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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
4章 想い
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45話 聖女の決意


 あの男はあんなんでもA級冒険者だけあって、優秀だった。人族領では貴重な植物を大量に見つけたり、普段はそのまま捨てていた魔獣の骨や皮の再利用方法を提案してきたり、これらを人族にうまく売ることができたらかなりのお金になるだろう。

 あと、あの男は冒険記録を付けるのが趣味らしく、機密保持のためと預かって見せてもらうと、これがまた非常に面白い。人族から見た、魔族、魔族領――いつかあの男に本を書いてもらいたいものだ。



 領主と行っている東州の沼地開発の方だが、稲を育てる前に、やはりまずは沼地の整地をすることになった。時折夜中にこっそり見に行っているが、この世界には機械がないので歩みが遅い。できるだけ作業が効率的に行えるように、領主と開拓団団長の間の手紙を運ぶのは私が行っているが、米をこの目で見られるのはまだまだ時間がかかりそうだ。

 私の卵かけご飯のために、労働者気力向上として定期的に差し入れを届けている。夜中、皆が寝静まった村の納屋に肉やら麦やらを置いていると、座敷わらしってこんな気分かな……と考えてしまう。


「ウェルス卿。こんばんは」

「エーネ様。ご無沙汰しております」

領主の部屋に転移すると、領主はいつも通り仕事をしていた。最近は、執事さんも慣れたのか、突然転移してくる私を見ても驚かなくなった。


「あちらで何かありましたか?」

「今日は沼地開発の話ではないんだ。今日の用事はこれだ」

そう言って、足下に置いた大きな木箱を指さす。箱を開いて、中に入っている物をひとつ掴んで領主に見せる。

「この石、魔族領に大量にあるんだけれど、君たちのところでは貴重品なんでしょ? 雇った冒険者が教えてくれたんだ」

この石は魔力保持能力が高いらしく、人族は加工して魔力灯などの材料に使うそうだ。軍事転用されては困るため、わざわざ小さいのしか持ってこなかったが、ジョッシュ曰くこんな小さいものでも、日常生活の役に立つため高値で取引されるらしい。


 椅子から立って、こちらにやってきた領主は私の持ってきた箱の中をしげしげとのぞき込んでいる。

「はい。それはとても貴重なものです。魔族領ではそんなに取れるのですか?」

「取れると言っても、ドラゴンの住処を越えて行かなければならないところだから、人族が取ってくるのは不可能だけどね」

おじいちゃんが、小さな生き物に手出しをすることは基本的にないが、そういうことにしておこう。

「それでだ。ウェルス卿、私にはこれを売りさばく伝手がないから、私が売ろうとすると買いたたかれるだろう。それで頼みなんだが、私の代わりに売りさばいてくれないか。それだけの数一気には売れないだろうから、面倒賃込みで仲介手数料は3割。冒険者を使うと言う案は君が出したから、そこからの取り分は半々にしよう」

「エーネ様。それは頂きすぎです」

納得できなくもない理由はこちらで用意したが、やはりこの領主は簡単には受け取ってくれないか……

「うーん。では取り分そのままで、追加の頼みとして、酒を集めてくれないか?」

「お酒ですか?」

「私の部下に、酒好きの男がいてね。その男の頼みで以前飲んだ幻の一本を探していて、魔族領は全部探したと思うんだけれど、該当物が見つからなくってさ。人族領でも、これまで少しは探したんだけれど、私では高級な酒は手に入らないから、代わりに集めてもらいたいんだ。ウェルス卿なら色々と手に入るだろう?」

「エーネ様。それは構いませんが、お日にちはいつごろまででしょうか」

「私の部下はそう簡単にはくたばらないから、いつでもいいよ」

私がそう言って笑うと、領主はなぜか私に丁寧に礼をした。


「エーネ様。では、契約の証として、一本お渡ししておきます」

領主は、そう言って立ち上がり、部屋に美術品のように飾られていた、お酒を丁寧に両手で持った。

「えっ? これ、ものすごく高価なものじゃないの?」

「それを部下の方にお味見頂いて、ご感想を頂いてきてはくれませんか? そこから探されているものを調査いたします」

領主は私の質問には答えずに、流れるような動作で執事に命令してラッピングをさせてから、そのお酒を私に押しつける。

 こんな高そうな酒を、アーガルがいいのだろうか……だが、領主のこの顔は――貴族の顔だ。

「ウェルス卿、ありがとう。味わって飲むようにいいます」

「はい。それが、目的の品物に近ければ良いのですが」


 私は、今日私が領主にあげた物を、領主が自分のために使ってもいいと思っている。私は領主に借りがたくさんあるし、領主は身を粉にして東州のために働いているのだ。それくらい、いいじゃないか。

 だけど、この人はそんなことを頼んでもしてはくれないし、きっとついでのように頼んだ酒集めも一生懸命してくれるのだろう。

 周りの人からすると少し寂しいけれど、それが――この人なのだ。

「じゃあね。ウェルス卿」

「はい。エーネ様」

ばいばいと手を振ってから、私は転移した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 沼地開発、冒険者を使った魔族領探索、人族王都の動向把握、ゴブリン退治や国境警備隊の送り迎え――そんな毎日を繰り返すうちに、季節は流れるように過ぎっていった。

 白い花畑を毎年眺めるたびに、もう一年が過ぎたのかと驚いてしまう。

 この花畑で見送ったマーシェは去年東州の学校を卒業して、本当に研究員として王都に行ってしまった。たまに休みの日に会うと、もうマーシェはすっかり大人になったと実感する。アーガルに肩車されるあの小さな姿はもう見られないけれど、最近あったことを面白おかしく話してくれるマーシェに会うたびに、今が一番魅力的なのではないだろうかと――私は毎年、性懲りもなく考えてしまう。


 そう、子どもだったマーシェは大人になった。

 今度は、ユーリスだ。

 私が7歳のときに人族領からさらってきたユーリスは、ついに12歳――人族にとって、自分の将来の年齢を決める重要な歳になってしまった。



「エーネ! 絶対に嫌だ!!」


 輝く金色の髪を後ろで1つにくくった少年が、宝石のような緑の瞳を爛々と輝かせてこちらを睨んでいた。

「ユーリス、聞いてくれ――」

「僕はさっきから嫌だって言っている! 僕はここに居たいと言っているのに、エーネはどうして出て行けなんて言うんだ!?」

「出て行けなんて、言っていない。ただ、そのもう少しよく考えてみてくれ……君は人族なんだ」

ユーリスは傷ついた顔で私の顔を見てから、口をつぐんで下を向いた。それを見て、言葉を間違えたと、慌てて訂正する。

「ユーリス。人族だから仲間外れとか、出て行ってほしいと思っているとか、そういうことじゃない。でも、君がこれからもこの魔王城にいると決めることは、人族と距離を取るということを決めるということなんだ。

 私は、その……君の人生にとって、大事なことについてもう少し考えてほしいと、そう言いたいんだけれど……」

「考えろってさ……」

ユーリスは下を向いたままそう呟いたあと、ゆっくり顔を上げて私を見た。

「エーネは、エーネは、僕にあの場所に帰れって言うの? 窓から空を眺めることさえ滅多にできなかった、あんな場所に!?」

ユーリスが、目に涙をためて、私を挑発するように睨んだ。

 ユーリスのその表情と、ユーリスに隠していることが頭に浮かんで、今度は私が口をつぐむ。


 ユーリスが、「あんな場所」と言っている王都にあるアウシア教の大聖堂。あの場所に、かつてあったユーリスの部屋はもうなくなっている。

 ユーリスのお友だち救出大作戦――ぬいぐるみを取り返すため、4年以上かけて送り込んだ内通者が、そう伝えてくれたのは3ヶ月前だ。ユーリスのわずかながらの私物も、保管されることなく、すでに廃棄されていた。


 私は、それをユーリスに伝えることができなかった。


「大聖堂に帰れと言っている訳ではない。その……」

「エーネは、僕が普通の村で暮らせるとでも思ってるんだ? 聖女の僕が!」

ユーリスが、聖女だからと言う理由でさらってきた私が、その質問に答えられる訳がない。


 私は、ユーリスに出て行ってほしいなんてまったく思っていないし、できることなら、ここに居てほしいと思っている。ユーリスが聖女だからという理由は、その……もちろんある。私は魔王だ。ユーリスの力があれば、たくさんの魔族を助けられる。


 だけど私は、こんなこと考えるのは無意味かもしれないけれど、たとえユーリスにそんな力がなかったとしても、ここに居てほしいと思う。ユーリスがここを好きだと言ってくれるならば、私はその居場所をいくらでも用意しよう。もし世界が、だめだと言ったとしてもだ。

 それくらいのことはできる。だって私は魔王だから。



 ユーリスがここに居たいと思ってくれているのならば、私たちの思いは同じはずだ。なのにどうして、今、目の前でユーリスは悲しい顔で怒っているのだろうか。

 いや、そうじゃない。どうして私は、ユーリスにそんな顔をさせてしまっているのだろうか。


 私が考え込んでいる間に、ユーリスはいつの間にか窓を開けて、窓枠にもたれかかって、一人で空を見上げていた。

「ユーリス――」

私の思いをちゃんと伝えよう。そして、一緒に考えようと、意を決してユーリスに声を掛けようとした瞬間、ユーリスは窓枠にひょいと飛び乗った。そして窓枠に足を掛けたままの体勢で私を振り返る。

「エーネ、僕はここにいる。僕がそう決めたんだ!」


 ユーリスはその言葉のあと、窓から消えた。


「ユーリス!!」

膝を打ち付けるくらい窓に突進して、窓の外を見ると、窓から数メートル下に、ユーリスをお姫様抱っこしたイスカがいた。


 よ、良かった……


 ユーリスも分かっていて飛び降りたのだと思うけれど、心臓が止まるかと思った。そのユーリスは、今イスカの腕の中で相変わらず私を睨んでいる。

 ふーっと息を吐いてから、

「イスカ!」

こっちに来いと、イスカに呼びかける。

 それと同時にユーリスが、「イスカ。行こう!」とイスカの腕を引く。

「ねぇ、イスカ、お願い!」

ユーリスのその必死な声に、イスカは盛大に戸惑って私とユーリスの顔を、何度も交互に見たあと――

 森の方角に飛んで行ってしまった。


 イスカめ……迷った末に、裏切りやがったな……


 もういい。

 私も、常識だとか、正論だとかそんなことは捨てて、自分に正直になるぞ――だって、私は魔王なのだ。


 信頼する部下に裏切られてしまった私は、なぜか満ち足りた気分で、どんどん小さくなるイスカとユーリスの姿を、窓枠にもたれかかって見えなくなるまで眺めていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ユーリスとイスカは随分遅い時間になってから帰ってきた。すっきりとした顔つきのユーリスが私の前に堂々と立って口を開く。

「エーネ。僕は、聖女だ。聖女の役割は、皆を癒やすこと。

 僕が人族領で暮らそうとすると、アウシア教の人は僕を利用するためにきっと僕を捕まえる。そんなことをされると、僕は誰も癒やすことなんてできなくなる。だから、僕はここにいる」

「うん」

子どもなどでない。真面目に自分の人生について考えた、一人の人間の決意を真剣に聞く。


「僕は、今は守られてばかりだけど、僕が自分の身を、自分で守れるくらい強くなれれば、他の人を癒やすことのできる僕は、きっとこの世界で最強だ。

 エーネ。僕は強くなる。

 今、僕が癒やすことができるのは魔族だけで、それも守られながらだけど――いつか僕は強くなって、人族も癒やせるようになる。だからエーネ、それまでここに居させてください」

ユーリスは、そう言って頭を下げた。

「ユーリスが自分の意思で決めたことなら、私はもちろん歓迎するし、手伝いもするよ。ユーリス、これからもよろしくね」

もう小さくはない――大きさだけだったら私と同じ大きさのユーリスの手を握ると、ユーリスは花開くように笑った。



 小さな手で必死に私の手を引っ張る、あの小さなユーリスはもういない。

 でも、今が一番輝いているんじゃないかなと――私は、今日も懲りずにそんなことを考えていた。



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