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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
最終章 未来へと続く道
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53話 魔王、宴を開く(1)


「ルング。中火だ」

5つ出ていた火の玉が、3つになった。

「もうちょっと弱く」

火の玉が2つになって、ちょうど良い感じに水の吹きこぼれがなくなった。あとは、このままの状態で15分ほどだったはず……うろ覚えだが、この世界にはキッチンタイマーなどないので、細かい時間を気にしても仕方ない。

 仕方ないが……自分の後ろを振り返ると、20人近くの男たちが固唾をのんで私と、目の前の鍋を見守っていた。プレッシャーが半端ない。


 今年、やっと試験栽培中の稲の中から、それっぽい米を収穫することができた。ただ、全部で米3合ぐらいしか取れなかったから、試しに炊いてみるなんてことはできない。ぶっつけ本番な上に、精米などしていないから白米ではなく玄米だ。

 断片的な炊き方の記憶はあるけれども、白米と違って鍋で炊いた経験はない。浸水時間は長めにとったし、もう火が通っていたらいいよね……?


 米の炊く匂いがするようになったあと、蒸気の量が少なくなった。鍋の音に耳を澄ませて、ここだ、と思ったときにルングに火を消してもらう。私はパメラと違って、薪で火加減の調整などできない。ルングの協力あっての賜物だ。

「これで、あとはこの状態で30分ほど放置だ」

周囲の男たちが、止めていた息を長く吐いたあと、思い思いに地面に座る。


 上手く炊けていなかったら……水足して、もう一度炊こう。


 蒸らし始めてから30分経過した。鍋とふたしか見えないだろうけれど、数人の男たちが鍋の周りを囲んで眺めている。それをどかせて鍋のふたを掴んだ。

「ちょっと下がってくれ。手が動かせない」

邪魔だ邪魔だと腕を振って、男たちを下がらせる。

「では、開けるよ!」

ふたをとると、むわっと蒸気が広がった。まだ何も見えないのに、「おお!」と男たちが歓声を上げる。

 持ってきておいた大きなスプーンを鍋に刺す。少し混ぜると、ちゃんと粘性が感じられた。米を少量すくって、上を向いて、スプーンに口を付けないように口の中に放り込む。熱っ! 口の中で、米をはふはふさせて冷ましながら、味わうように噛む。

 少し固いし、味は薄いけど……意外にちゃんと玄米だ! ずいぶん久しぶりの感触に、一人もぐもぐと感動しながら口を動かす。

「エーネ様!」

男たちが、俺も俺もと手を伸ばしてきたので、「あぁ、すまない。並んでくれ」と一列に並ばせる。

「熱いから、気を付けてね」

スプーンで、ちょっとすくって、流れ作業のように男の手の上に置いて、男をどかす。熱いとの声が上がったが、誰一人落とさずに口の中に放り込んでいた。


「少し固かったから、次は水の量を増やして、長めに炊いてみるよ……」

誰も何も言わずに、口を動かし続けているので、弁解するように言う。

「エーネ様」

一番始めに食べ始めた男が、食べ終わったのか、私の横に立った。

「何?」

男の顔を見上げると、突如その男に脇下をつかまれ、子どものように高い高いをされた。

「おろせ!」

男は笑いながら、私を別の男にひょいと投げる。転移で逃げてもよかったが、何が楽しいのか、笑いながら順番に私を持ち上げる男たちに、私は最後まで付き合ってあげた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「実はな――言っていなかったと思うが、私は魔王なんだ」

わいわいとお酒を飲む男たちの前に立って、そう宣言すると、男たちは一度黙って私に注目したあと――再びお酒を飲み始めた。


 少し緊張したのに……がくっと肩を落とす。そんな私に、酔っぱらいが集まってきた。

「あのー、エーネ様。魔王って、俺らを太らせて、食っちまうつもりなんですか?」

「お前らみたいなまずそうなの食うぐらいだったら、差し入れの肉をそのまま食べるよ」

「そりゃそうだ」

「あははは」と周囲から賛同する笑い声が上がる。


「じゃあなんで、俺らを手伝ってくれるんですか」

「米が食べたくて」

「やっぱり変人だ」

「あははは」と再び笑い声が上がった。


 こいつら、本当に意味がわかっているのか? わざわざ正体をばらしたのは、驚いて欲しかったからではない。

「あのさー、今度魔王城で宴会を開こうと思うんだけど、君たち呼んだら来る?」

数人の酔っぱらいが「魔王城で、宴会!」と私の言葉を繰り返しながら、腹を抱えて笑っている。その横で、一人の男が静かに手を挙げた。


「美女がいるなら、行きます」


場が一瞬静まったあと、おれもおれもと賛同の声が続く。

 このくそ野郎ども――

「魔王の力、思い知るがいい。当日を楽しみにしているがいいさ」

「きゃー魔王様、かっこいい!」

酔っぱらいに囲まれながら立ち上がり、「私は帰る」と伝えると、

「エーネ様、またな」

手を振って見送られた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 豊かな土地を治めるのは簡単だ。余っているものを足りないところに回せば良い。誰だってできる。

 だが、貧しい土地、どうやってやりくりしても足りない土地を治めるのは、それと比較にならないくらい難しい。何かを優先すれば、どこかが足りなくなる。今を多少切り詰めてでも、未来に投資しなければ、先はない。

 答えなんてわからないのだから、自分の決断が誰かの怨嗟に繋がることもある。それはどれほどの重圧なのだろうか。



「今度、魔王城で宴会を開こうと思うんだ。ウェルス卿、あなたも来てくれるかな?」

今回一番魔族領に来てほしいのは、実はこの人だ。だけど、それを悟られないように軽く聞く。

「私が、魔王城に行ってもよろしいのでしょうか?」

「いいよ? 勇者も連れて行くから、不安であれば勇者のすぐ側にいれば大丈夫さ。まぁ、魔族や開拓団の連中はマナーがなっていないから、それを気にするのであれば無理にとは言わないけれど……」

「いえ、ご迷惑でなければ、私も参加させて頂きます。エーネ様、お願いなのですが、ミンチェルも連れて行ってよろしいでしょうか?」

「もちろんいいよ」

まともな人間が増える分にはこちらは困らないので、即答する。

 よし、領主も来る。頑張って準備をしよう。

「都合のいい日をまた教えてくれ。じゃあね」

領主と執事のミンチェルに手を振って転移した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 美女は用意した。料理とお酒も用意した。朝から駆けずり回って、くたくただが準備は完了だ。

 集まった開拓団の連中の面を眺める。

「じゃあ。魔王城に出発だ。領主も来るから、失礼のないようにな」

「エーネ様。本当に魔王城に行くのか?」

開拓団の連中は今はまだ酔っ払っていないから、不安げだ。

「美女は用意したぞ」

「行きます」

一人がノリ良く付いてくると、おれもおれもと付いてきた。結局こいつらはタダ飯と美女には勝てない。

 二人ずつ並ばせて、順番に魔王城に送った。



 開拓団の皆は、初めて見る魔族に始めは腰が引けていたが、今では酒を運んでくれる美女たち――本日のために特別給金で雇った各種族の美女――をだらしない顔つきで見ていた。

 そのだらしない顔つきの男たちの顔を順に眺めながら、声を張り上げる。


「今日は、『東州で米が取れた記念』の宴会だ! 無礼講なので、皆のもの楽しんでくれ!

 あと、男どもに言っておく!

 給仕の美女に失礼なことでもしてみろ、ドラゴンとの1対1の晩飯に招待してやろう! あっ、美女の諸君はもちろん気に入ったのがいれば好きにつまみ食いして構わない」


不公平だぞーとのブーイングが上がるが、無視する。大丈夫だ。今ブーイングを上げている貴様らが美女につまみ食いされることはおそらくない。

「では、今夜は好きなだけ食べて飲んでくれ」



 数分も経てば、慣れた様子で、どんちゃん騒ぎを始めていた。その男たちを避けながら、静かに勇者と酒を飲んでいる領主のところまで移動する。

「やぁ、ウェルス卿。楽しんでもらえているかな?」

「エーネ様。こんな騒がしい宴会は初めてです。もちろん悪い意味ではありませんよ」

いつ裸で踊り始めるかと不安になる男たちを横目に見ながら、領主のこのお世辞が最後まで続けばいいと、神に祈った。

「それにしても、魔族とはいろいろな種族がいるのですね」

「あぁ、今日はそれが分かるように選抜してきたからな。勇者も初めて見るのが多いだろう? 種族ごとに能力も違うんだ」

それぞれ特徴的な尻尾や耳などを持った、魔族領の美女たちを眺める。猫人族のメルメルがたまたまこちらを見つけて、こちらに笑顔で大きく手を振ってくれた。

「エーネ様。肩に乗っているそれは……」

領主が美女から目を離して、私の肩を見た。あぁ、そう言えば領主は見るのが初めてか。

「精霊族のルングとヤッグだ」

私がそう答えると、勇者から驚きの声があがった。

「精霊族? そんなものがいるのか?」

「あぁ。ギルドにも知られていない極秘情報だ。さすがに生息地は内緒だよ」

ルングとヤッグの二人は、そういえば王都襲撃のときにも連れて行ったのに、人族は何だと思っているのだろうか。


「魔王様! そちらの方が……」

声の方を見ると、アーガルとイスカが並んでこちらに歩いて来ていた。

「そうだ。東州領主だよ」

アーガルは、しゃがんで、丁寧な手つきで領主の手を握った。さすが,酒で完全に餌付けされていることだけはある。

「アーガルです。いつも美味しいお酒をありがとうございます」

私に対応するときよりも、よっぽど丁寧にアーガルは領主に挨拶していた。だが、アーガルの魔族語は、領主には伝わらないので私が通訳をする。

「アルフレッドです。お会いできて光栄です」

領主は、鬼人族に手を捕まれていても、いつものように平然とした態度で答えている。領主は、初めて見る鬼人族が怖くないのだろうか。

 アーガルは、そんな領主の手を嬉しそうに握っていたあと、私を見上げた。

「魔王様。わしの部屋の机の上に、酒を一本置いているので取ってきてください」

「了解しました」

やれやれとアーガルの部屋に転移すると、机の上に大きな酒瓶が用意してあった。それを抱えて、元の場所に転移する。

「これは、魔族領の酒でうまいんですよ」

私が持ってきてあげた酒を、領主とアーガルが互いのコップに注いで飲み始めた。

「エーネ様もいかがですか?」

「私は仕事があるからいいよ。じゃあ、一度離れます」


 男たちが使い物にならない今、酒樽を運ぶのは私の仕事だ。美女たちを陰ながらサポートするために、私は転移した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 あれだけ準備していた食事がなくなって、酒ももうわずかしかない。空を見上げると、月が約束の時間を示していた。

「美女の諸君、君たちはもう上がりだ。今日はありがとう。あと、変なことをされたものがいれば、今のうちに犯人を教えてくれ。血祭りにあげておく」

美女を帰すのが遅くなれば、私が各種族の族長に怒られる。酔っぱらいたちに見つからないうちに、美女を順次送り返す。


 それが終われば、今度は倒れてもう使い物にならない男たちだ。

 今日だけで、何度転移したことだろうか――

「疲れた……」

「お疲れ、エーネ」

ユーリスは16歳とまだお酒を飲める歳ではないので、少し申し訳ないけれど、急性アルコール中毒や、喉に食べ物を詰まらせる男が出てくるかもしれないので、念のため待機してもらっていた。

 ユーリスの横に座って、一緒にたき火を眺める。

「エーネ。何か飲む?」

「水が飲みたい」

ユーリスにそう頼むと、ユーリスは近くに落ちていたコップをひろって、水魔法で勢いよく洗ってから、水を新たに注いで私に渡してくれた。

「ありがとう」

ユーリスから受け取った冷たい水をゆっくり飲んでいると――

「おーい、お前ら何をやってるんだ」

顔を上げると、にやにやした顔でA級冒険者のジョッシュが私たちのことを見ていた。


「おい。ユーリス」

ジョッシュが、ぐいっとユーリスに顔を近づける。

「ジョッシュさん。こんばんは……」

ユーリスが、ジョッシュから顔を背けて答えている。

 ユーリスはジョッシュに時々剣を教えてもらっているので、立場上ジョッシュはユーリスの師匠だ。ジョッシュはユーリスの隣にどさっと座って、何かを言いたげに、ばんばんとユーリスの背中を叩いていた。

「おい、魔王よ。こんなところでぼーっとしてていいのか? 今、あっちが面白いことになっているぞ」

「何?」

立ち上がると、たき火の向こうで何やら人垣ができているのが見える。

 念のためユーリスとジョッシュを連れて、その場所まで急いで転移した。



「何があった?」

私がすぐ近くの男に聞くと、男はにやにやしながら私たちが見えるように空間を空けてくれた。

 中心にいるのは、イスカと勇者だ。そのイスカが翼を広げて、何やら人族語で勇者に詰め寄っていた。

「勇者。お願い」

「いや……しかし」

必死そうなイスカに対して、勇者はかなり及び腰だ。今度は一体何を頼んでいるのだろう。

「なぁ、イスカは勇者に何を頼んでいるんだ? 見ていたんだろう」

周りの野次馬にそう聞くと、全員が全員、にやにやしながら、お互い顔を見合わせていた。

「誰でもいい。答えてくれ」

ちょうど、美女がいいと何度も言っていた開拓団の男が目に入ったので、言えとあごで示す。男がおごそかに口を開いた。


「あの悪魔が、『子が欲しい』と」



「……は?」



一万字を超えるので半分で切ります。


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