47話 魔王、自慢話を延々と聞く
今日はA級冒険者ジョッシュの率いる、魔族領冒険班を迎えに行く日だ。始めは魔族側のメンバーを固定する気なんてなかったけれど、結局いつもの2人――悪魔族のマイカと竜人族のシャクズークで冒険することが定例となっている。
「あれ、いないな」
待ち合わせ場所に来てみたが、誰も居ない。まだ戻ってきてないのだろうか。シャクズークの身を心配しながら、空を見上げたとき、北の方角に狼煙が上がっているのが見えた。
色は赤だ。緊急を示す狼煙の色に、急いで魔王城までイスカを迎えに行ってから、狼煙の上がっていた地点まで転移した。
緊急……
確かに『異常なし』ではないが、何だろうこれ。頭が少し追いつかない。
「魔王様。あれ、ドラゴンですよ!」
目の前でドラゴンが、優雅に空を飛んでいるマイカに向かって、威嚇のポーズを取っている。
ドラゴンだ。あれは確かにドラゴンだ。
だが……小さい。
私たちよりは大きいが、おじいちゃんとは比べものにならないくらい小さい。その小さな白いドラゴンが、小さな翼を広げて精一杯体を大きく見せながら、
「くるのか! くるのか!」
子どものような甲高い声で叫びながら、しっぽをポフポフと地面に打ち付けていた。
かわいい。何だあのかわいさは。反則だろう。
ステータスを見てみると、確かに種族名は『ドラゴン族』になっていたけれど、いかんせん弱い。魔境と言って良いくらいのこの地方で暮らすのには平均ステータス500は心許ないと思うのだが、大丈夫なのだろうか。
マイカから少し離れた位置に静かに立っていた、シャクズークに声を掛ける。
「シャクズークとりあえず経緯を話してくれ」
「かしこまりました。マイカ様が、30分程前に『待っていられない』と勝手に飛び出してしまったのですが、そのときこのドラゴンをここで見つけられたそうです。私が到着したときには、すでにこの膠着状態でした」
マイカはその声が聞こえたのか、こちらを振り返った。
「私が見つけたのよ。凄いでしょ」
「すごい、すごい。大発見だ」
マイカが自慢気に笑う。確かにドラゴンが、おじいちゃん以外にいるとは思わなかった。こんなところに住んでいるとは……
他にも、いるのだろうか。魔王の翻訳機能であのドラゴンの言葉はわかるし、本人に聞いてみよう。
「あのー」
「なんだ、おまえ!」
少し離れた位置からドラゴンに声を掛けると、小さな白いドラゴンがこちらを向いた。
「私は魔王です。君はここで暮らしているの? お母さんは?」
「おかあさん? なんだそれ!」
「他にドラゴンは見たことがある?」
「ドラゴン?」
「ドラゴンとは、君のような姿の生き物のことだ」
「おれは、おれだけだ!」
話がちゃんと通じている気がしないが、恐らくこの子はここで一人なのだろう。どうしようか。
ドラゴンと話す私のことを皆が注目している。
とりあえずおじいちゃんのところに連れて行ってみるか。
「ねえ、君。美味しい食べ物をたくさん用意するから、私に付いてきてくれないかな?」
「いく! おまえいいやつだな!」
『知らない人に付いていってはいけません』などということも知らないこの小さなドラゴンは、嬉しそうに私のあとに付いてきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いたいよー」
目の前で小さなドラゴンが痛そうに頭を抱えている。それを見ている私も、頭を抱えたくなった。
おじいちゃんのもとに転移して、おじいちゃんを見上げたこの小さなドラゴンは、何を思ったのか、いきなりおじいちゃんに頭突きをした。おじいちゃんの防御力は9999だ。そりゃあ、固すぎて攻撃した側がダメージを受ける。しかも頭だ。
大丈夫なのだろうか、この子は。
呆然としているおじいちゃんなど初めて見た。
死にはしないと思うけれど、怪我をしたのは頭だ。ユーリスに頼んで治してもらおうと、ユーリスを呼びに行く。
イスカとアーガルに本格的に鍛えられるようになって、1年半。ユーリスはめきめきと強くなった。あの小さなドラゴンが、仮に噛みついたとしても、大きな怪我にはならないだろう。
「エーネ。どうかした?」
ちょうど中庭で素振りをしていたユーリスがこちらを振り返る。前はいつ見ても女の子にしか見えなかったのに、最近は男の子に見えるときの方が多いくらいだ。
「けが人。それがドラゴンでね。おじいちゃんではなく、小さなドラゴンだ」
「ドラゴン!?」
ユーリスの顔がぱーっと輝く。
「行く。エーネ、行こう」
昔と変わらないその表情に苦笑しながら、ユーリスの手を掴んだ。
「いたいよー」
「治してやるから、じっとしていろ」
ユーリスは、ドラゴンの背を優しく撫でてから、その頭に手を伸ばした。その手が、白く輝き始める。
「ユーリス。他にも悪いところがあったら、治してあげて」
「わかってる」
ユーリスが、しばらくドラゴンの頭に触れて治療してると、うずくまっていたドラゴンがぱちりと目を開けた。
「いたくなくなった!」
そのまま、起き上がろうとするドラゴンを、ユーリスが
「動くな」
と一喝する。その言葉で、あのドラゴンが大人しく、元の体勢に戻った。
頭の怪我の治療は済んだのだろう、ユーリスが手を離した。そして、ドラゴンの体の各所を探るように振れながら、時折その手が白く輝く。
「よし、良いだろう。もう怪我するなよ」
「おまえすごいな!」
ドラゴンがユーリスの周りをぴょんぴょん跳ね回る。「だから、落ち着けって」とユーリスは嬉しそうに小さなドラゴンを振り払っていた。
そのはしゃいでいたドラゴンが急に立ち止まって、私を見る。
「おなかへった」
額に手を当ててため息をついてから、肉を取りに行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小さなドラゴンは私が持ってきた肉にがっついている。その間に、突然連れてきて何も説明していなかったおじいちゃんに、あのドラゴンの説明をする。
「おじいちゃん。あのドラゴン、中央山脈沿いのかなり北の森の中で見つけてね。どうやら、一人みたいなんだ」
そこまで言っておじいちゃんを見上げると、
「久しぶりに、仲間に会った」
おじいちゃんは淡々と答えた。喜んでいるだろうか? 今日は感情が良く読めない。
「でね。ご覧の通り、あのまま一人にしておくのはちょっとというか、かなり心配なんだ。おじいちゃんがよければ、あのドラゴンの面倒を見てくれないかな?」
おじいちゃんは「……わかった」と答えたあと、肉を美味しそうに食べている小さなドラゴンに頭を近づけた。
「小さいの」
「なに!? このにくは、おれのだ!」
小さなドラゴンは、近づいてきたおじいちゃんを警戒するように翼を広げた。あのドラゴンは、あんなに体格差があるのにおじいちゃんが怖くはないのだろうか。いや、単に馬鹿なのか。
「取らないよ」
おじいちゃんは優しく答えた。
「なら、なんだ!」
「小さいの。私と、一緒に暮らさないか」
「なんだと、ここでか!」
「そうだ」
「おれのすみかは、ここではない!」
「頼む」
「どうしてもか!」
「どうしてもだ」
「いいだろう! ならすこし、わけてやろう! すこしだけだぞ」
小さなドラゴンは胸を張って、おじいちゃんに自分の食べていた肉を差し出した。その小さな肉に、おじいちゃんは、ほんの少しだけ口を付けた。
「ありがとう」
おじいちゃんはそう言ってから、再び肉にがっつくその小さな背中を、後ろから見つめていた。
「うまかったぞ!」
「それは、どうも」
小さなドラゴンは肉を食べ終えて、満足げに伸びをしている。そのドラゴンに、おじいちゃんが顔を近づけた。
「小さいの」
「なんだ」
「名前は?」
「なまえって、なんだ?」
おじいちゃんの言葉に、小さなドラゴンのステータス欄『名前: (なし)』を眺める。
おじいちゃんが名前にこだわるとは珍しいと、そんなことを考えていると――
「魔王様に、付けてもらうといい」
おじいちゃんがそんな爆弾発言をこちらに投げてきた。
「わからんが、くれるならくれ!」
そう言いながらこちらに近づいてきた小さなドラゴンを見て、「ちょっと待ってくれ」と声が出そうになる口を、無理矢理押さえつけた。そんなこと叫んでしまったら、このドラゴンの名前が『ちょっと待ってくれ』になりかねない。考えろ。全力で考えろ。この小さなドラゴンはきっと気が短い。
「アルファだ。君の名前はアルファだ」
パッと頭に浮かんだ記号を口に出す。一番という意味もあったはずだ。そう宣言してから小さなドラゴンのステータスを確認すると、『名前: アルファ』に更新されていた。
「アルファか。良い名前だ。良かったな。アルファ」
おじいちゃんが優しくアルファに話しかけている。
「うん、なんだまかせろ!」
よく理解していないらしい、アルファがおじいちゃんを見上げて、笑ったように見えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小さなアルファと並んで、海岸に座りながら、海を眺める。
「まおう。じじいは、すごいんだぜ。こないだな――」
アルファが、おじいちゃんと上手く暮らせているか見に来るたびに、アルファから『おれのじじい凄いんだぜ』自慢を延々と聞く羽目になる。
今日もアルファの話に、「うん、うん」とひたすら相づちを打っていた。
「『おなじように、やってみろ』とか、おれとじじいは、おおきさがちがうんだ! そこをじじいはわかっていない! まおうから、いってやってくれ」
「わかった。あとで伝えておくよ」
アルファからの文句をおじいちゃんに伝えに行くと、今度はおじいちゃんの方から『うちのアルファ可愛いんだぜ』自慢を延々と聞くことになる。
おじいちゃんの方が話は少しだけ短いから、まだマシか――このツンデレな家族め!
しばらく穏やかな波の音を聞いてから、私は立ち上がる。
「よし。行くか!」
今日も幸せそうなおじいちゃんの自慢話を聞きに、私は転移した。




