魚……」
さっきから里子ちゃんが僕に注意してくれているけれど、どうしても考えちゃって、妖怪食にいたぶられています。もう食べます、食べちゃいます。ほっぺたをペシペシ叩いてきて、もう!
懐石料理だから、そんなに慌ただしくならないと思っていたら、相当妖気の質にこだわっているのか動きも芸達者です。
「ほぉ……ジャグリングみたいな事もするとは中々……」
「白狐さん……お魚さんの丸焼きが、お造りをお手玉みたいに投げるなんて、普通でもあり……むぐっ?!」
思い切りそのお造りを僕の口の中に放り込まれましたよ! なにこの料理?! もう全部食べてやる!
「椿よ、お前さんが言っていた邪悪な妖気と、それを渡した者についてずっと考えとるのか?」
「んぐっ? んっ……んぐんぐ……ぷはっ、そうです。やっぱり気になっちゃって」
食べてる最中に話しかけないでくれるかな、おじいちゃん。慌ててお茶で流し込んで返事をしたけれど、ちょっと詰まりそうになりました。
「心配するなと言っても、儂だって気になるものは気になる。じゃが報告はしたんじゃ、今は旅行を楽しめ」
「ん~そうなんだけど……」
すると、頭を抱える僕に向かって、今度は妲己さんと玉藻さん、そしてお母さんまでやって来て話しかけます。お父さんは何故か、お母さんの隣で小さくなってます。
「椿~今は気にしてもしょうがないわよ。それに、私達もいるでしょう~?」
「そうじゃそうじゃ、もう少し周りを信用したらどうじゃの」
「ふふ、2人にこんなに慕われて、流石私の自慢の娘だわ」
もう、各々好き勝手言ってくれてさ……ちょっと頬が緩んじゃうよ。
それに、なんだか体も熱くなってきました。いや、それとは別に……なんだろうこれ、胸がドキドキしてきて……あ、あれ? 僕どうしちゃったの。
「……椿? どうしたの?」
「……なにこれ? 体が熱い……お、お母さん」
だけどこれ……少し変です。ぼ、僕、服を脱ぎたくてしょうがないです。
そう言えばさっきも、いくら相手が猿の妖怪だとしても、変な目で見てくる奴もいた。それなのに、なんで僕は裸で平気だったの?!
おかしい! 僕の体、どうかしてる! あの猿の妖怪になにかされた? 違う、もっと前に何か……あっ。
「ねぇ、お母さん。小さなおじさんみたいな、妖精であって妖怪みたいな、なにかそんな変わった奴っていない?」
そして僕は助けを求める為に、お母さんに部屋で見た、あの変な小さなおじさんみたいな妖怪の事を話します。
あいつだ、あいつに違いない。変な踊りもしていたし。それから僕、おかしくなっちゃったんだ!
「あらあら……」
んっ? なんでにやけてるんですか? お母さん。
「それはね、恐らくパウチカムイと言う妖怪ね」
「パウチ……なんだって?」
「アイヌの方では妖精で伝わっている、性欲の妖怪よ」
へぇ……性欲の妖怪。と言うことは……。
「白狐さん黒狐さん……謀ったね!」
すると、ずっと静かに僕の様子を伺っていた白狐さんと黒狐さんが立ち上がり、僕の方に近付いてきます。
「いやなに、謀ってはいなかったさ」
「そうだ。あいつはたまたまここに旅行に来ていただけのようだ。いやぁ、運が良いな白狐」
「良くない!!」
こんな事で僕を発情させてくるなんて、最低だよ2人とも!
「いやなに、いつも椿は仕方なく我等の相手をしている気がしてな」
「本気で楽しんでくれてないように思ったんだ。そんな時に、ここでこいつを見つけたからな」
「……バカ」
僕が自制しているのに気が付かないなんて……確かに僕は、夫婦の営みをだいぶ遠慮しています。
声も出さないし、結構ガチガチなんですよ。でもね……それは恐いからなんだよ。溺れちゃいそうで……。
「白狐さんと黒狐さんのバカ!!」
「おぅっ?!」
「ぐぉ!」
とにかく、2人の頭をハンマーみたいにした尻尾で殴っておきます。
「なんで分からないんですか……僕が我慢しているのが分からないんですか?」
『我慢?』
もう、これだけ言っても分からないのかな? 2人とも声を揃えて言うと、首まで一緒に傾げてますよ。
「う~2人のテクの前に、僕が快楽に溺れちゃいそうなんですよ! それこそ、白狐さん黒狐さんじゃなかったら満足しない体になっちゃいそうで、恐いんです!」
はい、言っちゃいました。全部言っちゃいました!! 言った後顔が熱くなってるから、これ絶対に顔が真っ赤になってるよね?!
「あらあら……」
そしてお母さんの声で更に気付きました。皆の前で暴露しちゃってるよ!
「椿ちゃ~ん、可愛すぎでしょう~」
「可愛い、椿。今月号の特集は決まり」
「姉さ~ん。羨ましいっす」
「ねぇお母さん~お姉ちゃん何言ってるの?」
ちょっと菜々子ちゃん! 山姥のお母さんに聞かないで! そして山姥さんも耳打ちしないで!
美亜ちゃんはいつも通りの事と思っているのか、お魚さんを食べるのに必死です。だけど、他の皆はもうホクホク顔です。
そうだ、パウチカムイのせいだ。こいつのせいで僕の性欲がおかしくなって、変な事を口走っちゃったんだ! 僕のせいじゃない、白狐さん黒狐さんのせいだ!
「お、お母さん……これなんとかならない?」
そして、僕は湧き上がってくる性欲を必死に押さえながら、お母さんに対処法を聞きます。
「ん~そうね。これしかないのよね~」
「1つしかないんですか? 何でも良いです。この性欲を押さえる方法を……!」
「それじゃあ……はい、行ってらっしゃい」
そう言うと、お母さんは僕の前に立ち、僕の肩を軽く押しました。待って、後ろには白狐さんと黒狐さんがいるんですよ?
「お母さん……?」
だけど完全に油断していた僕は、そのまま白狐さんの胸の中にもたれてしまいました。
「ごめんなさいね。私も早く孫の顔が見たいから」
「お母さん?!」
嘘でしょう?! お母さんまでそんな事言うの? ねぇ、ちょっと……!
「ふっ、皆から求められているとなれば断れんな、椿よ」
「白狐さん、離して下さい! これ以上はヤバいです!」
性欲が溢れ出してきているから、たったこれだけでもドキドキしちゃって、今にも白狐さんにしがみつきたくなってるよ!
それなのに白狐さんは、腕を前に回してきて僕を抱き締めてきました。
「こら白狐、変われ」
「嫌じゃ、それにまだ飯が残っているからな」
えっと……なんだかんだでご飯は全部食べ終えましたけど。まだ残ってたっけ?
「椿というメインディッシュが……ぐほっ!」
「歯の浮くような事言わないで下さい!」
白狐さんがとんでもないことを言いそうになったから、咄嗟に下から顎を殴ります。
それなのに、僕の体は言われそうになった台詞を勝手に想像して、勝手に興奮して……もう駄目! 白狐さんから離れないと!
「良いわねぇ~椿。体はもう限界なんじゃないの? 火照ってしょうがないでしょう?」
「うぐぐ……妲己さんまで……」
僕の様子を見て、さっきから舌なめずりしていた妲己さんも近付いてきます。
「言っておくけどね~白狐と黒狐はパウチカムイの能力は効いてないからね。効いたのは椿だけよ。さっ、とっとと素直になっちゃいなさい」
素直……素直ですか。それは単純に性欲に対してですよね。でもそれは駄目だよ……僕、白狐さんと黒狐さんに依存しちゃうよ。
「椿よ、まだ我慢をしておるのか? お前は誰と誰の嫁だ」
「白狐さんと黒狐さん……」
「それなら何を我慢する必要がある? 我等はもう2度と消滅はしない。お主の傍にずっとおるわ」
「……白狐さん、本当ですか?」
なんだか当たり前の事を言われているけれど、でもやっぱり不安なんです。
僕の中にある、あの最大の戦いを終えた後の、八坂さんと天照大神のあの言葉が気になるんです。
『黒い太陽に気を付けろ』
『――その時が来るまで』
だから、まだなにかあるんだと思って僕は過ごしてきた。
また白狐さん黒狐さんを失う危険があるかも知れないと思って、依存しないようにしてきたんです。それなのに……。
白狐さんと黒狐さんはしっかりと僕を乱してきます。
だけどこの匂い、この声、この体温……その全てに包まれていたら凄く安心しちゃって、白狐さんの言葉を信じちゃいそうになる。
「椿、黒い太陽の事、今回の凶暴化した妖怪、気になる事が沢山あって、また大切な者を失うかもしれないと、恐くなってるんだろう?」
「黒狐さん……」
すると黒狐さんが僕の前にやって来て、頭を撫でてきます。黒狐さん、それ卑怯。
「安心しろ、もう俺達は何があっても死ぬ気などないし、死ぬつもりもない。むしろ俺達の方が、お前を失うんじゃないかと恐くなってるんだ」
「……へっ?」
「全く……以前の戦いでも、お主は消える所だったであろう。今度こそはあんな奇跡は起こらないかも知れん。そう思うとな……椿を求めてしまうのもしょうがないと思わんか?」
白狐さん、キツく抱き締めながら言わないで……苦しいってば。
だけどそっか……そうだよね。僕は1度、皆と永遠のお別れをする直前までいっちゃったんです。
そう思ったら、白狐さん黒狐さんが僕を執拗に求めるのも、しょうがないのかも……それなら、僕も少しくらい依存しても良いかな……。
「……分かりました。僕も、もう少し素直になります」
そして僕はそう言うと、後ろから僕を抱き締めている白狐さんの方に顔を向け、先ずは白狐さんにキスをして、それから正面にいる黒狐さんにもキスをします。
「椿……何故白狐からだ」
「文句あるんですか?」
毎回毎回これですよ。2人とも僕と結婚出来たから、争うのは止めると思ったのに、やっぱりまだ争ってるんですよ。僕を独り占めしたくね。黒狐さんには妲己さんがいるのにね。
「椿~私にもキスは?」
「何でですか?! それに女の子同士で……」
「あら、それじゃあ男なら良いのね。えいっ」
すると妲己さんの体が煙に包まれ、次の瞬間には、その場に妲己さんそっくりの男性の姿がありました。髪は短髪になってるけれど、妲己さんだこれ!!
「そ、そんな……性別が決まってる妖怪は、異性に変化は……あっ」
そう言えば忘れがちだけど、白狐さんと黒狐さんも性別がハッキリしてないから、女性に変化出来るんですよね。とういうことは妲己さんも……。
「ほぉ……これは油断出来んな」
「ふっふっふっ……意外な伏兵ってやつだよ。さぁ椿、たっぷりと可愛がってやる」
しかも男口調までしっかりと定まってるよ! これは駄目です、逃げないと。皆に助けを求めて逃げないと!
「ちょっと、皆助け……」
「さぁ、皆の者。今日は移動もあって疲れとるじゃろう。宴会は明日にして、今日はゆっくりと休め」
今日宴会するって言ったよね?! ねぇ!! いきなり変更しないで下さい!!
『椿ちゃ~ん、お休みなさ~い』
そして女性の妖怪さん達全員、微笑ましいものを見る目でお休みの言葉をかけないでください! このままだと僕は寝られませんから!
「待って待って皆……ちょっと助けて! 美亜ちゃん、里子ちゃん、楓ちゃん、雪ちゃん!」
「……悪いけど椿。誰も助けないわよ。今のあんたを見てたらね、幸せそうでしょうがないように見えるのよね~」
「ほへっ?」
「だって椿ちゃん、口元緩んでるよ~可愛い~」
「パウチカムイのせい!!」
だけど里子ちゃんがそう言った後、皆ニヤニヤしながら部屋から出て行っちゃいました。
でも雪ちゃんが「シャッターチャンスは逃さない」と言っていたから、隠し撮りには気を付けた方が良いような……じゃなくて、逃げないと!
「あ、あの……流石の僕も3人1度には……」
「んっ? あぁ、大丈夫だ。なんなら黒狐に女性になって貰えば良いからな」
「なにっ?!」
あっ、黒狐さんが青ざめてる。
まさか妲己さんにそんな事を言われるとは思わなかったんだ。だけど、それはそれで見てみたいような……。
「待て待て! それならお前が元の女性の姿でいれば……」
「今日はなんだかお前を抱きたい気分なんだよ。なんなら、その姿のままでも良いぞ」
うわぁ、一気に危ないパーティーになりそうです。それなら黒狐さんに女性化して貰った方がいいかも。
「待て妲己、流石にそれは……んっ?」
「黒狐さん……僕、黒狐さんが女性の姿で抱かれてる姿も、見てみたいなぁ……」
「うぬぐっ……!!」
そして僕は必殺上目遣いで、黒狐さんの着物の袖を掴みながらそう言います。これは白狐さんと黒狐さんに頼み事する時に、1番効くやり方なんです。
「ま、待て……さ、流石に椿の頼みでも……くっ……」
揺れてる揺れてる……でもちょっと厳しいかな。
「妲己……お前もたまには良い提案をするものだ。さぁ、行くぞ黒狐」
「諦めろ黒狐。椿の気持ちも少しは理解してやれ」
妲己さんナイスです。その言葉は結構効くと思います。
すると、黒狐さんは頭を抱えて盛大に悩んだ後、ため息をついて肩を落とします。
「分かった分かった……今回は俺が折れるよ……は、ははは」
「なに、後で2人きりで俺の処女もやるから。まぁ、楽しもうぜ~」
「待って下さい、えっ? 妲己さんて処女? えっ?!」
「なんだよ、男を落とすのに何も体を使う必要なんてないんだぜ。純血はしっかりと守ってたよ」
へぇ、それは意外です。あれ? それなら、僕の方が妲己さんよりも上なのかな?
「だけど椿、体を許さなくても、それ以外で男を落とすテクならしっかりと持ってるからな。もちろん女もな。覚悟しとけよ」
心読まれたかな……いや、きっと表情ですね。うん、でも良いです。この3人にならなにされても良いです。
この思いはパウチカムイのせいでもない、僕自身の素直な気持ちです。
そして僕は3人に着いていき、食事をしていた宴会場を後にします。
廊下を照らす月明かりはちょっと神秘的で、これからされる事を考えると、3人の姿が妖しくも見えます。だけど、たとえ何をされても、僕はここの妖怪さん達が大好きです。
これから何があっても、僕が皆を守るんです。そしてそれだけの力を付けるんです。
でも今は……白狐さんと黒狐さんに依存しておきますね。