8月
「よっしゃー!ようやく巡ってきたぜ俺の月!さぁ、行くぞー!」
「暑苦しいんですよ、あなたは!」
8月――灼熱の神
熱中症に注意しましょう、今夜は熱帯夜になるでしょう、など天気予報が連日の暑さを伝える8月。
8月の葉月が司るのは『灼熱』だ。
「暑苦しい?あまり誉めるなよ、初樹。」
「誉めてません。本当にただでさえ暑くて不快なのに、これ以上不快指数をあげないでください。」
「そんなこといわれてもなぁ。暑くするのが俺の仕事だし!」
確かに葉月の仕事は暑くすることではあるが、別に暑さの神様だからって、自らの挙動まで暑苦しくする必要はないだろう。
曰く、
「『灼熱の神様』であるからには、見た感じですぐわかるようにしないといけないだろ?」
「えぇ、確かにあなたを一目見れば誰だってすぐ何の神様であるかわかるでしょうね。」
視界に入れるだけでも体感気温が上がる気がするので、なるべく見ないようにして書類を片付けていく。
冷房を本当は入れたいところであるが、葉月が嫌がるため(冷気を浴びると弱るらしい。少しは静かになればいいのに。)基本的にはつけない。
日本家屋を基本とした神殿の風通しはよく、籠った暑さでないのがほんの少しの救いだろうか。
「というか、暑さの神様に使える神子が暑がりなのがいけねぇんだよ。」
「煩いですね。暑がりではなくて、これが人間の普通の反応ですよ。」
35℃で暑いと言わない日本人がどこにいるのか。気象庁では35℃以上は猛暑日と決めているのに。
初樹が暑がりなのではなく、葉月が以上に暑さに異常に強いだけだ。
「よし、初樹を鍛えてやることにした。これは没収!」
「あぁ、何てことするんですか!私のオアシスを!」
『最強』で回っていた扇風機を取り上げられる。あれがなければ、本当に命の危機が訪れる。
「ふん。これは今年はなしだ。もう少し体を鍛えて暑さに強くなれ。」
「……もう、どうなっても知りませんからね。」
神子は基本的に神様に逆らえない。葉月がダメと言ったら、ダメなのだ。
ならば、徹底抗戦といこうじゃないか。
ひんやりとした風が初樹の頬を撫でる。夜でも昼の暑さが引かないこの時期にはあり得ないことだ。
「初樹、初樹!おい、聞こえるか、初樹!」
「煩いです。そして、暑苦しい。」
閉じていた目をゆっくりと開ける。おろおろと視線をさ迷わせる葉月が一番に目に入った。それから、辺りを見渡す。どうやら倒れて寝室に運ばれたらしい。
「……急に初樹が倒れてしまって、それで、俺、どうすればいいか。」
神殿にはよっぽどのことがない限り、その月の神様と神子しかいない。
人間が倒れるのを見たことがなかったのだろう。酷く狼狽している。
「とりあえず、そうですね、スポーツ飲料をいただけますか?」
「わかった!取ってくる!」
「出来れば常温の。なければ、水と塩を少々。」
「わかった!すぐ戻る!」
葉月は部屋を勢いよく飛び出していく。台所と寝室は結構な距離があるが、あの早さだとすぐだろう。
ベッドの脇にある机においてある時計を見る。倒れてから30分程度だろうか。そして、同じくおいてあったクーラーのリモコンを手に取る。設定は最低気温になっている。これでは寒すぎる。温度を上げる。
「戻ったぞ!あ!ダメだろ、温度上げちゃ!」
「ですが、これでは寒すぎますよ。風邪を引いてしまいます。」
「むむ、そうなのか。すまぬ。」
葉月は本気で落ち込んだらしく、顔を俯かせる。
「それに、あなたも辛いでしょう。こんなに涼しくては。」
「俺は大丈夫だ。初樹が大丈夫ならば、それで。」
本当は冷気が大の苦手なのに、冷房が最も効いた状態の部屋に30分もいて、初樹の看病をしてくれた。
「わかりましたか? 私はあなたと違って暑すぎると死んでしまうかもしれないんです。」
「し、死ぬのか? おのれ、師走!」
「やめてください。今は未だ死にません。」
他の神様に迷惑をかけるのはやめてほしい。というよりも、そもそも悪いのは葉月だ。
「これからは、扇風機を取り上げたりしない。……冷房もたまにならつけてもいい。」
「そんな約束してもいいんですか?」
初樹は思わず笑ってしまう。我が儘な神様が譲歩してくれる。それは、とても珍しいことで。
「初樹が倒れるより、死ぬより何倍も良い。」
こんなにも、大事にしてくれていたなんて。
「はい、ありがとうございます。
飲み物いただいても?」
「あぁ、ほら。起き上がれるか?」
葉月は初樹の背に手を回して起き上がるのを支えてくれる。
これに免じて、出来る限り冷房を使うのはやめてあげよう。




