8話 魔王、人族に会う
国境警備を開始して5ヶ月が経った。これまで2回の侵入を発見し、5人の不届き者を丁重にお迎え――ぼこぼこにした上で、人族領まで追い返した。といっても、どちらの襲撃も深夜で私はその場に居なかったので、あとから聞いた話だ。本当に殺してないだろうなと、少し不安に思っている。
交代要員を迎えに悪魔族の村まで来ると、上空を悪魔族が飛び回っていた。
悪魔族の村に来るたびに、暇だ暇だと絡んでくるものたちが多かったため、私抜きで遊べるようにと『どろけい』を教えてあげると、村全体で大流行した。毎日狂ったように、皆で遊んでいる。
悪魔族の村の周りには――そもそも悪魔族が住んでいるこの大きな木もそうだが――食べられるものが生る木が多い。畑を耕したりしなくてもいい上に、この辺で悪魔族より強い生き物もいないので、外敵もいない。だから、暇なのだろう。
遊ぶのはいいけれど、国境警備の最中に堂々と『どろけい』の疲れを癒やすのは止めて頂きたい……
「おーい、交代の時間だ!」
上空に向かって声を上げると、私に手を振りながら、今日の当番の子たちが降りてきた。
「あ、魔王様ー! 交代の時間ね?」
「うん。今日もよろしく頼む」
今日の当番の子たちを国境沿いに送り届けたあと、前の当番の子を連れて悪魔族の村に戻る。
「お疲れさま。今日もありがとう」
そう言って、今日ドワーフの村で見つけたきれいなお皿をプレゼントした。喜んで皿を抱えて飛んでいくのを見届けたあと、私は今日の本題であるユメニアを探した。
探していないときは、大体すぐ近くを飛んでいるのに、今日はなかなか見つからない。どこだろう。遊んでいた何人かの悪魔族に聞いてみたが、今日は見ていないそうだ。
こういうときは逆に、上空からでは全く見えない場所を探すべきだな。そう思って、心当たりのある場所に何回か跳んだあと、悪魔族の住処の巨木の根元にちょこんと座っているユメニアを見つけた。
「ユメニア、何をしてるの? こんなとこで」
私のその言葉に、ユメニアは顔を上げて「魔王様!」と一瞬喜んだ反応をしたあと、ぷいと顔を逸らした。うーん、これは国境警備のことで仲間はずれにしたから、怒っているな。
遅くなったけど、今日はちゃんと言おう。そう思ってドワーフ村に転移し、今日できあがったユメニアの槍を抱えて、ユメニアのところに戻る。
転移で戻ってきた瞬間、泣きそうな顔をして突っ立っているユメニアと目が合った。
「魔王様もう行っちゃったかと思った……」
その言葉とその様子に、迷子の子どもを見ているような気分になる。
これまで、この槍をユメニアに、どう格好付けて渡すかを、色々考えていたけれど――
「ユメニア、これ」
と、もったいぶらずに「はい」と槍を渡した。
「魔王様、これは……?」
「槍」
「それは見たら分かるけど……」
そう言いながら、ユメニアは受け取った槍をくるくると、顔の前で器用に回している。
うん。よく似合っている。
ドワーフのおやっさんに「この世界で、一番かっこいい槍にして欲しい」と頼むと、無口なお弟子さんがすごく頑張ってくれた。柄まで真っ黒な槍の表面に、幾何学的な模様が描かれている。
今日、完成した槍のあまりの出来栄えに感激し
「この槍は『ロンギヌス』と名付けよう!」
と調子に乗って宣言すると、ステータスに反映されてしまった。
名称: 魔槍ロンギヌス
特徴: 深淵の鉱石から鍛冶王が鍛え、魔王がその銘を付けた魔槍
攻撃: +1230
魔法攻撃: +850
特徴が凄いことになってしまった。
おやっさんの『ジョブ』は以前見たときは『ドワーフ族親方』だったはずなのに、このあと見たら鍛冶王に変わっていた。何なんだろうこの世界のステータスは……鍛冶王に魔王城で使う包丁も注文しちゃったよ。
渡した槍で、ユメニアが楽しそうに遊んでいる。
「ユメニアにその槍をあげるから、国境警備を手伝って欲しい」
その言葉にユメニアは勢いよくこちらを振り返って、カランと槍を地面に落とした。そのまま私につかみかかってくる。
「いいの? 私も手伝っていいの?」
「うん。ただし、一つだけ約束して欲しい」
「何……?」
「これはみんなにもちゃんと伝えているんだけど、国境警備隊は『いのちをだいじに』だ。危ないと思ったら戦わずに逃げること。負けることはいいけれど、死ぬのは魔王が許さない。
あと、人族に傷つけられたりしないように、ユメニアはイスカたちに鍛えてもらうといい」
そう言ってから、「わかった?」とユメニアの目をのぞき込んで聞くと、ユメニアは真面目な表情で
「わかった。魔王様に『約束』する」
そう言って、笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、国境警備隊の当番のユメニアを迎えに行くたびに、今日何があったか、誰に何を教えてもらったかを、逐一教えてくれるようになった。
悪魔族はなぜか――いや、何となく分かるが――弱い魔族たちから過度に恐れられている節があるが、ユメニアはそんな人たちにも遠慮なしに絡んでいった。少しずつ、国境警備兵たちと、その手伝いをしてもらっている近隣の村人たちとの間に、壁がなくなってきたように思う。
そんなある日、当番のユメニアを迎えに行くと、待ってましたとばかりにユメニアが私に飛びかかってきた。
「魔王様! 聞いて、聞いて! 今日、わたし人族を捕まえた!」
その言葉に驚いて目を見開く。
次に人族を見つけたら、叩き返すのではなく、できれば捕まえて欲しいとは頼んだけれど、まさかユメニアが捕まえるとは思っていなかった。
「こっち、こっち」
森の奥へと私の手を引っ張るユメニアに一度止まってもらって、フードを深くかぶり、顔が見えないようにする。
「さぁ、行こうか」
何だかどきどきしてきた。
森の少し開いた空間に、人族の男性が跪かされていた。手を後ろに回して、その両手を鬼人族が後ろからがっつり掴んでいるのが見える。
跪いた状態で見上げられると顔が見えてしまう。あちらの人間の方が背が高いので、立ってもらえば、私の顔は見えないだろう。
「その人族を立たせて」
遠くから鬼人族にそう指示をした。
立ち上がった人族に、一歩ずつゆっくりと近づく。
あぁ、やっと人族のステータスが見れた。
名前: ノーリス
種族: 人族
ジョブ: 冒険者
スキル: 剣術Lv12, 火魔法Lv7
HP: 790
MP: 120
攻撃: 400
防御: 250
魔法攻撃: 130
魔法防御: 187
うん。この冒険者の人がどのくらいのレベルなのかは分からないけれど、確かにアーガルやイスカから見れば、大したことはないな。
「名前はノーリスさんか……」
私がそうつぶやくと、聞こえていたのか、その冒険者がびくっと顔を上げた。そのまま私に向かって何かを叫んでいるが、やはり――人族の言葉はわからない。
夜が更けてから、ときどき人族領まで遠出しているので、人族が魔族と異なる言葉を話すことは知っていた。けれども人族にある程度近づいたら、もしかしたらドワーフ語みたいに、勝手に翻訳されて言葉がわかるかもしれないと私は期待していた。
やはり無理なのか……
この謎の翻訳機能は『魔王』補正で、おそらく魔族限定なのだろう。
「まぁ、そう上手くはいかないか……
でも色々分かったし、ユメニア、捕まえてくれてありがとう」
私の言葉にユメニアが翼を広げて少し宙に飛びながら、へへーっと照れた。
「で、魔王様。これどうします?」
冒険者の腕を縛っている鬼人族がそう聞いてきた。捕まっている冒険者は言葉が分からないなりに何かを感じ取ったのか、真っ青な顔で震えている。
「せっかくだしお金と装備は頂こう。
あとは……いいかな。そのまま人族領まで返してあげて」
「このまま逃がすのですか?」
そう聞く、鬼人族の気持ちもよく分かる。けれど
「人族っていうのは魔族と違って、恨みとか憎しみを強く抱く生き物なんだ。ここで殺すのは簡単だけど、あとできっと面倒なことになる。
それよりは、生かして返して、どうして生かされたかを悩んでもらった方がいい。人族っていうのは魔族と違って、余計なことでわざわざ悩んでくれる生き物だからね」
質問してきた鬼人族は「わかりました」と納得してくれたけれど、こればかりは上手く説明できた気がしない。
私は魔王で、魔族の味方だ。それはわかっているし、自分でもそう思っている。けれども、人族を殺さない理由のすべてが、本当に『魔族のため』だと言い切ることができるだろうか?
少し自信がない。でもこの問いかけに悩まない、躊躇なく人族を殺せるような、そんな自分に変わってしまうのも、私は嫌だった。