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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
2章 伸ばした手が掴むもの
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14話 魔王、同胞と米を食う


 魔人族はもともとその予定だったと言うことで、南州の調査を快く引き受けてくれた。だけど南州は、魔族というより新参者にすごく敏感らしく、潜り込むのは時間が掛かりそうとのことだ。

 西州の支配者であるアネッサの方は、時々お呼ばれして話をするけれど、これと言った有力な情報は得られていない。毎回、美味しいランチをごちそうしてもらって、貴族間のごたごたや魔族について、おしゃべりをして解散だ。実を言うと、最近は次はいつかなと結構楽しみにしている。


 こんな感じで残念ながら調査はあまり進んではいないのだけれど、進んでいることもちゃんとある。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 上空には悪魔族待機。火攻めの対策として精霊族の配置済み。地上の見張りとして竜人族OK。

「さぁ、来るなら来い!」

握りこぶしを作って、上空に向かって吠えていると右隣に開拓団団長が立った。

「エーネ様。これから戦争でもおっぱじめるつもりですか?」

「いや、そうではないけれど」

カケルが左隣に立った。

「今から城でも攻め落とすつもりかよ」


 皆聞いてくれ! 今朝、無事に稲を収穫したのだ!

 そして現在私は、乾燥中の稲の前で荒ぶっている。


 呆れた様子で私を見るカケルにむき直す。

「去年あとちょっとで米を全部奪い取られて、私がどれほど心が痛かったか、カケルにはわかる!?」

「あー、ごめん。ごめんなー」

私の対応が適当なカケルに何て言えばこの痛みが正しく伝わるだろうかと考えていると、若い女性の声が耳に届いた。

「エーネ様ー! すみません。これを中に運んでもらっていいですかー」

「あっ、はーい。行きまーす!」


 東州沼地開拓団の皆に「米作りを頑張れば綺麗なお嫁さんを連れてきてあげる」と適当に約束してしまったあの日から、皆はもう呆れるくらい――文字通り私の足下にすがりつく様で、毎回毎回毎回、頑張っているからお嫁さんを連れてきてくださいと私に頼んでくるようになった。

 それが一人だったらまだ私も耐えられたと思うけれど、全員だ。しかも、あの手この手で頼み方を変えてくる。最後の方なんて、頑張りすぎてぶっ倒れてユーリスに治療されるという手段を取る男まで出てきた。

 私はついに折れた。折れて新領主のミンチェルに頼みに行くと、ミンチェルはそれはもうテキパキと若い女性を集めてくれた。文化が違うのかミンチェルが優秀なのかはわからないけれど、『沼地開拓地でお嫁さん募集中』という広告だけで、女性が集まった。しかも、この地に来るまで男たちの顔も名前も知らなかったはずなのに、全員が良い感じにペアを作って、それぞれ一緒に暮らし始めている。

 もう4人が妊娠しているし、生命ってすごいなと思う。


 今日は稲刈りを手伝うついでに、こんな辺境に来てくれた女性たちから頼まれたものを持ってきた。私は彼らに世話になっているし、これからその子どもたちにも世話になるのだ。少しでも恩返しができたら――彼らがこの地で楽しく暮らしてくれればいいと思っている。


 今日収穫した稲は、天気が良ければ来週には食べられるだろう。

 去年は人族の王とアウシア教徒たちに畑を荒らされたせいで米を食べられなかったので、今年は魔族の精鋭と元勇者カケルという体制で対策もばっちりだ。

「ふふふ。来るなら来い!」

「お前ちょっと寝ろって。目の下にクマができてるぞ」

カケルに指摘されてしまった。実際、最近夜中に心配しすぎて頻繁に見に来ていたので、すごく眠い。

「昼寝してきな?」

カケルの勧めに「うん。寝てくる」と頷いて、お昼寝をするために中央山脈の湖まで転移した。



 よく寝た!

 転移で開拓団の村に戻ると、カケルは竜人族と槍を使って打ち合いをしていた。元勇者だからかわからないけれど、人族の中でもそれなりに強かったカケルは順調に強くなっている。

「指導、ありがとうございます」

カケルが竜人族に頭を下げてこちらに戻ってきた。

「お疲れ、兵長」

「本日もお疲れさまです。魔王様」

カケルに敬礼されたので、「うむ」と偉そうに頷いておいた。

「来週あたりには米が食べられるよ。それまで頼むよ、カケル」

「戦車でも来ない限り大丈夫だろ。心配しすぎだって」

「私は、米が、食べたいんだ」

「いや、俺もその気持ちはわかるけどさ」

カケルはこの世界に来てからまだ1年も経っていない。私の喉から手が出るようなこの苦しみは、まだ理解できないだろう。

「あのさエーネ。来週はユーリスも呼ぶのか?」

「ん? アルフレッドは呼ぼうと思っていたけれど、ユーリスは考えていなかったな」

ユーリスは米作りには関わってこなかったし、生まれたときから主食が麦の人がご飯を食べてみたいものなのだろうか?

「エーネ。ユーリスも呼んでやれよ」

カケルに呆れた様子でそう言われてしまって顔を上げた。

「カケル。ユーリスも米を食べてみたいと思う?」

「ユーリス喜ぶって。とにかく呼んでやれよ」

カケルに断言されてしまって「わかった」と私は頷いた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 王都の三神教の教会に転移すると、ユーリスが像の前に立って、まっすぐ像を見上げていた。そして、音は立ててはいないはずなのに、ユーリスはすぐにこちらを振り返った。

「エーネ」

ユーリスのその笑顔――何か面白い物でも見つけた? と、私がそう聞きたくなるような幼い頃と変わらない笑顔だ。

 転移でユーリスの真横まで移動して、さっきまでユーリスがしていたのと同じように像を見上げる。


 神様、お久しぶりです。

 不真面目な信者である私は、毎日ここに来ているのにも関わらず、ずいぶん久しぶりに神に祈った。



 ゆっくり目を開いて、横を見上げると、ユーリスと目が合った。これから言おうとしていたことがなぜか頭から飛んでしまって、自分が何を言うつもりだったのかをしばらく考えてから口を開いた。

「ねぇユーリス。今日、朝からみんなで稲の刈り取りをして、今乾かしていて来週には食べられると思うんだ。ユーリスも一緒にどうかな?」

「僕もいいの?」

ユーリスは笑顔でこちらを見ている。

「うん。でも、人数が多いからあまり食べられないとは思う」

「だったら僕はいいよ。エーネ楽しみにしていたでしょ?」

ユーリスに、にこにことそう言われてしまって、しまったと私は焦った。私はユーリスに『楽しみにしてくれていても、食べる量はあまり多くない』と補足したかっただけで、『食べる量が減るからできれば来るな』と言いたかったわけではない。


 ど、どうしよう。えっと……

「ユーリス。人数が多いから一人くらい増えようが減ろうがそこまで変わらないよ。その――」

「じゃあ僕も行っていい?」

「うん」

ユーリスも来てくれないかなと言おうとしたから、先にユーリスが言ってくれて笑顔で頷く。

「日にちは、また連絡するよ」

「来週だね。久しぶりのお休みで楽しみだな」

「ユーリス。あのさ、王都にたくさん患者さんはいるかもしれないけれど、ユーリスもちゃんと休み取っていいんだよ?」

ユーリスは毎日先着20人をきっちり治療する上に、体を鍛えることも忘れない。土日なんていう概念はこの世界にはないけれど、数日に一日くらいはちゃんと休むべきだと思う。

 そう言いたかったけれど、ユーリスはユーリスだった。

「僕のしたいことだから、いいんだ」

ユーリスのその満足げな笑顔。


 いいんだって――ユーリスが人々を癒やそうとするのは、ユーリスが聖女だからだろうか。それともユーリスがユーリスだからだろうか。


 どちらにせよ、ユーリスが決めたことなら私がとやかく言うべきではない。

「ユーリス、体壊さないようにね――あ、治せるとかそう言う答えはダメだから! そう言う意味じゃないんだからね」

ユーリスは私の言葉に「わかったよ」と笑った。この反応は「治せる」と言うつもりだったな。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「エーネ。塩取ってくれ」

「はい」

カケルに塩の入った瓶を渡すと、カケルは手慣れた様子で炊いた米のいっぱい入った鍋に塩を入れて特大サイズの木のしゃもじで混ぜ始めた。そして手に乗せて味見をする。

「まぁ、こんなもんだろ」

「私も食べていい?」

「握るからちょっと待ってろ」

「はい」

米の炊く匂いを胸いっぱいに吸い込んで鍋の横で待っていると、カケルが手に水を付けてささっと小さめのおにぎりを握ってくれた。

「はい、どーぞ」

「ありがとう!」

カケルから熱々のおにぎり受け取る。すごい! 三角形のおにぎりだ!

 きらきらと輝くおにぎりをしばらく見つめてからかぶりつく。うまぁ……この素朴な塩おにぎり、涙が出そうだ。


「美味しいよ。みんなありがとう……」

鍋の周りに集まっている開拓団の皆を見上げて礼を言う。

「エーネ、食ったら握るの手伝えよ」

「私、おにぎり握れないと思う」

自分があんなにきれいな三角形を作れた記憶がない。

「日本人だから握り方くらい知ってるだろ? お前の下手くそなおにぎりの方がいいって言う変態は絶対にいるから、それ味わったら手伝え」

壁にもたれて座りながら、一口一口味わって食べて小さなおにぎりを食べる。手に付いた米粒の最後の一粒を取ってから立ち上がった。

「カケル。手伝うよ」

「足りなかったらダメだから小さめに握ってくれ」

「わかった」

手を洗ってから、目の前で手際よく握っているカケルを参考に米を握る。だけど、あんなきれいな三角形にはならない。

「お前ほんとに下手だな。料理はしなかったのか?」

「鍋は作っていたと思うんだけどな……」

「鍋は料理じゃないだろ」

切って入れるだけだけど、鍋は料理でしょ?

「カケルはどうしてそんなにうまいの?」

「俺は、部活のときは自分で握っていたから」

そんなことをしゃべりながら、カケルは私の3倍くらいのスピードで握っている。これは、将来いいお嫁さんになれそうだ。

「ねぇ。将来、勇者と魔王のおにぎり屋を作ろうか」

「俺の就職先決まったな」


 カケルのきれいな三角形の横に置くと、どうしても形が悪いのが目立つけれど、私の握ったおにぎりも売れ残ったりせずにちゃんとなくなっている。というか私が握って、皿に置いた瞬間なくなる。

「形悪くてごめんね」

なぜか列を作って待っている開拓団の野郎どもに謝る。

「せっかくなんで、エーネ様が握ってくれたのがいいです……」

こいつらとも、もう何年の付き合いだろうか。待ってくれている野郎のために、熱々のおにぎりを私は頑張って握った。



「エーネ。握るのはもういいから、これを外の人たちに配ってきてくれ」

大きなお皿にカケルが握ったおにぎりがきれいに並んでいる。

「うん」

「あとエーネ。ユーリスにはこれ渡すなよ」

「どうして?」

カケルは呆れたようにこちらを見た。

「それを握ったのは俺だ。お前ユーリスにそれを食わす気かよ。ご飯は置いておいてやるから、一度自分で握りに戻ってこい」

あっ、そう言うことか。「わかった」と私は頷いた。


 外で待っている開拓団の女性たちや、仕事が忙しくてこれなかった領主ミンチェルにおにぎりを渡しに行くとすごく喜んでくれていた。

 そして静かに立って沼地を見つめている前領主アルフレッドに、「はい、どうぞ」とおにぎりの乗った皿を差し出す。「エーネ様。ありがとうございます」とアルフレッドは優しく笑ってからおにぎりに手を伸ばした。

 白い髪の目立つようになってきたアルフレッドが、ゆっくりとおにぎりに口を付ける。そして、味わうように噛む。

「アルフレッド……美味しい?」

「えぇ。えぇ――美味しいですよエーネ様」

ゆっくり、ゆっくりとおにぎりを食べていたアルフレッドは、一度私に報告するように笑った。


 アルフレッドが食べ終わるのを、隣に立って静かに待つ。

「エーネ様。私の夢はもう叶ったように思います」

アルフレッドのその声に驚いて顔を上げると、食べ終わったらしいアルフレッドは優しい目でおにぎりをほおばる皆の顔を見つめていた。

「西州に勝てるくらいの黄金色はまだだよ!」

私は焦って声を上げる。

「でも、エーネ様。私には、もう見えるような気がするのです」


 できるならこの人には、その目で夢を叶えて欲しい。

 一緒に見ようと言いたかった。そう頼みたかった。


 そんなことを言うと、きっとこの人は、困った顔をするんだろうな。

「アルフレッド。今年は塩おにぎりだけど、来年は焼き肉と一緒に食べよう。美味しいよ」

「それは楽しみですね」

「うん。来年はレグとイスカと、二人の娘も呼ぼうね」

「ええ」

穏やかに笑うアルフレッドを見上げて、私も精一杯明るく笑った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ユーリスは、どこだろう――

 村の中をキョロキョロと探すと、ユーリスは犬人族のメリアンと一緒に水を配っていた。メリアンはまぁいつものことだけど、せっかくの休みなのにあの子は……


 でも、あの様子だとユーリスはまだおにぎりは食べていないようだ。私は急いでおにぎりを握って、ユーリスのもとに転移した。

「あっ、エーネ」

「ユーリス、水を配るのは止めて、休憩して食べてくれ。メリアンもだ」

メリアンが「まだ残っていますので」と優しく断っている後ろで、ジョッシュが偉そうに座っていた。

「俺の嫁、最高だろ?」

事実かもしれないが、その口調にイラッとする。

「あとはジョッシュがやるから、さぁ二人とも休むんだ。魔王命令だ」

私は二人を無理やり休ませた。


「はい。二人のおにぎり――えっと、こっちのきれいなのがカケルで、この形の悪い方が私の作ったものだ」

「じゃあ、僕これ」

ちょっとどきどきしながら差し出すと、ユーリスがひょいと私が作ったおにぎりを取ってかぶりついた。そのままもぐもぐと少し考える様子で食べている。

「美味しい?」

「初めて食べるけどこんな味なんだね。美味しいよ」

ユーリスの言葉にへへと笑っていると――

「そりゃあ、美味いだろう。そうだろうな」

ジョッシュが私の横に立って、にやにやとこちらを見下ろしていた。ため息をつきながらジョッシュの顔を見上げる。

「ジョッシュ。水配りは……?」

「その辺にいた少年に押しつけた。珍しい黒髪だったけど、知り合いか?」

うわぁカケル、ごめんなさい。

「その少年が、さっきまでそのきれいなおにぎりを握ってくれていたんだ……」

「へぇ、魔王様と違って器用だな」

「悪かったな。力加減が結構難しいんだぞ」

今日ジョッシュを呼んだのは、何度か沼地開拓を手伝ってもらったからだけれど、もうメリアンを置いて帰れよと言いたかった。


 ちょうど2年前、宴会でジョッシュにメリアンを紹介してくれと頼まれて、私は断った。断ったはずなのに、ジョッシュは現在メリアンの家で押しかけ婿のようなことをしている。

 メリアンは、ジョッシュに村のすぐ近くで大型魔獣退治という格好いい場面を見せつけられた上に、それはもうしつこく口説かれたのかもしれないけれど、本当にこの男でいいのだろうか? そう思いながらメリアンの様子を見ると、メリアンはジョッシュに「あーん」と言われながら口元におにぎりを突きつけられていて、「自分で、食べられます!」と赤い顔で照れていた。


「そういうことは、自分たちの家でやってくれ!」

「魔王様よ。口移しじゃないんだから、このくらのことでかりかりするなよ」

ジョッシュに呆れられながら言われてしまった。私が悪いの!?

「うらやましいんだったら、ユーリスにもしてやったらいいだろう?」

「ち、違う!」

「けちな魔王だな」

だめだ。この男のペースに巻き込まれてはだめだ。何度か深呼吸してから、「ユーリス行こう」と、ユーリスの手を掴んで転移した。



「ジョッシュは相変わらずだ」

「そうだね」

呆れながら顔を上げると、ユーリスが楽しそうに笑っていた。


 ま、まずい。ジョッシュから逃げるために、思わず村から少し離れたところに転移してしまったけれど、ユーリスとずいぶん久しぶりに二人っきりになってしまった。

 ユーリスは、王都で好みの女の子でも見つけられただろうか……? 直接そう聞きたかったけれど、それを言ってしまうとこの心地よい空気がなくなってしまうような気がして聞けなかった。

「ユーリス。最近どうかな――何か面白いことでもあった?」

遠回しな質問が口から出る。

「この間、王都の騎士団員が教会に来たよ。治したあとに手合わせをしてもらったけれど、カケルの方がまだ強かったな」

「騎士団員が? その人たちユーリスと約束をしてしまっていいの?」

ユーリスは治療の代価として『魔族を傷つけない』と約束してもらっているはずだ。

「僕もそれを思ったんだけど、彼は自分が強くなって手加減すればいいと思っているようだった」

えっ? 貴族のいいことのお坊ちゃんなのだろうか。

「ユーリス。その何もしらない彼に、手加減してあげたんだよね……?」

私の言葉にユーリスは微笑んでいた。完璧な聖女モードだ。

 まさか、教会で聖女が騎士団員を叩きのめしたのか?

「僕も色々思うところがあって。大丈夫。手合わせの傷はちゃんと治したよ」

大丈夫じゃないだろう。何を言ったんだその彼は。

「何かあったら護衛の鬼人族と、大聖堂にいるラッツェさんを頼ってね……もう心配だなぁ」

「わかっているよ」

「その彼が、無抵抗のまま魔族に殺されないように、私も頑張らないと――」


 この世界の決まりを作って、人族の王はこちらで捕まえて、人族と魔族の間に争いが起こらないように常に動いているつもりだけれど、十分なのだろうかと絶えず不安は襲ってくる。


「でも、今年は米も食べられたし、ちゃんと進んでいるはずだ。頑張ろう!」

ユーリスを見上げて笑いかける。

「そろそろ、カケルを手伝いに行こう」

「うん」

ユーリスが私の手を優しく握った。



「カケル。お疲れ」

「うーっす。なぁ、俺が一番働いてね?」

「そうだね。ありがとうカケル」

カケルはポキポキと首をならしていた。

「そういやあとちょっとおにぎり残ってるぞ?」

「食べる!」

カケルとユーリスの手を持って、急いで鍋の前まで転移すると、三角のおにぎりが5個も並んでいるのが目に入った。

「いただきまーす!」

「早えーな。俺も食お」

ユーリスも一つ取って、3人で土間に腰掛けておにぎりを頬張る。


「つぎは海苔だな」

「それよりは、醤油だと思っている。私は卵かけご飯が食べたいんだ」

「えっ」と言う声におにぎりから顔を上げると、カケルは怪訝な顔をしていた。

 何だ、その顔は。

「エーネ。よく言っているけど、その食べ物はそんなに美味しいの?」

「うん。私たちの元いた世界では、朝食は卵かけご飯と決まっている」

「決まってねーだろ。嘘教えるなよ。美味いのは美味いんだけど、あれ初心者にお勧めできるもんか?」

しばらく考えたけど――まぁ大丈夫だ。

「大丈夫だ」

「何が大丈夫なんだよ……」

「大豆の栽培と新鮮な卵の流通網も必要だ。やることはたくさんあるな」

「そんなに食いたいのかよ……」

大豆に卵――あれ、そもそもこの世界にニワトリ居たっけ? ニワトリの卵に似た鳥の卵を探すところから開始か……

「つぎは、ニワトリを抱えた勇者が召喚されないかな。雄鳥と雌鳥ペアだと良い」

「どんな状況だよ。それ」

「コシヒカリの稲穂を服にくっつけている勇者でも良いな」

「ねーよ」

カケルがはぁとため息をついた。この世界に稲とよく似た植物があるのは、遠い昔にあの世界から召喚された何かと一緒に付いて来たのだと思うけれど、そう都合良くはいかないか。

 卵かけご飯に思いを馳せながら、ちまちまとおにぎりに口を付けていると、カケルがじっとこちらを見ていた。

「なぁ、そう言えば前から気になってたんだけど、その『エーネ』って名前、どういう漢字を書くんだ?」

「漢字? ああ、私は名前を忘れてしまったから、この名前はユーリスが付けてくれたんだ。だから漢字はないよ」

ねっ? と隣に座っているユーリスに笑いかける。

「あ……そう言えばそう言っていたな」

「花の名前なんだ。綺麗な花なんだよ」

あの花の姿を思い出す。


 カケルのステータスの名前表記も、私と同じようにカタカナだ。

「カケルはどんな漢字なの?」

「ショウって言う字だ。羊に羽」

あの字か。

「綺麗な字だ。素敵な名前だね」

「サンキュー」

この世界に来てから、私は空ばかり見上げている気がする。そんな世界にこの名前はぴったりだと思った。


「エーネ。僕の名前には何か意味があるの?」

ユーリスに突然そんなことを言われて、驚いてユーリスの顔を見る。

「どういう意味?」

「えっと、ユーリスという僕の名前を、どうして選んでくれたのかなって……」

ユーリスの徐々にしぼんでいくその言葉にひどく驚いた。

「ユーリス。ユーリスの名前は君自身の名前だ。私が付けたものではない」

「え?」

「調べても誰が付けてくれたのかまではわからなかったんだけれど、誰かが君のことをそういう名前で呼んでいたんだ」

ユーリスの父親が誰かはわからなかったし、ユーリスの母親はもう亡くなってしまっている。ユーリスの母親が付けた可能性が高いけれど、実際のところはどうかわからない。


「そっか……僕の名前はエーネがくれたのだと思っていた」

その言葉が寂しそうで、思わず「ごめん」と謝ってしまった。

「どういう由来かは知ることはできないけれど、一生懸命考えてくれた大切な名前だと思うよ」

力を込めてそう言うと、ユーリスは「そうだね」と優しく笑っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 おにぎりを食べて満足して、外に出てうーんと体を伸ばしていると

「隠し子か?」

すぐ近くの壁にジョッシュがもたれかかっていた。それを見て「うわぁ」と表情と言葉が表に出る。そんな私を見て、ジョッシュは楽しそうにしていた。

「違うよ」

「少年。さっきはありがとな」

「あ、いえ。俺は魔王様のしがない下僕ですんで」

カケルその説明やめてよ。ジョッシュがますます楽しそうにしているじゃないか。

「下僕ねぇ……」

「カケル。この男はA級冒険者のジョッシュだ。魔族領で人族にとって有益なものがないかの調査をしてもらっていたんだ。今は、あそこの犬人族のメリアンのところで、押しかけ婿のようなことをしている」

そこまでカケルに説明してからジョッシュの方を向く。

「ジョッシュ、こちらはカケル。レグルストのあとの勇者だ。今はもう違うけど」

「勇者? この少年が? 今は違うって?」

ジョッシュは驚いた様子でカケルを見た。

「もう次の代に移ってしまったんだ。今の勇者は探し中だよ」

「あのぴかぴか勇者様はもう勇者じゃないのか。へぇ……。で、元勇者ってことは、この少年も強いのか?」

ジョッシュの言葉に、ユーリスと一緒にカケルを見た。


「別に?」「いや」

「俺も強くなっただろ!?」


 カケルはそう大きな声で主張したあと、うなだれていた。

「ごめんごめん。カケルは頑張っているよ」

「それ、優しい言葉に見せかけて、心をえぐられるからやめろ」

少年の肩を優しく叩く。

「あそこのジョッシュはああ見えてもA級冒険者だから、優秀だよ。生きるの役立つ姑息な手、色々と教えてもらったら?」

「俺にも喧嘩を売るなよ」と呟くジョッシュの声が聞こえるが無視する。

「頼んだよジョッシュ」

「魔王様よ、何で俺が手伝わねーといけないんだ?」

めんどくさそうなジョッシュとしばらく見つめ合ってから、大きく深呼吸をして、口に手を当てて大空を見上げた。

「メリアーン! ジョッシュが――!」

「わかったわかった、やりゃあいいんだろ! あいつら恩があるのか知らねーが、魔王様に悪いことするとすげー怖いからな。そうと決まれば、やるぞ少年」

「よろしくお願いします!」とカケルは元気にジョッシュのあとに付いていった。



「結構強ぇーじゃねーか、この少年。手首折っちゃったよ」

「カケル大丈夫?」

「うう。大丈夫……」

ジョッシュは手加減できなかったのか、木刀でカケルの手首を思いっきり叩いてしまい、カケルは手首を折られて現在治療中だ。

 木刀でとんとんと肩を叩いているジョッシュに声を掛ける。

「強いって、魔族領で一人で生きられるかな?」

「その辺だったら大丈夫だけど、奥地は無理だ。育ち良さそうだし、殺し合いはあんまやったことないだろう? フェイントに引っかかりすぎる」

ステータス的にはカケルの方が勝っているのに、やはり長年の経験というやつだろう。

「カケルは生きてやらないといけないことがあるんだ。ジョッシュ、生き延びるためのコツを教えてあげてよ。それはジョッシュが一番得意でしょ?」

ジョッシュは「はぁ……」とため息をついてから顔を上げた。

「魔王様よ。報酬は?」

「ギルドで名指しで依頼を出そう。金額が気に入らなかったら言ってくれ」

メリアンの件を引き合いに出せば、無報酬でもやってくれそうだけれど、ジョッシュはもう一つの家の家計を担っている人だ。以前と違って、自分の欲求だけで無報酬の仕事をするのは気が引けるだろう――


 ジョッシュだよ? そう、かな……?

 いや、メリアンのためにそう思いたいから報酬を出そう。


 カケルがユーリスに治療してもらいながら、こちらを見上げている。

「カケル。君が元の世界に帰るときに、君の資産はすべて頂くよ――っていっても帰り方見つかってないんだけど」

「悪い」

「いや、困ったときはお互い様だよ。今日は、おにぎりありがとう」

そう言って笑うと、カケルは「どーも」と頭を掻いていた。



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