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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
最終章 未来へと続く道
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51話 魔王、正体がばれる


 聞いてくれ、みんな! ついに、稲が実ったのだ!


 もちろん、ひょっろひょろですけどね? それでも、大洪水で流され、風で根こそぎ倒され、男たちの多くの涙があって、今年でやっとそれっぽいものが見られたのだ。

 感動のあまり、領主にすぐに報告しようとその場から跳んできてしまった。開拓団の皆に目撃されてしまったけれど、『あの変人に変な特技が一つ増えた』くらいにしか思ってくれないだろう。


「やっとですか……」

領主も感動した様子で、椅子に深く座り込んでいる。

「まだほんの少しだけど、来年からはあれを軸に条件を変えて作れば、もっと良く育つはずだ」

「ありがとうございます。エーネ様」

「それはできてから言ってくれ」

へへっと領主の顔を見て、笑った。


 今、育てている稲はあくまで、小さな水田を使って試作をしているだけのものだ。あの沼地はまだまだ広大な土地が、そのまま残されている。この開発をしなければならないし、稲の品種改良も行わなくてはならないだろう。

 米を主食として継続的に手に入れるためには、まだまだやるべきことは山ほどある。

 でもまずは、できることを一歩ずつだ。


「ウェルス卿。今日の報告はそれだけです。また来ます」

「はい。エーネ様――」

領主が私に笑顔で答えた瞬間、部屋の扉が突如開かれて、慌てた様子の兵士が現れた。


「ウェルス様! お話中、申し訳ございません。緊急事態です! 北の空に、ワイバーンが数体――」

それを聞いた瞬間、私は上空に転移した。



 いた! あれだ!

 上空から火の玉を吐いて、民家だろうか――遠すぎてよく見えないが、3体のワイバーンが攻撃を開始しているのが見えた。

 くそ! 定期的に、どう猛な個体は駆除していたつもりなのに……いや、今は後悔していても仕方ない。私はすべきことをしよう。

 遠くに見えるワイバーンをにらみつけてから、私は転移した。


「緊急事態だ。来てくれ」

悪魔族の村に行って、武器を持っている2人――稽古中のミルグレとユメニアの手を掴んで、人族領の空に戻った。

「まずは民家から離せ。村には落とすなよ。行け!」

「あらぁ。了解ー」

ミルグレが堂々と、ユメニアが少し固い背中でワイバーンのいる方角に飛んでいった。


 ユメニアは心配だが、ミルグレがいる。すぐに増援を送らなくても大丈夫だろう。

 下を見ると煙を上げて燃えている民家が見える。その周りで、人族が走り回っていた。


「ルング。ヤッグ」

精霊族の村に転移して、二人に声を掛けると、すぐさま私の両肩に着地した。何も言わずに、今度は鬼人族の村に転移する。

「バスクドはいるか?」

「あっちです」

唯一人族語を話せる鬼人族であるバスクドが、椅子に座って友人と話していた。

「バスクド、仕事だ。酒を出す」

「魔王様?」

「ガルフ、お前も来い」

バスクドとその隣に居たガルフを連れて、煙が上がっていた民家の前に転移した。


 目の前の家と、その両隣、そして数軒はなれたところにある家が真っ赤な炎に包まれていた。そして、炎には包まれてはいないが、倒壊した建物がいくつか見える。

 ミルグレとユメニアが心配だが、二人の姿を確認する余裕はない。

「ルング、ヤッグ、頼む。魔力は好きなだけ使ってくれ」

ルングとヤッグの二人が、私から絞り上げるように魔力を吸って、水魔法を使い始めた。

「バスクド、ガルフ。お前たちは、倒壊した建物の下敷きになっている人を助けろ。人命救助が最優先だ。行け!」

バスクドとガルフの二人が、数人の人が集まって必死に何かを掘り出そうとしているところに走って行くのが見えた。

 目の前の建物に視線を戻すと、建物の真上から洪水のような水が注がれているだけあって、炎の勢いはかなり弱まっていた。私のMPもすごい勢いで減っているが、50くらい残っていればそれで事足りる。


 火が残りわずかになったとき、

「おい、お前。何をしている!」

横から誰かに話しかけられた。顔を向けると、黒色のタグを付けた冒険者がいたが、残念ながら知り合いではなかった。

「火を消している。邪魔をするな」

「あれは、鬼か!? どういうことだ?」

「私たちは人を助けている。お前も突っ立っていないで協力しろ!」

そう言い捨ててから、少し離れた位置にある、まだ炎が上がっている建物の前まで転移した。


 完全には消えていないが、しばらく燃え広がることはないだろう。鬼人族の二人が心配だ。先ほどまで二人がいた、人が集まっている通りまで転移する。

「どうだ?」

二人は顔に煤を付けて、大きな柱を協力して必死に持ち上げているところだった。

「あと少しだ!」

二人が持ち上げた柱の下に、若い人族の男が潜って、何かを掘り出そうとしている。

 私が転移で上のものをどかすと、崩れるかもしれない。そう考えて鬼人族の村まで、さらに増員を呼びに行った。


 4人の鬼が、柱を支える。

「せーの!」

「いいぞ!」

数人の人族が、鬼人族が持ち上げた柱の下から引きずり出したのは、女の子だ。

 引きずり出されたその子の両足が目に入った瞬間、私は息を呑んで、魔王城に転移した。


 中庭にユーリスの姿はない。どこだろう、ユーリスの部屋だろうか。そう思ってユーリスの部屋まで転移したが、ユーリスは部屋にも居なかった。もう一度、中庭に戻って、魔王城全体に聞こえるように声を張り上げる。

「ユーリス!」

大声を出したつもりだったのに、喉から出てきた音は私の内面を写すかのように弱々しい音だった。

「ユーリス……」

お願いだ、どこに居るんだ。早くしないと、あの子が――

「エーネ?」

上から声が聞こえて、見上げると、2階からユーリスが顔を出していた。

「ユーリス、お願い」

「わかった」

ユーリスは、目の前に転移してきた私の顔を見た瞬間、頷いて私の手を握った。



「すまない。どいてくれ」

ユーリスが、周りに居る人たちをかき分けて、しゃがんで女の子の足に手に触れる。ユーリスの手から直ちにあふれる神聖な色の光りを、人族たちが固唾を飲んで見守っていた。

 私がここで見ていても役には立たない。私にはすべきことがある。

「ユーリス、私は行く」

「僕自身の身は、僕が守る。エーネ、行ってらっしゃい」

ユーリスのその言葉を聞いて、鬼人族を連れて、他の壊れた建物に向かった。


 それから、4人を建物の下から助け出したが、残念ながらそのうちの一人は、すぐに息を引き取ってしまった。残りの3人は、ユーリスが治療している。

 町ですべきことはもうない。

「バスクド、ユーリスのことを頼んだぞ」

返事も聞かずに、私は上空に転移した。


 どこだ? 二人はどこに行った……

 何度か転移して、上空から探すが見つからない。必死に跳び回っていると

「魔王様。こっちよ」

声が聞こえた方を見ると、ミルグレが飛んでこちらに手を振っていた。

 ミルグレのところに転移すると、木の陰で見えなかった位置に、三体のワイバーンが首を切り落とされて倒れているのが見えた。その横で、ユメニアが槍を地面に置いて、左腕を押さえている。

「ユメニア?」

「魔王様! 見て、私が一体倒したんだ。でも、ちょっと怪我しちゃった」

ユメニアは笑ってそう言った。

「ユメニア……ありがとう」

私は、ユメニアの手にそっと触れた。



「ユーリス。追加で一人だ」

誰を優先して治療するかは,ユーリスが決めるだろう。

「ユメニア、ここに大人しく座るんだ」

ユメニアの肩を押して、地面に座らせる。


 悪魔族が突然現れたので、さすがに周りの人族は驚いていて、飛び退く人も見える。そんな人たちをキョロキョロと楽しそうに眺めているユメニアの頭を抱く。

「ユメニア。ワイバーンを倒してくれてありがとう。君がここの人たちを助けてくれたんだ」

そう言ってユメニアから離れると、ユメニアは人族を一通り眺めたあと、

「へへへ。どういたしまして」

赤い顔で、照れていた。


 そんなときだ――

「悪魔がワイバーンと、この村を襲った!」

そんな声が、すぐ近くから聞こえた。声を発した人物を見つけた瞬間、魔力が勝手に体からあふれて、男に向かう。男は腰を抜かして、がたがたと震えていた。


 落ち着け。

 皆が頑張ってくれたのに、私がキレていては意味ないじゃないか。私は,一度深呼吸して気持ちを落ち着けてから、口を開いた。

「それは違う。ワイバーンと我々魔族は別のものだ。信じてもらえないかもしれないが、今日私はたまたま遭遇して、魔族にこの村の救助を手伝わせただけだ」

「信じられるものですか。魔族の言葉など!」

今度の声は、別の女性からだ。


 私だけが、そう言われるのはいい。だけど、今回ここには、必死に手伝ってくれて、しかも人族語のわかるものたちがいる。お願いだから黙っていてほしかった。

 さて、私は何て言い返そう。それを考えていたとき――

「おい。魔族のやつらの手は真っ黒だが、お前らアウシア教のやつらはずいぶんと小綺麗なんだな」

一人の若い男が、そんな皮肉を言った。

「娘が助かったのは、あなた方のおかげです。家は壊れてしまったので、何も差し上げられるものはありませんが、本当にありがとうございます」


 私たちに礼を言ってくれたのは、その人たちだけだ。ありがとうの言葉が周囲に広がるなんてことはない――だけど、それだけでよかった。

「私がたまたまここに居て、娘さんを助けられて良かった。あなた方が無事で良かった」

そう言って笑い掛ける。

 斧や鍬を持って追い返される訳ではない。今はただ、それだけで良かった。



 けが人の治療がすべて終わった。大けがをした人が複数だったので、さすがのユーリスも疲労の色が濃い。

「ユーリス。ありがとう」

ユーリスは、しゃがんだ私を見つめて、にこりと微笑んだ。


「じゃあ、皆のもの引き上げよう。手伝ってくれて感謝する。鬼人族の村にはちゃんとあとで、酒を届けるよ」

私がそう声をかけると、皆がわいわいと私のもとに集まってきた。

「あんたは、一体何者なんだ?」

声の主は、一番始めに追い払ったC級冒険者の男だ。さっきまで私たちと共に、人命救助に駆けずり回っていた。


 少し考えて、私たちを遠巻きに見ている人族の顔を見る。もう私は、ここまでのことをしてしまったのだ。

 ポケットから自分の、赤橙色の冒険者タグ――結局最後までE級だった不真面目な冒険者のタグを取り出した。それをC級冒険者の男に渡す。

「これを、東州州都ギルドに返しておいてくれ。『楽しかった。ありがとう』と」

「あ、あぁ」

男は受け取ったタグと、私の顔を交互に見ていた。


 私は、私たちを取り囲む人族の方を向き、皆に聞こえるよう声を張り上げた。

「人族の諸君、私は魔王だ! 君たちは勘違いしているようだけど、私たち魔族は、人族を滅ぼしたいなんて思っていない! アウシア教の奴らと違って、我々の心は狭くない!」

皮肉を言って、少しすっきりした気分で、私は笑った。

「いつか、君たち人族と、仲良くできる日を願っているよ」


 これで、E級冒険者エーネとはさよならだ。「働け」と知り合いに怒られながら、あの町を普通の人のように歩くことは、もうできない。


「さぁ、帰ろう」

後ろにいる魔族たちを振り返った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 魔王城の先端に突っ立って、一人で空を見上げる。

 今日も、星は綺麗だ――

「おーい、エーネ! 僕もそこに連れて行ってくれ」

「ユーリス?」

ユーリスが窓から顔を出して、こちらに手を振っていた。


 自分の足下を見る。もともとここは星を見るために作られた場所ではないため、大人一人分くらいのスペースしかない。ユーリスが小さかったときは、詰めれば座れたが、ユーリスはここ数年でぐんぐん大きくなってしまった。

「ユーリス。さすがに、ここは二人は狭いよ」

「エーネ、お願い」

「……う、わかった。そっちに行くからちょっと待って」

一度ユーリスのもとに転移して、ユーリスに十分近づいてから、ユーリスの手を掴んで、魔王城の先端に戻る。

 やはりぎゅうぎゅうで星を見るどころではない。ユーリスだけを置いて私は下に戻ろうとしたとき、ユーリスがひょいと腰を下ろした。

「エーネはここだ」

浅く腰掛けた状態で、自分の背中側の地面をぽんぽんと叩いた。

「いや、危ないでしょ?」

「動かなければ落ちないって。エーネは落ちても死なないし」

まぁ、そうだけど……ユーリスはそう言って、再び地面を叩いた。ユーリスから漂ってくる無言の圧力に、観念してユーリスと背中合わせになるように腰掛けた。


「ここから見上げるのは、久しぶりだ。ここが……一番綺麗だ」

背中側から聞こえるユーリスの声に、私も空を見上げようとするが、私の方が背が低いので首を曲げるとユーリスの背中を押してしまう。

 うーん、やはり少し不安だ。今日、ユーリスは力をたくさん使ったので、疲れているだろう。

「ユーリス。やっぱり落としそうで不安だから、手を握るよ」

私がそう声を掛けると、ユーリスが体の横に置いていた右の手のひらを上に向けた。そこに、自分の左手をそっと置いて、万一落ちたときにすぐ転移できるように、しっかりと握りしめた。これでよし。


 ほんわかとした熱が背中から伝わってくる。温かい……

 空を見上げると、今日も星は、私たちの気持ちなど気にもかけないように――美しく自己主張していた。



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