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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
4章 想い
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44話 魔王、冒険者と交渉する

 執務室の窓から外を見上げると、見えるのは一面の茜色だ。

 「ふー」っと、背伸びをしてから、パタンと机に手を降ろす。

「迎えに行くか……」

立ち上がって真っ黒のローブを羽織り、国境警備隊との待ち合わせ場所に転移した。



「お疲れ――」

転移して、珍しく既にその場に待機していた担当の二人に声を掛けた瞬間、鬼人族の陰に隠れて、それまで私の視界に入っていなかった人影が、鬼人族を振り払って走り出した。

 鬼人族のガルフは、何かされたのだろうか。右手で、自分の左手を押さえている。

「ガルフ、怪我!?」

「魔王様。すみません、油断して逃がしました。かすり傷です」

国境警備隊には、今度冒険者を捕まえたら、叩き返さずに捕らえておくように頼んでおいた。さっき逃げ出した男は恐らくそれだろう。


 ガルフの傷を見せてもらうと、そこまで大きな怪我ではないが、手のひらがぱっくり切られていた。これは痛い。

 魔王城に転移してユーリスを探す。ユーリスは食堂で、一人勉強をしていた。

「ユーリス。今からけが人を連れてくるから、頼む」

「エーネ! 大丈夫?」

「それほど大きな怪我ではないが、頼む」

国境沿いまで、ガルフを迎えに行く。ユーリスのもとまで送り届けてから、私は急いで国境沿いに戻った。

 さっきまでいた悪魔族のマイカの姿が見えない。頭上を見上げると、空高くに飛んでいるのが見えた。

「どこに行った」

「あっち」

マイカの目の前に転移すると、マイカは上空で私の腰をキャッチしてくれた。マイカが指す方向を見ると、広い平原のど真ん中を走っている男が見える。

「マイカ。準備はいい?」

「もちろんよ、魔王様」

顔は見えない。だけど、悪魔族の中でもイスカの次くらいに強いマイカが、今艶やかに笑っているだろうことは見なくてもわかった。



 突如進行方向に転移してきた私たちを見て、男が舌打ちをしながら足を止めた。

 フードを深く被った私の前で、翼を開いたマイカが槍を持って、低空飛行している。

「ついてねーな。何なんだよ今日は!」

男はマイカからは目を逸らさずに、「ケッ」と文句を言いながら、片手で腰に付けたポーチの中をごそごそと漁っている。

 ポーチを漁る男の手が止まったあと、男はポーチの中に手を突っ込んだまま

「さぁ、かかってきやがれ!」

と叫んだ。

「マイカ、待て」

マイカはパメラの語学教室で人族語を学んでいるので、男が何を言っているのか多少は分かるはずだ。1対1では確実に負けないだろうが、猪突猛進してマイカが罠にはめられたりしないように、慌てて止める。


 あの腰に着けているポーチは何だ? どう見ても、怪しい。しかも、あの無精ひげの生えた男のことを、ギルドで見たことがある気がする……

 それに、さっき男が逃げるときに私はフードを被っていなかったので、そのときに男に顔を見られた可能性がある。この男はできれば逃がしたくはない。


 よし、今日くらいは私が働こう。

「マイカ、今から私はあの男の後ろに転移する。私が転移したことが分かれば、人族語であいつの気を一瞬引いてくれ。話は何でもいい」

マイカに小声で伝えると、「まかせて。魔王様」と自信満々な返事が小声で返ってきた。


 マイカは強い。私の気配など、見なくても感覚で分かるだろう。

 マイカの広げた翼に隠れるようにゆっくり移動してから、再転移ができるまでの時間を計算に入れて、男の真後ろ、やや上方に転移した。


「ねえ、私といいことしよう?」


転移してマイカのそんな声が耳に入った瞬間、男の肩がびくっと動くのが目に入る。

 衝撃を吸収するように、足を軽く曲げて静かに地面に着地したあと――

(だるまさんが、ころんだ)

心の中でつぶやきながら、私の方を振り返りつつある男の首に触れた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……えっ?」

男が気の抜けた声を発した。



「……あ、……う、うわぁー!!!」

男の絶叫が続く。


 高度数千メートル、空の旅へようこそ!


 男にそんな余裕はないと思うけれど、再転移が可能となるまでに斬られないように、男の広い背中を蹴って距離を取る。私の足が男の背中に着いた瞬間、男が叫ぶのを止めた。

「助けてほしければ、装備を捨てろ!」

声を張り上げて、男に伝えてから、「じゃ!」と言い残して、私は一人で跳んだ。


「おじいちゃん! 緊急事態なんだ。手伝って!」

「おお、魔王様」

おじいちゃんに抱きついて、再び平原に転移する。もたもたしていると、助ける前に男が地面に突っ込んでしまう。

 空を見上げると、男がすごい速度で落下してきているのが見えた。それは分かるのだが――


 やべえ、装備を捨ててるかどうかなんて、小さすぎてわかんないや。


「……おじいちゃん。とりあえずあの男、殺さないように拾ってきてくれないかなぁ……?」

おじいちゃんが、翼を広げて上空に舞い上がり、風で器用に受け止めるのを、私は地面に突っ立って眺めていた。



 男が地面に両手を突いて、ぜえぜえと息をついている。その男に、私は警戒しつつゆっくり近づいた。

「大丈夫?」

「……人族語?」

男が勢いよく顔を上げて、私を見上げてポカンと口を開けた。ゆっくり上がった男の指が、私をぴたりと指す。

「お前は、一向に働かない新人!」

自分の頭にペタペタと触れると、いつの間にか私の被っていたフードは取れていた。


 どこか見たことがある気がしていたが、やはりこの人、同じギルドの人だったのか。しかも、首に輝くのは金色のタグ――あのギルドに2人しかいないA級だ。そんな雲の上の人に、顔を覚えられているとは!


「ばれてしまったからには仕方ない。ギルドで仕事をせず、ただ本を読み漁るE級冒険者エーネは仮の姿――私は魔王エーネだ!」


 厳密に言うと、一度だけ薬草採りの仕事に行ったことがある。あんなに疲れたのに、ギルドで二束三文のお金しか受け取れなかったときには、世間の厳しさと言うものを痛感した。そして、魔法訓練では「魔力はあるけど、才能がない」と、先生に悲しい現実を突きつけられた。


「お前が魔王なわけ――」

男はそこまで言いかけて、おじいちゃん、マイカ、イスカ、アーガルといった己を囲む面々を見て「いや、いい」と諦めたようにうつむいた。

 そして、男は一度ゆっくり空を見上げたあと、己の拳を地面に打ち付けた。


「俺はこんなふざけたやつの手にかかって死ぬのか……神様あんまりじゃねーか」


 腰のポーチはもちろんのこと、胸当てや剣など、すべての装備を捨て去って薄手のシャツとズボン一丁になった男は、さめざめと泣き始めた。


 ギルドの中では超一流のA級冒険者のその様子を見て、さすがの私もなんだかかわいそうになってくる。

「私の頼みを聞いてくれれば、別に殺さないよ……?」

「ほんとか! 聞く、聞くぞ!」

男が地面を這って、私の足下にすがりつくように近づいてきたその瞬間――マイカの槍が私の視界を切るようにぐるりと半回転し、その槍先が、男の顔すれすれの位置に突き刺さった。

「どうして動く?」

「あ、はい。すみませんでした」

男が元の位置まで戻った。


 背筋よく座っている男を見下ろしながら口を開く。

「私の頼みは、あなたにとっても悪いことではないはずだ。あなたに頼みたいのは、魔族領の調査だ。魔族領は未開の地が多い。どんなものがあるかを、あなたに調査してもらいたいんだ」

「そんなことで、助けて貰えるのか?」

男は半信半疑といった顔で私を見上げている。

「そうだ。ただし、どんなに高価な物を見つけても、私の許可なく魔族領のものを持ち帰ってはいけない」

「おい。それはあんまりだろ。何のための冒険だ」

当然のごとく文句を言ってきた男を、私は静かに見つめ返す。

「あなたが、私に協力することで見られる世界は、こんな魔族領の入り口ではない。魔族領の最奥、まだ人族が到達していない地点だ。

 てっきり、私はあなたたち冒険者という生き物は、そんな未知なる世界を見るためだったら、他には何もいらないのだと思っていたのだけれど、案外現金なんだね――」


 そこまで言ってから、小さく首をかしげた。

「そっか……じゃあ、世界にお別れの挨拶は済ませた?」

「わかった! やります! やらせていただきますよ!」

男がやけくそ気味でそう宣言したあと、「くそー、いいじゃねーかそれくらい」と、ぶつぶつ文句を言った。

「魔族領でお宝が取れることがわかって、人族に大挙して来られると困るからね。そこはごめんね。あと、ちゃんと給金は出すよ」

男にそう伝えてから、魔王城の執務室までこのために準備していたものを取りに行く。


「はい、これ契約書。破ったら、そうだなぁ、私はあなたの命なんてものは別にいらないから……あなたの足をたたっ切ることにするよ」

男は一瞬固まったあと、空を見上げてため息をついてから、「わーったよ、わかりましたよ!」と自分の名前を――『ジョッシュ』とサインした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ジョッシュは装備を拾ってくるまでの間、ずっと文句がありそうな顔をしていたけれど、調査対象地――魔の山のすぐ近くまで、転移で連れて行くと機嫌を直した。

「じゃあ、ジョッシュよろしくね」

「あぁ、任せろ! 魔王」

初めて見る景色を、子どものような顔で、落ち着きなく眺めている。そして、

「それにしても、魔王様よ……男はいらん!」

ジョッシュは、武人のように静かに側に待機している竜人族を、ぶしつけな目で見ていた。


 ジョッシュ一人だけにすると、魔族領最強生物である魔族に退治されかねないので、見張りも兼ねて護衛を付けることにした。人族語が話せて、戦力として申し分のないマイカが「私がやるわ。面白そうだもの」と協力を申し出てくれたので、マイカに任せるのは決まりとして――悪魔族とA級冒険者などというはちゃめちゃなパーティーにするのは心底不安なので、お目付役として真面目な竜人族を付けることにした。


 私は呆れながら、ジョッシュの顔を見た。

「悪魔族、怖がっていなかった?」

「それはそれ。これはこれだ」

ジョッシュはなぜか「ふふん」と自慢気に答えた。

 悪魔族は、強くて美しく、見ているだけなら最高なのだが――

「数日一緒に過ごせば、私の思慮深さに、ひざまずいて感謝することになるだろう」

そうジョッシュに言い捨ててから、今回のパーティーで唯一頼りとなる竜人族のもとまで転移で移動する。


 竜人族のシャクズークは、現れた私を見て礼をした。

「魔王様。今回は、私をご指名いただきありがとうございます」

「いやさ、大変だと思うけれど、マイカの暴走を止められるのは君だけだ。頼むよ。あと、危険なことになった場合は、自分の身を優先してくれ。その辺は契約書にきっちりと書いたから大丈夫だ」

「最善を尽くします」

シャクズークは私に向かって恭しく礼をした。


 小学生のように、はしゃぐ二人の横に、竜人族が静かに立つ。

「3日後に、またここで! 気を付けてねー! シャクズーク頼んだ!!」

頼りになる部下にすべてを丸投げしたあと、手を振って3人を見送った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 3日後、約束の場所に転移すると、3人は座って待っていた。

「お待たせ」

ジョッシュは疲れた様子だが、マイカは元気いっぱいで、シャクズークは今日も涼やかな顔をしている。とにかく、3人とも怪我はなさそうだ。

「シャクズーク、ありがとう。君のおかげだ」

「勿体なきお言葉でございます」

シャクズークからは、何の苦労の陰も見えないけれど、きっといろいろな彼の血生臭い努力があったはずだ。そんなことをしみじみ考えていると、

「魔王様、見て。変なものをいろいろ見つけたわ」

マイカが軽々と背負った特大サイズのリュックの中から、石やら花やらを取りだして見せてくれた。悪魔族的感覚で取ってきたものの中に、本当に価値のあるものがあるかはわからないけれど、悪魔族が大喜びで群がる様子が目に浮かぶ。

「あぁ、お土産に持って帰ってあげるといい。皆、喜ぶだろう」

「そうするわ」

マイカが、子どものような顔で笑った。


「で、ジョッシュ。君の方はどう?」

ぼーっと座っていたジョッシュに話しかけると、ジョッシュが「魔王!」と私を見ながら、私の手を掴んだ。

「世界は広かった。広かったんだ……」

嬉しそうだけれども、激しい疲労が浮かぶその顔は、何があった……

「魔王。見つけたものについて、あとで説明してかまわないか? 先に……休ませてくれ……」

「うん、わかった。休んでからで構わない」

「あと頼みなんだが、あの悪魔に人族語を教える前に、人族についての常識を教えてくれ……俺たち人族は危険なものを食べれば死ぬし、一度に20体もの魔獣は相手できない」

「あ、うん。教育担当者に伝えておきます」

現場から貴重なご意見を頂いた。あとでパメラに伝えておこう。



「じゃあ、皆、送るよ」

私がそう声を掛けると、ジョッシュが立ち上がって、シャクズークの方によろよろと歩いて行って、そのままがっしりと抱擁した。

「シャクズークの旦那。俺が、生きてここにいるのは、あなたのおかげです」

ジョッシュの魂からの言葉を、シャクズークに翻訳してあげると、シャクズークは「あ、はい」と困っていた。竜人族が困っているところを、私は初めて見た。


「はい、帰るよ!」

よろよろとシャクズークから離れた生気のないジョッシュの手に触れて、魔王城まで転移した。



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