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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
1章 黒髪の勇者
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3話 綺麗で有名な聖女に軽いノリで会いに行った俺が、現在その聖女に本気で殺されそうになっている件について


「聖女。俺の仲間になって、一緒に魔王を倒しに行こうぜ!」

俺がそう言った瞬間、日本人固有スキル『空気を読む』が発動し、周りの空気が一瞬で変わったことがわかった。俺の笑顔が引きつった作り笑いに変わる。


 何か怒ってる……?

 ほんとに男かよと言いたくなるような綺麗な顔をした聖女が、真剣な目でじっと俺の顔を見つめている。これだけ真剣に見つめられても「悪いが俺は男は趣味じゃねぇ」なんて冗談を言える空気じゃなかった。


 俺が聖女に向けて伸ばしていた手をそろそろと下ろしたとき、聖女の視線が壁の方を向いた。

「お、鬼!?」

像の前に立つ金髪の男にばかりに意識が向いていて、今までまったく気がつかなかったけれど、頭に角の生えた赤黒い肌の大きな男が、腕を組んで壁にもたれかかっている。


 何でこんなところに鬼がいるんだ!? ここは人族領で、人族しか住んでいないじゃないのか!?

 この世界の敵である魔族を見て、ここ数ヶ月みっちりとたたき込まれて、慣れてきた腰の剣に手が伸びる。


「――――、―――」

聖女はその鬼と何か話しあっているけど、何て言ってるのかはわからない。しばらく俺のわからない言葉での会話が続いてから、2人の顔が同時にこちらを向いた。

 聖女が俺に向かって力強く何かを言ったとき、魔力の流れが変わったのがわかった。


 2ヶ月前にこの世界に落ちてきて、この世界には魔法があると知った俺は、ノリノリで魔法の練習を始めた。だけどすぐに、自分には魔法なんて繊細な作業が必要なものは、まったく向いていないことがわかった。

 だから俺の魔法の実力は、『魔力の流れなんてものは頑張れば分かる気がする』くらいの雑魚さだ。


 その俺がはっきり感じ取れるくらいの魔力の流れ。

 あの偉そうな魔法使いのじじいに今度会ったら鼻で笑ってやろうと思えるくらいの力。


「何だよ……これ」

いつの間にか俺は腰の剣を引き抜いて、俺のことを静かに見つめる聖女から距離を取るように後ろに下がっていた。

 無表情でこちらに近づく聖女に慌てて声を掛ける。

「ちょっと待てって! どうして怒って――」

聖女の左手がこちらを向いた瞬間、俺に向かって何かが飛んできた。


 無意識のうちに、ガードするように上がっていた俺の左腕。そして、発動を始めた俺の『逆境』スキル。

「効いていない……本当に勇者なんだ」

俺の分かる言葉で淡々と聖女がつぶやいた。

 聖女と言うからには聖魔法が得意なんだろう。勇者である俺は、その聖魔法に耐性がある。だからHPは減っていない。

 だけど、俺が勇者じゃなかったらどうなっていたんだ……


 そして俺の『逆境』スキル――こちらの世界に来るときに3pt使って選んだ俺の固有スキル。自分より強い相手と立ち向かうとき、俺のステータスが倍になる。

 この距離では聖女のステータスはまだ読めないけど、逆境スキルが発動しているということはこの聖女は俺より強くて、俺の敵。


 そして、俺のことを殺す気だ。


 俺は軽く深呼吸をして、教会の中で剣を構えた。基本ステータスは2pt使って上げたし、この世界に来てからさすが勇者だと褒められるくらい強くなった。王城に俺以上のステータスを持っている人はいなかったから、この聖女が素の俺より強いのはかなり驚いたけれど、今の俺のステータスはその倍になっている。

 さらに俺には勇者固有の『聖剣』スキルがある。逆境スキルに聖剣スキル。俺的にチートだと思うスキル構成。さっきの魔力操作から見て、魔法が得意そうな聖女の聖魔法は俺には効かない。だったら大丈夫じゃないか?


 聖女を見ると、聖女は短剣を取り出して無造作に右手に構えている。俺に聖魔法は効かないから仕方ないのかもしれないけれど、まさか勇者に対して『剣』を使うつもりか。

 そうかそうか。

 初めて俺を本気で殺そうとする強い奴に会ってびびったけど、この聖女は俺と相性が悪い。俺は固く握りしめていた剣を、軽く握り直した。


 俺はこの聖女のことを殺すつもりはないけれど、戦う前に聖女がどうして俺を殺そうとするのかは聞いておこう。

「なぁ、どうして初めて会ったばかりの俺を殺そうとするんだ?」

「……君は放っておくと、魔王を殺すんだろう?」

聖女はそう言って、静かに俺を見つめて俺の言葉を待っている。魔王はこの世界の人々を苦しめているのに、どうしてこの聖女はその魔王を庇おうとするんだろう。


 少し考えて王女様の言葉を思い出す。自分のために魔王と取引きしている悪い人間がいるって言ってたな……この綺麗な顔の聖女様もそんな奴らの仲間なのか。

 こいつも自分のためだったら世界なんてどうでもいいのか。

「魔王を殺すってそりゃそうだろ。だって俺はそのためにこの世界に喚ばれたんだぜ?」

俺がぶっきらぼうにそう言うと、これまで無表情だった聖女は、俺が動揺するくらい顔をゆがめた。

「もう……いい。僕は、君を殺そう」

苦しそうにそう呟く聖女に、俺は何か間違ったことを言っているのかと焦っている間に、聖女の剣がこちらに向いた。


 俺の首に向けて振り下ろされる短剣を、俺の長剣で受ける。短剣なのに、かなりの威力。俺の素のステータスでは危なかっただろう。

 はじかれた短剣が今度は俺の胸に向かって突き出される。まさか街中で戦うことになるとは思っていなかったので今日は鎧なんて着けていない。一歩下がりながら体をひねってその剣を避けた。

 聖女のスピードはそこまで速くはないし、的確に急所だけを狙ってくるのである意味次の攻撃が読みやすい。それでもそれなりの速度で打ち合っているので聖女のステータスを読むことはできないけれど、どうしよっかなーと俺が考える暇はあった。


 何回目になるかわからない俺の首を狙って切り下ろされる剣筋。さっきの動作を繰り返すようなその動きに、俺はニヤっと笑いながら『聖剣』スキルを発動させた。

 俺の剣が金色に輝く。

 聖女の剣は俺の剣の輝きを見ても止まらなかった。やっぱり聖女は聖剣スキルの力を知らないらしい。



 聖剣スキルの能力は『絶対切断』――防御無視で斬る。ただそれだけ。

 剣を握った状態で聖剣スキルを発動させると、豆腐だろうがオリハルコンだろうが何でも斬れる。



 輝く俺の剣に触れた聖女の短剣が、豆腐のようにサクッと切れて吹っ飛んだ。そして吹っ飛んだ剣先がかすったのか、聖女の頬に一筋の傷がついて、そこから血が流れ出ようとしている。無傷で終わらせたかったけど、まさかこの綺麗な顔に最後の最後で傷を付けてしまうとは、俺は何てことをしているんだ!


 俺もまだまだだなーと思いながら剣を仕舞っているときに、聖女の体が軽く沈むのが視界の端に見えた。

「……ん?」


 俺が顔を上げた瞬間、すさまじい速度と威力の回し蹴りが俺の胸に炸裂した。


 俺のガードは何とか間に合った。

 間に合ったけれど、俺の剣のガードごと俺の体は教会の扉まで吹っ飛ばされて、あっさりとそこを突き破った。

 地面に叩きつけられて、転がって――気がついたら俺はぼろぞうきんのように地面に倒れていた。


 うまく息ができない。何度か咳き込みながら、かすむ目で顔を上げると、聖女が教会の階段を下りてゆっくりこちらに向かってきていた。その冷ややかな目に慌てて剣を探すが、俺の愛剣は遠くの方に転がっていて、取りに行くことはできない。


 聖女がこちらに向かっている。痛む体を持ち上げて、念のため持っていろと、剣を教えてくれた人に持たされていた小刀を構えた。

 聖女が普段の俺の間合いで止まった。その聖女の頬にある一筋の傷が突然光り始めて――その光が少し弱まったあと、端の方からその傷が消えていく。

 光が止んだあと、聖女のきれいな顔には傷一つ残っていなかった。


 その光景を呆然としながら見上げていた俺は、右手で構えた小刀に聖剣スキルを発動させる。だけど、俺の足は縫い付けられたようにその場から一歩も動こうとはしない。動け、動けよ――

 突然聖女が大きく一歩踏み出して、俺の構える小刀に手を伸ばした。そして、刀身を手の平でそのまま掴んだあと、手首をひねってねじり上げる。

 気づいたときには俺の手から小刀はあっさりと取り上げられていた。


 聖剣スキルの発動してる剣に触れても、聖女の指は落ちていない。

「僕自身には聖剣は効かない」


 もう何なんだよ。訳わかんねぇ。

 泣きたい気持ちで、俺の目の前にいる聖女を見ていると、聖女の手が俺の首に向かってそのまま俺は壁に叩きつけられた。

 首を持ち上げられて、俺の足が地面から浮く。必死に両手で聖女の片手を外そうとするが、びくともしない。途切れ途切れになる呼吸の中で、燃えるような緑の目をした目の前の人物のステータスを見た。


名前: ユーリス

種族: 人族

ジョブ: 聖女

スキル: 癒やし+,聖耐性Lv99,聖魔法Lv 52,格闘術Lv 39,▼

豊穣の女神アイロネーゼからの祝福: 応援しとるで、頑張りや!


HP: 1720

MP: 1241

攻撃: 2309

防御: 1848

魔法攻撃: 1897

魔法防御: 1635


 何だよこのステータス。何でこんなに攻撃高いんだよ。しかも端から剣で戦う気なんてねーじゃねーか……

 聖耐性Lv99に格闘術。聖剣の効かない己の体を武器にする戦闘スタイル。


 相性が悪いのは俺の方か……

 聖女の手をどけようと努力していた俺の両手は、諦めたように力をなくして下に落ちた。



「待って! ユーリス待って!!」


 突然女の声が聞こえきて、それと同時に俺の首を掴む聖女の手に一層力が入った。そして下ろしていた俺の右腕が、聖女の左手に掴まれる。

「エーネ、来るな!! この男は勇者だ!」

「勇者って、えっ?」

隙があれば逃げだそうと思ったけれど、聖女の目は俺から一ミリも逸れず、その手は最早俺の右腕を砕かんばかりに握りしめている。

「いや、たとえ勇者だとしても、どうしてこんなことになってるの!? いきなり!」

「エーネ、僕はこの男を殺す」

「待って全然状況がわからない……とにかくユーリス。そんなことをしてはだめだ。その必要があるなら私がするから、まずは何があったか説明して欲しい」

「エーネ。でも――」

「ユーリス」

「わかった。一度この男を下ろすから、エーネは近づかないように」

俺の足が地面に下りた。力の入らない足で地面を踏みしめて、引きつるような喉を何とか動かして、下を向いて大きく息を吸う。俺の両手は、逃げられないように聖女にしっかりと握りしめられていた。


 顔を上げると聖女の斜め後ろに、俺を助けてくれたらしい女が見える。

 この世界で初めて見る真っ黒な髪。その女の容姿に俺が息を呑んでいると、女も驚いて俺のことを見ていた。

 そして――


『ジョブ: 魔王』


「はっ、魔王!? なんで魔王がここに! しかも――」


『なんで魔王が、こんなに弱いんだ』という言葉を俺が言い切る前に、なぜか突然俺の目の前に熱帯雨林のようなジャングルが現れた。顔を反対側に向けると、海岸と海が見える。

 ここはどこだ? 聖女はどこに行ったんだ?

 さっきは夕方だったはずなのに、なぜか太陽は高い位置にあった。しばらく周囲を見渡してから視線を少し下げると、俺のすぐ横に女がいることに気がついて、女から飛び退いた。

 距離を取った俺の胸あたりをじっと見ている『魔王』は、ゆっくりと顔を上げてこちらを見た。


「はじめまして、勇者カケル。私は、魔王エーネだ。20年ぶりで少し自信がないのだけど、私の言葉は通じるかな?」

魔王の言葉は日本語だった。



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