6話 魔王、お酒の価値を学ぶ
「引っ越してください」、「はい、いいですよ」とスムーズにいく訳はないので、配置転換は焦らず、長い時間をかけて実施することにする。ひとまずは、人族から受ける被害を直ちに減らすべく、『強い』種族に国境警備をしてもらうことにした。
そんな訳で今日は鬼人族の村に来ている。
「帰ったぞー」
我が物顔で先頭を歩くアーガルの後ろに付いていく。鬼人族の村は、村の門からして、まずでかい。そして、わらわらと集まってくる村人も当然でかい。囲まれると、小人の気分だ。
多くの鬼人族はイスカを避けて、アーガルのもとに集まっていたけれど、一人の鬼人族がなぜか私の前にしゃがんで、じっと私のことを見つめていた。何か思い出しそうで、わからない、そんな表情をしている。
その鬼人族にイスカが見かねて「魔王様だ」と紹介すると、あぁと合点がいったように手を打った。
「小さい魔王様だ」
声の大きい鬼人族のそのつぶやきに
「ん、魔王様?」
「魔王様だって」
と、アーガルのもとに集まっていた鬼人族たちが私の存在に気づき、今度はこちらに集まってくる。完全に巨人たちに囲まれる前に、私は近くの家の屋根の上に転移した。
ふふ、甘いな……3ヶ月前に私はもう学んでいるのさ。
「すごい!」
そう驚いてくれるのは、素直に嬉しいけれど、鬼人族が大声を出すたびに地面が揺れている気がするので、落ち着いて頂きたい。
「で、アーガル、今日はどうしたんだ?」
私の真下で、ちょうどアーガルが鬼人族の一人にそう聞かれている。その質問には私が答えようと、屋根の上から、アーガルの代わりに口を開いた。
「強いやつを探している」
何気なく選択した私のその言葉で――
「うおー!」
と屋根が振動するような、地響きのような歓声があがり、『鬼人族 闘技大会』が始まってしまった。
どうしてこうなった……鬼人族が私のために用意してくれた、一段高い貴賓席のような席に座り、私は拳と拳で鬼人族が暑苦しく戦うのを見守っていた。
『決闘だ』の一言で、慣れた様子で近くの荒野に闘技場のようなものが用意された。地面にトーナメント表が書かれ、鬼人族の男どもが順番に1対1で戦っている。周りに野次馬が集まって、真っ昼間から酒を持ち込んでの、ドンチャン騒ぎだ。
「別に最強でなくてもいいんだけど……」私のそんな言葉は、届く訳がなかった。
暑苦しく戦う鬼人族の男たちのステータスを見てみたけれど、バランスの良い悪魔族と違って、鬼人族は物理には特化しているが、それでもやはりみんな強い。ただ、闘技大会を見ていると、単純なステータスだけで勝ち負けが決まらないことが多く、その点は非常に面白かった。
「優勝はアーガルだ!」
鬼人族の歓声――うなり声が聞こえる。おぉ、さすが我が僕……私も貴賓席から立ち上がって拍手を送る。
何をやっているんだろう、私たち。
優勝者が決まり、当然のように始まる酒盛りの前に、そっとアーガルに近づく。
「アーガル、優勝おめでとう。あの、国境警備隊……」
忘れているであろう今日の本題についてアーガルに耳打ちをした。アーガルは一瞬きょとんとしてから、こちらを見て安心しろとでも言うように大きく頷き、右手に握っていた酒瓶を大きく振り上げた。
「お前ら、わしらのこと手伝え!」
「おー!」
集まっていた鬼人族から、野太い返事が返ってきた。
始めからこれで良かったのでは……?
私は今日、何をしていたのだろうか……虚しい思いで目を閉じると、さっきまで見ていた暑苦しい男たちの上半身裸姿が脳裏に浮かび合ったので、目を開いた。
「魔王様、目的は済みましたし、帰りましょう」
呆然としていると、イスカにそう声をかけられた。
本来の目的とは違ったが、アーガルが優勝したのは事実だ。私も、お祝いの品を贈ろう。
「ごめん、ちょっと待ってて。差し入れをアーガルに渡しておきたいんだ」
そう言ってから一度魔王城に戻る。そういえばここにあったはずだと目的のものを抱えて、宴会場に戻り、「はいこれ」と、アーガルに渡した。その後、鬼人族に捕まる前に、イスカだけを連れて魔王城に逃げ帰った。
心情的には数日ほったらかしにしておきたかったけれど、次の日、アーガルを迎えに鬼人族の村を訪れる。
「村の中、あんまり人がいないね」
「そうですね」
この時点で帰りたかったけれど、イスカに触れて、闘技大会が開かれていた荒野まで転移した。
「うわぁ」
ばたばたと、鬼人族が地面に倒れていた。
「アーガルはどれかな」
うつ伏せで倒れている人もいて、どれがどれやら判断が付きにくかったので、ステータスの『名前』欄から判断する。おお、いたいた。
「イスカ、いたよ」
私とは反対側を探していたイスカに、私が「これ」と教えると、つかつかとこちらに歩いてきたイスカが、アーガルの背中をガンッと踏んだ。「グホッ」とアーガルののどから変な音が鳴る。
(私のステータスだったら、今ので、死んだな……)
「何なんだ朝から……」
「おはよう、アーガル」
私がそう声をかけると、地面に座ってうつむいていたアーガルが、急にぐわっと顔をこちらに向けて、私の脚につかみかかってきた。
「魔王様、昨日のあれは!!」
「昨日の? ああ、差し入れのこと?」
私が若干下がりながら、そう聞くと
「魔王様!あの酒は、あの酒は、一体どこの!?どこに、あられたんでしょうか!?」
地面を這ってこちらに近づき、そう聞いてくるアーガルの体から、なぞのオーラがほとばしっているような気がする。
「ま、魔王城にあったよ?」
「魔王城の酒はわしがすべて飲んだ!この50年、見逃すはずがない!」
本当みたいなので、ごまかしが利かない。隠しておきたかったけど、あまりのエネルギーに身の危険を感じたので正直に話すことにした。
「えーっと、魔王の隠し部屋?」
「隠し部屋!?」
イスカとアーガルがすっとんきょうな声で同時に叫んだ。
魔王城に暮らし始めてすぐ、さぁ探検だ、と魔王城の中の探索を始めたのはいいが、魔王城の中はやけに扉が開かない部屋が多かった。はじめは鍵がかかっているか、建て付けの問題で開かないのだと思っていた。けれども、たまたま開かない扉の前で突っ立っているときに偶然ラウリィが通りかかり
「魔王様、どうぞ」
と丁寧に開けてくれた扉をくぐったときに気がついた。
あ、単純にステータスが足りないのか。
うん、まぁ弱いのは知ってたけど、ステータスが足りなくて扉も開けないのはどうかな。今ではもう開き直って、魔王城での部屋の移動には、扉ではなく、転移を使うのが習慣になっていた。
そうして、魔王城の中をぽんぽん跳んで探検している最中に、『出入りできる扉はないが不自然に広い空間』を偶然見つけてしまった。今思えばもう少し注意して跳べよと言いたくなるが、「えいや」と跳んだ先に、適当に積み上げた雑多な種類のお宝の山があった。
「うおー! 来たー!」
見つけた瞬間は非常にわくわくしたが、漁ってみると、分類しにくいお宝を適当に詰め込んだ感じの部屋だった。いかにもな宝箱や、宝石のついた首飾りなんてものもあったが、どのくらいの価値があるものなのかが私には全くわからない。というか、魔族領で宝石なんてものを、欲しがる人はいるのだろうか。
私はどちらかと言えば魔王の日記や地図なんかがほしかったが、そういったものは残念ながらなかった。ステータスがアップする種や、スキルや魔法が封印されたスクロールなんてものも、もちろんなかった。
昨日アーガルに渡したお酒はその中に転がっていたものだ。
「あぁ、魔王城を探検しているときに見つけてね」
「そこにまだ残っていますか!?」
「ごめん、たぶんそれだけ」
私がそう答えると、アーガルはこの世の終わりのような顔をした。
目の前のアーガルから、あまりに絶望感のようなものが漂ってくるので、
「でもまぁ、探してみるよ。あそこにあったっていうことは、どこかで手に入るってことだし」
と思わず励ますと、
「ありがとうございます!! 魔王様に絶対の忠誠を誓います!」
足元で鬼人族のおっさんにまとわりつかれて、絶対の忠誠を誓われた。酒ってすげえ。
アーガルのジョブ欄が、『魔王軍 第2将軍』から『魔王の忠臣』に変わっていることに、後日気がついた。