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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
1章 名無しの魔王
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5話 魔王、配置転換を決意する


「魔王様、今日はどちらに行かれますか」

イスカに聞かれて、私の口は自動的に「平和なところ」と答えた。

 私のその答えを聞いて、アーガルが大きな剣を研ぎながら、「わしはそうなると思ってました」とつぶやく。



「アーガルはどこがいいと思う?」

今日はアーガルに聞いてみる。

「鬼人族は?」

「それは後で」

即座に返すと、がっかりした顔をされた。

 アーガルみたいな暑苦しいやつがたくさんいるような場所は、悪いが本日は却下だ。

「じゃあ犬人族なんてのはどうですかね?」

「それにしよう」

平和的な響きに、「よし」と立ち上がる。

 「どこに居るの?」とイスカに確認して、ちょうど昨日の『人族領 空の旅』で通りかかったところだとわかったので、さっそく二人の腕に同時に触れて転移した。



「ん?」

アーガルが剣を研ぐ体勢のまま、固まっている。そうか、アーガルは長距離の転移は初めてか。

「ここであってる?」

イスカに聞くと、イスカは周囲を見渡して、コクコクと頷いた。イスカの目線の先に、小さな村があった。

「さぁ行こう」

動きのぎこちない二人を連れて、犬人族の村の入り口に向かった。



 村の中に働いている人が見える。おぉ、本当に犬っぽい耳があった。

 村人がこちらに気がついた。私を見て、「ん? 人族? 魔人族か?」とつぶやいたあと、私の後ろに視線が動いた。そこで視線が固定され、カタカタと震え始める。

「悪魔族がどうしてこんなところに!」

その言葉にアーガルが、「はー」と額に手を乗せた。


 アーガルが、手で私たちに止まるように指示した。そのまま一人で前に進み、犬人族の村人に対して少し腰を落として、優しく声をかける。

「わしらは危害は加えんよ。族長を呼んでもらえんか」

村人は、声が出ないのか力いっぱい頷いて、転がるようにかけだした。


 しばらく待つと、年を取った犬人族がこちらにやってきた。さっきの若者とは一転してしっかりした足取りだ。この人が族長だろう。

「私が犬人族の族長です。あなたたちは……?」

そう、私のことが本当にわかっていないように聞かれた。これまで会った魔族には、魔王であることは、即座にばれていた。今回はどうしてだろうと疑問に思ったが、名を聞かれたので正直に名乗る。

「私は魔王。こっちが将軍のイスカとアーガル」

私の発言に、族長は大きく瞬きをしたあと、両膝を付いた。そのまま土下座をしようとしていたので、慌てて止める。

「今日は様子を見に来ただけなので、立ってください」

ぎこちない笑顔でそう声をかけて、族長さんの手を引くと、私の顔を怯えた表情で見ながらも、何とか立ち上がってもらえた。


 犬人族の村人たちは明らかに私たちのことを怖がっているが、族長に村の中を案内してもらう。村人のステータスを徹底的に覗いてわかったが、犬人族の中――特に子どもとか女性――には、私並みに弱い人がいた。

 その事実を知ってからは、村人たちへの『私たち怖くないですよアピール』にも身が入る。



 一日観察してわかったが、犬人族の村は普通の村だった。

 一人一人はそんなに強くない。魔法の使える人なんてほとんどいない。みんなで固まって、協力して、一人一人が一生懸命働いていた。



 そうやって大人しく犬人族の働く姿を見ていたら、私たちの姿にも多少慣れたのか、村人のぎこちなさも徐々に取れてきた。

「族長さん。何か問題はないですか?」

私が村人たちの働く姿を見ながらそう聞くと、族長はためらいがちに口を開いた。

「近年は……収穫期に作物を盗まれて困っております……」

「誰に?」

「もちろん人族でございます」

なんてことだ。しばらく考えて、「本当に人族で間違いない?」と聞くと、

「私たちは鼻が利きますので……」

と、族長は諦めたような口調で答えた。


 他に何か、人族について知っていることはないかと族長に聞くと、何をしているのかはわからないが、ときどきこの辺りで人族を見かけると教えてくれた。


 犬人族の族長には、ひとまず収穫期の季節だけ聞いて、

「何とかするから、少し待っていて欲しい」

とだけ伝えて、その場を離れた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから3ヶ月間、私たちは人族領との国境近くにある大平原の村々を巡っていた。色んな種族に会ってみてわかったが、この辺りの魔族は、魔族の中でも私と殴り合えるくらい弱いのが多い。そして種族数が多い割に、お互いがあまり交流できていなかった。


 人族から定期的に被害を受けている地域があった。羊人族の女の子が片方の角をばっさり切られているのを見た。


 魔王城の会議室の椅子に座りながら、ラウリィの入れてくれた紅茶を飲んで考え事をする。

 私がすべきことなのかとか、最善の方法は何かとか、うだうだ悩むのはもうやめだ。

「配置転換をしよう」

「配置転換ですか?」

急な私の発言に、何でしょうかそれと言った顔でこちらを見る、イスカとラウリィに説明する。


「ここ3ヶ月間見てきて思ったんだけど、人族から被害を受けているのは、人族領との境に住んでいるあまり強くない種族だ。魔族領は土地が足りないわけじゃない。誰も住んでいない平原はたくさんある。人族から被害を受けている種族には、人族領と近い大平原から、人族が来にくい魔族領の奥に移ってもらおうと思う」

「魔王様、お言葉ですが……種族全体で魔族領の奥まで移動するのは大変ではないでしょうか?」

ラウリィの質問に、私は当然だと頷いた。うん。それはそうだろう。普通はそうだ。


 そして彼方を見つめて答えた――

「それは……頑張るんだよ、『私』が……」

別の方法はないだろうかと、ここ数ヶ月散々頭をしぼって結局見つからなかった。

 頑張れ私。MPはたくさんある。


 いつか(きた)る安息の日々を夢見て……私は静かに目を閉じた。



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