5月
5月――希望の神
「『五月病』ってマジ俺に失礼すぎない?どうして『五月病』って言うんだよ。俺、いい迷惑じゃん。」
「皐月様がそんなんだから、言われるんじゃね?」
「俺のどこが悪いってんだ!」
プンスカと怒りだした皐月をどかしながら、神子である察希は掃除をする。換気している窓から吹き込む風が爽やかで心地よい。庭に植えられている植物の緑も一層鮮やかさを増している。
「だいたい、俺は『五月病』なんて病気と一番縁遠い神様だろう!俺は『希望の神』だっつーの!」
「でも、日本の社会的にはどうしても仕方ねーことだし。」
「仕方なくなんかない!人間が弛んでるのが悪い!」
五月病というのは、4月に頑張りすぎた新入生や新入社員が新環境に対して不調を訴え始める時期がちょうど5月であるから、そのような名称で呼ばれるようになった症状の総称ことだ。皐月が言うように『人間が弛んでる』というのもあながち間違いではない。
「人間はどこまでいっても人間だから。多少の弛みは勘弁してくれや。」
察希が頼むと皐月の怒りも少しは収まったようだ。
「……まぁ、そうだな。人間は俺たちより断然脆いからな。」
自分の司るものに対して絶対的な権能を持つ神様たちに対して、どれも完璧ではない人間たち。そんな人間に対して弛むなと怒ることの方が神様たちにとっては無意味なことだ。
「では、しょうがないな。そんな『五月病』と五月蝿いやつらには……。」
「? どうした?」
急に言葉が途切れたことに察希が疑問を感じ皐月を見ると、また恐ろしい形相をしている。
「『五月蝿い』にも五月が入っているじゃん!本当に人間は失礼だ!」
「あぁー……。」
五月の蝿はうるさいから、というそのままズバリな理由で当て字にされた『五月蝿い』。確かに良い意味ではない。
せっかく仕事してくれそうな気配だったのにー、と察希は嘆くがもう遅い。
「もう今年は希望なんて振り撒かないからな!人間は絶望してればいいんだ!」
「やっぱり。」
そういう結論に至ると思ってはいたが、それでは困る。希望がないままでは、それこそ日本全国の人間が五月病にかかってしまうかもしれない。
神様のご機嫌を取るために使えている神子である察希としてはとても困る。そして、本領を発揮する場面である。
「でも、人間は5月が来るのを楽しみにしてるぜ。」
「はぁ?」
本格的に機嫌が悪いらしく、返事がいつにも増してドスが効いている。
だが、それくらいでは察希は怯まない。もう、皐月に付き合って何回目の5月だろうか。神様が機嫌が悪くなることなんてしょっちゅうだ。
「5月はだって、母の日があるだろう? それから、学校では運動会があるだろう?」
察希は指を折って数えていく。
「それに、何よりも、ゴールデンウィークがある!」
「毎年思うが、それってそんなに良いもんなのかよ? いっつもその時期は騒がしいが。」
「すごく良いもんだ! だって、ほとんどの人間が長い休みは好きだからな。」
ゴールデンウィークの喧騒はこの神殿まで伝わってこないが、テレビなどを通じてその様子を知ることは出来る。
「脆い人間にとって、それだけの長い休みは凄く楽しみなことだ。
それに、何よりゴールデンだぜ?」
「ゴールデン……。」
「あぁ、ゴールデンだ。」
人間のことには疎い神様であるが、人間がどれだけ黄金を好いているかは知っている。そして、そのように光輝く名前が自分の月に割り与えられたことの意味。
「よーし、よくわかった察希。人間は俺が好きなんだな。」
「あぁ、好きだ。なんたって、『希望の神』だし。」
「よし、では、仕事を始めるぞ。手伝え。」
皐月は意気揚々と仕事の準備を始める。
察希は単純な神様で良かったー、と思いながら皐月の後を追った。




