表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
1章 黒髪の勇者
74/98

6話 猫耳娘に瞬殺される俺の職業は一応勇者です


「お休み」

エーネは笑顔でそう言って、俺の目の前から消えた。


 ん? 猫耳に気を取られてあんま話聞いてなかった。俺は今どうなっているんだ?

 

 日本のその辺の道ばたに転がっている茶トラ猫のような明るい茶色の髪をした少女が、さっきから俺の顔をくりくりした目でのぞき込んでいる。かわいい。すげーかわいい。

「部屋はこっちです。付いてきてください」

これで語尾に「にゃ」がつけば完璧だったのに。しっぽは茶色と白の縞模様だった。

「まっすぐ歩け」

尻尾につられるようにふらふらと歩いていたら、後ろから聖女様に蹴られた。


「俺はカケル。名前は?」

前を歩く猫耳の女の子に聞く。

「私ですか? 私はメルメルです」

「メルメルよろしくな」

俺が笑いかけると、向こうも振り向いてにこっと笑った。かわいすぎる。

「メルメルはどうして人族語が話せるんだ?」

「学校で勉強していますので」

魔族にも学校があるのかと思っていると、後ろから声がかかった。

「エーネが魔族のために人族語を学ぶ学校を開いている。各種族一人ずつぐらいで、猫人族の代表がメルメルだ」

「へー……エーネ色々やってるんだな」


 話していると、部屋に着いた。ベッドしかない簡素な広い部屋だ。汚くはないけど、この世界は娯楽が少ないからつらい。

「何か必要なものがあったら言ってくださいね」

「メルメルありがとう」

俺の後ろにいた聖女がメルメルに答えた。こいつ俺にはすげーきつい言い方しかしないのに、今は優しい顔で笑っている。この顔は、どんな女でも落ちるんじゃねーのと思っていたら、メルメルはあっさりした表情で答えていた。

「いえいえ、魔王様の頼みですから。ではユーリス、私は居間の方にいますね」

「わかった」

そう言って、メルメルは出て行ってしまった。そして、残されるは俺と聖女様。


 なんか肌にぴりぴりとした感触がする。空気の流れというか、魔力の流れが変わってるのか……? そして、無表情の聖女様にすげー見られていた。

「悪かった! 悪かったからもう止めてくれ!」

俺は目の前で静かに怒っているやつに本気で頭を下げた。しばらくそうしていると、息を吐く音が聞こえて空気の流れが少しだけ優しくなったように思う。

「僕は君を信じていない」

「まぁ、そうだろうけど……」

顔をゆっくりあげると、俺より背の高い聖女は静かに俺を見下ろしていた。


 こいつからしたら、いきなり自分の育ての親――

「あのさ。育ての親と子って、どっちが親?」

「……エーネだ」

自分の育ての親を殺すと言う男が現れたようなもんか。勘違いでしたごめんなさいって謝ってもそう簡単には許してもらえないだろう。

「俺、この世界に来てから、ずっと『魔王と魔族は倒さないといけないもの』って聞いてて、今日までそうだと思い込んでたんだ。俺、言葉が通じる同じ生き物だなんて思ってもみなかった。でも、今日会ってみてエーネもさ、さっきのメルメルも普通にしゃべれるしすげー可愛いし、今はもう倒そうなんて思ってない。信じてもらえないと思うけど、それだけは言っておくよ。昼間はひどいこと言ってごめんな」

俺が聖女の緑の目を覗くと、聖女は俺から目を逸らした。


「でさ、育ての親子ってどういうこと? 歳そんな変わんないよな?」

聖女は俺の顔を見てため息をついた。何か俺、呆れさせるようなこと言ったか?

「エーネは魔族だ。あぁ見えて僕より遙かに長く生きている」

「魔族? いやエーネは――」

『人族だろ』と言いかけて慌てて口を止めた。あっぶねー、今日約束したのにもう言いそうだった。

「ふ、ふーん。そうなんだ」

俺が適当に言葉を続けると、聖女が不審な目で俺を見つめていた。

「あのさ。俺、こっちのベッド使っていい?」

「……お前は奥だ」

俺の誤魔化す言葉に、聖女から冷たい返事が返ってきた。

 よく分からないから、明日エーネに直接聞こう。



 俺が自分のベッドで寝る準備をしていると、

「おい」

いつの間にか聖女がベッドの隣に立っていた。

「な、何だよ」

「腕を出せ」

聖女は俺の右腕を指している。

「折れてはいないけれど、軽くヒビが入っている」

「わかるのか?」

「私は聖女だ。だから腕を出せ。治してやる」

勇者になってから、痛覚が鈍くなったのでそこまで気にはならなかったけど、骨にヒビだってさ。言われた通りに袖をめくると内出血で色がひどい。

 聖女様が俺の腕に白く輝く手を近づけてくる。これが聖女の癒やしか。この顔で女の子だったら完璧だった。

「おお、なんか温かい」

「治ったぞ」

「えっ、もう?」

聖女の白い手がどくと、青い痣がきれいさっぱりなくなっていた。

「すげー!」

右手を握って、右腕を動かしてみる。気にしないようにしていた右腕の痛みがなくなっていた。

「サンキュー! ユーリス」

「サンキュー?」

「あぁ、ありがとうな!」

人族語で言い直すと、ユーリスは笑っていた。こいつ今は『聖女』で、俺に冷たくすることを忘れているな。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あー、よく寝た!」

朝起きると、簡素な部屋に居た。あれ? メイドさんたちがいない。

「あ、そっか。俺、今王城じゃないんだ」

帰ってこなくてみんな心配してるかなーと思ったけど、帰ったら毒を盛られるかもしれないことを思い出した。否定できないのが悲しいところだ。


 部屋にはあのきれいな聖女様はいない。どこに行ったんだろう。勝手に出歩いていいのかわからないけど、部屋を出た。廊下から窓の外を見ると、外に猫耳の生えたいろんな色の髪の人がいて、その中央にあの目立つ金髪が見えた。しかも、剣で打ち合ってる!

 俺は廊下を走って外に出た。

「カケル。おはようございます」

「メルメルおはよう!」

ユーリスが打ち合っているのは、ロシアンブルーのような灰色の髪の俺より年上の男だ。もちろん猫耳がある。それにしても、ナイフで打ち合ってる二人はなんて速さだ。見えないほどの速さではないけど、俺は……凹んだ。


 あっ、俺。昨日の剣での打ち合いのときも手を抜かれていたんだって気づいて凹んだ。


「よく眠れましたか?」

目の前で猫耳美少女が俺を見上げている。

「うん。ありがとう。あのさメルメル、これは何をやってんの?」

「打ち合いです」

「ユーリスはいつもこれやってんの?」

「ここに来るときはそうですね。ユーリスもずいぶん上達しました。あともう少しでリジィにも勝てそうですね」

ニコニコと二人の様子を見守っていたメルメルはそう言って、くるりと俺を振り返った。

「カケルは勇者なんですよね? お相手をしてもらっていいですか?」

そう言って猫耳美少女は小首をかしげて、俺の言葉を待っている。

「え、いいけど、俺、今は剣を持ってない」

「では、これをどうぞ」

メルメルから手渡されたのは短いナイフだ。もう少し長い剣の方が俺は得意だけど、俺の愛剣は取り上げられているし、今はこれで仕方ない。


 そう言い訳をしたくなるくらい、俺はあっさりと負けた。


「動かないでください」

後ろから首にナイフの当たる感触がする。

「さすがメルメルです!」

ギャラリーの女の子たちの可愛い声が聞こえる。メルメルは俺の首からナイフを下ろして、「聖剣ではなかったので……」なんて謙遜していた。愛剣があっても、速すぎて今の俺の腕だと当たりません。


 それくらいの実力差があった。

「うわぁ凹む」

正直地面に膝を突きたい気分だったけれど、格好が悪すぎるので俺は誤魔化すように上を向いた。

「空、綺麗だなー」

早朝の澄んだ青空が綺麗だった。


「思った通りだ」

綺麗な空を見上げている俺の耳に、知ってる奴の声が届いて顔を下ろしてそいつを睨んだ。

「ユーリス。お前昨日、手ぇ抜いてただろ!」

「昨日は新しい勇者の実力を測っていた」

ユーリスはタオルで汗を拭っている。その様子を周りの女の子たちが、ちらちらと横目で覗き見ていた。こいつにかかれば、汗を拭くだけでこれなのか!?


「そもそも、ユーリスなんでそんなに強いの? 同じ人族なのにおかしいだろ!」

王城でも、町でも散々人のステータスを覗いてきたからよくわかる。この美しい聖女様は一人だけステータスがおかしい。しかも、昨日は千くらいしかなかったMPが、今は五千近くまで回復している。なんだこいつは。人族っていう表記が間違ってるんじゃないのか。

「あのさ。何か、強くなるアイテムとかあんの?」

秘訣があったら教えてと聞くと、さっきまで打ち合っていて汗だくのユーリスは淡々と答えた。

「鍛えただけだ」

「そんなことないだろ。他にも何かやっただろ」

「負ける訳にはいかなかったから、本気で鍛えた。幼いころから」

俺を見つめて言う静かな声に、こいつは本当のことを言っているのだと俺にもわかった。


 俺はこの世界に落ちてきてからだから、たかだか2ヶ月だ。負けて凹んでいる俺の方が失礼なのかもしれない。

 『勇者だ』って、俺は調子に乗っていた。


「俺、もうちょい頑張るわ。女の子に負けるのは格好悪いし……」

「メルメルはこの村で一番強い。勝てるとでも思っていたのか」

えっ? ユーリスの言葉にメルメルを見る。メルメルのステータスは村の中で高い方だけど、飛び抜けているほどじゃない。

「メルメルが一番強いの?」

「あぁ、そうだ」

ステータスには『速さ』の項がない。俺もさっき後ろを取られたし、それか?

「“もう。よくわかんねーなこの世界!”」

何で勇者がこんなに弱いんだよ。足下にあった石を蹴って、俺は日本語で呟いた。


「その言葉は何?」

思いっきり独り言だったから、まさか話しかけられるとは思わなかった。

「昨日、エーネも話していた」

しかもユーリスは真剣な表情だ。

「……これは日本語だ」

「日本語?」

ユーリスは初めて聞くように俺の言葉を繰り返している。

「俺たちが落ちてきた世界の言葉だ」

「俺たちって? 落ちてきた……?」

「エーネに聞いてないのか? 俺たちはこことは違う別の世界から来たんだ」

「別の世界」と呟きながら困惑した表情のユーリスを見て焦る。もしかして内緒にしないといけないことだったのか?

「まぁ、詳しくはエーネに聞けよ」

素直に頷くユーリスを見て、俺は額にあふれ出ていた汗を拭った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「よかった。生きているね」

朝食を食べているとエーネがやってきて俺の顔を見てほっと胸をなで下ろしている。ただ生きているだけで、ほっとされる俺って一体……

「エーネ。おはよう」

「おはようユーリス。昨日は仲良くできた?」

エーネの言葉にユーリスはむっとした表情に変わった。それを見たエーネは苦笑している。こういうところを見ると、こいつらは親子なんだなと思う。

「エーネ。さっき、こいつからエーネは別の世界から来たって聞いたけど、それは本当?」

ユーリスの言葉に俺は食事を再開した。つむじに視線を感じるけど、気にしない。

「本当だよ」


 誤魔化すように謎の果物をひたすら食べていたけど、そういえばエーネだったら知っているかもしれない! 魔王だし。

「エーネ。あのさ、元の世界への帰り方知ってる?」

「カケルごめん。それは知らない」

まじか……俺帰れないのかな……

 魔王を倒したら帰れるんじゃないかと思ってた。でも、誰もそんなこと言ってなかったし、俺の思い込みだ。ねーちゃんたち心配しているだろうな――使い勝手のいい下僕がいなくなって。

 あれ? 俺帰りたい? よくよく考えると、そこんとこ自信なくなってきた。


「カケル。私は帰る方法を一切調べていないから知らない。だから調べてみるよ。見つかるかはわからないけど……」

俺が顔を上げるとエーネに頷かれた。

「悪い。ありがとな……」

「エーネ。帰るって……? その……元の世界に?」

ユーリスはなぜか俺以上に動揺していた。そんなユーリスにエーネはのほほんと言葉を返している。

「帰る方法を見つけても私はいいよ。覚えてないし、私はこの世界でやらなければいけないことがたくさんあるから」

ユーリスの顔をのぞき込んで微笑んでいるエーネに対して、ユーリスは動揺の収まらない表情で頷いていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あのさ。ユーリスって、やっぱエーネのこと好きだろ」

エーネが少し仕事があるから片付けてくるとどこかに消えたあと、男二人っきりになった部屋でこっそり俺が聞くと、綺麗な顔の男に思いっきり睨まれた。

「そうだ」

おぉ、隠さない。誤魔化されると思っていたのに。

「隠さないんだな」

「みんな知っている」

挑むような目で俺を見ていたユーリスは、俺から目を逸らして感情のこもっていない口調でそう言った。


 面白いなこいつ。

 向こうを向いているユーリスの顔をにやにやしながら見つめる。

「みんなって、エーネ以外……か?」

「エーネも僕の気持ちは知っている」

「ん? でも――」

「エーネが昨日言っていたように、エーネは僕のことを子どもとしか思っていない」

ユーリスが俺の言葉を遮って、下を向いてはき出すようにそう言った。悲痛な顔をしている綺麗な男を、俺は驚いて見る。


 こいつ、もしかしてもうフラれたのか?

 こんなに綺麗な顔をしている男をフル女がいるなんて思わなかった。何が気に入らないんだろう。意味わかんねぇ。


 色々聞きたいことはあったけど、ユーリスがあまりに辛そうな顔をしていたので、俺はそれ以上聞くのを止めた。

 椅子から立ち上がって、ユーリスの肩を軽く叩く。

「まぁ、元気だせよ。女なんてたくさんいるって」


 瞬時に動いた空気の流れに、俺はユーリスから飛び退いた。

 ユーリスは、椅子に座ったまま俺に向けて左手を伸ばして、俺のことをすげー睨んでいる。焦ったー。慰めたのにこいつ怖ぇーな。

「俺には聖魔法は効かないぜ……?」

俺の言葉に、ユーリスは左手を上げたまま、なぜか軽蔑するような顔で笑った。

「僕が、まさか聖魔法しか使えないとでも?」

俺が腰に愛剣がないことに気がついたとき――俺は飛んできた魔法を喰らってその場に崩れ落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ