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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
2章 伸ばした手が掴むもの
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20話 勇者カケル


「おぉ、お帰り。話は済んだか?」

教会の長いすに肘を付いて寝転がって休んでいたカケルに「うん、ごめんね」と謝った。


「よし! じゃあ、あいつに勝てる作戦考えようぜ!」

カケルがその言葉と共に、ひょいっと立ち上がった。

「あのさ。二人がうだうだ揉めている間に考えてたんだけど、さっき、エーネ何であの場に居たの?」

さっき?

「二人が怪我をしていたから、咄嗟に……ごめん」

動いてはいけないと言われていたのに、簡単に破ってしまった。

「それはいいんだけどさ、気持ち悪くて勇者の近くに転移できないって言ってなかった?」


 そう言えばそうだ。その前にカケルが怪我をしたときは私はあの結界に阻まれて転移できなかったのに、最後のあのときは、どうして転移できたんだろう。

 あのとき、偶然結界が出ていなかった? いやでも、あれは怨念の類いのようなものだから、オンオフできるものではないと思う。

「どうしてだろう……」

「あいつの体のすぐ近くにも、なんか別の身動きできない膜みたいなのがある。2重構造になってんのかな? 何か関係あったら、どうにかできないかなーって」

さっき二人が勇者の前で、立ち止まっていたのはそういうことか。


 考え込んでいると、ユーリスが私を見た。

「エーネが近づけない勇者の体から渦巻いている魔力は、大聖堂にあったものと同じで魔王に対する呪詛の塊のようなものだ。だから僕たちには影響がない。僕たちが阻まれる勇者の周りにある膜のようなものは、勇者が首から掛けている黒いペンダントのようなものから直接出ている魔力的なものだ」

魔力的――

「その膜ってユーリスやラウリィがたまに使う、風の防御魔法と似たようなもの?」

「うん。そうだ」

ユーリスが頷いた。


 勇者が首から掛けているペンダントは、恐らく魔王のコアだ。そこから出てくる魔法ってことは――

「その魔法が何かはわからないけれど、同じ魔王の私には効かないかもしれない」

「あっ、もしかしてその魔耐性ってやつ?」

カケルが私を指さした。……魔耐性?

「魔耐性って何?」

「いや、お前持ってるじゃん。スキルに」

カケルの言葉に、はてと思いながらステータスを見ると、確かにあった。しかもLv.99。完全に忘れていた。

 聖女であるユーリスは聖魔法に聖耐性を持っている。だったら魔王は魔魔法に魔耐性を持っているのではないだろうか。私がポンコツな所為でそんな魔法スキルは持っていないけれど、耐性がないと魔法スキルは使いにくいから本来はそういうものな気がする。

「何かそんな気がしてきたよ!」

「やってみようぜ!」

カケルと盛り上がっていると、ユーリスが私の手を引いた。

「エーネ。『同じ魔王』ってどういうこと? さっきのあいつは勇者だよね」

「あぁ、彼じゃなくて、あのペンダントが――」

はっと気がついて慌てて口を(つぐ)んだ。だけどユーリスは真剣な表情で私の言葉を待っている。ユーリスには伝えない方がいいと思うけれど、もう完全に遅い。

 冷や汗を流しながら私を口を開いた。

「勇者が持っているあのペンダント、魔王の心臓なんだ……」

「魔王の心臓……? 魔王って誰の?」

「えっと、恐らく先代か先々代」

「どうしてそんなものを勇者が――」

ユーリスがそこまで言ったとき、ユーリスの魔力が目の前で膨れ上がった。わわわと慌ててユーリスの手を引く。

「ユーリス。落ち着いて」

「落ち着いていられるか。絶対にエーネは渡さない」

自分の胸がどうしようもなく高鳴ったときに、ユーリスの頭上でカコンっといい音がした。ユーリスが頭を押さえて横を向く。

「お前、今はそれよりやることがあるだろう。盛り上がるのはその後にしろ」

カケルが剣の鞘で手のひらを叩いている。ユーリスはカケルから目を逸らして「悪い」と呟いた。


「よーし、じゃあ続けるぞ。勇者の周りの膜はエーネが頑張るとして、エーネはあの辺まで一気に転移できるのか?」

背筋がぞわぞわとする感覚を思い出しながら、申し訳ないけれど必死にクビを振る。

「無理、無理だ」

大聖堂のときとまったく同じで、これは気合いで何とかなるものではない。


 かつて大聖堂で私がまともに見えたのは――

 ふと、横を見上げると、天使が私を見下ろしていた。


「わ、わかった! さっき転移できたのはユーリスが居たからだ!」

カケルが怪我をしたときはすぐ近くにユーリスがいなかった。だけど最後のあのときは二人とも同じ場所に居た。だから転移できた。

「えっ、何? ユーリス特別なの……?」

「そうだよ! よく分からないけれど、大聖堂でもユーリスの近くには転移できたんだ。きっとそうだ!」

あのとき『偶然結界がオフだった』よりずっとあり得そうだ。

 よし、色々分かってきたぞ。考えろ。


「手順としては、まず3人で勇者の近くまで転移する。そして、私が頑張って、勇者の周りにある膜を何とかする。そして二人が勇者を叩きのめすって感じかな」

「ようは……『頑張る』か?」

そうだと大仰にカケルに頷いた。未確定部分が多すぎる。とにかく頑張るしかないんだ。


 振り向いてユーリスの手を両手で握った。

「ユーリス。帰ったら君に言いたいことがある。伝えたいことがたくさんあるんだ」

「エーネ。僕も生きて帰ったら頼みが――」

「ストーップ! ストップ。お前らそれ死亡フラグだから。帰ってからやれ」


 死亡フラグ? カケルの言葉の意味を考えて、そして少し赤くなる。ユーリスから距離を取ろうとしたけれど、ユーリスが手を離してくれないから下がれない。

 仕方がないから照れながらゆっくり顔を上げると、ユーリスが優しく私のことを見つめていて、私は思わず微笑んだ。


「そろそろ行こう」

私の声にカケルが私の左側に来て、ゆっくり私の手を握った。3つの像と向かい合うように、3人で手を繋いで並ぶ。

「行ってきます!」

「どうか、僕たちに救いを」

「俺の活躍ちゃんと見てろよ! この世界の神様!」

それぞれが神に挨拶するのを見届けてから、私は転移した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おー、待ってくれてるじゃん! 良い奴!」

「あの勇者の狙いはエルフの森ではなく恐らく私だ。放っていても戻ってくるのが分かっているからあそこで体力を温存していたのだろう」

私がそう説明すると、「エーネ、なんか調子出てきたじゃん」とカケルが笑った。


「で、跳べんの?」

カケルの声にふらりと立ち上がった勇者の方をじっと見る。あの勇者の周りは確かに気持ち悪い気配が渦巻いていて行きたくはない。行きたくはないけれど、

「うん。大丈夫」

あんな怨念のようなものが、この綺麗な天使に勝てる訳がないだろう? 横を見上げて笑ってから、まっすぐ前を向いた。


「あっ!」

そのとき急にカケルが声を上げた。「何?」とユーリスと一緒にのぞき込む。

「そうだ俺やってみたいことがあったんだ! 気合い入ってきたとこ悪いんだけど、剣貸してくんない? これじゃなくて、もっとちゃんとしたやつ」

ユーリスが貸した小剣ではなく、もっとちゃんとした剣。剣か。


 確か、イスカから預かっている剣をここに置いていたはずだと、魔王城の隠し部屋まで転移した。隅に置いたはずだけど、どの四辺の隅だったかなと、部屋の隅を漁る。

「おー! 良い剣発見!」

振り向くと、カケルが部屋の反対側で盛り上がっていた。

 あれは……始めからここの壁に掛かっていた装飾が多い大剣だ。

「その剣は飾りでしょ? 外れないと――」


 そのとき剣の柄を笑顔で握っていたカケルが、べりっと壁から剣を引きはがした。

「あ」

あ、じゃねぇ。無理矢理取ったから壁が少し崩れているじゃないか。

 あははと私に対して誤魔化すように笑っていたカケルが、開き直ったのか壁の一部が付いた鞘を払い捨てた。

 そして、真剣な表情で黒い剣を胸の前に構える。


 それが物語の騎士様のようで凄く格好よかったけれど、そんなシーンはほんの一瞬で、カケルはすぐにいつもの顔に戻った。

「この剣カッコいいー! これ借りていい? いい?」

子犬のように頼み込まれて、「うん。いいよ」と仕方なしに私は頷いた。

「よし、じゃあ戻ろう! あいつ待たせちゃっているからな」



 カケルのかけ声でまた3人で手を繋いで元の場所に戻ると、勇者は待ってくれていた。

「いやー、悪い悪い」

カケルがひどく軽くそんなことを言うから、あの勇者に睨まれている気がする。

「よーし! じゃあ……」

そこまで言ってカケルがこちらを向いた。

「あのさ。もう一人の神様の名前ってなんだっけ? なんか強そーな……ディ……なんとかさん」

「創造の神ディヴァイアート様だ」

ユーリスの冷ややかな声に、カケルはあーそうだそうだと頷いていた。


 「じゃあそこで待ってろよ」とカケルは私の手を離した。

 カケルは何をするつもりなのだろう? 3人の視線がカケルに集中する。


 しばらくじっと目をつぶっていたカケルは、目を開いて魔王城の隠し部屋から持ってきた剣を前に突き出した。

 そして、空を見上げて声を張り上げる。

「創造の神ディヴァイアート! 俺は異世界からやってきた勇者カケル! 俺は、この剣――『魔王ザイベインの愛剣』にかけて誓う」


 カケルが剣を天に振り上げた。

「俺は負けない! 俺は、正義の味方だ! だから力を貸せ!」


 カケルの剣が薄く輝き始めて――


 カケルのステータスが書き換わった。


名前: カケル

種族: 人族

ジョブ: 魔王軍将軍

スキル: 逆境+,ステータス閲覧,聖耐性Lv 99,剣術Lv 24,▼

創造の神ディヴァイアートからの激励: 勝利を


HP: 4356(+2904)

MP: 2253(+1502)

攻撃: 5076(+3384)

防御: 5229(+3486)

魔法攻撃: 987(+658)

魔法防御: 3684(+2456)


 カケルが笑顔でこちらを振り返った。

「じゃあ行こうぜ!」

「……うん」

なぜだか少し泣きそうになりながら、カケルの手を再び握った。

「エーネ、転移先はあいつの斜め上――いつもユメニアが話しかけてくる位置だ」

カケルの言葉に、黒い槍を抱えながら『魔王様!』と話しかけてくるユメニアを思い出した。

「了解」

勇者の斜め上の位置に座標を合わせる。

「ユーリス、エーネを死ぬ気で守れ! かすっただけでそいつ死ぬぞ」

「僕の命に代えても」


「じゃあカウントダウン行くぞ。3、2、1……」


 心の中で最後のゼロを数えて、転移した瞬間、転移先で勇者を覆うように張られていた膜がパリンと簡単に崩れたのがわかった。

「よおし! 俺が、ぶっつぶす!!」

カケルがそう叫んで大剣を両手で振り上げた。その剣が、どんどん輝きを増しているのが見える。


「エーネ!」

ユーリスに庇うように抱きしめられて、体の周りに天使の羽根のような何十もの白の防御膜が現れた。怪我をしないように精一杯ユーリスに抱きついて、ユーリスの胸に耳を押しつけて横を向いた私の目に、真剣な表情で剣を振り下ろすカケルの姿が入った。


「カケル。やっぱり、君が勇者だ……」


 私がそう呟いた瞬間、溢れるほどの金色の光が周囲に満ちて、世界は無音になった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 心臓の音が聞こえる。

 温かい。


「おーい、大丈夫かー」

その声にがばっと顔を上げると、目を閉じた天使が目に入った。

「ユーリス!」

その綺麗な顔を必死に何度か叩くと、ユーリスがゆっくりと目を開けた。

「エーネ……」

「良かった。ごめんね。私は大丈夫だよ」

「守れて……良かった」

ユーリスはそう言ったあと、幸せそうに笑った。

 その声に胸が苦しくなって、地面に倒れているユーリスの頭の横に正座を少し崩して座って、ユーリスの頭を自分の膝の上に頑張って移動させた。

「痛くない?」

「大丈夫」

笑ったユーリスの金色の頭を、しばらくぎゅっと抱きしめてから、ゆっくりと顔を離してユーリスと視線を合わせるようにユーリスの顔をのぞき込んだ。

「エーネ」

ユーリスの手が私の頬に添えられる。ユーリスからは何か面白いものが見えているのだろうか? ユーリスは私の顔をキラキラとした目で見つめていた。


 こういうときに、幼い頃のこの子の顔を思い出してしまう私は、正真正銘のロリコンなのだろう。

 だけどそんなこと、もうどうだっていい――


「ユーリス。愛しているから――無茶をしないでくれ」


 そう言ってから、引き寄せられるように、ユーリスの唇にそっと口づけた。



 ゆっくり目を開くと、ユーリスと目が合って、ユーリスは花が開くように笑った。

 そして、突然電池が切れたかのように、力をなくして横を向いた。


「ユーリス! ねぇユーリス!」

必死にユーリスの肩を揺らす。

「落ち着けって。気を失っただけだ。単に力の使いすぎだ」

顔を上げるとカケルが居た。

「カケル……?」

「落ち着け。HPはまだ大分ある」

ユーリスのステータスを急いで自分の目で確認して、ほっと息を吐いた。


「そう言えば勇者は!?」

カケルがため息をついたあと、親指で横を指した。

「あそこで伸びてるぜ。まだ生きてる」

カケルの指の先を見ると、茶色の髪の少年が地面に倒れていた。

「近づいて大丈夫かな? 起きそう?」

「あいつもMP空だからしばらく大丈夫だろ。それにあいつもう勇者じゃねーし」

「勇者じゃない?」

私の言葉にカケルがとんとんと自分の胸を叩いた。


『ジョブ: 勇者』


「……魔王軍クビになったんだね」

「お前、真っ先に言うことがそれかよ!」

「冗談だよ――久しぶりだね勇者カケル。私は魔王エーネだ。勇者カケル、助けてくれてありがとう」

カケルはなぜか恥ずかしそうな顔で、「ども」と私に向かって頭を下げた。



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