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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
2章 伸ばした手が掴むもの
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12話 魔王、美女と優雅にお茶をする


「なぁ、エーネ。俺、何で高い高いされているんだ?」

「いいから、いいから」

カケルに初めて会ったアーガルは、がははと気分よく笑ってカケル頭をぽんぽんと撫でてから、カケルの腰を掴んで高い高いを始めた。カケルの年齢を絶対に勘違いしているけど、500歳というアーガルから見れば誤差みたいなものだろう。

「アーガルの趣味なんだ。大丈夫。これをクリアすれば丁寧に剣を教えてくれるから」

「あー、うん。わかった頑張る」


 カケルは国境警備兵としてまじめに働いていて、つい先日『一等兵』まで昇進した。愛想のいいカケルは国境警備の鬼人族や竜人族と仲良くなって鍛えてもらっていたり、この世界で上手に生きている。


 ユーリスの方は、王都の三神教の教会に戻って以前と同じように王都の人を癒やしている。王都は王族がいなくなっても表向きは平穏そのものだ。ユーリスの身に不安を感じなくていいのは助かるが、ここまで何もないと王都を影で支配する貴族の強かさを感じて怖くなってしまう。


 カケルが勇者でなくなってから2ヶ月――新しい勇者はまだ見つかっていない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「じゃあ、行こうか。アーガル、ラウリィ」

「まかせて下せぇ」「かしこまりました」

どんと胸を張るアーガルと、その横で静かに佇むラウリィを見る。

「あの、ラウリィ。今から人族に会うけれど、あまり危ないことはしてはいけないよ? 私はその人と仲良くしたいんだから」

「はい。魔王様」

返事だけは完璧だ。返事だけは。

「アーガル。いざとなったら止めてね」

「はは、魔王様、無茶なことを」

アーガルは豪快に笑っている。

 いざとなったらラウリィの魔法は私にはあまり効かないから、私がラウリィを連れて転移しよう。


「はい、では行きまーす!」

二人の手を掴んで転移した。



「ようこそお越しくださいました魔王様」

私の目の前で紫色のドレスを着た30代後半くらいの妖艶な美女が微笑んでいる。

「魔王様は紅茶がお好きだと聞きました。テラスの方にご準備はできておりますわ。今の季節は花が綺麗ですし、せっかくですからお話はそちらでいかがですか?」

「あ、う、うん。それで頼むよ」

「はい」

美女は私に微笑んでから、執事の方を向いた。

「案内なさい」

「かしこまりました」


 美女はどこかに行ってしまって、私たちは先を歩く執事さんの後に付いていく。今日ここに来ると予め連絡はしておいたから、たくさんの兵士に大歓迎されることも想定はしていたけれど、そんな人たちは見当たらない。しかも、私を迎えてくれたのは綺麗なマダムだ。

「奥様がお越しになるまで、こちらでお待ちくださいませ」

「ああ、ありがとう」

色とりどりの花が咲いた広大な庭が見渡せる位置にあるテラス。そこに用意された華やかなテーブルと焼き菓子、そして席に座った途端運ばれてくるティーセットを見ると、あぁ私のことはすでに徹底的に調べられているのだなということが分かる。

 ふむ、くせ者だ。楽しみだと思いながら横を見ると、アーガルが窮屈そうに細い金属で作られた華やかな椅子に腰掛けて、これまた繊細な白いカップを持ち上げて紅茶をフーフーと冷ましていた。

 ラウリィと庭が見えるように椅子の角度を少し変えてから、私も優雅にカップに手を付けた。


「お待たせいたしましたわ」

美女の肩に薄いストールのようなものが掛かっている。まさかこの人これを取りに行っていたのか? いや私にはわからないけれど化粧が変わっているのかもしれない。

「綺麗なところだよ。気に入った」

「お褒めいただき光栄ですわ」

パメラが魔王城でこぢんまりとやってくれている庭も可愛くて好きだけれど、湯水のように金をかけた豪勢な庭もたまにはいいものだ。


 美味しい紅茶を一口飲んで、カップを置いた。

「魔王様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「だいたい分かっているんだろう。ガールベルク卿」

私の言葉に美女は驚いたフリをした。

「何のことでしょうか? それと魔王様『ガールベルク卿』は夫のことですわ。わたくしのことはアネッサとお呼びください」

「アネッサ。私は今日、西州領主に会いに来たつもりなんだけど」

アネッサ・ガールベルク――あの性根の腐った歴史学者ローディスの妹で、つい最近そのローディスではなく、妹婿に西州領主の座が移った。

「魔王様、申し訳ございませんが、本日夫は腹痛ですわ。わたくしがお話を伺います」

美女がそう言ってにっこり微笑んだ。


 腹痛。その言葉に顔が少し引きつった。立場上はアネッサの夫が領主だけれど、真の支配者はこの女性だと言う噂は紛れもなく本当なのだろう。夫と言っても、分家筋だから立場弱そうだしな。


「まぁいいだろう。で、アネッサ。私のことはローディスから聞いていたのかな?」

私の質問にアネッサは顔色を変えた。

「魔王様。兄が――どういった意味でしょうか?」

とぼけているのかと思ったけれど、ものすごく動揺しているように見える。

「もしかして知らない? 私とローディスはもう10年以上の付き合いだ」

美女は私の言葉に浅く息を乱したあと、吹き出た額の汗をきれいなハンカチで押さえている。そして私の方を見た。

「魔王様。わたくしとあの兄は、まったく関係がございません。わたくしはあの兄とは違い、全うに生きております」

「あ、そういう意味ではない。私はローディスに結構世話になっている」

「世話に……? あの、何かの間違いではありませんか? 失礼ですが人違いでは?」

アネッサは『世話』という言葉とローディスが結びつかないようで、ひどく悩んでいるように見えた。

「ローディスは中身はあれだけれど、すごく優秀だよ。ねえ、アネッサ。これからローディスのことを貴族の立場から邪魔だと思うことがあるかもしれないけれど、排除しようとはしないでくれ。奴を殺されるのと私が(・・)、少し困るんだ」

圧力を掛けるように言葉に力を込めると、美女が戸惑った顔で「ええ」と頷いた。

「本当に邪魔だったら私が魔族領に引き取ろう。まぁ、このことは今回の件にはまったく関係がないから、さっそく本題を始めよう」

私の言葉にアネッサは頭を切り換えたかのような顔で、私に笑いかけた。



「アネッサ。今日は聞きたいことがあって来たんだ」

「魔王様。その前にこちらからご質問はよろしいでしょうか?」

質問を遮られて、アネッサの顔を見る。

「いいよ」

「王はご存命ですか?」

王を拉致したのが私だと言うことをどこで知ったのか知らないけれど、この質問の答えでアネッサの行動は大きく変わるのだろう。

「あぁ、生きているよ」

私の言葉にアネッサは、心の底から喜んでいるかのように笑った。だけどアネッサの目の焦点は正しく合っていない――怖いなぁ。これは笑いながら、裏では計算している顔だ。

 人族領で一番豊かな西州を支配している女性。この一瞬でどのくらい深く計算しているのだろう。


「王は、どのくらいでお戻りになられますか?」

「さぁ?」

私の思考を読み取るかのように、アネッサに目をのぞき込まれる。そんなに見つめられても私は教えないよ。



 私と会って何かが吹っ切れたらしい王女は、後ろから王を蹴飛ばすように歩み始めた。そして、森を出て2日後、衰弱してその辺にぶっ倒れた王女たちは私の狙い通りに近くに住んでいる羊人族に保護された。私は羊人族に直接会いには行かなかったけれど、魔族領の奥地でぶっ倒れている人族を、もしかしたら私の知り合いかもしれないと判断して、羊人族は王と王女にかなり親切にしてくれたそうだ。

 回復した王女たちは羊人族の村を出て再び人族領に向けて歩みを進めているけれど、しょっちゅう道で倒れて魔人族たちに密かに手当をしてもらっている。彼らが魔族領を出られるのはいつになることやら。


 私が近づくと王女に見つかるかもしれないから、遠くから覗くだけだけれど、王を叱咤しながら杖を突いて歩く王女と、一歩一歩地面を踏みしめるように歩く王を見たとき、少し心に来る物があった。鬼だ悪魔だと言われても、私はこのことが彼らを殺さずにすむように――そしてこの世界がより良いものになることに繋がればよいと思っている。

 私がやっていることが、魔王としての道を外れているものならば、いつか勇者が私を殺してくれるだろう。



 さあ、王が存命だと知って西州はどう動くかな。

「魔王様はなぜ今回のようなことを?」

「私でも、怒るときはあるんだ」

アネッサは少し考え込んでいる。アネッサは経緯が知りたいだけで、王に関して私に文句を言う気はないのだろうか。

「魔王様がお怒りになった件は、魔王様がここに来られたことと何か関係があるのですか?」

「ねぇアネッサ。勇者の行方を知らない?」

アネッサは「いえ」と首を傾けている。突然聞けば分かるかなと思ったけれど、この反応からはアネッサが本当に知らないのか実は黒幕なのかはまったく分からない。やはり、生まれたときから貴族のこの人たちと、腹芸をするのは私には無理か。


「アネッサ。教えてくれたら、私は君に貸しを作ろう」

「貸しですか?」

「あぁ、私の能力を好きに使わせてやる。ただし5回だけだ」

アネッサは私が顔の前で広げた5本の指を見つめて、微笑んだ。

「今は存知ませんけれど、そのような特典を頂けるのでしたら、わたくし頑張らせて頂きますわ」

いやぁ、肩たたき券みたいなノリで言ってみたけれど、こんなに喜ばれるとやっぱりやめたと言いたくなるな。

 早まったかなと考えていると、アネッサが笑顔で口を開いた。

「そう言えば魔王様。近頃南州では、ずいぶん頻繁にパーティーが開かれているようですわ。わたくしの領の方々は参加しているのに、わたくしだけは招待して頂けなくて……ひどいと思いません? 魔王様、今度、わたくしとご一緒にいかがですか?」

その言葉に少し笑ってから顔を上げた。

「楽しそうだね。考えておくよ」

王が不在になってから、裏で南州領主が活発に動いているという噂は本当か。

 西州が勇者と本当に関係がないのなら、この人と南州に殴り込みに行くのはいいかもしれないな。一人で知らない人のパーティーに参加するのは緊張するじゃないか。


「魔王様」

アネッサに笑顔で見つめられる。

「魔王様。西州は今回の件には関係がありませんわ。だって、魔王様に敵対しても西州は何も得るものがないではありませんか。世界は変わっていく――そのようなこともわからない愚か者は困りますわね」

私の顔を観察するように見つめる美女を見て、うわぁこの人ローディスの妹だと目を逸らした。


「じゃあ、アネッサ。そろそろ私は帰るよ」

私がそう言って立ち上がると、アネッサも立ち上がった。

「“アーガル。ラウリィ。帰ろう”」

二人に魔族語でそう言ってから、振り返るとアネッサは私に対して深く礼をしていた。

「今日はありがとう。アネッサ」

「魔王様にお喜び頂けるようにわたくし頑張りますわ。どうぞまた、お越しくださいませ」

そう言って顔を上げた美女としばらく見つめ合ってから、私は転移した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 きれいな人なんだけど、ローディスと会うのと同じくらい精神的に疲れたな。


 でも今日ちゃんと会ってみて色々分かった。やはり、王が不在になったとしても、一番豊かな西州は慌てて動く理由がない。それに、前代領主や現領主はわからないけれど、アネッサは私に対して嫌悪感などはあまり感じていないようだった。


 南州か……人が多くて三神教の教会もある王都や西州と違って、あそこはアウシア教の発祥の地だけあって敬虔な信者が多い。調べるにしても、魔人族くらいしか入ることができないし時間がかかりそうだ。

 まあでも、大分範囲は絞れてきたし、次にやるべきことはわかった。また貸しを作るのは心が重いけれど、頼みに行こうと私は王都の大聖堂に転移した。



 大聖堂のいつものあの部屋に転移した瞬間、足がすくむような嫌な感覚がして周囲を見渡す。気持ちの悪い、けれどもある意味懐かしいこの感覚。今すぐ転移で魔王城に引き返したいけれど、今王都にはユーリスが居る。

 この大聖堂で再び何が起きたのかを確認するために、私は気合いを入れて部屋を出た。


 気持ち悪いけれど、以前のように動けないほどじゃない。壁伝いに、気持ち悪さが徐々に強まると感じる方向に歩く。

「ここか」

大きな扉を前に唾を飲んだ。恐らくこの先は、神に祈る場所だ。なぜ誰もいないんだと考えながら、いつでも転移できるよう意識はして、ゆっくりと扉を押した。


 日の光に照らされて、優しく両手を広げる白い像の前で、男が静かに下を向いて佇んでいるのが見える。

「ラッツェ……?」

あれはラッツェさんだ。そのラッツェさんが大聖堂の中に一人立って、右の手のひらに置いたものをじっと見つめている。その足下で、床板が外されて、積み上げられているのが目に入った。

 ラッツェさんがゆっくりこちらを向く。

「魔王様……?」

あのラッツェさんが今、初めて私に気がついたような顔をしている。どうしたのだろう。


 ラッツェさんの様子に戸惑っていると、ラッツェさんがこちらに近づこうと一歩足を踏み出した。ラッツェさんがその手に握ったものの気配に気がついて、私は悲鳴を上げるように叫んだ。

「それを持って、こっちに来ないでくれ!」

あれだ。気持ち悪いものの正体はラッツェさんが握っているあれだ。

 何だあれは――気持ち悪い魔力が生き物のようにあの周りにうごめいているのがわかる。


 ラッツェさんは大声を出した私を驚いた表情で見たあと、手元を見つめて「これですか」と今気がついたかのような反応をした。そして、手に持ったものを強く握りしめる。


 まとわりついていた気持ちの悪い魔力が圧倒的な力で押し潰されて、霧散するのがわかった。

「あれっ、えっ……?」

「魔王様。このような場所で、一人で動かれては危険ですよ」

気持ち悪い気配が消え失せた空間で、ラッツェさんはいつものように微笑んでいた。



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