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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
2章 伸ばした手が掴むもの
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21話 帰郷


「危ないから先にユーリスを魔王城に送るね」

「寝込みを襲うなよ」

「襲わないよ!」


 今から私のベッドに転移する。

 だが、それはユーリスのベッドよりも、私のベッドの方が何度も転移しているから高さまで覚えていて、しかも大きいからユーリスをそっと下ろせるという理由からであって、いかがわしい理由では断じてない。

 私の膝の上にいるユーリスの頬にそっと触れて、転移した。


 ふうー、完璧だ。

 穏やかな顔で寝ているユーリスのステータスをもう一度見てから、ゆっくり膝から降ろす。ベッドの側に立って、ユーリスを見つめて大丈夫だと安心してから、キッチンまで転移した。

「エーネ様。おかえりなさいませ」

「パメラただいま」

なんだか、こうまともに魔王城に帰ってくるのは随分久しぶりな気がする。

「パメラ。ユーリスが力の使いすぎで倒れてしまって、今私のベッドに寝かせているんだ。私はまた行かなくてはならないんだけど、その間ときどき様子を見てくれないかな」

「かしこまりました。エーネ様は、大丈夫なのですか」

聞きたいけれど聞いても良いのだろうかと、不安げな顔をしているパメラに微笑んだ。

「私は大丈夫。ねぇパメラ。今日中に帰って来られるかはわからないけれど、帰ってきたら温かいスープが飲みたいな。煮込んだお肉が入っている方ね」

「はい。腕によりをかけて作りますね」

ほっとした笑顔のパメラに「行ってきます」と手を振ってから、元の場所に戻った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 カケルの後ろに隠れながら、倒れている元勇者まで近づくと、勇者の胸元でペンダントのような魔王の大きなコアが砕けて散らばっているのが目に入った。

 さっきまでこの勇者から出ていた気持ち悪い気配は、カケルが吹き飛ばしてしまったのか跡形もない。こうして倒れている姿を見てみれば、ただの普通の少年だ。

「エーネ。こいつやっぱり女だ」

「えっ?」

カケルの声に目の前の少年の胸元を凝視するけれど、胸当てが付いているからよく分からない。

「どうして分かるの?」

カケルの方を向いてそう聞いたあと、この少年をもう一度見て名前が『レイラ』だと気がついた。名前からか――

「太ももと二の腕であたりが、少しむっちりしてるだろう? あと戦っていたときなんとなーく?」

カケルがこちらを見てわかるだろうと言いたげに頷いた。ごめん、わからない。


 とにかく、この勇者が起きる前にラッツェさんを呼びに行こう。

「カケル。ラッツェさんを呼びに行ってくるけど、眠っているからって変なことしちゃだめだよ」

「しねーよ。疑うなよ」

こちらを向いたカケルの真面目な表情に「ごめんなさい少し疑った」と、頭を下げてからラッツェさんのところまで転移した。



 大聖堂からラッツェさんを拉致してその場に戻ると、カケルがあの大剣で素振りをしていた。

「お帰り」

手を止めたカケルがこちらを振り返った瞬間、真横から魔力が膨れあがる。


「動くな。その剣をどこで手に入れた」

右手を出したラッツェさんの手から伸びる氷の槍。その先端がカケルの首に当たっていた。

「ラッツェ待て。その剣は私が貸した」

内心の動揺を押し殺して、ラッツェさんに命令すると、ラッツェさんは氷のような目でこちらを見た。

「どういうことですか?」

「ラッツェ。魔王城には、入口がどこかよく分からない隠し部屋のようなものがあって、その場所にその剣は飾ってあった。あなたの魔王様の――」

剣なの? と聞こうとしたときに、ラッツェさんは右手を振り払って氷の槍を砕いて、こちらにむき直した。

「入れるのですか? あの場所にあなたは入れるのですか?」

「え、うん」

私の声に、ラッツェさんはこちらが動揺するくらい何かを思い出すように噛みしめていた。


「申し訳ございません。これは今の件とは関係がないことです」

「わかった。これが終わったら連れて行くよ」

「ありがとうございます」と微笑んだラッツェさんに頷いてから、倒れている少女の元に向かう。

「ラッツェ。砕けちゃったんだけど、これが核だ」

少女の側でしゃがんで、ひときわ大きなコアのかけらを触っていたラッツェさんは、こちらを見上げて首を振った。

「先代様のものです」

「そっか」

彼らの探し物ではなかった。先代魔王のコアを一つ一つ丁寧に拾っているラッツェさんをしばらく見てから、魔王城の自分の部屋に一度戻る。がさがさと引き出しを漁って、ちょうどいい大きさの黒い巾着を掴んで、元の場所に戻った。

「ラッツェ、これに入れて。後で送ろう」

「はい」


 ラッツェさんが最後のひとかけらを拾ってから、巾着の紐を結んで私に手渡した。

「あなたが預かっていて頂けますか?」

ラッツェさんから巾着を受け取って、たまに護身用の剣を引っかけるときに使うローブの紐に巾着を縛り付けた。これでよし。


 私のその作業をじっと見ていたラッツェさんに頷くと、ラッツェさんは倒れている少女を見下ろした。

「この核は先代魔王様のものでしたが、この大きさのものをどこで手に入れたのかこの勇者に聞いてみましょう」

ラッツェさんのあまりの冷淡な声に、慌てて声を上げた。

「ラッツェ、何をするつもり?」

「素直に話すとは思えないので、勇者の体に聞きます」

やはりそうかと思いながら、倒れている少女を見る。

「気持ちはわかるけど、勇者は洗脳されていた。そのもう少し穏やかな手はないかな……?」

わがままを言っているのはわかっていると思いながら、ラッツェさんを見上げる。

「魔王様。その勇者から今は魔力が感じられませんが、貴女が側に居れば、その潤沢な魔力から十分に乱れは読み取れるでしょう。それでは駄目ですか?」

ん? えっと何の話だ。

「ごめん。今からどうやるつもりだった?」

「これまでの調査から、彼らの拠点の可能性の高い地域はおおよそ絞れています。我ら魔人族のように魔力操作の訓練を行っていない種族は、動揺すれば魔力が大きく乱れます。そこの勇者はこれまでの様子を見ると、そんな訓練など受けていないので恐らく簡単に読み取れるでしょう」

「ごめん。完全に勘違いしていた。やろう。何か必要なものはある?」

「いえ。何も」

ラッツェさんは静かにそう答えて、少女のもとに数歩進んで、その横にしゃがんだ。


「起きろ」

魔法で、少女の口と鼻に水を流し込む。少女は大きく咳き込んでからゆっくりと目を開いた。まだ意識が朦朧としている少女の左肩に、ラッツェさんが人差し指を近づけた。

「痛っっ!」

バチンという音と共に少女の上半身がバネのように跳ね上がってから、少女が痛みを堪えるように横を向いた。上を向いた少女の反対側の肩にラッツェさんが容赦なくもう一撃を加える。

「これで、腕は使えません」

私を庇うように私の前に立っていたカケルが「容赦ねーし、手加減もねぇ」と震え上がっていた。


 痛みを堪えていた少女が、のろのろと上半身を起こす。そして、カケルの後ろにいる私を見た。

「魔王!」

そう叫んでから、腕を上げようと必死に頑張っているのが遠目にもわかった。でも、まったく動いていない。

「あれ、ほんと全然力入んないんだよ」

カケルが分かるよと、頷いていた。

「雷魔法で、体の電気的な信号を乱しているんだと思う。おそらく『動け』という命令が末端まで届いていない」

「あ、そういうこと? うわぁ、ユーリス得意そう」


 ラッツェさんが立ち上がって少女の真正面に移動した。少女はそんなラッツェさんを見上げている。

「聞きたいことがある」

ラッツェさんの完璧な人族語に、少女は笑った。

「魔族に話すことなどない」

「君たちの本拠地は、北州リーエンベーグか。北州ドミエ。北州サモリナ。西州キッツバ。西州ラモエラ――」

ラッツェさんの言葉を笑って聞いていた少女の表情が引きつるのが私でもわかった。

「魔王様。南州のラモエラです」

わかりやすい子だ。

「では、行こうか」

「えぇ、これが地図です。まずはここにお願いします」

かなり狙いは絞れていたらしい。ラッツェさんが、用意周到な地図を渡してくれた。

「広いので、その勇者を連れて反応を見ながら探しましょう」

「わかった」

ということは、連れて行くのはラッツェさんと少女とカケルか……


「カケル。悪いけれど、毎回先に連れて行くよ。私の護衛をお願いします」

「お前に何かあったら、俺がユーリスにぶっ殺されるから遠慮するな」

カケルにありがとうと微笑んでから、カケルの手を掴んで転移した。

「おうじゃあ待ってるぞ」

「すぐ戻るよ」

そうカケルに告げてから、ラッツェさんのところに戻る。



 転移で戻ると、少女が地面に倒れてうずくまっていた。

「魔王様。これで首と口以外は動きません。顔辺りには気を付けてください」

涙をこぼしてこちらを睨んでいる少女を見て『容赦ねー』とカケルと同じ感想を思い浮かべながら、ラッツェさんの手に触れて、少女の腕に触った。

「うわぁ……」

カケルのつぶやきが聞こえる中、ラッツェさんが少女の服を掴んで、少女に見せつけるように周囲を見せる。

「ここではありませんね」

「はい、じゃあ次!」

カケルに手を掴まれて、ラッツェさんが地図に指す場所に転移した。



 もう30回くらい移動したけれど、一向に反応がない。

 途中から少女も目をつぶるようになったので、毎回無理矢理目を開かせなければならない。そんなことしたくないから早く見つかって欲しいと思う。

「ここも違います」

ラッツェさんはあと千回くらい続けられそうな様子だけれど、カケルはさすがにうんざりした顔をしている。

「この地方じゃないって可能性ない……?」

「これが終われば次を当たります」

ラッツェさんがそう私に報告するように宣言した。


 手に持ったこの地域の地図を見る。地図はもうほとんど埋まっている。

「次はここをお願いします」

「ラッツェ。あと候補はどこ?」

「ここと、ここです。これでこの地域は打ち切ります」

残るはあと3カ所……

「ねぇ、ここは?」

地図にはぽっかり埋まっていない場所がある。 

「そこには何もありません」

何もない……? そんなことはなかったはずだ。

「結構広い平原に建物がいくつかあったと思う」

人族領の地図を作っていたときのうろ覚えの映像から、脳内で座標を指定して周囲を探る。障害物があると転移できないから、転移できない座標の集まりからどんな形のものがあるのかは大体分かる――これはやはり建物だ。

「うん。やはり建物があったと思うよ」

能力について詳しく説明する気はないから、今思い出したように説明する。

 ゆっくり顔を上げると、ラッツェさんはじっと私を見つめていた。

「次はそこにお願いします」

「うん。わかったよ」


 ラッツェさんに頷いてから、カケルと手を繋いで転移したその瞬間――

「さっきのあれだ」

カケルのつぶやきと共に、目の前の洋館を覆うくらいの巨大な膜のようなものが、ちょうど端から崩壊しているのが見えた。

 そしてその洋館から、巨大なパイプを通すように、魔力が地面に流し込まれているのがわかる。


 急いでラッツェさんを迎えに行って、ラッツェさんと洋館の前に戻ると、ラッツェさんは襟首を掴んで持ち上げていた少女をどさっと地面に落とした。

「魔王様――」

目を見開いて建物を見つめるラッツェさん。

 彼らが600年以上探していた彼らの『魔王様』がついに見つかったのがわかった。


 ラッツェさんがこちらを振り返って、畳んだ紙のようなものを手渡してきた。

「魔王様。申し訳ございませんが、この紙の場所にいる魔人族を全員ここに連れてきてはくれませんか」

「いいよ」

紙を開いて中を見ると、王都の地図があった。王城からやや南西の貴族の住んでいる地域にある大きなバツ印。

「こんなところに住んでいるの?」

呆れながらそう言うとラッツェさんは微笑んだ。

「あくまで拠点の一つですよ」

私にバレてしまったこの拠点は、きっとこの後すぐに破棄されるのだろうな。まぁいいだろう。


 広い建物なので直接その内部に転移すると、すぐに人が現れた。

「やぁ、初めまして魔王だ」

初めて見る魔人族にそう声を掛けると、二人の魔人族は驚いた顔で膝を突いた。

「挨拶はいいよ。行こう。君たちの探し人が見つかった」

私がそう言ったときの彼らの顔――迷子の子どもが親を見つけたような表情の彼らに微笑んでから、その手を掴んだ。

「魔王様。あと2人います」

「連れてくる」

転移で戻ると、2人の魔人族は膝を突いて待っていた。

 何も言わずに手を掴んで、2人をラッツェさんのもとに送る。



 洋館を前に、5人の魔人が横一列に並んだ。

「始めるぞ」

「えぇ始めましょう。族長」

ラッツェさんの朗々と響く詠唱を追いかけるように、順番に詠唱が始まる。


 洋館からぽっと火の手が上がった。


「止めてくれ!!」

みるみるうちに火は館全体に燃え移る。


「止めろぉーっ!」

少女の悲鳴を背景にして、魔人の歌は続く。

 中央のラッツェさんが、5人分の魔力を操作して、火をより大きく燃え上がらせていた。


 夜空に上がる特大の火柱――

 ただ、邪魔なものを排除するために作られたそれは、あまりに破壊的で、そして美しかった。



 すべてが燃え尽きて火が消えた。


「行くぞ」

5人の魔人が、灰の中に作られた通路を進む。


 魔人の足が止まった。

「ずっとお探ししておりました――魔王様」

4人の魔人が両膝を突いて、灰が付くことなど気にもせずに頭を下げた。

 開けた視界に見えるのは、細い棒の先に設置された手に収まるくらいの大きさの黒い玉。それをラッツェさんが両手で恭しく受け取ってから、こちらを振り返った。

「魔王様。魔人族一同を代表してお礼申し上げます」

「いや、いいよ。見つかってよかった。私に向かって頭なんて下げなくてもいい」

こちらを向いて再び頭を下げようとした魔人たちを慌てて止める。

「ラッツェ。これからどうするの?」

「これから魔王様――ザイベイン様をお送りいたします。ですがその前に……」

ラッツェさんはそう言って、私の横を通り抜けて元来た道を戻る。

 そして、顔だけを起こして倒れている勇者を冷ややかに見下ろした。


「もういいでしょう」

「ちょっと待て、何をするつもりだ」

ラッツェさんの前にカケルが立ちはだかった。抜き身の魔王の大剣を軽く握っている。

「もちろん殺します」

「悪いが俺は正義の味方になると神に約束した。だから、何もわかってねえ素手の女を殺すのは見過ごせねえーな」

「正気ですか?」

ラッツェさんはカケルに向かってそう言ってから私を見た。

「おい、エーネ。今の勇者は俺だし、別にいいだろ? また何か起きそうだったら俺が止めるよ」

カケルの顔をじっと見て、折れないことがわかったから頷いた。


 カケルを敵にしてまで、この少女の命を奪うことに私はこだわりはない。

「それでいいよ」

「サンキューな」

カケルは笑顔でそう言ってから、しゃがんで少女の顔をのぞき込んだ。

「魔王を殺したって世界はよくなんてならねーぞ。そんなもんで良くなるならみんなやってるよ。なんでお前一人が頑張ってるんだよ」

そう言ってからニカッと笑う。

「また何かあったら先に俺のとこに来い。お前じゃ勇者の俺には勝てないからさ」

カケルはそう言って、とんとんと少女の肩を叩いた。


 少女がカケルを睨んだ。

「殺しに行ってやる」

「だから無理だって。あ、俺は普段は悪魔族の村にいるから、来るなら魔王城じゃなくてそっちに来いよ。聖剣のないお前じゃ、たぶん村の誰一人にも勝てないと思うぞ」

「そんなことがあるはずない」

「世界ってのはそんなもんだ」

カケルはあっはっはと笑って、立ち上がった。


「待たせたな。じゃあ行こうぜ」

「ここに放置すると、人族に殺される可能性がありますが」

ラッツェさんの言葉に少女を見た。結局黒幕が誰かはまだ良く分かっていないけれど、洋館が破壊されて魔王のコアは丸ごと取り返された状況で、敗北して戻ってきた勇者を生かすとは思えない。ユーリスはまだ寝ているだろうから治せない。いや、治ったとしても逃げ切れるのだろうか。

「ま、そんときゃそんときだろ。頑張れよ」

カケルが、こちらが驚くくらいひどく軽く少女に言ってからこちらを見た。

「い、いいの?」

「お仲間に殺されるとか、そんなことにまで責任は持てねーよ」

優しいのか冷たいのかわからないカケルの対応に動揺する。


 最後にもう一度、地面に倒れている少女を見つめてから、後ろを振り返った。

「では皆。魔族領に帰ろう」

皆を順番に魔族領の大平原に送った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「魔王様。申し訳ないのですが、魔族領にいる魔人族をここに集めては頂けませんか」

その言葉にローブにつるしていた、巾着を取り出した。

「今からこれを世界に還すんだよね」

「はい、二度とこんなことがないように世界にお還しいたします。ですが、こちらの核はこの大きさですの、かなりの魔力が必要になります」

ラッツェさんが大事そうに抱えている先代魔王のコアを見る。

「精霊族に手伝ってもらうのはどうかな?」

「彼らは純粋な魔力に近い存在ですので、彼らが魔王様の核に吸い込まれてしまう可能性があります」

あー、確かに。特に族長なんかは魔王のコアと勝手に合体しそうだ。小さい精霊がぽんぽんとコアに吸い込まれる様子も見たくはないし。


 精霊族以外に魔法が得意な種族……

 おじいちゃんは魔力操作はあまり得意ではないし、魔人族以外では――あっ、そうだ。

「天使族に手伝ってもらうのはどうかな?」

「話には聞きましたが、彼らが手伝ってくれるのですか?」

天使が手伝ってくれる気はまったくしないけれど、やるだけやってみよう。

「ものは試しだ」

「あのさ、天使って?」

カケルの声にカケルを見上げる。

「あぁ、悪魔と対になるような天使族っていうのがこの世界には居るんだ」

「えっまじで!?」

大喜びで手を握ってきたカケルを見ながら、そういえばカケルは聖耐性スキルがあるから、天使の姿が見えることに気がついた。カケルから頼んでもらえば行けるかもしれない。

「聞いてみよう」

半信半疑のラッツェさんの腕に触れて、私は中央山脈に転移した。



「はっ、えっ、うそぉ! 何あれっ!」

カケルが天を見上げて、興奮した様子で叫んでいる。その様子をむすーっとしながら私は横で見つめていた。


「えっ、あっ、初めまして俺勇者カケルですっ!」

カケルがそう言って頭を下げた後、顔を上げたカケルの視線が徐々に降りてきて私たちと同じ高さになった。カケルが見ている空間をラッツェさんと一緒に凝視する。


「姿を見せてくれないかな。できれば頼みがあるんだ」

「そちらは――ザイベイン様とジーフェス様ですか?」

突然姿を見せた天使に驚いて腰が引けた。この天使は、族長のセヴィニスだ。

「ジーフェスって?」

「先代様のことです。はい、こちらが魔王ザイベイン様、そちらが魔王ジーフェス様の核になります」

ラッツェさんのその言葉に、セヴィニスはラッツェさんが抱えている魔王のコアにそっと優しく触れてからこちらを見た。

「王よ。わたくしに頼みとは何ですか?」

「えっと、今からこの核を世界に還そうと思うんだ。できれば手伝って欲しくて……」

「わかりました」

わかりましたって、えっ!?


 その瞬間、セヴィニスは右手を空に向けた。そして空がひび割れる。


「さぁ、集まってください。王のご命令です」


 その声と共に姿を見せたのは、月明かりを反射して、湖上を飛ぶ銀色の天使たち。ときおりはらはらと湖に落ちる羽根が雪のようで、息を呑む美しさだった。


「わぁ……」

『きれい! 見て、エーネきれいだ!』かつてそう叫んだ幼いユーリスに話しかけたくなるくらい、それはただ綺麗だった。

「魔王様?」

空から近づいてきた天使の声に我に返る。

「初めまして、私は魔王エーネ。今からこちらの魔王ザイベインと魔王ジーフェスの核を世界に還そうと思うんだ。今から魔人族も集めるけれど、天使族の皆にも手伝って欲しい」

私の声に天使たちが「はい」とつぎつぎに答えて頭を下げた。


 こちらが動揺するくらいなぜだか手伝ってくれるようだけれど、嬉しいことなので私も仕事をしよう。

「では、魔人族を呼んでくる」

ラッツェさんに頷いてから私は転移した。



 転移して、手を繋いでまた転移して、と延々とそんなことをやっていると私はベルトコンベアになった気分になってくる。だけどいいんだ。魔王ベルトコンベアで。

「集まった!」

指示された分の魔人族の輸送は完了した。魔人族の配置について命令しているラッツェさんに報告に行く。

「ラッツェ、終わったよ。でも、ラウリィはいいの?」

ラッツェさんはこちらに振り向いて、静かに微笑んでいた。

「魔王様。私は600年前にラウリィに嘘をつくことに決めました」

中途半端な嘘。いつかバレるような嘘、そんな生半可な嘘ではない。これは本物の『嘘』だ。

 いつも表情を隠すように微笑んでいるラウリィのお兄さん。この人は正真正銘の嘘つきだ。


「わかった。貫き通すならいいだろう」

「ありがとうございます」

「でもカケルは殺さないでね」

ラッツェさんがぴくりと眉を上げた。口封じのために、絶対少しは考えていたな。いや、少しかな……?

「かしこまりました」

あとでカケルにはきちんと説明して、口止めしておこう。代価は自分の命だということを魂に説明すれば、おしゃべりなカケルも黙っていてくれるだろう。


「では、やろうかラッツェ!」

徹夜明けで、今日は命のやりとりをしたあげくに、延々と転移してもう私はだいぶハイになっている。

「これに魔力を送ればいいんだよね」

「はい。天使族の皆様もどうかよろしくお願いいたします」

ラッツェさんが空に向けて頭を下げていた。

「ラッツェ。別に君たちのためじゃない。今から送る彼らは、この世界の王様なんだ」

そう言ってから、私は叫んだ。

「では、始めよう!」



 自分の魔力を意識的にオンすると、自然にコアの中に吸い込まれていく。そんな魔力を遠慮なしにどんどん送っていると、周りの皆が集めた魔力を私の体が自然にまとめて一緒に送っているのがわかった。

 まず変化が現れたのは先代魔王ジーフェスのコアのかけら。

 大きくヒビが入ったあと、ふわっと持ち上がって一気にパンっと弾けた。そして、空に舞い上がる。

 目に見えないかけらを首を傾けて空まで見送ってから、大きな黒い玉に目を移した。色はまだ薄い黒。もっと、もっと暗く――そう、闇の色だ。


 自分の体を捨てるくらい集中して力を送る。そうしてただ目の前の玉だけを見つめていると、それと同じものがぽつんと自分の中にもあるのがわかった。

 だけど、ちっぽけだ。笑っちゃうくらいちっぽけだ。私はまだまだなのだろう。まだまだこの世界の王様として半人前だ。

 大勢の者に協力してもらって、かつての王を天に送り還すことができる。


 やっと、大きなヒビが入った。徐々に力を送ってくれる者が減ってきたので、自分で周囲から、いや世界から魔力をかき集める。


 目の前の黒い玉と同じ色に自分が染まってきたように感じたとき――突然玉が弾けた。


 弾けて、私の体をすっと抜けて空に舞い上がって――そして世界に溶けていく。

「お休みなさい。魔王ザイベイン」


 後ろにどさっと倒れた私の目に入るのは、漆黒の空と星々。


 その空に、無数の天使たちが浮いて、皆が手を組んで天に祈っていた。

 あぁ、私の最期もこんな感じがいいなと思いながら、私は意識を失った。



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