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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
1章 名無しの魔王
7/98

7話 魔王、国境警備を手配する


「よし、行こうか」

イスカの手を掴んで、数回深呼吸をしたあと、気合いを入れて悪魔族の村に転移する。今回は悩んだけれど、村の入り口に直接転移をした。

「あー! 魔王様だ!」

村の景色を確認する余裕もなく、早速見つかった。その声を聞いた瞬間、反射的に村の反対側まで転移する。


「もう!どうして逃げるの!」

止まるように言っても、遠慮なしにこちらに飛んでくるユメニアから逃げていると、

「魔王様、遊ぶ前に用事を済ませましょう」

遠くでこちらを見ていたイスカにそう声をかけられた。私は本気で逃げているのに、心外だ。



 わいわいとお祭りごとのように集まった悪魔族に、今回ここに来た用件を切り出す。

「誰か人族領との国境沿いで、警備兵として働いてくれないか」

「はい! はい、はーい! ユメニア、やります!」

すぐ近くでぴょんぴょん飛び跳ねて私にアピールするユメニアを無視して、手を上げてくれた他の悪魔族の数を数えた。

 17か。想定していたより、多いな。良かった。

「わかった。ありがとう。手を挙げてくれたものには、交代で頼むことになると思うがよろしく頼む」

そう言って頭を下げる。


「魔王様ー。代わりに何か面白いもの持ってきてねー」

悪魔族の一人にヒラヒラと手を振りながら頼まれた。

「うん、代わりといっては何だけど欲しいものがあったら言ってほしい。可能な限り手配しよう」

そう声をかけると、「私も、面白いものがいい!」という声が次々に挙がる。面白いものって何だよ……漠然としすぎだろう。


 鬼人族と悪魔族から構成される、国境警備隊への支払いは、『酒』と『面白いもの』か……頑張ろう。



「みな、今日はありがとう」

そう言って集会を解散すると、さっそく私の目の前にいたユメニアがこちらに飛びかかってきた。私はもちろん転移で逃げる。

「魔王様! 待って! お願い!」

ユメニアがそう言いながら、必死に私を追いかけてきている。少し心苦しいが、今回は捕まる訳にはいかない。

「あらぁ、今日も追いかけっこ? 私も参加するわ」

そう言いながら、優雅にユメニアを追い越してこちらに飛んでくるのは、先ほど国境警備に参加すると手を挙げてくれたものだ。それに続いて、多くの悪魔族がこちらに飛んでくる。


 空を覆うたくさんの悪魔族の姿が見える。それを見上げて――私は笑った。


 今の私は転移を覚えてから2日目だった、3ヶ月前のあの頃とは違う。5歩移動するのにも転移を使ってしまう、すっかりもう、ダメ人間だ。


 さぁ、皆のものかかって来るが良い。魔王様が相手をしてやろう。



 転移ありの鬼ごっこなんて、要は後ろさえ取られなければいいのだ。視界を広く保ち、逃げ場を常に意識しながら、悪魔族が一定範囲に近づくのを感じたら転移する。悪魔族の速さに、始めは必要以上に早く転移してしまったけれど、慣れれば悪魔族の目を見ながら、あと一歩という距離で転移できるようになった。悔しそうに地団駄を踏んでいる姿が見える。ふふん。


 悪魔族もだんだん、私が再転移するには数秒必要なのが分かってきたのか、さっきまでばらばらに突撃していたところが、連携して波状攻撃を仕掛けてくるようになってきた。それぞれの悪魔族の位置や体勢から、逃げ切れる穴を突く。

 逃げ続けるのにだんだん慣れてくると、周りを観察する余裕が出てきた。木の幹に腰掛け、他の悪魔族を指をさして笑っている――どこか他人事の様子の一人の悪魔族が見える。ふふふ、良いことを思いついた。その悪魔族の真後ろに一瞬で転移し、丸めるように笑うその背中にそっと触れ、一緒に宙に転移した。

 その悪魔族が驚いて硬直している隙に、一人だけ転移で下に戻り、空を見上げると、必死に羽ばたく悪魔族の姿が見える。

「いいなー!! 私もお願い!」

そんなことをしていたら、参加者が増えた。



「結構時間が経ってしまったな」

気づけばMPが600近くも減っていた。周りには、地面に転がってゼーゼー息をつく悪魔族の群集が見える。

「じゃあ、そろそろ私は魔王城に戻るよ」

そう告げた後、上着を(ひるがえ)し――

「ふっ、またかかってくるがいい」

一人格好をつけてから、魔王城に帰った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 魔王城の中庭のど真ん中で、朝からイスカとアーガルが剣の打ち合いをしている。私はそんな二人の打ち合いを、近くの段差に腰掛け、頬杖をついて眺めていた。

 体格ではもちろんアーガルの方が勝っているが、アーガルの重い剣をイスカは自らの細い剣であっさりと受け止めていた。始めは私でも手の動かし方がはっきり分かるくらい、ゆっくりな打ち合いだったけれど、徐々に速くなる。

 時折飛ぶ火花と、たまにはっきり目に残る剣筋が、舞のようですごく綺麗だ。


「ねえ、イスカ、アーガル」

ちょうど打ち合いが止まった瞬間を見計らって、二人に声をかける。

「あのさ、剣ってどこで手に入る? できるだけ良い剣が欲しいんだけど」

「魔王様が使われるのですか?」

イスカの問いかけに「まさか」と答える。

「二人の剣はどこで手に入れたの? いいやつだよね?」

「私の剣は、良い剣なのですが拾ったものなので……」

イスカが手に握った黄色に鈍く輝く細身の剣を撫でながらそう言っている。

「ドワーフはどうですか? わしのはドワーフに作ってもらいました」

アーガルが大ぶりの剣を地面にガンっと押し当てた。ドワーフか。鍛冶と言えばやはりそうか。


 イスカとアーガルを連れてドワーフの村に向かった。



「たぶん……。確か? ここだ……」

アーガルに案内されたのは、中央山脈のふもとの洞窟の前だ。ドワーフの村の入り口と言うよりは、魔物の巣の前という感じだな。

「お前、本当なんだろうな」

イスカも全く信じていない様子で、アーガルに確認している。アーガルは「行ってみればわかる!」と一人で先に行ってしまった。



 洞窟の内部は真っ暗だ。魔王になってから、なぜか夜目が利くようになったけれど、さすがに見づらい。そう思っていると、イスカが雷の魔法で灯りをともしてくれた。

「あ、見えやすくなった」

先を行くアーガルがそうつぶやいた。大変不安なのでイスカの横にぴったりとくっついて歩く。

 10分ほどそのまま歩いて、さすがに違うんじゃないかと言おうか言うまいか悩んでいるときに、前方に小さな灯りが見えた。その灯りに3人とも歩くのが少し速くなる。ついに到達した灯りの前に、小さなおじいさんが休んでいた。

「あんたたちなんだね。どうしてこんなとこに」

おじいさんが私たちを見てそう言った。

「初めまして魔王です。ドワーフの方ですか?」

私がそう聞くと、「そうだ」という返事が返ってきた。いた! と喜んでアーガルとイスカの顔を見ると、なぜか二人はポカンとした顔をしていた。

「ま、魔王様はドワーフの言葉が話せたのですか?」

イスカのその問いかけの意味がわからず、「どういうこと?」とイスカに聞き返すと――

「ドワーフ語が話せるのは、魔王様だけかい」

ドワーフのおじいさんがそう言った。


 ドワーフ語? ん、どういうことだ?


「魔王様、ドワーフは話す言葉が違うんです」

イスカがそう教えてくれた。確かにおじいさんの話を集中してよく聞けば、別の言葉を話していることがわかる。私だけ言葉が分かってしまうのは、異世界人補正だろうか、それとも魔王特権だろうか。

 ひとまず、ドワーフのおじいさんに今回来た目的を説明する。

「すみません。ドワーフの村に行きたいのですが、こっちで合っていますか?」

「ここは炭鉱だよ。村は隣の隣の穴だ」

「ありがとうございます」

ここじゃなかった。言葉がわからず、こちらを見ていたイスカとアーガルの手を持って、洞窟の入り口まで転移で戻った。


「村の入り口は隣の隣だって。さっきのは炭鉱らしいよ」

私がそう伝えると、アーガルがイスカに思いっきり蹴られていた。



 隣の隣、どっちだろう。山に沿って右側と左側を探すと、右側に他の穴より内装が整った洞窟があった。

「たぶんここだね。行こう」

通路に灯りが点る洞窟の内部を、アーガルを先頭にして歩く。洞窟の中をしばらく行くと、突如、どうやって掘り出したんだと聞きたくなるような巨大な空間が現れた。

「ああ、そうだ、ここだ、ここ」

村の入り口とおぼしきところで、やっとアーガルがそうつぶやいた。



 土で固めたかまくらのようなものがたくさんある村の中を、アーガルが迷いなく進む。村の中、周囲より少し大きなかまくらの前で足が止まった。

「おーい、おやっさんいるかー!」

アーガルの大声に、かまくらの中から、がたがたと物がぶつかる音と、何かが崩れる音がしたあと、

「うるせえ、こんな朝っぱらから誰だ!」

手にハンマーを握ったドワーフが現れた。

「おう、おやっさん生きてたか」

アーガルがそのドワーフに親しげに声をかける。おやっさんと呼ばれたドワーフはアーガルのことを「あぁん?」と見上げた。

「なんだ? あー、いつかの鬼人族か。まだくたばってなかったのか、お前。

 お前、来るのはいいが、時間を考えろ時間を!」

おやっさんは眠そうに頭を掻いた。ドワーフは洞窟に住んでいるので、夜型なのだろうか。そういえば、村の人通りも少なかった気がする。「すみません」と私は頭を下げた。


「で、今日は何の用だ?」

「こっちの魔王様が、おやっさんに頼みたいことがあるって」

アーガルに紹介されたので、「魔王です」と名乗る。

「魔王? これが?」

おやっさんが疑うような眼差しで、私のことをじろじろ見てくる。

「まぁ凶悪そうじゃなくていいか。それで頼み事って何だ?」

「強い武器を作って欲しい」

「どういうやつだ。剣か? 斧か? 槍か?」

武器にも種類があることをすっかり忘れていた。実際に使うのは私ではないし、武器としてどういったものが、使いやすいかが私にはわからない。


「イスカ、悪魔族ってどういう武器を使うことが多い?」

「悪魔族の武器を作ってくださるのですか? うーん、そうですね。結構みんなその辺にあるものを使うので、どれがいいとかは、あまりないのですが」

何でもいいのか……それだったら空を飛んでるし、リーチが長い方がいいだろう。


「じゃあ、槍でお願いします。それで、作ってもらうのに、報酬として何が必要ですか?」

「もちろん食い物だ。あと、強い武器を作れと言うんだったら、材料も持ってこい」

「わかりました」

食べ物は、私がラウリィを手伝って調達したものが城にたくさんあるから、あとで取りに行こう。あとは材料か……

「すみません。材料ってどういうものですか?」

「もちろん鉱石だ。鉄だったりミスリルだったり、そういったものだな」

鉱石……魔王の隠し部屋にそれっぽいものはあったけど、小さかった気がする。


「イスカ、アーガル。どこか鉱石取れる場所を知らない?」

「魔王様。確か、ドラゴンのいる魔の山の頂上付近に、そういったものが転がっていると聞いたことがあります」

イスカの答えに、じゃあ行ってみようと答えた瞬間――

「おいおい。確かにあそこには良い鉱石がたくさんあるが、あんなところまで行くのには、命がいくつあっても足りないぞ――いや、でもそういえばお前たちは魔王か……」

おやっさんが私たちに警告してくれた。


 横に立つイスカを見上げる。

「イスカ、やはり魔の山には強いのたくさんいるの?」

「ドラゴンがいるのは山の下の方で、頂上付近にはそんなに居なかったと思います」

「じゃあ、一回、空から見てみよう。アーガル、行ってくるね」

イスカに私の腰を持つように指示して、魔の山付近の空に転移した。



 空に転移すると、落下を感じる暇なく、イスカが翼を広げて安定飛行に入った。さすがイスカだ。そのまま、魔の山の頂上付近まで、飛んで運んでくれる。

 山から煙りは出てはいないけれど、温泉のような臭いがする。下を眺めると、強い生き物どころか、生き物自体がいない。植物が全く生えていないので、仕方ないだろう。むしろ今回はラッキーだ。

「大丈夫そうだね。よし、じゃあ、ちょっと降りてみよう」

イスカにそう指示すると、立ちやすそうな近くの岩場に降ろしてくれた。少し、地面から足の裏に熱気が伝わってくる。

「イスカ。良い鉱石ってどれだかわかる?」

周囲には、少し変わった色の石の大きな石がごろごろ転がっているけれども、ただの石なのか、鉱石なのかわからない。イスカの顔を見上げると、イスカも私と同じようにわからないようで、困った顔をしていた。


「うん。場所はわかったし、今日は誰もいないし、おやっさんを連れて直接見てもらおう」

そこまで言って、さっき気になっていたことを思い出した。

「そういえば、イスカはおやっさんの言っていることがわかるの?」

「はい。あの方は魔族語が話せるようで」

そうだったのか。なかなか多才だな、あのおやっさん。そう考えながら、おやっさんのところまで戻った。



「アーガルただいま。それっぽいのはたくさんあったけど、どれが良いかわからなかった」

急に現れた私のことを見て、おやっさんが腰を抜かしそうなほど驚いている。

「それで、おやっさんに見てもらいたいんですけど、いいですか?」

「いいですかって何が?」

「魔の山で鉱石探しです。大丈夫、周りに生き物がいないのは確認してきました」

おやっさんの方が私よりも、7倍くらい強いから大丈夫!

 今度はアーガルとおやっさんの肩に手を置いて転移した。



「ここが魔の山ですか……わしはこんなとこまで初めて来ました」

アーガルが周囲を見ながら楽しそうに声を発した。おやっさんの方は完全に固まっている。ちゃんと説明してからの方が良かったかなと思いつつ、でも説明するより見る方が早いからいいや、とも思う。


 おやっさんの硬直時間が長いので、そろそろおやっさんに声をかけようかと思ったとき、真っ正面を向いて固まっていたおやっさんが、くわっと目を開いた。

「あ、あれは! まさか!」

おやっさんが突然指を差した方向に、ほのかに光る黒い石が見える。

「おやっさん、これ?」

転移で移動し、石に触れながら聞くと、「頼む。そっちまで連れて行ってくれ!」とおやっさんに懇願された。


 転移で一度おやっさんのもとに戻り、おやっさんを連れて再度黒い石のところまで転移する。

「何てことだ……」

そう言いながら、おやっさんが丁寧な手つきで石に触れた。



「おやっさん。これで、強い武器は作れる?」

「こ、これを使うのか!」

おやっさんにひどく驚かれた。おやっさんはそのまま下を向き「いや、別にこれで作ってもいいのか……」とつぶやく。

 おやっさんはしばらく何か葛藤のある様子だったが、

「よし、これで魔王様のために最強の槍を作ってやろう!」

と一転して輝くような笑顔で宣言した。

 よかった、いいのが見つかって――先におやっさんとアーガルをドワーフの村まで送り届けたあと、再びこの場所に一人で戻り、今度は丁寧に黒い石に触れて転移した。



 黒い石と共に、ドワーフの村まで戻ると、さっきまであんなに閑散としていたのに、ドワーフがぞろぞろとおやっさんに家の前に集まっていた。その様子を見て、石だけ置いてそそくさと退散する。

 一人のドワーフが、興奮が抑えられない様子で石の前で仁王立ちしていたおやっさんに話しかけている。

「おやっさん、これがあの石ですか!?」

「そうだ」

「触ってもいいですか?」

「だめだ」

一蹴されたドワーフたちは、石から一歩離れたところで、中腰の体勢で石をガン見していた。おやっさんはその横に堂々と立った。


「こちらの魔王様が取ってきてくださったこの石で、今からおれは槍を作る」

おやっさんのその声に、集まっていたドワーフたちから「おおー」と歓声が上がる。

「お前ら、くだらない仕事はこっちに回すなよ」

おやっさんはそう言ったあと、ドワーフたちを放ってこちらに近づいてきた。

「魔王様、あの石の大きさだと、複数作れるが一本でいいか?」

「それだったら、あの石で作れるだけ作って。一本は私くらいの背の子が使うから小さめで、あと残りはあっちのイスカぐらいの人が使う大きさでお願い」

「わかった」

私がおやっさんと話していると、イスカがこちらに近づいてきて「ユメニアのですか?」

と、私に聞いてきた。


「うん。そうだ」


 ユメニアは悪魔族の中で一番若いためか、他の悪魔族に比べてステータスが一回りくらい弱い。国境警備の希望者が少ないならまだしも、たくさんの悪魔族が手を挙げてくれたので、わざわざユメニアに国境警備をやってもらう必要はない。だから前回悪魔族の村を訪れたときは、ユメニアにはっきりと頼まれないように逃げ回った。


 だけどこのまま逃げ続けるわけにはいかないし、何よりも――

 他の人より『弱い』から、お前はだめだ、とか言いたくないよね。


 やりたいと言うのならば、この魔王様が最高の装備を用意しよう。


「イスカ。手の空いているときでいいから、ユメニアを鍛えてやって」

イスカは私の頼みに、「任せてください」と力強く返事をしたあと――邪悪に笑った。


 ユメニア頑張れ……!

 防具のことをすっかり忘れていたので、おやっさんに追加注文しに行った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 魔王城の前の平原に、国境沿いの村々の代表と、国境警備を志願してくれたものたちが集まっている。集まっているというか、朝から駆けずり回って集めたのはこの私だ。これから皆の前でスピーチをする予定だが、その前に私は疲れていた。


 魔王城から持ってきた大きな箱の上に、転移で移動する。集まった面々を一通り眺めたあと、気合いを入れて、魔王としては人生初のスピーチを始める。


「みな、集まってくれてありがとう。今回、国境沿いの村々が人族から被害を受けているということで、こちらの鬼人族と悪魔族に国境の警備をしてもらうことになった。鬼人族と悪魔族の皆は、名乗りをあげてくれて本当にありがとう。

 ただし、こんなことをいつまでも続ける訳にはいかない。だから、国境沿いの村には魔族領の奥に移ってもらいたい。もちろんすぐではないし、強制するつもりもない。私が手伝うから移動の手間も少ないはずだ」


 私は、国境沿いの村々のお引っ越しを全力で手伝うつもりだが、私の話を聞く村の長たちはやはり不安そうな表情をしている。


「これからの流れとしては、国境沿いの村々には5年から10年で徐々に村を移してもらう。日中はその引っ越しの準備と、国境警備の手伝いで何人か人を割いてもらう必要がある。そのための人員は、人族からの被害が減った分から何とか捻出してほしい。


 国境警備の手伝いは、主に人族の警邏だ。人族を見つけた場合には、狼煙で上空を飛んでいる悪魔族に知らせて欲しい。もちろん戦ってもらう必要はないし、全力で逃げてもらっていい。

 怖いし、大変なのは分かってはいるが、自分たちを守るのに、すべてを『強い誰か』に任せたらだめだと思うんだ。国境警備兵の数にも限りがあるから、すまないが手伝ってもらいたい。

 最後に、国境警備の君たちは『命をかけて戦う』必要はない。もしもの場合は、君たち自身の命を優先して欲しい。これは魔王からの命令だ。

 私からは以上だ。質問がある場合は、これから皆を送り返すから、そのときに直接私に聞いてほしい」


 スピーチが終わって、静かだった空間に、わいわいと話し声が聞こえるようになった。台の上から降りて、側に控えていた、イスカ、アーガル、ラウリィに声をかける。

「3人には特に迷惑をかけると思う。でもこれからも手伝って欲しい。君たちの力が必要なんだ」

私だけでは何もできない。だから、せめて精一杯頭を下げる。

「魔王様顔を上げてください。大丈夫、わしは魔王様のこと手伝いますって」

「私ももちろんです!」

先に発言した、忠臣アーガルに対抗するように、イスカが身を乗り出してそう言った。ラウリィも静かに頷く。


「ありがとう」


 これがみなにとって一番良い方法なのかはわからない。

 けれども5年,10年後の未来に、彼らがおびえず暮らせるように――

 私は頑張ろうと思う。



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