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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
2章 伸ばした手が掴むもの
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エピローグ 朝食は卵かけご飯(2)


 この世界は美しい。


 澄んだ空に、真っ白な雲。舗装された道に、足取りは軽やかだ。

 後ろから付いてきているはずのあいつらを撒きたいのか、俺の機嫌がいいのか、両方だとは思うけれど、重りが外れたような足取りで俺は前に進む。


 まっすぐな道の果てに、小さな村が見える。綺麗な茜色の空を見上げて、大きく深呼吸をしてから、今日はあそこで休もうと俺は決める。

 宿屋の看板を見上げながら、扉を開いた。

「ごめんください」

「あぁ、こんばんは。一人かい?」

帳簿のようなものを付けていたおじさんが顔を上げた。

「はい」

「お兄さんぎりぎりだよ。最後の一部屋だ」

おじさんの言葉に俺は飛び上がりたいほど笑顔で「ありがとうございます」と丁寧に礼をしてお金を払う。


 俺は今日は一人だ。

 一人で、宿屋で美味い酒を頂いた。



 鳥の声で目が覚めた。ベッドがいつもより柔らかかった気がして、熟睡してしまった俺は、緩んだ頬を叩いて気合いを入れてから一階に降りた。

「おはよう。よく眠れたかい?」

宿屋のおばさんに「はい」と笑うと、「良かった良かった」と喜んでいた。この人には昨日未成年だと勘違いされていて、お酒を飲むのを止められた。


「朝食を頂けますか?」

「あぁ、用意するからそこで座っていて」

指示された席に座る。窓を覗くと、元気に働きに出る村人が見えた。

「あぁ、そう言えばお兄さんどっから来たの? この辺じゃ見かけないよね」

おばさんが何か朝食の準備をしながらこちらに話しかけてくる。

「私は、西の方から」

「へー、西から。西の方からって、その髪色珍しいねー大変でしょ?」

自分の黒髪を見上げて、「えぇ」と軽く返事をする。

 自分を見て、明らかな嫌悪感を示す人を見るのは、案外堪えるものだ。


「ここでは珍しくはないのですか?」

「結構いるよー。この辺は魔族もいるから、髪色なんかで今更とやかく言うやつはいないよ」

おばさんは客である俺を気遣っているのではなく、至って普通の口調だ。


 魔族――俺が退治しなければいけない人たち。

 俺はこれからその人たちの正体を、自分の目で見に行こうと決めた。


 魔族はいないかなと熱心に外を覗いていると、足音が近づいてきて振り向いた。

「はい。これどうぞ」

おばさんがトレイを俺の目の前に置く。


 目に見えるものが信じられなくて、しばらく意識が飛んでから口を開いた。

「米……?」

「あ、そっか聞いたのに忘れていたよ。お兄さん西からの人だったね。ごめんねー、今すぐに替えるよ」

トレイに手を伸ばしたおばさんの手を止めて、おばさんの顔を見上げる。

「替えないでください」

「あ、ええ、大丈夫かい? 苦手な人も多いから……」


 この世界に来て6ヶ月。延々と頭のおかしい宗教団体に絡まれて忘れていたけれど、これが食事だ。少し鼻をすすりながらご飯を見つめて、隣に目を移すと茶色の楕円形のものが器の中にあった。それを右手で掴んで、感触を確かめる。これは卵か……?

「それは卵だよ。お兄さんには火を通した方が良いかもね。私たちは生でいただくんだけど」

「生で?」

「朝、うるさかったと思うけど、鳥を飼っているんだ。採れたてだよ。生でも大丈夫――」

おばさんのその声に、卵の入っていた器に卵を二度ぶつけて、ヒビの入ったところからパカッと卵を割る。

「あ、上手いね。そのままだとあまり美味しくはないから、テーブルの端に器があるだろう?」

テーブルの端に置いてある小さなお猪口を手に取って、割った卵の中に少しずつ垂らした。黒に近い茶色の液体。勢いよく箸でかき混ぜて、一口味見をする。


 嘘、だろう……?


 震える手で卵の入った器を持ち上げて、ご飯の入ったお茶碗に少しずつ垂らして、最後は一気に入れる。

 そして、再び軽くかき混ぜた。

「お兄さん、食べたことあったの? 味変えたかったらここに色々あるから、好きに使ってね」

そう言うおばさんの横で、ふわふわの卵を絡みつかせた米を箸ですくって、慎重に口の中に入れた。

 少し固めに炊かれた米に、何とも言えない食感の卵の白身と、アクセントとなる醤油。


「う、うぅ……」

ゆっくりと箸を置く。

 

 俺は半年ぶりの卵かけご飯に、馬鹿みたいに号泣した。



「大丈夫かい? 苦労したんだね。いいから、いいから。ゆっくりお食べ」

宿屋のおばさんに優しく慰められて、やっとまともに呼吸ができるようになって――気持ちを落ち着けるためにマグカップに入ったスープを一口飲んだ瞬間、それが味噌汁だとわかってまた俺は泣き始める。


「すびません……」

「いいんだよ」

優しく大きなタオルを手渡してくれる女性が、俺には女神に見えた。



 無言で箸を進めてひたすら味わって、ごちそうさまでしたと箸を置く。

「すみません。この料理は……」

トレイを回収に来た宿屋のおばさん――エレナさんを見上げる。

「あぁ、美味しかったかい? それは卵かけご飯と味噌汁と漬け物だ」

名称まで同じだ。どうしてだろう。

「すみません。子どものころに一度食べただけであまり覚えてはいないのですが、この料理はこの宿屋のものですか?」

「いいやぁ違うよ」

エレナさんは笑った。

「この料理は東州の伝統料理だ。卵かけご飯に、お味噌汁――それが東州の朝ごはんさ」

エレナさんは胸を張るように言った。

「米は東州でしか作られていないから、お兄さんがこれを食べたのも東州だと思うよ」

「そうですか……」

俺がそう言うと、あぁそうだとエレナさんがカウンターの裏に回る。

「お兄さん、ちょっとこっち来とくれ」

その声に移動すると、エレナさんは大きなトレイを裏から持ってきてドンとカウンターの上に置いた。


「卵かけご飯、好きなんだろう? だったらこれはどうかな。これも東州の伝統料理なんだ。旅人にはあまり出さないんだけど、よかったらどう?」


 長方形の大きなトレイに並んだ――三角形のおにぎり。


「これ中に何か入っているのですか……?」

震える声で問いかける。

「あぁ、ちょっと待ってね」

エレナさんはトレイの横に張られた紙をはがして、文字を読んだ。

「今日は……左から、シャケ、厚焼き玉子、明太子だ」


 この世界のどこかに俺の仲間がいる。それがわかった。


「一つずつ頂いていいですか?」

「あぁ、でも一個1銅貨だよ」

「お願いします」

金貨でも買う――そんな気分だった。


 

 3日間宿を押さえて、この辺りの探検――調査を行うことにする。

 宿屋を出てすぐ、俺はすぐに目的である魔族を見つけた。


 まっ白な髪に、ふさふさとした白い尻尾。そして、頭の上に付いた大きな耳。

 そんな姿をした魔族の少女が、朝日を浴びながら、重力の感じられない軽やかな足取りで村の屋根の上を走っていた。


 少女が屋根の上から元気に村人にあいさつする。

「おっはようございますにゃ! 今日は何かありますかにゃ?」

「おはようござます! 今日は大丈夫ですよ」

「はいですにゃ」

そんなやりとりをしながら、白猫の少女は順番に村の中を巡っている。ときどき屋根の上から飛び降りて軽やかに着地し、村人から箱を受け取ってまた屋根の上に戻っていた。


 村を一通り回った猫耳の少女は、屋根の上で腰に手を当てて、どこか遠くを見つめている。

 右耳をぴくぴくと動かしてから、村に視線を向けた。

「では午後に、また来ますにゃ。三毛猫宅急便をよろしくお願いしますにゃ」

村の人たちに笑顔で手を振ったあと、大きな箱を抱えた猫耳の少女は、町と町の間を走っている馬車の屋根の上にタイミング良く飛び乗った。




 村の公園のベンチでぼーっと座りながら、おにぎりを食べる。

 海苔はもう湿気てしまっているけれど、そんなこと気にならないくらい美味しかった。

 シャケと明太子も、俺が知っているものとまったく同じものではないのはわかるけれど、よく真似できている。

「美味い」

公園で日中からこうしてごろごろしている俺は不審者で、さっきから公園で子どもを遊ばせている奥様たちに睨まれているけれど、子どもに気を配れるほどこの地域は余裕があるのが分かる。

 これ以上ここに居て、奥様たちに警察に通報される前に俺は立ち上がった。



 これまで通ってきた村は、村全体が農家で、村のすぐそばで主食である麦が育てられていたけれど、この辺りでは分業ができている。東州では南部で米を集中的に作っていて、その米が各村まで売られてくるそうだ。

 この村の主な産業は、魔族領から仕入れたものの転売や、アクセサリなどの加工業。衣食住で精一杯ではなく、のびのびと暮らしているのがわかる。


 俺は、もっとここでゆっくりとしていたかった。


「何をやっているのですか」

後ろから急に声を掛けられる。ゆっくり振り向けば、声の主は俺がまったく知らない男。

「東州の人々の暮らしは分かったので、明日には移動します」

「頼みますよ……勇者様」

俺を睨むようにそう言うと、その人は村人に紛れるように消えた。


 正直に言うと、俺はもうこの宿屋の息子にでもなりたかったけれど、エレナさんには延長せずに宿を引き上げることを伝える。

 宿を旅立つ朝、卵かけご飯に味噌汁を食べて、いつものようにおにぎりを受け取る。

「はい。これ今日の分。今日は昆布とおかかと炊き込みご飯だね」

「ありがとうございます」

旅人用に包んでくれたらしいおにぎりをしっかりと受け取って礼をした。

「お兄さん、今日から州都に向かうんでしょ? だったら本店に行ってきなよ」

「本店……?」

俺が困惑していると、エレナさんは何やらカウンターの下からごそごそとプレートのようなものを取り出した。そして文字を見せるように裏返す。


 『魔王と勇者のおにぎり屋――アーミナス支店』


 ……?

 この村はアーミナス村だ。だから、アーミナス支店はまだわかる。


 だけど、『魔王』と『勇者』のおにぎり屋って何だ。


「うちは、『魔王と勇者のおにぎり屋 アーミナス支店』なんだ。このおにぎりは本店で作られたものを、毎朝三毛猫宅急便に届けてもらっている」

どうやら、このおにぎり屋はチェーン店らしい。

「エレナさんすみません。なぜ『魔王』と『勇者』のおにぎり屋なのですか……?」

俺の言葉にエレナさんはさぁと首を傾けた。

「魔王様が米を東州に広めたらしいからそれと関係があるんじゃないかな。でも詳しいことは私は知らないよ」

米をこの地域に広めたのは魔王。そして『魔王』と『勇者』のおにぎり屋――

「本店では頼んだらおにぎりをその場で握ってくれるんだ。領主様の館の前にあるからすぐにわかるよ」

「ありがとうございます。行ってみます」

丁寧に礼をしてから、宿屋を出た。


 村を出て、東州の州都に移動するためにここ数日気になって仕方なかった、馬のいない馬車のような乗り物に乗る。

 馬がいないけれど、中には馭者さんが居た。俺が馬車の中でキョロキョロしていると田舎者だとわかったのか、気分良く説明してくれるおじさんが居たので話を聞く。どうやらこの馬車は魔力石という、魔力を貯められる石を使って動かしているらしい。ただし、魔力を貯められるのが一部の魔族に限られるため、毎日一度は補給のために州都に帰らなければいけないそうだ。だから、決まったコースでしか走らない。

「魔族しか動力を貯められないのですか?」

「あぁ。人族がやると、魔法の達人でも一度でへとへとになってしまうらしい。私ができたら、辺境の村に拠点を構えて大もうけなんだがな」

おじさんはハッハと豪快に笑っていた。


 道路も舗装されているからあまり揺れない。窓の外をぼんやりと眺めていると、2時間ほどで州都についた。

 長時間座っていたのでさすがにお尻が痛い。体を伸ばして、話をしてくれたおじさんに礼をしてから、視界いっぱいに広がる街に足を進めた。


 人がたくさんいるから、俺が一人ぶらぶらしていても、誰も俺を見ない。明るい笑顔の人たちとすれ違いながら、建物と建物の間から、ひとり目を細めて空を見つめた。


 広場のような場所にあったベンチに腰掛けて、噴水を眺めながらおにぎりを食べる。観光地なのか、他にも何人か同じように休んでいる人が見えた。

 そろそろ行こう。立ち上がって、さっきここに来る途中で買った地図を広げる。

「この近くに冒険者ギルドがあるな……行ってみよう」

俺は冒険者ギルドに向かった。



 剣と盾がクロスする看板の下の扉を開く。

「いらっしゃーい……」

やる気のない声と共に、受付嬢が爪をいじりながらこちらを見ていた。

「どういったご用件ですかー?」

そう言えば何も考えてなかった。ただ見て帰ることもできるのだろうか?

「冒険者になりたくて……今日は下見に」

「あぁ、どーぞ。勝手に見ていってください」

受付嬢に適当に返されて俺はギルドの中に足を進めた。


 油の染みた古い建物に、何人からの冒険者たちが力なくしたように休んでいる。昼過ぎなので、冒険帰りなのだろうか。そして、数歩進んで、ギルドの一番奥の壁の近くに、彫像のようにトカゲのような肌をした魔族が佇んでいるのに気がついた。唾を飲んで、何でもない風を装って、近くのボードに近づき、そしてちらっと横を見てステータスを盗み見る。

 よろめく足を、踏みしめるために拳を強く握る。この竜人族という種族の人が何者かは知らないし、もしかしたら伝説の冒険者かもしれないけれど、これは――無理だ。

 死にたくなかったら、魔族とは敵対してはいけない。そう俺に現実を教えるくらいのステータス差だった。


 俺は、この人たちと戦うためにこの世界に呼ばれた存在だ。だけど威を決して顔を上げる。

「あの……」

「何だ」

竜人が軽く目線をこちらに向けた。

「あなたは冒険者ですか」

「そうだ」

「どうしてこんなところで、魔族が冒険者を……」

こんなことで暴れ出しはしないと思うけれど、動悸が止まらない。

「王のご命令だ」

「王の?」

「人族で対処できない魔獣を排除せよ。何かあれば人族の手助けをせよと、我に命じられた」

淡々とした口調だ。だけど何の不満もなく、むしろその命令に誇りを持っているように聞こえる。


 王の命令ただ一つで、人族領で冒険者をする。それがどのくらい異端なことなのかは俺にはまだよく分からない。けれど――

「私も冒険者になれるでしょうか」

いつの間にか俺はそんなことを言っていた。

「やってみればよい」

竜人はまっすぐこちらを見ていた。


 受付嬢に冒険者になりたいと伝えるとひどくめんどくさそうな顔をされたけれど、頼めばすぐになれた。赤橙色のタグを首から下げて、今日はギルドを出る。

 俺は勇者だ。大して強くはないけれど、冒険者として自分の食い扶持を稼ぐくらいはできるだろう。奴らを撒くことができれば、この世界でしばらくはそうやって生き伸びよう。

 少し元気が出て、今日の宿屋を探す。大きな街の隅の方に、ちょうどいいランクの宿屋を見つけて、そこで今日は早めに休んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 つぎの日――朝食は卵かけご飯だった。聞けばこの辺の宿屋は、近くの村からまとめて卵を仕入れているらしい。新鮮だと太鼓判を押された。


 大通りを歩いて、今日は領主の館に向かう。現在の領主は市民の中から選挙で選ばれているらしい。領主の館も政治機関として使われており、居住区はもう残ってはいないそうだ。

 突然、俺が会いに行っても領収が会ってくれるわけがないので、庭園と館周辺を軽く観光してから、おにぎり屋に向かった。領主の館の前にある多くの市民が出入りする建物。すぐにわかった。


 中から出てくる人とすれ違うように、建物の中に入る。中に入ってすぐにわかるむっとした熱気に、大きなトレイの中に隙間なく並べられたおにぎり。そして――


 天使がいた。


 店の中央に白いずきんを被って、真っ白なエプロンを着けた、白い髪の美しい女性。その女性の背に見えるのは、紛れもない大きな白い羽根。その天使が、周りにいるおばちゃん従業員の中で、誰よりも早くおにぎりを握っていた。

 真っ白な手だけを機械的に動かしておにぎりを握りながら、従業員に足早に指示を出している。その天使の背後で、空間が歪んだように見えるのは、めまいがしそうな膨大な魔力。その魔力の先にあるのは、たくさんの鍋――


 えっ? あの魔力で、まさか米を炊いているのか?


「次の人!」

何もわからないうちに俺の番が来た。そして、日本で見たことがあるような気がする白いずきんをかぶったおばちゃんが俺のことを待っている。

「あの……高菜ってありますか?」

「以上?」

「あと、ツナマヨと梅干しで……お願いします」

どきどきしながら注文すると、おばちゃんが後ろを向いて「高、ツナ、梅、イチイチ!」と注文を繰り返した。


 お金を払ってから横で待つように指示されて、その30秒後に紙袋を手渡される。

「まいどー!」

最後は天使にそう言われて、俺は追い出されるように店を出た。



 この世界は、何なのだろう。

 意味がわからなかったけれど、俺がどうしても食べたかった高菜おにぎりが美味いことだけは事実だった。



 動揺のあまり街にあったベンチで早弁をしてしまったけれど、ギルドに向かう。

 掲示板の前で、初仕事はどれにすべきか悩んでいると、いつの間にか横に昨日の竜人が佇んでいた。

「時間はあるか? 我がお主の実力を見よう」

竜人がなぜか手合わせしてくれるそうで、俺は訓練場まで付いていく。聖剣スキルを使わないように繰り返し念じながら剣を取った。

「なかなかやる。お主はB級だ」

何回か竜人に剣を飛ばされたあとにそう言われて、そのまま竜人に付いていくと、ギルド嬢にタグも銀色に変えてもらえた。

「いいのですか?」

「よい」


 そのあとおすすめの魔獣退治の仕事を紹介してもらえて、そしてなぜか手伝ってくれた上に、魔獣退治の手ほどきまで受けた。

「クーゲルアさん、今日はありがとうございます。本当に助かりました」

「お主はもともと一人で十分だった。我は余計なことをしたのかもしれない」

そんなことはないと何度も礼を言ってから、お金を渡すのは失礼かもしれないので、手持ちのおにぎりをひとつ贈る。ギルドにあるテーブルで向かい合っておにぎりを食べた。

「王は、これが好物であった。よく突然ここに来られて、我に供をせよと命じられた」

俺の向かい側で、淡々とツナマヨおにぎりを食べながらクーゲルアさんはそう言っていた。



 冒険者ギルドで竜人のクーゲルアさんや、エルフのヨルハンさんと仲良くなって、ときどき酒を一緒に飲んだり、一緒に冒険をして(俺の仕事を手伝ってもらって)冒険者としての心得を教えてもらった。

 彼らと一緒にいると、あの不気味な気配を感じない。俺は魔族である彼らといると、勇者であることを忘れられるようになっていた。


 だけど――

「これ、遅効性の毒です」

あの女が笑顔で、宿屋の俺の部屋の前に立っていた。何も言わずにその瓶を受け取って、宿屋の部屋の扉をゆっくりと閉める。ベッドに座って、頭を押さえて何度か深呼吸をした。


「行こう」


 魔王に会いに行こう。元の世界に帰れるのかはわからないけれど、俺の人生は恐らくそれからだ。



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