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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
1章 黒髪の勇者
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9話 俺、大人になります!


「お休みなさいってまだ夕方だぞ」

すぐそばに座っていた俺の存在を完全に忘れていたらしい金髪のやつを見上げると、そっぽを向きながら小声で「うるさい」と一言返ってきた。こいつがエーネにほんとうに言いたかったのは別の言葉なんだろうけど、あーもう。

「ユーリスさ。エーネと一緒に寝たいんだったら、一緒に寝ようってちゃんと言わなきゃだめだぞ」

『伝わらないぞ』と続けようとしたら、上から寒気がするような気配がしてとっさに立ち上がる。

 ユーリスは俺を冷ややかに見つめながら、小声で何かを呟いている。そのユーリスの体の周りに、渦を巻くように集まりつつある魔力の流れが目に見える。


 王城に居た魔法使いのじじいは詠唱のとき『火よ。燃え盛るような火よ!』なんてすげーださい詠唱をしていたのに、詠唱をしているこいつは何を言っているのかさっぱりわからない。魔族語か?

 とにかく詠唱は、魔法の威力を底上げするものだったはずだ。


 まずい。この魔力量はまずい。

「おい、ユーリス待てって! キレてるってことは図星なんだろ!」

詠唱が終わったのか、ユーリスの左手がゆっくりとこちらを指した。

「違う。エーネが元気がないように見えたから、僕は――」

「肌の色白いから、顔赤いの目立つ――うわぁっ!!」

空から何かが降ってきて、とっさに足を引いた。さっきまで俺の足があった場所が、円形に黒く焦げている。

「チッ」

舌打ちをした男の腕は相変わらず俺の方を向いていて、集まった魔力は減ってない。さっきのはただの無詠唱魔法か。


 まずいな。このままだと本気で殺されるかもしれない。とりあえず謝るか。

「からかって悪かったよ。落ち着けって……な?」

ユーリスに睨まれ続けているので、とぼけるように俺は笑った。


 しばらくその状態で見つめ合ったあと、「はぁー」と大きく息を吐かれて集まっていた魔力が散る。

「魔力切れだ」

魔力切れ? ユーリスのMPはまだ千くらい残っている。

 でもま、こいつをからかうのは、いつも命がけだな!



 俺には怖いやつだけど、ユーリスは俺以外の人にはすげー優しい。今日は村のおばあさんの治療をしながら楽しそうに話をしていた。てか見た感じ、ユーリスはこの辺でもかなり有名みたいだ。

「あのさ。この村の人たちみんな知り合いなの?」

「小さいころからよく来ていた」

なんだかんだで俺の質問にもよく答えてくれる。こいつがおかしくなるのはエーネが絡んでいるときだけだ。今日命がけで、何回もこいつのことをからかってみてよくわかった。


「あの……カケル」

「何?」

飯を食ったあとに休んでいるとユーリスの方から俺に話しかけてきた。やけに真剣な顔だ。何だろう。

「カケルは人族?」

「そーだけど?」

どうしてそんな当たり前のことを聞くんだ? とユーリスを見る。

「エーネは今朝、カケルがエーネと同じ種族のように言っていた。エーネは魔神族のはずだけど、どういうこと?」

その言葉に目が泳ぐ。魔神族って何だよ。あいつめ……自分が人族ってこと隠したいんじゃないのか。

 適当に誤魔化してもいいけど、俺が誤魔化すとボロが出そうだから知らないフリでもするか。

「日本人ってのはたくさんいるからな。エーネのことは俺はよく知らねぇ」

「知らない?」

ユーリスの言葉に俺は自信満々に大きく頷いておいた。俺は知らないから、俺に聞かないでくれ。

 俺の言葉にひとまず納得してくれたのかユーリスは何か深く考え込んでいた。


「あのさ、ユーリス。違う種族だったら何か問題あんの? ユメニアちゃんと俺って、もしかして元から希望ないの?」


 今日、負けたけど。あっさり力負けしたけど。

 俺は諦めない!


「いや。悪魔族と人族なら、今ちょうど悪魔族と結婚して、子どもができた人族の男性もいるから大丈夫」

「良かった!」

「その人、カケルと比べものにならないくらい強いけど」

子どもかぁと、にやついていた気分が、ユーリスの言葉でたたき落とされた。俺より強い人族ってまたかよ。

「俺、王城ではちゃんと強かったんだぜ……?」

「先代勇者だ。カケルは聞いていない?」

先代勇者? 俺の前の勇者は20年くらい勇者をやっていたおっさんで、しかも滅多に魔族領に行かないような臆病者だったと聞いた。騎士団長から聞いてみた感じ、庶民生まれの先代勇者は貴族の多い騎士団員からあんま好かれていなかったようだ。この世界は身分があって、色々とややこしいらしい。


「あー、先代勇者って、勇者らしいことは何もしてない人?」

俺の言葉にユーリスは俺のことを冷ややかに見つめた。

「カケルは本当に何も知らないんだな。人族と魔族の間に戦争が起きなかったのは先代勇者レグルストさんのおかげだ。僕とエーネは随分助けてもらったよ。僕の剣の師匠だ」

俺はこいつの大切な人に、知らずに失礼なことを言ったらしい。

「悪い、知らなかった。で、その勇者が悪魔族と結婚したのか?」

「あぁ。ちょうどあの大きな木で暮らしているよ。結婚相手は魔王軍の将軍だ」

「は?」

ユーリスは俺の反応に笑っている。

「僕もそんな気分だったよ」

先代勇者が悪魔と結婚。しかも相手は将軍。何なんだこの世界。


 まぁでも、俺も頑張ればユメニアちゃんといけるってことだな。頑張ろう! まずは頑張って強くならないとな。

「ユーリス。明日も剣の修行手伝ってくれよな」

「嫌だ」

「頼むよー!」

ユーリスは嫌だ嫌だと言っているけれど、こいつはツンデレだ。押せば行けるだろう。頑張れ俺!

 元からあんまりない俺のプライドは捨てて、まとわりつくようにユーリスに頼み続けると、ユーリスは立ち上がった。

「あー、わかった。わかったから、まずは腕を出せ。痛むだろう」


 魔力切れだと言っていたユーリスのMPを見る。

「サンキューな」

俺が笑うと、ユーリスは不本意そうな顔をした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ユーリス、お前さ。この人のこと『強い』とか言うよりも先に、もっと他に言うべきことがあるだろう?」


 文句を言おうと振り返ると、なんでこいつが男なんだろうと言いたくなる綺麗な顔をした男が、キョトンとしていた。そういえばそうだ。こいつの顔もおかしかった。


 先代勇者について話をした翌日、エーネに頼んで連れてきてもらった大きな木の上で会った先代勇者は、プラチナブロンドで碧眼のすげー格好良い人だった。おっさんだけど、若くないけど、この人やべえ。

「すげーイケメンなんですけど……」

俺がそう呟くと、俺の隣でエーネが「そうだろう、そうだろう」となぜか自信満々に頷いていた。

「私がレグルストと初めて会ったときは、夕日の中、白馬に乗って草原を駆けていたよ。思わず舌打ちしてしまうくらいの格好良さだったな」

なんでそこで舌打ちなんだよ。よくわかんないけど、このイケメンが勇者で白馬で、その上強いのか。


 現騎士団長のおっさんドンマイ。

 王城でこの人と比べられていた俺もドンマイ!


 先代勇者の横にいる少しお腹の大きい悪魔族のおねーさんも綺麗だ。まぁ、悪魔族は美女しかいないけど、その中でもきりっとした感じの、男としてはピンヒールで「踏んでください」と頼んでみたい感じの、すらりと綺麗な足をしたお姉さんだ。

 魔王軍の将軍らしいそのおねーさんが俺の顔をすげー見ている。近い。近いよ!

「まだまだ鍛え甲斐のありそうな子ですね」

少し片言の人族語で『弱い』宣言頂きました! 実際ステータス見ると、このお姉さん強かった。逃げ出したくなるくらい強かった。さすが将軍。



 あっ、そういえば先代勇者の顔に気を取られていて、ステータスをチェックしていなかった。えーっと、先代勇者のステータスは……まぁステータス値は強いけど、ユーリスの方が強いくらいじゃないか? んで、ジョブとスキルは――

「はっ? 何このジョブ――」

「待ったー!!」

俺が口を開きかけたとき、エーネが俺の口を塞ぐように、口に手を押し当ててきた。

「言っちゃだめだって!」

エーネは必死な表情でそう叫んだあと、小声で「言ったら取れちゃうかもしれないから……」と俺だけに聞こえるように呟いた。


 へー。俺の顔がにやつく。

 エーネはこの『魔王の友だち』とかいうジョブが、このイケメン先代勇者からなくなってしまうのが嫌らしい。てかなんだよ、このジョブ。こんな職業あるのかよ。

 俺は年上はあんま好みじゃないが、結構かわいい顔をしているエーネが「言わないで」と少し赤い顔で俺のことを必死に見上げているのは、男としてそそるもんだ。「どうしよっかなー」と俺がにやにやしながら考えていると、背後から首筋をそっと撫でるような、寒気のする気配を感じて顔が固まった。

 思わず手が触れてしまって、慌てて引っ込めたようなその気配――落ち着いて感じ取れば、いつの間にか自分の首を他人に両手でそっと握られているような、ぞっとする感覚。


 これ以上エーネをからかうと、その前に俺が死ぬ。


 俺は紳士になった。

「エーネ。言わないって」

「そ、そう? あっ、ごめんね……」

エーネは俺の口を塞いでいた自分の手に気づき、そろそろと下に降ろした。それと同時に、俺にまとわりついていた死神のような気配が瞬時にかき消えた。

 あまりの速さ。怖い。怖いよ。


 俺はカタカタと震えていたけれど、俺と死神以外は気づいていないらしい。先代勇者が「何かあったのか?」と俺たちの顔を見てから、エーネの方を向いた。

「エーネ。今日はどうした?」

「レグ。この子は新しい勇者だ」

「勇者? 私の次か?」

先代勇者のその言葉に俺は頷いた。

「俺はカケルです。今日はあなたにお願いに来ました。俺を鍛えてください!」

先代勇者にそう言ったあと頭を下げた。


 何も返事が聞こえなくて、顔を上げた俺と先代勇者の目が合う。

「私はレグルスト・ルーベル。君の前に勇者をやっていたものだ。君はどうして強くなりたい?」

「どうして?」

俺が強くなりたいのはユメニアちゃんに負けたからだ。でも、それで合っているのか?


 俺がこの世界に来て自分を鍛えたのは――

「強くなきゃこの世界じゃできないことがある……からかな? うまく言えないですけど」

初めは人間が魔族に苦しめられてるって聞いて助けようと思った。その話は嘘だったけど、俺はその嘘を知っても、王城で自分を鍛えたことは無駄だとは思わなかった。

 いつかまた、自分が何かをしたくなるときが来るかもしれない。そのときに、力が足りないからって、後悔だけはしたくない。


 そして俺は、女の子にもてたいんだ!


「お願いします。俺はもっと強くなりたい」

真剣に頭を下げた。

「わかった協力しよう。ただし一つだけ約束してくれ」

先代勇者の真剣な顔に、俺は顔を上げて言葉を待った。

「勇者カケル。自分や大切な人の命が危険なとき以外は、魔族を殺そうとはしないでほしい」

『魔王の友だち』。そんなジョブを持つ先代勇者はそう言ってから、隣の悪魔族の女性を見た。

 何があったのかは知らないけれど、この人はこんなジョブに就くぐらい色々あったんだろう。

「約束します。俺は綺麗な女性の味方だ――あっ、えっと、男性女性とか関係なしに、ちゃんと約束します」

慌ててそう言って、先代勇者を見上げると優しい表情で笑っていた。

「じゃあ、さっそく聖剣の使い方から始めよう」

「よろしくお願いします!」

新しくできた俺の師匠は、厳しい人だったけれど――世界一のイケメンで、教え方がうまい人だった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「体痛ったー……」

エーネは忙しいのか、俺を猫人族の村に降ろすと、またすぐにどこかに行ってしまった。

「ユーリス。悪いけど体治してくれ」

俺がよろよろと椅子に座ってそう頼むと、何も言わずにユーリスの白い手が近づいてきた。

 温泉に浸かっているようなほんのりと温かいその力。体の怠さは消えないけれど、痛みが引いていくのがわかる。

 

「サンキュー。ずいぶん楽になったよ」

「あぁ」

ユーリスは一言そう言ったあと、立ち上がった。俺と視線を合わせようとしないその顔を俺はまっすぐ見上げた。

「ユーリス。何だ機嫌が悪いのか? あっ、もしかして今朝のことか?」

今朝の『言わないで』事件。ユーリスに止められたけど、ステータスの見れないユーリスは知らないだろうから、そりゃ気になるだろう。


 ユーリスはゆっくりとこちらを振り返った。

「いや、別に……そんなことはない」

ユーリスはそう言っているけど、俺から少し目を逸らしている。

「気にしているんだろ? 何で聞かない?」

ユーリスは自分の首の後ろに触れてから、まっすぐこちらを見た。

「エーネが秘密にしたがっていた。だから、聞かない」

ははぁ……今朝のあれは、どちらかと言えば先代勇者の秘密だけど、こいつから見れば俺がエーネの秘密を握っているように見えたのか。ユーリスは聞かないと言っているけど、この様子では気になって仕方ないんだろう。

 ええーと、ユーリスに何て説明しようかな。ステータスが見れることは言っちゃだめだし……


 俺が一生懸命考えていると、

「カケル。エーネは、レグルストさんのことが……好きなのか?」

ユーリスはそう言って、俺から目を逸らした。

 えっ? そうなの!? いやでも、あのイケメン先代勇者のジョブは『魔王の友だち』だった。

「いやそれは知らないけど、エーネは友だちだって言ってたぞ?」

「友だち? エーネが?」

「あぁ」

これで間違っていないはずだ。ナイス説明俺!


 俺の説明に少しほっとしているユーリスを見る。

「ユーリス。お前、他に好きな人がいるってフラれたのか?」

「……違う」

「じゃあ何て言われたんだ?」

聞いてみたけど、さすがにそれは教えてくれないかなと思っていたら、ユーリスはあっさりと俺に教えてくれた。

「僕がエーネに告白しようとしたら、『人族の可愛い女の子でも見つけろ』とエーネに先に言われてしまった」

何だよ、そのフリ方。

 ユーリスは思い出したのか、見るからに凹んでいた。俺に相談するなんて、こいつはきっと藁にもすがる気持ちなんだろう。自分で言っといてなんだけど、俺なんかに相談しなくちゃならないこいつが気の毒だった。

「『あなたです』って言えばいいじゃん!」

ユーリスは小さく首を振った。

「エーネは、人族じゃない……」

「エーネは――」

人族だと言いそうになって、慌てて口を抑えた。


 エーネと約束はしたけれど、俺はこいつに本当に隠さなきゃいけないのか? そんな俺の悩む気持ちを、何かにぶつけるように俺は言った。

「なんだよ人族とか魔族とか、そんなのどっちでもいいじゃん。可愛い子はかわいいし、好きなもんは好きなんだ。なぁ?」

ユーリスは何かを考えている様子で、俺の言葉に「あぁ、そうだな」とどこか寂しそうな顔で頷いていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 エーネにユーリスのことについて文句を言おうとしたら、エーネは忙しいらしくなかなか掴まらない。


 そんなわけで仕事のない俺はこの一週間、毎日猫人族やユーリスや師匠に、鍛えてもらっていた。

 ユーリスは俺のこと放っておいていいと判断してくれたのか(たぶん弱いから)、最近は日中は聖女としての仕事をしていることが多い。俺は休憩がてら、小さな丘に座って魔族領の大平原を見つめていた。

「相変わらず広いな」

ぼーっと空を見上げていると、何かがこちらに手を振りながら飛んでくるのが見えた。この世界で空を飛んで来るのは決まって綺麗なお姉さんだ。最高だと思う。


「カケル!」

俺の目の前に二人のお姉さんが降り立った。短い髪の毛を後ろで縛った快活なお姉さんと、長い髪を下ろした優しい垂れ目のお姉さんだ。

「ひま?」

「遊ぼう!」

少し片言の人族語で話しかけられる。

 この村の美女たちは俺を見つけるといつも遊ぼう、遊ぼうと誘ってくる。ちょっと命が危険な遊びもあるけれど、すげー喜んでくれるからこっちも嬉しい。

「うん。遊ぼう」

俺が頷くと、二人のお姉さんは笑顔で片方ずつ俺の腕を掴んで空に舞い上がった。


 落ちたら死ぬから怖いんだけど、すげー良い眺め。

 俺の目の前に魔樹コノーキナンノキ――頭の中にそのCMの歌が鳴り響く、大きな木が近づいてきた。今日は村でオセロでもするのかなと思っていると、小さな家に案内された。

「座って」「カケル、座って!」

二人のお姉さんに家の中に押し込まれる。

 床に敷いてある華やかな柄の絨毯の上に俺は腰掛けた。この綺麗なお姉さんたちは、こう見えて手芸のようなこともするらしい。

「食べる?」

絨毯の上に座った俺に差し出されたのは、呆れるくらい生っている魔樹の木の実だ。さっきまで素振りをしていて喉が渇いていたので、「食べる」とパパイヤのようなそのフルーツを受け取った。皮はそんなに分厚くないのでそのままかぶりつく。

「美味いっす」

俺がそう言うと左右から俺の顔をのぞき込んでいた二人は可愛く笑った。あー、癒やされる。


 このフルーツは美味いが、水分が多いので食べているとどうしても汁がこぼれてしまう。口の端からこぼれてしまったそれを、手の甲で拭おうとして――少し考えて顔を上げた。

「何かタオルを貸して――」

もらえますかと続けようとして、なぜかすぐ近くで俺のことを見つめていた二人の美女が、同時に喉を動かすのがわかった。

 その表情と仕草に本能的に距離を取ろうと、俺の足が絨毯を掻く。


 入口は美女の向こうだ。俺より遙かに強いこの二人のお姉さんを、剣を持っていない俺が突破するのは難しい。俺が叫んだら村にいるはずの師匠に聞こえるか……? 間に合うのか……?

「ねえ」

その声にビクッと肩が大きく動くのが自分でもわかった。


「怖いの?」

垂れ目のお姉さんが、幸せそうに微笑みながらそう言った。

「い、いえ……」

「大丈夫だよ」

快活なお姉さんが明るく笑っている。大丈夫だよって、痛みは一瞬ってこと? 俺、まだ18なんですけど――


「一緒にイイことしよう?」


 ……イイこと?

 ん、俺食べられるんじゃないの? イイことって何?


 まっ、まさか!!?


「えっ、お、俺は――」

完璧な攻守だと認めざるを得ない、少しタイプの違う二人のお姉さん。その露出の多い二人のお姉さんが、左右から床に手を付いて俺の顔をのぞき込んでいる。熱にうなされるような二人の表情に、今度は俺が唾を飲み込んだ。


 だけどっ!! 俺にはユメニアちゃんという心に決めた人がいる。

 頑張れ俺! 負――


 ダメでした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「なぁ、魔王。今日は夕日が、綺麗だとは思わないか?」


 魔樹コノーキナンノキの上から一人で夕日を見ていると、エーネが俺の隣に降り立つのがわかった。

「あ、うん。綺麗だね」

二人で美しい夕日を見つめる。何て素晴らしい世界なんだ、ここは。

「俺たちはたまたまこの世界に落とされて、こうして魔王、勇者としてこの景色を眺めている。何か考えさせられることだと思わないか?」

「カケル、今日はどうしたの……?」

俺の横に立ったエーネが真剣な表情でこちらを見下ろしている。昨日の俺とはひと味もふた味も違う今日の俺に、エーネはもう感づいてしまったらしい。さすが魔王だ。何て鋭い女なんだ。危ない、危ない。

「いろいろな。色々、あったんだ」

俺が『色々』の部分に力を込めて言うと、エーネは「ふーん」と興味なさそうに俺から目を外した。


「エーネ。あのさ……」

「何?」

俺は自分を鍛えてこれからどうしようかとずっと悩んでいた。でも今日決めた。

「俺、お前の味方をするよ!」

俺はもう魔族を敵だとか考えられない。

 そんな俺の決意に、エーネは目を見開いた。


「馬鹿ぁー!!」


 えっ、馬鹿……? エーネが悲痛な声でそう叫んだ瞬間、俺にも状況がわかった。


『ジョブ: 魔王の味方』


「わりい。俺、勇者、クビになった……ははっ」

エーネは床に手を打ち付けて、「カケルのばかぁ」と嘆いていた。



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