3月
さて、この神殿にも庭があり、その庭には四季折々な日本各地の植物が生い茂っている。普段であれば、各月ごとの神子がその世話をしているが、3月だけは少し様子が違う。
3月――植物の神
3月の神様、弥生は植物を司る神様だ。
そのため、この神殿には日本全ての植物が育てられている。各月ごとの神子も世話をする。しかしそれは、弥生が一月の間に概ね病気の有無や寿命、栄養の過多についてきちんと分析しているからこそ出来るのだ。そうでなければ、この庭にある全ての植物の世話など一人では出来ない。
「あぁー!この花去年より元気ない。うぅ、この木も。うぅ、グズッ。」
「全く!泣かないでください!」
「でも、でもー!」
弥生からこぼれ落ちた涙はそのまま土に染み渡る。すると、今まで萎れていた草木がみるみるうちに元気な色を取り戻す。弥生の涙には植物のための栄養が含まれている。そのため、枯れている植物の上で泣けば、大抵の植物の病気等々は治癒してしまう。
だが、問題はそれで解決ではないのだ。
「……まぁ、確かにここ数年は特に顕著ですね。」
「そうだよね!私の勘違いじゃないよね、矢佳ちゃん!」
「鬱陶しいので、抱きつかないでください。」
「うぎゃぁ!」
この神殿の植物は日本各地に生育している植物の見本だ。この庭にある植物の生育状況は、すなわち日本で生育している植物の生育状況だ。
その植物たちの生育状況は近年あまり芳しくない。神子たちがサボっているという訳ではない。だとすれば、原因は日本各国にある個々の植物たちだ。
矢佳もここで弥生に仕えてから多くの植物を見てきた。いつの間にか消えているもの。いつからか存在しているもの。太陽の光を浴びて元気に成長しているもの。いつしか枯れてしまったもの。だが、それは植物の神様に仕える矢佳にもどうすることも出来ない。そもそも、植物の神様である弥生にだってどうすることも出来ない。
弥生と矢佳に出来るのは、この庭にある植物を見守ることだけ。こちらの植物とそれぞれの植物が繋がっているのであれば、こちらを出来るだけ元気にして微々たる効果しかないが、個々に元気になってもらうだけ。
神様と神子に出来るのは、せいぜい神頼みされたことをほんの少し叶えてあげる程度だ。
「あ、見てください弥生様。」
「何々?」
「ほら、ふきのとうですよ。」
「あ!ホントだ!今年も春が来たねぇ。」
それでも、毎年元気に芽を出す植物はいる。
「あ、矢佳ちゃん。こっちはタラノキの芽が出てきたよ。」
「あぁ、美味しそうですね。」
「ダメー!ここの植物は食べちゃダメー!」
「冗談ですよ。」
「冗談でもダメ。」
まだ新米神子だった頃、うっかり山菜類を引っこ抜いて食べようとしたことを覚えられているようだ。この神殿に生えている植物たちは一応御神木の類いになるそうで、気軽に採って食べるのは禁止されている。
「では、スーパーで山菜を買ってくることにします。」
「うーん、それはそれで植物の神様としては複雑かも。」
感覚的には鶏が卵を食べるようなものだろうか。だが、どうせ弥生は矢佳が作ったものであれば何でも食べるのだから特に気にはしない。
旬のものは旬の時期に食べるから美味しいのだ。
他の植物たちに水をやりながら庭を弥生と共に散策する。元気のない植物があれば適切に処置を行う。問題がなければ、来年もまた元気な姿を見ることが出来るようにと祈る。
3月は植物の季語が多い。つまり、この月はそれだけ多くの植物が冬の寒さから目覚め、芽吹き、花を咲かせる。
矢佳は他の月の庭を見たことはないが、これだけは確実に言える。
「……やはり、3月の庭が一番美しいですね。」
「でしょでしょー!」
「うるさいです。」
「うぎゃぁ!」




