11話 異世界に来て聖女様の恋愛相談に乗るモブの俺
現在の俺の状況を説明しまーす!
先ほど、日本が誇る国民的アニメの猫型ロボットの名前を告げた途端、エーネはしゃがんで泣き始め、涙に濡れた目で色っぽくユーリスの名前を一度呼んだあと、心配するユーリスの手を強引に振り払ってどこかに行ってしまいましたー!
そして、残されるは、俺と聖女様っ!
現在二人っきりです!
「待て! 話し合おう!!」
ふらりと立ち上がったユーリスがこちらを向く前に、俺は叫んだ。
逃走ルートを確認するために部屋を見渡す。窓ガラスは、っと……あったあった。ユーリスの向こう側か――
またかよっ!!
だけど、今回は部屋への出入り口が、俺とユーリスのちょうど中間あたりにある。ただし、残念ながら内側開きだ。悠長に扉を開いている間に、俺の腹に風穴が開くだろう。
聖剣スキルがあれば、いざとなったら家ごと斬り捨てて外に出られた。でも、もう俺は勇者じゃない……
諦めてはだめよ、カケル! 私たち人類には言葉という強力な武器があるわ! 頑張るの!
そうだよな。みっともなくあがいてやろうじゃねーか。
「ユーリ――」
「話し合うって、一体何を」
ユーリスがこちらを振り返った。その完璧なまでの無表情。
だめ! この子、話し合う気がまったくないわ!
でもカケル、諦めたらそこで試合終了よ。誠意を見せるの!
オッケー。俺の男気、見せてやろうじゃねぇか!
聖女様の前で俺は跪いた。
「何でも話す! 全部話すから、許してくれ!」
「知っていること……すべて、話せ」
俺の頭上に冷淡な声が降り注いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「でさー、やっぱアニメとかゲームだと聖女は女な訳。で、髪の毛は金か青が多いかな。ユーリスが女だったら完璧。そんで、大体勇者と4人ぐらいのグループ作って魔王城に魔王を倒しに行くんだ。んー、なんかこうレベルが上がりやすく魔物がいるから、ただの村人の勇者でも大丈夫。将軍なんていう強い人に会うのは最後の最後なんだ。いや、なぜって、そんなことすると、勇者たちがすぐにやられて誰も楽しめないじゃん。だから、そういう過程を楽しむのが日本のアニメやゲームなんだって」
「……理解はできたと思う」
ユーリスは分かったフリをしているけど、あんま分かってないなこれは。
ユーリスにどう説明すればわかってくれるかなーと考えていると、ユーリスが戸惑いながら俺を見た。
「その話がエーネとどう関係するんだ?」
おっと、ユーリスに日本の誇る『アニメ』についてまずは話をしようと思っていたら、いつの間にか話ずれちゃってたぜ!
やべえ、バレたらやられるから適当に誤魔化そう。
「日本人の魂に関わる大事な話なんだ。これは」
「邪魔して悪かった。続けてくれ」
真面目な顔をしていたら何とかなったぜ。
「日本の子どもたちはそのアニメを見て育つんだけど、エーネに教えたあれは日本でも、すげー有名なアニメのキャラクターだ。たぶん日本国民全員が知っていると思う。でも正直泣く要素ないんだよな……」
「それは、どういう話なんだ?」
「えーっと簡単に言えばだめな男のところに、口うるさく動く人形みたいなものがやってきて、一緒に暮らす話」
ユーリスはわからないって顔をしているけど、この世界にロボットはないしこれ以上は説明しにくいんだよな。
「ユーリス。やっぱ、エーネ本人に聞いてみないとわかんないって。頭押さえてたから、頭痛かっただけかもよ?」
「頭痛なら僕が治せる……」
あー……。やっちまった。
ユーリスは何よりエーネが自分に対して何も相談してくれなかったことにダメージ受けているんだろうな。しかも、手振り払われてたし。
「ユーリス。今回のことは日本に関係することだから、ユーリスも、日本でのエーネのことを知らない俺も関係ないことだと思うぜ?」
「……ああ」
ユーリスは俺の言葉に頷いているけど、すげー暗い。周囲一帯の空気が澱んでそうなくらい暗い。
「明日エーネが来たら、何も言わずに抱きしめてやればいいんじゃね?」
女の気持ちなんて俺らが理解するの無理っしょと軽くアドバイスをする。
「今度振り払われたら……立ち直れないと思う」
うわー。暗。
「お前そんな弱気だからダメなんだって! 義理の親子なんだったらお前がぐいぐい行かないと向こうだって気が引けるだろう? あ、そういえば何歳から一緒に暮らし始めたんだ?」
ユーリスが俺の顔を見てため息をついた。
「僕が7歳のときだ」
へー7歳。
「そもそも何で一緒に暮らすことになったの?」
「エーネが王都の大聖堂で暮らしていた僕の前に突然現れて、魔王城に連れ帰った」
「ユーリス。それさ……誘拐って言うんだぜ?」
俺の言葉にユーリスは、そうだなと軽く答えていた。
「えっ、てことは何、エーネは美少年を突然誘拐して連れ去ったってこと? えっ、そう言う趣味?」
俺の言葉にユーリスは「それはない」と断言した。それはないって、そんな顔してその自信はどこから出てくるんだよ。
「僕は、小さいころ女にしか見えなかった。エーネも僕のことは始め女だと思っていたし――それにエーネが僕を連れ去ったのは、僕に魔族の怪我を治して欲しかったからだ」
「へー」
この顔を小さくしたら、可愛かったんだろうな。なんで女じゃないんだろう。
「あのさ、突然連れてこられて、帰りたくはならなかったのか?」
俺の問いかけに、ユーリスは何かを思い出すようにぼんやりと宙を見つめてから、苦笑した。
「エーネが『気のすむまで魔王城に居てくれていい』と言ったから、僕はそれから12年間、魔王城に居座った」
楽しそうなユーリス。この言い方だと、出て行きたくはなかったんだろうな。
「7歳の頃から一緒に暮らしてきて、ずっと好きってこと?」
「……ずっとじゃない。気づいたときからだ」
ユーリスは俺から目を逸らしながら答えた。それを『ずっと』って言うんだよ。
ユーリスは俺に真面目に答えておきながら、今更恥ずかしくなってきたらしく、赤い耳で下を向いていた。気づいたときからずっと好きで、一つ屋根の下か。へぇ……
自分の顔がにやついているのがわかった。
「……風呂、覗いたことある?」
「はっ?」
ユーリスが驚いた顔でこちらを見上げた。
「バッタリは? あーそもそも、一緒に入ったことは?」
俺がにやにやしながら見ると、ユーリスは視線を彷徨わせていた。
「えっ!? あんの!?」
「僕が子どもの頃だ……エーネは僕のことを女だと勘違いしていて……」
「最後まで一緒に入ったのか!? で……どうだった……?」
「7歳のときだったんだ。覚えているわけがないだろう!」
「うっそだー!」
赤い顔でこちらを見たユーリスの拳が白く光っている。残念だったな、俺は勇者ではなくなったけど、なぜかまだ聖耐性スキルは残っている。
だけど、ユーリスの格闘スキルの乗った拳を受けるのは死に等しい。謝ろう。
「あー、ごめんな。そうだよなー。小さいころのことだったら、今更死に物狂いで思いだそうとしても思い出せないよなー。嘘だとか決めつけて悪かっ――うおわぁ!」
風を切るような拳を、俺は辛うじて避けることに成功した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はー、怖っ!」
怖かったけど、俺のおかげで昨夜は男のすすり泣きをBGMに寝ずに済んだぜ。グッジョブ俺。
井戸でじゃぶじゃぶと顔を洗って、肩にかけたタオルで顔を拭きながら部屋に戻る。今日の朝飯なんだろなーと椅子に座って待っていると、エーネが現れた。
「おはよう」
その声に、背中を向けていたユーリスが椅子を蹴り飛ばさん勢いで立ち上がった。
「おはようユーリス。昨日はごめんね」
「おはよう……」
エーネは思い出したのか、恥ずかしいような顔をしている。まぁそれ以外は見た感じ普通だな。
エーネより、ユーリスの方がよっぽど戸惑っているように見える。そんなユーリスをエーネはまっすぐ見上げていた。
「ねぇユーリス。あれから色々考えてみたんだけど、私がしてしまったことは、私が未熟だった所為かもしれない。だけど、私はあのころ毎日真剣だった。それは本当のことで、一緒に過ごせて楽しかったことは何一つ嘘じゃない。だから、ありがとう。本当にありがとうユーリス」
エーネはそう言ってから、ユーリスを見上げて微笑んだ。
朝っぱらから突然、何の話だよ!
ユーリスは分かってんのか? んー、どれどれ――
「エーネ」
ユーリスががばっとエーネを抱きしめた。
おぉっ! 俺のアドバイス役に立ったじゃん! いやー、昨日から良い仕事するね俺!
エーネはユーリスの腕の中で、固まっている。
「エーネ……帰りたくなった?」
「あっ、ごめん。今生の別れみたいな説明になってしまったけど、そうじゃないよ。せっかくだし、ちゃんと言っておこうと思って」
「そっか……」
ユーリスがエーネの肩を持ってエーネから少し体を離すと、エーネはユーリスの顔を真正面から見つめて、ふんわりと優しく笑った。
ユーリスはしばらくその顔をじっと見つめてから、エーネの両肩を少し握って、エーネと目線を近づけるために少し屈む。
え……?
あの姿勢まずくない? 俺ここに居たらまずくない?
よし。2階の窓から飛び降りて、何事もないように立ち去ろう。
そうと決まれば、窓、窓は……
あっ、ユーリスたちの向こう側だ!
またかよ!! いい加減学べよ俺っ!
エーネは顔を赤らめて目をつぶるなんてことはせずに、ユーリスの顔を幸せそうにほけっと見上げている。すげぇ、あの女。何もわかってねぇ。
まずい、まずいぞ。俺のもう一つの逃走経路――扉のすぐ目の前にはユーリスたちがいる。詰んだ。俺詰んだ!
こうなったら、口笛吹きながら後ろを向くか。いや、何で口笛吹くんだよ。そっと後ろを向くんだよ! 鍛えられた俺の抜き足スキルLv.2の力、見せてやるぜ!
1、2の3のかけ声で後ろを向くぞ。
俺が心の中で「1っ!」と叫びながら、一歩足を引いた瞬間――ユーリスの背中にガンッと扉が当たった。
「すみません、大丈夫ですか?」
内開きの扉グッジョーブ!!!
扉から猫耳の生えた俺の天使が顔を出した。
「おはよう! メルメル」
俺がびしっと片手を上げると、メルメルがトレイを持ったまま礼をした。
「おはようございますですにゃ。カケル」
ユーリスは慌てた様子でエーネの肩から手を離していた。こいつ絶対に俺の存在を忘れていたな。
エーネは朝食を食べる俺たちを置いて、またどこかに行ってしまった。
先に食べ終わった俺が椅子にもたれながら、ぎこちない様子で朝食を食べているユーリスを見る。
「あのさ、ユーリス。結局エーネは何で泣いてたのー?」
散々巻き込まれたんだから、俺だってそのくらい聞いてもいいだろう?
朝っぱらから疲れた俺の質問に、ユーリスは「えっ? 知らない」と動揺した顔で答えていた。
あのとき、エーネの言葉を理解して「もう何も言うな」的に抱きしめたのかと思っていたけど、こいつもわかってねーのかよ!
「お前わかってないのに、一人で盛り上がってたの!?」
あっ、やべっ言っちゃったとユーリスを見ると、ユーリスはそっと向こうを向いた。
しばらくしてから、小声で呟く声が届く。
「……エーネが笑っていたから」
はー? もう俺を巻き込まずに勝手にやってくれよ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「カケル兄ちゃんまた遊ぼうな!」
「あ、あぁ……」
元気よくバイバイと手を振ってくる近所のガキんちょ(9歳鯖トラ柄)に手を振り返す。
はいはい、俺は今日も負けました。
夕日が目にしみるぜ。
そう言えば、俺が勇者じゃなくなってから、俺はなぜか魔族語が分かるようになった。エーネの話ではジョブが『魔王軍雑兵』だからだろうということだ。しかも人族語は相変わらず分かるっていう適当っぷりだ。
この世界はすげー適当。ステータスも当てにならないし。
「カケル」
そのとき突然目の前にエーネが現れた。
「エーネ、お疲れさん」
「お疲れカケル。今からちょっといいかな?」
いいかなも何も俺はこれから何もすることがない。「あぁ」と頷くとエーネに手を掴まれた。
いきなり室内に連れてこられて、目が暗闇に慣れていなくてよく見えない。
「ここどこ?」
「魔王城。玉座の間」
その声に周囲を見渡せば俺の斜め前に金色で宝石の付いた豪華な椅子があった。そして、目の前には黒いローブの女――ゲームで言えば、ラスボスが俺の目の前にいる。
へー。俺は笑顔で魔王の間を見渡した。
「ほんとだったら俺ここでエーネと戦うはずだったんだよな」
「そうだね。今のカケルの実力でそんなことをすると、この城から逃げ出す前にアーガルとラウリィに殺されるけど」
エーネはそう言って俺をにっこりと見上げた。
「俺、そんなことしないよ……?」
「分かっているよ」
エーネは笑顔で答えてから、エーネのためのその豪華な椅子に座る。そして、優雅に足を組んだ。
なんとなくその斜め前に立っているのが落ち着かなくて、エーネの正面にそそくさと移動する。
「俺、土下座した方がいい?」
「あ、いやいいよ。そのままで」
エーネは組んでいた足を降ろして、いつも通りの様子で俺を見上げた。
「カケル。君にはこれから国境警備を手伝ってもらいたいと思っている」
「国境警備?」
「うんそう。人族が魔族領に軽々しく入ってこられないようにするために、強い魔族で国境警備をしてもらっているんだ。仕事としては、人族を生きたまま追い返す。主な相手は冒険者でそれなりに強いんだけど、そう頻繁には来ないから国境警備は暇な時間が多い。空いた時間に周りの人に鍛えてもらったらどうかな?」
魔王は、魔王城に籠もって威張りちらしているのかと思っていたけど、エーネは真面目に仕事をしているらしい。
「へー、そんなのもやってんだな。人族にレベルアップさせないため?」
「まぁ、ある意味そういうことになるのかもしれないけど、始めた当初は魔族の村が人族の盗賊の被害に遭っていたんだ。もう盗賊はいなくなったんだけど、規模は小さくして続けているんだ」
なんかエーネの話聞いてると、王都で聞いていた話とまったく違うんだよな。魔族は人族のことを襲っていないし、人族の俺は襲われないどころか――いや襲われたけど、あれは最高だった。何度でもやって欲しい。
正直エーネはなんで人族からあんな言われ方して怒らないんだろうって思う。
まぁ、それはとにかく、俺も遊んでいないで手伝うか。
「俺、やるよ。ただの雑兵だし」
「うん、ありがとう。何か働く上で気になったことがあったら教えて欲しい。国境警備の奴らは血の気の多い奴しかいなくて参考にならないんだ」
エーネはそう言って笑った。
「なぁ、ユーリスはどうするんだ? ユーリスも一緒にやんの?」
「ユーリスは王都に戻って、以前と同じように王都の民の治療を続けてもらうよ」
エーネの言葉にエーネをじっと見る。ユーリスの話だとユーリスがフラれる前までは、ユーリスは魔王城でエーネと一緒に暮らしていたらしい。
今は珍しくエーネと二人っきりだ。よし、俺がユーリスの代わりに聞いてやろう。
「あのさ。エーネは何でユーリスを追い出そうとすんの? ユーリスのどこが気に入らないんだ?」
あの反則級の顔に、根は良い奴って言うチート野郎だ。
「いや、カケル。ユーリスのことは気に入らないとかそういう話ではないんだ」
エーネは慌てた様子でそこまで言ってから俯いた。そしてゆっくり顔を上げて、言いにくそうに口を開いた。
「ユーリスは、おじいちゃん――ドラゴンの怪我を治してもらうために、私が誘拐してきた子なんだ」
教えたくはない話を切り出すような様子のエーネに、「知ってるけど?」と俺は返した。
「あっ、そうなの? えっと、だからユーリスは7歳のころから魔族領にいて、ユーリスは人族をほとんど知らない」
「だから、ユーリスに人族を教えてやろうってこと?」
エーネは「そうだ」と頷いた。そしてなぜか俺の顔をほっとした様子で見た。
いや、俺全然納得できないんだけど。
「エーネも人族じゃん。何でだめなの?」
「えっ、いやだから、ユーリスは私がここに勝手に連れてきて、今までずっと人族から隔離してきたんた。魔族とか人族とか言うくくりであまり話はしたくないけれど、この魔族領に人族の女性は私とパメラしかいない。
だから……その。ユーリスにその中から選ばせるのは、あまりにも卑怯ではないか……私が」
エーネは俺を見上げてから、俺から目を逸らすように目線を少し下げた。
ふーん……エーネはユーリスのすぐ近くに自分しかいなかったから、ユーリスが自分を好きになったと思っているのか。あー、そんな環境だったら、確かにそうかもしれないな。
けど、村で可愛い女の子やお姉さんたちに誘われてもあいつは見向きもしていなかった。魔族だからだめって話? でも、ユーリスはエーネのことを魔族だと思ってる――んー、よくわかんねーな。
「じゃあさ。ユーリスがいつまでたっても人族のかわいい女の子を見つけられなかったら、エーネはどうすんの?」
エーネは曖昧な表情のまま、俺の質問に応えなかった。
「ユーリスのこと嫌いなの?」
「違うよ」
エーネがその言葉だけはっきり言ってから、真剣な顔で俺を見た。
「カケル。私はユーリスのことをそういう風にあまり考えたことはないんだけど、私は魔王だ」
それがどうしたんだと俺が言おうとしたときに、エーネは遠くを見つめるような目で言葉を続けた。
「私にはこの世界ですべきことがある。私にはやり遂げなければならないこと――最期まで見届けなければならないことがたくさんある。
私はこの世界でユーリスを一番に選んではあげられない。だから、私ではだめなんだ」
エーネがこちらを向いた。
「ごめんね。カケル」
子どもに謝るようなその優しい口調に、俺は珍しく何も言えなかった。




