表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
4章 想い
50/98

47話 魔王、自慢話を延々と聞く


 今日はA級冒険者ジョッシュの率いる、魔族領冒険班を迎えに行く日だ。始めは魔族側のメンバーを固定する気なんてなかったけれど、結局いつもの2人――悪魔族のマイカと竜人族のシャクズークで冒険することが定例となっている。


「あれ、いないな」

待ち合わせ場所に来てみたが、誰も居ない。まだ戻ってきてないのだろうか。シャクズークの身を心配しながら、空を見上げたとき、北の方角に狼煙が上がっているのが見えた。

 色は赤だ。緊急を示す狼煙の色に、急いで魔王城までイスカを迎えに行ってから、狼煙の上がっていた地点まで転移した。


 緊急……


 確かに『異常なし』ではないが、何だろうこれ。頭が少し追いつかない。

「魔王様。あれ、ドラゴンですよ!」

目の前でドラゴンが、優雅に空を飛んでいるマイカに向かって、威嚇のポーズを取っている。


 ドラゴンだ。あれは確かにドラゴンだ。

 だが……小さい。

 私たちよりは大きいが、おじいちゃんとは比べものにならないくらい小さい。その小さな白いドラゴンが、小さな翼を広げて精一杯体を大きく見せながら、

「くるのか! くるのか!」

子どものような甲高い声で叫びながら、しっぽをポフポフと地面に打ち付けていた。


 かわいい。何だあのかわいさは。反則だろう。

 ステータスを見てみると、確かに種族名は『ドラゴン族』になっていたけれど、いかんせん弱い。魔境と言って良いくらいのこの地方で暮らすのには平均ステータス500は心許ないと思うのだが、大丈夫なのだろうか。

 マイカから少し離れた位置に静かに立っていた、シャクズークに声を掛ける。

「シャクズークとりあえず経緯を話してくれ」

「かしこまりました。マイカ様が、30分程前に『待っていられない』と勝手に飛び出してしまったのですが、そのときこのドラゴンをここで見つけられたそうです。私が到着したときには、すでにこの膠着状態でした」

マイカはその声が聞こえたのか、こちらを振り返った。

「私が見つけたのよ。凄いでしょ」

「すごい、すごい。大発見だ」

マイカが自慢気に笑う。確かにドラゴンが、おじいちゃん以外にいるとは思わなかった。こんなところに住んでいるとは……

 他にも、いるのだろうか。魔王の翻訳機能であのドラゴンの言葉はわかるし、本人に聞いてみよう。

「あのー」

「なんだ、おまえ!」

少し離れた位置からドラゴンに声を掛けると、小さな白いドラゴンがこちらを向いた。

「私は魔王です。君はここで暮らしているの? お母さんは?」

「おかあさん? なんだそれ!」

「他にドラゴンは見たことがある?」

「ドラゴン?」

「ドラゴンとは、君のような姿の生き物のことだ」

「おれは、おれだけだ!」

話がちゃんと通じている気がしないが、恐らくこの子はここで一人なのだろう。どうしようか。

 ドラゴンと話す私のことを皆が注目している。


 とりあえずおじいちゃんのところに連れて行ってみるか。

「ねえ、君。美味しい食べ物をたくさん用意するから、私に付いてきてくれないかな?」

「いく! おまえいいやつだな!」

『知らない人に付いていってはいけません』などということも知らないこの小さなドラゴンは、嬉しそうに私のあとに付いてきた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「いたいよー」

目の前で小さなドラゴンが痛そうに頭を抱えている。それを見ている私も、頭を抱えたくなった。


 おじいちゃんのもとに転移して、おじいちゃんを見上げたこの小さなドラゴンは、何を思ったのか、いきなりおじいちゃんに頭突きをした。おじいちゃんの防御力は9999だ。そりゃあ、固すぎて攻撃した側がダメージを受ける。しかも頭だ。

 大丈夫なのだろうか、この子は。

 呆然としているおじいちゃんなど初めて見た。


 死にはしないと思うけれど、怪我をしたのは頭だ。ユーリスに頼んで治してもらおうと、ユーリスを呼びに行く。

 イスカとアーガルに本格的に鍛えられるようになって、1年半。ユーリスはめきめきと強くなった。あの小さなドラゴンが、仮に噛みついたとしても、大きな怪我にはならないだろう。

「エーネ。どうかした?」

ちょうど中庭で素振りをしていたユーリスがこちらを振り返る。前はいつ見ても女の子にしか見えなかったのに、最近は男の子に見えるときの方が多いくらいだ。

「けが人。それがドラゴンでね。おじいちゃんではなく、小さなドラゴンだ」

「ドラゴン!?」

ユーリスの顔がぱーっと輝く。

「行く。エーネ、行こう」

昔と変わらないその表情に苦笑しながら、ユーリスの手を掴んだ。



「いたいよー」

「治してやるから、じっとしていろ」

ユーリスは、ドラゴンの背を優しく撫でてから、その頭に手を伸ばした。その手が、白く輝き始める。

「ユーリス。他にも悪いところがあったら、治してあげて」

「わかってる」

ユーリスが、しばらくドラゴンの頭に触れて治療してると、うずくまっていたドラゴンがぱちりと目を開けた。

「いたくなくなった!」

そのまま、起き上がろうとするドラゴンを、ユーリスが

「動くな」

と一喝する。その言葉で、あのドラゴンが大人しく、元の体勢に戻った。

 頭の怪我の治療は済んだのだろう、ユーリスが手を離した。そして、ドラゴンの体の各所を探るように振れながら、時折その手が白く輝く。

「よし、良いだろう。もう怪我するなよ」

「おまえすごいな!」

ドラゴンがユーリスの周りをぴょんぴょん跳ね回る。「だから、落ち着けって」とユーリスは嬉しそうに小さなドラゴンを振り払っていた。


 そのはしゃいでいたドラゴンが急に立ち止まって、私を見る。

「おなかへった」

額に手を当ててため息をついてから、肉を取りに行った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 小さなドラゴンは私が持ってきた肉にがっついている。その間に、突然連れてきて何も説明していなかったおじいちゃんに、あのドラゴンの説明をする。

「おじいちゃん。あのドラゴン、中央山脈沿いのかなり北の森の中で見つけてね。どうやら、一人みたいなんだ」

そこまで言っておじいちゃんを見上げると、

「久しぶりに、仲間に会った」

おじいちゃんは淡々と答えた。喜んでいるだろうか? 今日は感情が良く読めない。


「でね。ご覧の通り、あのまま一人にしておくのはちょっとというか、かなり心配なんだ。おじいちゃんがよければ、あのドラゴンの面倒を見てくれないかな?」

おじいちゃんは「……わかった」と答えたあと、肉を美味しそうに食べている小さなドラゴンに頭を近づけた。


「小さいの」

「なに!? このにくは、おれのだ!」

小さなドラゴンは、近づいてきたおじいちゃんを警戒するように翼を広げた。あのドラゴンは、あんなに体格差があるのにおじいちゃんが怖くはないのだろうか。いや、単に馬鹿なのか。

「取らないよ」

おじいちゃんは優しく答えた。


「なら、なんだ!」

「小さいの。私と、一緒に暮らさないか」

「なんだと、ここでか!」

「そうだ」

「おれのすみかは、ここではない!」

「頼む」

「どうしてもか!」

「どうしてもだ」

「いいだろう! ならすこし、わけてやろう! すこしだけだぞ」

小さなドラゴンは胸を張って、おじいちゃんに自分の食べていた肉を差し出した。その小さな肉に、おじいちゃんは、ほんの少しだけ口を付けた。

「ありがとう」

おじいちゃんはそう言ってから、再び肉にがっつくその小さな背中を、後ろから見つめていた。



「うまかったぞ!」

「それは、どうも」

小さなドラゴンは肉を食べ終えて、満足げに伸びをしている。そのドラゴンに、おじいちゃんが顔を近づけた。

「小さいの」

「なんだ」

「名前は?」

「なまえって、なんだ?」

おじいちゃんの言葉に、小さなドラゴンのステータス欄『名前: (なし)』を眺める。

 おじいちゃんが名前にこだわるとは珍しいと、そんなことを考えていると――

「魔王様に、付けてもらうといい」

おじいちゃんがそんな爆弾発言をこちらに投げてきた。

「わからんが、くれるならくれ!」

そう言いながらこちらに近づいてきた小さなドラゴンを見て、「ちょっと待ってくれ」と声が出そうになる口を、無理矢理押さえつけた。そんなこと叫んでしまったら、このドラゴンの名前が『ちょっと待ってくれ』になりかねない。考えろ。全力で考えろ。この小さなドラゴンはきっと気が短い。


「アルファだ。君の名前はアルファだ」

パッと頭に浮かんだ記号を口に出す。一番という意味もあったはずだ。そう宣言してから小さなドラゴンのステータスを確認すると、『名前: アルファ』に更新されていた。


「アルファか。良い名前だ。良かったな。アルファ」

おじいちゃんが優しくアルファに話しかけている。

「うん、なんだまかせろ!」

よく理解していないらしい、アルファがおじいちゃんを見上げて、笑ったように見えた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 小さなアルファと並んで、海岸に座りながら、海を眺める。

「まおう。じじいは、すごいんだぜ。こないだな――」

アルファが、おじいちゃんと上手く暮らせているか見に来るたびに、アルファから『おれのじじい凄いんだぜ』自慢を延々と聞く羽目になる。

 今日もアルファの話に、「うん、うん」とひたすら相づちを打っていた。

「『おなじように、やってみろ』とか、おれとじじいは、おおきさがちがうんだ! そこをじじいはわかっていない! まおうから、いってやってくれ」

「わかった。あとで伝えておくよ」

アルファからの文句をおじいちゃんに伝えに行くと、今度はおじいちゃんの方から『うちのアルファ可愛いんだぜ』自慢を延々と聞くことになる。


 おじいちゃんの方が話は少しだけ短いから、まだマシか――このツンデレな家族め!


 しばらく穏やかな波の音を聞いてから、私は立ち上がる。

「よし。行くか!」

今日も幸せそうなおじいちゃんの自慢話を聞きに、私は転移した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ