協力者
朝倉が目を覚ますと何故かベッドに寝ていた。
このご時世では珍しい手入れが行き届いた清潔は寝室である。周りは木製の壁で囲まれておりどこかの民家らしかった。
上半身を起こすと朝倉は包帯をまかれていた。誰かが手当てしてくれたのか?ほっておいても回復するのだが。
「気がついたか朝倉」
声がして身構えた朝倉。声の主は初めから壁に寄りかかっていた。あまりの自然すぎて壁と一体化していたかのようだった。
そいつはサングラスと背広を着用して素顔は確認できない。
「お前の事は既に調べさせてもらった。俺たちには記憶を読み取る装置がある。これでお前の経歴はだいたいわかった」
朝倉は黙って聞き入る。
「断片的な事しか分からなかったが、それでもかなりの事が分かった。お前が今置かれている境遇。田中という男。そして今までの戦い」
この謎の男は味方なのか、それとも・・・
「お前は何者だ。何故俺を助けた。どうして俺に接触しようとする。そしてここはどこだ」
「質問が多いな。順番に追って話そう。まずは俺の身分だがA国のエージェントだ。某国が紛争鎮圧のための生物兵器の開発をしていたという情報を元に動いていたんだ」
「A国のエージェント?」
「あぁ、その生物兵器はA国は本当に平和利用のために開発していたそうだが、アクシデントによって15体の試作体が全て逃亡したとニュースがあった」
口が寂しいのかエージェントは背広の胸ポケットからタバコを出し、吸った。彼もまた喫煙者だ。タバコは生産がもう行われていない貴重品だが彼はガンガンに吸う。
「俺達はその真相を確かめるために色々と手を回してお前たち試作体に接触することにしたんだ。最初にお前達に合ったのは例の集落のことだ」
集落の話が出ると朝倉はハッとした。そこから俺はこの男たちに見張られていたのか?
「試作体になった奴らの顔写真は全て手に入れていたからお前が試作体だとすぐに分かった。そこで監視を続けていたが、3人の試作体の強襲で破綻さ」
「俺をどうするつもりだったんだ」
「A国であった事を聞き出そうと思ったんだが下手に刺激するのは不味いと上から指示があった。機会を伺っていたんだ」
「聞いてどうする」
「9割方、試作体が能力を行使して研究所を破壊したと結果が出ている。誰が何故そう仕向けたのかを聞きたかった。そのために助けた。」
「その話に答えてやろう。田中だ。田中が俺以外の試作体を連れ出したのさ。世界の支配が何だとか言ってたよ」
「お前は賛同しなかったのか?」
「当然。俺はそんな裏切るような真似はしたくないんだ」
「・・・田中以外の奴も田中と同じような考え方なのか?さぁな少なくとも1人はそうだった。俺が戦いで逃した奴は田中の思想に染まってた」
「なるほどな。聞きたいのはそれだけだ」
「で、俺はどうなるんだ」
「俺たちの保護下に入ってもらう。俺たちは今試作体の殲滅作戦の準備にかかっているんだ」
「殲滅作戦?」
「あぁ、危険な試作体を処分してしまうんだ。お前は大丈夫そうだが」
「どうやって危険な奴を見分ける」
「最後まで降伏しない奴」
「アバウトな判定だな」
「お前に事の重大さが分かっていない。特に田中は危険だ」
「何故」
「奴は試作体1番であるがゆえにあらゆる能力をヨーヨーに込められた。それにより人間1人の許容量を越えてしまっているんだ。田中の体は近い内に暴発する。それを食い止めねばならん」」
「具体的に何が起こるんだ」
「爆発。行き場を失ったエネルギーが人間体から出ようとして田中の肉体を突き破ってエネルギーが四散する。それは核爆発の5兆分に匹敵する」
「何・・・!」
「だから田中を速くコールドスリープさせて奴から試作体としてのエネルギーを抜いてしまわないとならない」
「俺たちの事は分かったな?じゃあ早く起き上がれ。上司に会わせる」
「待てよ。お前の名は?」
「ジョー・・・ジョー・ハインツさ」
サングラスを取って朝倉に向けた眼差しは紛れもなくハインツだった。
「ハインツ!?」
「ははっ・・声だけじゃ俺と分からなかったか。分かったろ?俺が監視役も兼ねてたんだ。だが俺がお前と親密な関係になったのは仕事のためじゃない。それだけは分かって欲しい」
「あぁ・・・じゃあ上司に案内してくれ」
「おう」
サングラスをかけるとハインツは案内してくれた。
朝倉がいた寝室を出て台所とトイレを横切ると玄関についた。
「この家は何なんだ?」
「俺の一応の家さ」
家から出ると人々が歩く雑踏がそこにあった。ひと目見ただけでもこの人間の数が異常なくらい多いと分かった。
ここは生駒市の生駒市役所を中心とした都市部らしい。市役所からの的確な指示によって経済を回しているようだ。
ハインツの言う上司は市役所から2キロ程離れて人の数も少なくなった静かな場所にあるテント集落にいた。その中の1つに朝倉は案内された。
テントの中は机がいくつか並べられており書類が山積みされていた。その書類の山の中心に上司はいた。忙しそうに山から書類を取ってはサインやハンコを押す作業を繰り返していた。
「アレは何だ?」
まだ俺たちに気づいていない上司をよそにハインツに朝倉は尋ねる。
「フリマへの出品許可証だとか居住を認めるための書類さ。ここは人がガンガン集まって来てるからな」
「ほう」
そこで上司がこちらに気付いた。鼻下から顎にかけて黒の毛が輪っかをつくっていたのが印象的だった。
「おっ、来たかハインツと朝倉」
「アンカターレ小隊長、ご命令通りに朝倉を連れてまいりました」
「ご苦労。下がって良い」
「はっ」
敬礼するとハインツはテントの外へ出た。こいつは軍人なのか?と朝倉は思う。
ハインツの上司は机の上から三番目の引き出しからファイルを取り出し、それに閉じられている書類を見ながら次のように語った。
「さて、朝倉。フルネームは朝倉タクミ。資料を見るに年齢は26歳。試作体になる前は生物学者で主に野鳥の生態に関する研究に没頭していたと」
「間違いない」
「そうか。私はA国の軍の諜報部小隊長を務めるジャック・フロスト中佐だ。年齢48歳。趣味はアクアリウム。今は禁煙中だ。よろしく朝倉、まぁ座りたまえ」
フロストは隣の机にあった回転椅子を朝倉の前にたぐり寄せて座るように促した。
「よろしくフロスト中佐。で、ハインツから聞いたが俺を保護するのか?」
座った直後に朝倉は話の本題と思われる内容に入った。
「話がはやいな。保護と言っても少し違う。キミの力をかしてくれないかと思うのだ。残った試作体達と戦うために」
「試作体といっても回復能力をもたない奴だっている。そいつらは軍がなんとか出来るレベルじゃないのか」
「A国も混乱しているのだ。今試作体のために動員可能な兵力も少ない。よって君の戦闘経験や試作体知識が我々に役立つと思うのだが」
「俺はその後どうなる?消されるのか?消されなくても研究のための道具にされるんじゃないか?」
「君を君の友人であるハインツに監視という名目で常に同行させるなら、君の安全は保障する。不穏な動きを見せない限りね」
「やっぱり俺は完全には信用されていないのか」
ため息混じりに朝倉は言う。これは本心から残念がったものだ。
「そういうわけでもあるまい。君が我々と共に行動していれば、いづれ君に対する警戒も薄まるだろう」
「・・・試作体をどうやって追うんだ」
「試作体の脳波は常人とは少し異なっている。それを探知すればすぐに場所は判明する。その準備も出来ている」
このまま朝倉個人で試作体を追い続けていても試作体を撲滅するのは難しい。だとすれば軍に協力して一時的に利用させてもらうのが得策か。と朝倉は心の中で考える。
ハインツは集落での生活でほぼ信用における人物だ。彼がいる手前、軍も朝倉に手荒な真似は出来ないだろう。
最もハインツが軍務を優先させて朝倉を見捨てる事もあるかもしれないが、その時はその時に考えよう、と朝倉の思考が至った事で朝倉は軍に協力する事を承諾した。