田中
試作体撲滅任務の間、朝倉は寝床と毎日三食の手当てがあてられることに。
その手続きのサインをする過程においてかつての友である坂崎、中村、ベングマンらとも再会した。
元々彼らは試作体を探すために集落で情報収集をしていたが、この電波逆探知によってお役御免となったため司令部まで戻されたと語った。
フロスト中佐の言っていた試作体の脳波を探す方法というのは簡単な事だった。軍の通信回路に見慣れない電波が受信されていたのだがそれが試作体から発せられていた電波だった。
この電波を逆探知する事で発信源は細かい所まで判明している。これにより大まかな位置はA国の軍に筒抜けになっている。
「この電波は試作体に組み込まれた電子回路が関係していると思います。試作体が完全に完成すればこの電波も外部に漏れなくなると思います。彼らは一応未完成なので」
フロスト中佐が臨時に設置した通信制御室のブールディル大尉はそう語った。
その通信制御室によって3名が生駒山、3名が八尾市に潜伏していることが判明。彼らが作戦実行中なのか仲間割れなのか判断しかねる所だが、とにかく彼らは別行動をとっていた。
朝倉らA国の軍人が司令部を置いている場所は生駒市内であり、晋三らと戦った場所からそう遠くない位置。
この地に駐在する部隊の司令官トマ・ディシェン少将は距離的に近い生駒山の4名に対して攻撃を行う事を決定。
遠征部隊は歩兵50人、戦車10台、ヘリコプター6機とい重厚な布陣である。遠征部隊は試作体のおとりに過ぎずトドメは朝倉に託されている。弾丸では試作体に致命傷を負わせるのは難しい。
それらを迎え撃つ4名の試作体はというと、勘が鋭かった長谷川がフォルスマンの尾行に気付いたのである。
バルトハウザーは他の3名を先に山へ行くように指示するとフォルスマンと一対一でとりあえず話すことに。物陰に隠れていたフォルスマンは諦めたのか堂々とバルトハウザーの目の前に姿を現した。
「田中の命令か?」
簡潔にバルトハウザーが尋ねる。
「気配を消したつもりが良く気づいたな。最初は俺の独断。今は田中さんから指示を仰いでいる。お前らも裏切ったのなら消さなくてな。」
「面白い。2番体の実力ってのを拝見したいな」
バルトハウザーのヨーヨーの特性はヨーヨーを中心とした半径3キロの重力を自由に操作できる恐るべき特性を持ったヨーヨーである。いくらフォルスマンの磁力のヨーヨーでもバルトハウザーのヨーヨーに勝つのは難しいのだが。
「2人とも武器を収めい」
田中である。試作体の中で最も謎めいた実力不明のあの田中がフォルスマンの後ろからゆったりとした歩調で戦場に姿を見せた。
「田中さん?どうしてわざわざ」
「フォルスマン。ここは私が奴を処刑す。裏切り者の惨めな末路をしっかりと脳に刻み込むが良い」
「田中さん。わたくしは死んでもあなたを裏切るようなことはなさいません。そこはご信用ください」
「そこは分かっているよ」
バルトハウザーは田中と戦うのは本意ではなかった田中の実力は未知数。戦いの態勢に入られる前に不意打ちだ!
バルトハウザーは重力のヨーヨーを放ち、フォルスマンもろとも田中の体を別々方向の重力を発生させてねじ切ろうとしたが、何とねじ切れていたのはバルトハウザーの方だった。
「甘かったなバルトハウザー。私に不意打ちは通じない」
「さすが田中さん・・・!何が起こったのか全く理解できなかった・・・!」
「フォルスマン。残りはどこに行ったか聞いたか?」
「はっ、生駒山に隠れるとかなんとか言っておりました」
「よし、残りの奴らの刑を執行させようぞ」
「はっ、お供させていただきます」
そうして田中達がべナルロッド、ミノツナ、長谷川、バレスタスの前に現れたのが10月9日午後3時14分の事である。場所は東大阪市の山手町付近。
その頃にA国の遠征部隊が司令部から進発して探知出来た山に近い3名の元へ急行中であった。
べナルロッドの指揮の元、べナルロッドと長谷川が主戦力として田中たちを正面から迎え撃つ。バレスタスとミノツナは戦場の外縁部から援護射撃を行う。
これだけの陣形をそう簡単に倒せるともべナルロッドは思っても居なかったが、田中の強さはべナルロッドの想像を遥かに凌駕するものだった。
無秩序に生えまくった木の枝を手で押しのけて歩いてきた田中は前方800メートル前にいるべナルロッドと長谷川に気付いた。それにべナルロッドと長谷川も田中たちに気づいていた。
「焦るなよ長谷川。お前と俺のヨーヨーで必ず2人を倒すんだ。倒さねえと俺たちに安息の日はない」
「分かってますよ。べナルロッドアニィ」
しばしの間田中とべナルロッドが睨み合っているとしびれを切らしたフォルスマンが何故攻めないのかと田中に言ったが、その発言は無視された。
先に動いたのはべナルロッドだ。長谷川もべナルロッドと並走して全力で田中に向かって走る。枝で体を裂きながらも構わず走る。
長谷川からヨーヨーが放たれた。そのヨーヨーは田中らの手前で地面に落下した。すると・・・落下点が大爆発。
田中とフォルスマンはもちろんべナルロッドと長谷川もダメージを受けた。だが、べナルロッドはそれを承知で行ったのだ。覚悟は出来ていた。
炎と煙で視界を奪えさえすれば田中も怖くない!落下点で大爆発を起こす長谷川のヨーヨーに感謝しつつべナルロッドは田中の頭部めがけてヨーヨーを投げた。
それをかろうじて確認しえたバレスタスとミノツナも射程距離ギリギリからヨーヨーを投げる。3つのヨーヨーで狙われたらさすがの田中も回避できまい。
ミノツナのヨーヨーは熱を感知して自動追尾するヨーヨー。それならこの状況でも必ず田中を攻撃するように予めセットしてある。1発は必ずあたる・・・!
さらにべナルロッドのヨーヨーは見えないヨーヨーである。これも防御は不可能。バレスタスのヨーヨーは本人が無口ゆえに聞き出すのは無理だったが、これで倒せる!
一瞬、べナルロッドは田中の手元が光ったように見えた。田中はミノツナとバレスタスとべナルロッドのヨーヨーを完全に防いだのである。
「何故だ・・・」
べナルロッドの当然の疑問を考えている内に田中のヨーヨーと思われる物体がべナルロッドに直撃。長谷川も頭部を田中にぶち割られたようで絶命していた。
薄れ行く意識の中でべナルロッドは答えが出ない疑問を考えたまま倒れた。
作戦は失敗である。
バレスタスとミノツナは既に逃亡。
しかし田中のヨーヨーの射程距離内であった。1キロ以上離れていたバレスタスであったが田中のヨーヨーによって瞬時に肉塊となった。
次にミノツナが殺される番であったが、ミノツナは足を踏み外して900メートル下まで転落した。そのことで一応延命に成功した。
ミノツナから1.3キロ離れた所まで来ていた遠征部隊はレーダーから突然反応がいくつか消失した事に驚愕していた。まさか仲間同士で殺し合いしているのか。
同行していた朝倉はハインツからその話を聞いた時、この物語も終りが近いな、と思った。