田中2
10月9日午後7時28分。
先行していた斥候が試作体を名乗る人物を保護したと仮司令部に報告を入れてきた。
試作体はミノツナと名乗る8番体らしかった。朝倉が証言したため軍はミノツナから事情を聞くことに。
「自分たち4名は田中といるのは元々嫌で嫌で同じような考えの者を集めて逃げました。しかし後からやってきた田中に俺以外はみんなやられてしまいました」
要約するとミノツナが言いたいのはこうだと取り調べにあたったルー・バールデイン少尉は上記のような報告書を遠征部隊の司令官ディシェン少将に提出。
ミノツナはむしろ保護して欲しいと申し出たため一時的に遠征部隊が身を預かることに。一応朝倉と共に戦列に加わることが許可された。
しかし、そのような処遇を朝倉が快く思うはずがなく。
「どの面下げて俺の前に現れやがった。ミノツナ」
「朝倉・・・すまねえ!田中が怖くて怖くて。許してくれ、俺は誰も殺してない」
朝倉の専用テントまでやってきたミノツナは土下座までした。
元々朝倉は末端のミノツナまで殺すつもりはない。田中から逃げてきたのは事実のようだし、暫定的に許すことにした。
10月9日午後10時8分。
遠征部隊の前衛部隊が田中らを有効射程にとらえた。
歩兵20名が田中に向けて射撃した。フォルスマンは後方に待機していたためここにはいなかった。
田中の体に銃弾は当たりはしても、すぐに傷口は塞がってしまうので田中にダメージを与えるには至らない。
田中は自分のヨーヨーを放つと歩兵20名を瞬時に蹴散らした。これが田中だ。
戦車の砲台が火を噴いて田中に直撃したが、またしても田中は無傷。さすがに砲弾は危ないのでヨーヨーに処理させたのだ。
「前進やめ!これ以上戦車で進むのは不可能だ。一旦後退する!」
前衛部隊で戦車3台の指揮をとっていたスピニング中佐は田中を追うことを断念。戦車が通れない茂みに田中は姿を隠したのだ。
「歩兵もみんなやられた!試作体の朝倉とミノツナを連れてこい!あの2人でないと奴は倒せん」
送迎ジープにミノツナと朝倉は乗せられた。最前線まで送られるのである。運転手は中村が担当。
だいたい田中のいる位置に近づくと中村は2人をジープから降ろした。ここからは渡したインカムを通して試作体の電波の位置を伝え、田中のいる所に行かせようというのである。
「健闘の祈る」
中村は敬礼すると帰りのためにその場に待機した。
「まさかお前と手を組むことになろうとはな、ミノツナ」
「今は田中を倒すためだけに俺は動く。信用してくれ」
「信用せざるを得んだろ。それより電波の出処はどうなんだ本部」
「君らの正面に山道から外れるが茂みがあるだろ。そこに入って直進600メートルだ」
2人は顔を見合わせた。田中はかなり近くまで来ていたのだ。
「動きはどうなんだ?」
「ずっととどまっている」
「待ち伏せか。俺たちに電波の方法があることに気づいていないんだな」
2人は物音を極力たてずに茂みに入ると前を見つめた。前方は木の枝葉っぱがそれぞれ絡み合ってて600メートル先まで見ることは出来ない。
葉をかきわけて目標のてまえまで来た2人は同時に攻撃することを目で合図した。この直径4メートルくらいの岩の向こうに奴が!
「死ね田中!」
ミノツナと朝倉は同時にヨーヨーを放つ。もちろん朝倉はヨーヨーを2つ放った。全力で田中を倒すためだった。
これくらいで田中がくたばるとは思えなかったが、傷は与えられたろうと2人は思ったが、2人の予想は外れる事になった。
「へ、ここはひとつ田中の傷の具合でも確認するか」
ミノツナが慎重に岩の向こうをそっと覗き込んだが、それを見るなり声を上げた。
「おい!これって・・・」
朝倉も岩の向こうを確認するとそこにはフォルスマンがいた。正確には3つのヨーヨーを同時に喰らってフォルスマンだったものがあった。
「これはまさか囮?」
「田中が電波のことを知っていたのか!?」
2人があっけに取られていたその時だった。
はるか後ろ(後方600メートル)の茂みがガサッと動いたかと思うと田中が飛び出していた。飛び出すなり田中はヨーヨーを放った。
2人は防御のため田中の1つのヨーヨーを3つで自分たちを防御した。
防御されても田中は眉一つ動かさず、手元に戻ってきたヨーヨーをまた飛ばした。田中のヨーヨーは戻るのが速いようだ。
「田中ってこんな単純な攻撃しかしないのか?」
田中の攻撃を体移動で避けつつ、朝倉はミノツナに聞いた。
「田中の能力は俺たち味方の誰も知らないんだ。謎のベールに包まれている」
ミノツナが言うには謎のヨーヨーだ。一度攻撃は受けたが、大したヨーヨーではなさそうだ。1番体だから特性はないのか?
「ぐふふっ・・・貴様らぁ・・・俺のヨーヨーの秘密がそんなに気になるようだな」
田中が口を聞いた。その声は枯れていて、精彩さを欠いていた。何だこいつは。
田中は続けた。
「俺のヨーヨーは察しの通り、特に特性のないヨーヨー。単純動作はどのヨーヨーを上回るが、変わった能力はない・・・」
田中の様子がおかしかった。呼吸が乱れて、体をガクガクと震わせていた。
「聞いたかもしれないが俺のヨーヨーにあらゆる補助機能をつけすぎたために、俺の体は既に崩壊しつつある。それが俺のヨーヨーに後天的に新たな能力をもたせたんだ」
朝倉はそれが気になってしょうがなく田中に尋ねた。
「それはなんだ?」
「ハハハ・・・!俺にも制御できぬ危険な代物よ。俺の意志とは無関係に動くがあらゆる能力を備えた完璧なヨーヨーだ。こいつが暴れたがっている。俺にも抑えきれん」
田中がヨーヨーの投擲動作に入った。
「さっきのヨーヨーは普通だったが、今度のヨーヨーは何が出るかな?重力を操るかな?磁力を操る?それとも炎か?」
危険を感じ取った朝倉はミノツナにヨーヨーを同時に投げて防御するよう促した。
「とにかく俺たちもヨーヨーを投げるぞ!何が起こるか分からん!」
田中が投げると同時に朝倉とミノツナもヨーヨーを前方に出して盾にした。田中のヨーヨーはどうなったのか?
田中のヨーヨーは10個以上に増えていた。朝倉の2つ操る技能の応用であろう。10個も操る精神力は並大抵ではない。
10個はさすがに防ぎきれない・・・!
「ふたり・・・と・・も、地獄行きだぁぁぁっ!!」
田中は苦しそうに身をかがませていたが、その顔は勝利を確信した笑みに満ちていた。
朝倉とミノツナは人生の終幕を感じ取った。だが、田中の後ろ数百メートルがキラリと光ると何かが田中を後ろから襲いかかっていった。
おそらくヨーヨーだ。しかし誰の?
ヨーヨーと思わしきものは田中の後頭部から頭蓋骨を割って脳組織をかき回しながら田中の眉間を裂いて出ていった。
放たれたヨーヨーの主が2人の前に現れた。
べナルロッドだ。彼は生きていたのだ。
(危なかったなぁ ふたりとも無事か?」
べナルロッドはボロボロで体の節々から血がしたたっていた。痛そう。
「おめぇ、死んでなかったのか」
「そうさ。田中の奴、死んだフリしてたらあっさり行っちまったのさ。マヌケな奴だよ。死亡確認もせずにな」
「そうだったのか・・・」
べナルロッドは少しためらってから次のような事を話し始めた。
「なぁ、俺と一緒に逃げねえか」
「どういうことだ?」
「軍と一緒にいれば何されるか分かったもんじゃねえぞ。俺は人体実験はごめんだからな」
それを聞いたミノツナは深刻ぶって考え込み始めた。
「・・・・・俺はべナルロッドと一緒に出る。軍とは居たくねえ」
べナルロッドは頷いて、朝倉の方を見た。
「ミノツナはそういうことらしいが朝倉、お前は?」
「俺は軍に危険と判断された試作体を片付ける事で一時的に手を組んだ。危険ではないが試作体であるお前らを軍の元へ連れて行かねばならぬ立場だ」
その言葉でべナルロッドとミノツナは身構えた。最後の敵はこの朝倉が立ちはだかるのか・・・と。
「しかしだ」
朝倉は続けた。
「田中を倒す事で充分に任務は遂行したし、義理立てはしたつもりだ。元々一時的の協力関係だったしここらが潮時だ」
「では、俺たちと一緒に?」
「いや、俺は誰かとつるむのはしょうにあわねえ。ここいらでお別れだ。俺は適当に旅でもするさ」
べナルロッドは「フッ・・・」と笑った。
「そうかいアバヨ」
べナルロッドとミノツナは朝倉に手を振ると軍がいる方向とは逆の方向へ歩き出した。もう朝倉と彼らが会うことはないだろう。
朝倉も軍に見つからないように適当な方向へとあるき出した。
軍支給のインカムもすでに捨てていたし情報が漏れることはないだろう。下山する頃に朝倉を称えるかのように日の出が上がった。
10月10日午前6時29分の事であった。