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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
最終章 未来へと続く道
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最終話 世界の決まり(2)


 あぁ、驚いている。人族がこんなに驚いてくれるとは――最高の気分だ。頑張った甲斐があった。


 特に、私が最後に連れてきた『天使族』への、アウシア教徒と見られるものたちの動揺ぶりは、まさに愉快の一言だ。さぞ驚いているだろう? 悪魔を恐れすぎて、真逆の色合いの存在を崇め奉っていたら、まさか魔族に存在しているとは思いもよらなかっただろうな。


 驚くのは無理もない。何せ私も昨日、その存在を知ったからな!


『エーネ……あの白い人たちは、いないの?』

なんて、ユーリスが突然何を言い出すかと思えば――まさか、存在すら知られていない種族が、自分が何度も行ったことのある、中央山脈の湖の上に隠れているなんて思うわけがない。聖耐性がLv.99 ないと、姿すら見えない種族なんてそれは反則だろう。


 天使族族長セヴィニス――地面に着くくらいの長さのある白い髪に、飾り気のない白いローブのような服。色素の薄い顔に、無表情の整った顔。6枚ほどに別れて広がる白い翼が動いてもいないのに、体は常に少し浮いていた。

 自分たちの存在を初めて見つけた、聖女ユーリスに敬意を示して、今日は私に付いてきてくれることになった。一応、この人たちも魔族であるが、私にはかけらの敬意もない。まあ、今日はここに居てくれればそれでいい。


 そんな鼻歌を歌いたい気分で、真っ赤な顔をぷるぷるさせている老人の顔を眺めていたとき、突然真後ろから魔力のうねりを感じて――


 頭上から大轟音が聞こえた。


 首を傾けて上を見ると……シャンデリアが落ちてくる。

 いや、違う。粉々になったシャンデリアが上から降り注いでいた。


 もはや誰が張ってくれたかもわからない、私たちを覆うような緑の巨大な障壁が現れ、落ちてきたシャンデリアの破片がそれに当たって、ぱらぱらと横に落ちた。


 口を開けたまま、呆然と頭上を見ていた私は、魔力のうねりが起こった左後ろを、ゆっくりと振り返る。

「王よ。わたくしを狙った下賎な力を排除したまでのこと。何か問題がありますか?」

無表情の天使族族長が前を向いたまま、淡々とそんなことを言った。


 いきなりぶっ放すとか怖いよ、この人怖すぎるだろ……震えそうになる声を抑えながら、私は努めて普通に聞こえるように答えた。

「いや。何も問題はない」


 人族たちはシャンデリアに何を仕掛けていたんだと考えながら、やっと心を落ち着けて、前を向いたとき――

「人族の皆さん、聞こえますか? 私は、精霊族族長のエイグ=ドミです。灯りが落ちてしまったので、少し暗くなってしまいましたね。私が明るくしましょう」

精霊族の族長さんの、普段よりは少し緊張しているようだが、のどかな声が直接耳に届いた。


 おそらく族長さんは、人族が私たち魔族よりも夜目が効かないことを知っていて、親切心でそんなことを言ったのだろう。けれども、族長さんの声――族長さんが『意思伝達』スキルを使って、脳に直接響き渡るように送った声――が聞こえてしまった人族の皆さんは、一斉に真っ青な顔で震えていた。かわいそうに……


 背中から魔力をぐんと吸い上げられる感覚がしたあと、族長さんとよく似た姿形の白い球体が、さっきまでシャンデリアがあったはずの場所に、ゆっくりと上がっていくのが見えた。

 それが、天井近くまで上がった瞬間、太陽のように輝き始めて、慌てて目を逸らす。

 残像が……目に残像が残る。謁見会場は、真っ昼間のように明るくなってしまって、足下に影がくっきりと浮かび上がっていた。

「族長さん……明るすぎると思う」

「そ、そうですか? すみません、すこし緩めましょう」

族長さんの少し慌てたような声が聞こえた直後、明るさが一気に半分くらいになった。さっきの攻撃で目がやられた人がいないか心配だ。

 目を細めながら天井を見上げると、エネルギーの塊としか表現できない丸い物体が浮いていた。あれが天井にぶつかれば、きっと王城は吹っ飛ぶ。王城だけだと良いが……


 私は何しに、ここに来たのだっけ――私は自分の当初の目的を頑張って思い出していた。




 あー、そうだ思い出した。領主を助けるために、『一人』で『ここ』に行かなければならないのだった。

 領主から聞いた伝言では、別に『魔王が』と指定されたわけではないから、私が行く必要はないのだが、そこは空気を読んで私が行ってやろう。

「皆はここで待て。私は『一人』で、『あそこ』に説明しに行かなければならないらしいからな」

「かしこまりました」


 後ろにいる族長さんたちの返事が返ってきてから、「エイグ」と、さっきから元気に大暴れしている白い球体に声を掛ける。精霊族族長から「は、はい」と緊張した声が返ってきたあと、私の体を包み込むような卵形の結界が、瞬時に3重に現れた。それを確認してから一人ゆっくりと、赤い絨毯を進み、王の顔が十分見える位置で立ち止まって、人族の王を見上げる。

 王は、間近までやってきた私の顔を見ようともしないが、額に脂汗のようなものが浮いているのが見える。一応、私の存在を認識はしているのだろう。


 精霊族族長さんは北の森を離れると、ルングとヤッグと比較にならないほどMPを常に消費し続ける。族長さん自身のMPが3万近くあるので、すぐに枯渇することはないが、これまで意思伝達スキルを部屋全体に使ったり、天井付近にエネルギー体を作成したりして多くのMPを消費しているはずなので、あまり時間はない。


 ピコン、ピコンと鳴る3分間のタイムリミットがあるような気分で、頑なに私と目を合わそうとしない王に話しかける。

「王よ! 指定された通り、私は『一人』で、『ここ』に来たぞ!

 東州領主アルフレッド・ウェルスが言っていることは本当だ。私は人族との和平を求めていて、そのために現在は、人族領で最も貧しい東州の民がよりよく暮らせるように協力して――」

「魔族ごときが、さっきから何を言っておるのだ!」

わなわなと体を震わせながら、そんなことを叫ぶ爺を一瞥してから、再び王を見上げた。


「米というのは、人口維持に優れたすばらしい穀物で、しかも美味しいんだ。 我が魔族領には米の栽培に適した土地はないし、勤勉に働いてくれる民も少な――」

「王よ! 魔族の話など、耳に入れる必要はありません!」


 さっきから、さっきからこのじいさんは! ただでさえ時間がないのに、王同士の会話に割り込みやがって……しかも何一つ有益なことを言わない!


 舌打ちするような気分で、高血圧で倒れるぞと警告したくなるような真っ赤な老人の背後に転移し、目の前のつるつるの後頭部をしばらく眺めてから、そこに触れて再転移した。



「まおう。それ、なんだ?」

まだ飛ぶことのできない小さなドラゴンが、おじいちゃんの背中に乗って、今日もばたばたと、どこかぎこちなく翼を動かす練習をしていた。

「アルファ、イタズラするなよ。おじいちゃん、これをしばらく見張っていてくれ」

一気に白くなった老人をその場に放置して、私は謁見の間に戻った。



 謁見の間に戻ってきた瞬間、また体の周りに瞬時に3重の結界が現れる。

「やぁ、人族の王よ。待たせてすまない。それで、どこまで言ったかな……そうだ、ウェルス卿には、私の代わりに米を作ってもらって、将来それを売ってもらおうと思っているんだ。米を食べるのはきっと私ぐらいだし、私もちゃんとお金を払ってそれを買うんだからそれくらいいいだろう?」

な? と見上げるが、人族の王は前を向いたまま、何も言わない。顔色が少し悪くなっているから、聞こえていない訳ではないとは思う。

「なぁ、人族の王! これで、東州領主アルフレッド・ウェルス卿が、国に対して謀反など考えていないことを信じてくれるか?」

無言の王に、「なぁ!」ともう一度呼びかけると、「うむ」と小さな声で返事が返ってきた。


 小さな声すぎて、私以外の人にその声が聞こえたか不安になる。あ、だからさっきのやたらとうるさい爺が、横に居たのか。

「そこの人! 王の声聞こえた?」

謁見の間を見渡して、横の壁に控えているうちの一人、貴族であろう男性に話しかけた。

「そこの青っぽい服の人だ。王の返事は聞こえた?」

「あ、は、はい」

「王は何と言ったか、皆に聞こえるように説明してくれ」

「お、王は、『うむ』と……」

怯えるようなその返事を聞いてから、再び王を見る。

「人族の王。アルフレッド・ウェルス卿の今回の件に関する罪は、始めからなかったことにする。これでよいかな!」

「よい」

今度はすぐに返事が返ってきた。よし! これで今日の任務のメインは達成できた。



「では、次はこの世界の平和について、語り合おう!」

人族の王を見上げて、そう言ってから、族長たちのすぐそばまで転移で戻る。

 2階や、1階の壁沿いで待機している人族たちの顔を見回しながら、声を張り上げた。

「今からここで、会議を行いたいのだが、だれか机と椅子を持ってきてはくれないか!」


 彫像のように固まって私から目を逸らしている人族の顔を順番に眺めながら――あの性根の腐った歴史学者はこの静かな部屋の中、一体どこで腹を抱えて笑って見ているのだろうかと疑問に思った。


 待っても、待ってもだれも動いてくれないので、仕方なく魔王城の会議室まで転移して、テーブルだけを抱えて戻る。もう一度魔王城に戻って、用意しておいた紙と筆を持って、テーブルの上に置いた。

「では今からここで、この世界の平和についての種族会議を始める。各種族の族長はこちらに集まってくれ」

私の号令で、皆がこちらに集まってきた。さすがに全員族長なので、無駄口はだれも叩かない。

 人族の王はもちろん玉座に座ったままだ。そりゃあそうだろうなと思いつつも、動こうともしない人族の王の顔を皆で見る。

「人族の王もこちらに来てくれ!」

私が人族の王にそう声をかけると、周囲からなぜかどよめきが上がった。


 ずっと気になってはいたが、人族の王が座っている玉座は脚が長すぎて、王の足は地面から離れて遙か上にある。あれ、どうやって登り降りするんだろうか。

「あれ、もしかして簡単に降りられないの?」

さっき話しかけた青い服の貴族に小声で聞く。

「あ、は、はい。その、せ、専用の道具で」

貴族の男性は引きつりながらもそう答えてくれた。

 専用の道具を使って、王の尻を複数人で持ち上げるのかな? それは大変だ。

「では、私が迎えに行こう」

念のためイスカの手を掴んで、王の前――王より少し高い位置に転移して、ほおづえを付いていた王の腕に触れて、再転移した。


 どさっと王が地面に座り込む。

「あぁ、すまない」

王は一向に立ち上がらないが、さすがにあの少しの高さで、尻が割れたなんてことはないだろう。

「では、全員揃ったことだし、種族会議を始めようか」



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