37話 魔王、勇者に会う
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
イスカは腰に差している剣を確認するように、さっきからやたらと剣に触れている。
「あのさ、斬り合いに行くわけじゃないからね?」
「えっ? 分かっていますよ。魔王様」
始めの「えっ?」は何だ。むすーっとした顔でイスカの顔を見上げると、イスカは「わかっていますよ」と言いながら私から目を逸らした。
「じゃあ、ほんとに行くよ。イスカ、アーガル」
「はい!」
「魔王様。任せてくだせぇ」
いつも通りの二人を連れて、勇者と待ち合わせした、王都近くの丘の上に転移した。
勇者が、木立の影にたたずんで、木の上にいる白い小鳥を見ている。
勇者が転移してきた私たちに気づいて、私たちの方に顔を向けた。
「勇者。ずいぶん早く来たんだね?」
私たちは前と同じように、待ち合わせの2時間くらい前に来た。時間は間違っていないよなと空を見上げるが、日が真上に昇るのはまだまだ先だ。
「あぁ。お前たちもずいぶん早いんだな」
「まあね」
なぜかいきなり対峙する形になってしまった。
それにしても、勇者は一人だけのように見える。「イスカ」と一言声をかけると、「誰もいません」と小声で返事が返ってきた。
「勇者。今日は一人で来たの?」
「見てのとおりだ」
どういうつもりだ? 私たちよりかなり早く来たことと、何か関係があるのだろうか。頭の片隅には留めておこう。
「ふーん。まぁいいか。呼び出して悪かったね。早速、始めようか。椅子を取ってくるよ」
今日はイスカとアーガルの分も、会議室まで椅子を取りに行った。
「アーガル、勇者のとこに置いてきて」
そう言ってアーガルに椅子を一つ渡す。お互い静かににらみ合ってはいたが、アーガルは勇者の側に椅子を置いて、何事もなくこちらに戻ってきた。
勇者も椅子に座ったので、まずは礼を言う。
「レグルスト。2年前は私との約束を守ってくれてありがとう」
「魔王。私からひとつ確認したいことがある」
「何?」
割り込むように口を開いた勇者を見ると、勇者が2年前と変わらない風貌で、まっすぐ私を見ていた。
「魔王。君の目的には魔族だけではなく、『人族を殺さないこと』も入っていたのか?」
何てことをいきなり聞いてくるんだ、この男は。悪いことではないはずなのに、その目の真剣さに、何だか自信がなくなってきた。
「まぁ……そうだ。一応」
「魔王。感謝する」
その言葉にぎょっとして、反射的に言葉が出る。
「勇者。君は、立場的に謝っちゃいけないだろ!」
心底驚いている私とは対称的に、勇者は至って冷静に私を見ていた。
「魔王。私には歴史に詳しい知り合いがいる。その知り合いが、先の戦いについてこう評価していた。
魔族と人族の、数千年にも及ぶ長い戦いの歴史の中で、人族が魔族領に侵攻し、その死者がたった2人で済んだのは、まごうことなく今回が初めてだ。目的を持って、それを成したのであれば、その行動は賞賛に値する――と。
私もそう思った。だから礼を言った」
こんなところで感謝の言葉を聞くとは思わなかったので、やけに落ち着かない。
素直にその言葉に喜ぶ気持ちと、そもそも人族が魔族領を攻めなければこんなことにはならなかったんだと文句を言いたい気持ちで――私は頭がぐちゃぐちゃになって、結局何も言えなかった。
「それで、今日の用件はなんだ」
勇者にさっきから会話の主導権を握られている気がする。動揺している場合じゃないなと気持ちを切り替えた。
「今日は、君に聞きたいことがあってさ。東州の領主ウェルス卿はどんな人だい? 庶民の間の評判はそれなりに良いけれど、会ったことがある君に直接聞こうと思って」
東州領主ウェルス卿は、前回の魔族領侵攻の際に総指揮官をしていた人だ。勇者が王都に引き返すにあたって、当然、勇者と何らかの話をしたはずだ。
「ウェルス卿――アルフレッド様は大貴族の中では珍しく、立派な方だ」
勇者が断言した。珍しくって何だ。
「東州のことを大事にされている?」
「当たり前だろう。東州の現状について、一番悩まれているのはあの方ご本人だ」
勇者はアルフレッド様について無礼な質問をする私に怒っているようだ。勇者の反応は想定していたよりも遙かに良いな。
「へー」
私がその反応ににやにやと一人で喜んでいると
「魔王。アルフレッド様に何をする気だ!?」
勇者が腰の剣に手を当てて、私を睨んだ。
「違うよ。落ち着いて。その逆さ。私は、魔族領に一番近い東州が豊かになるように力を貸すつもりなんだ。そのために、ウェルス卿が協力的かを今日は聞きたかったんだ」
笑って言う私に、「は?」と勇者が固まった。
「勇者。これまでの君の反応からして、恐らく東州領主ウェルス卿は私の話を聞いてくれるだろう? 何も聞かずに、いきなり叩き帰したりはしないはずだ」
「あ、あぁ。そうだと思う」
「じゃあ、会いに行ってみるよ」
「待て!」
勇者が立ち上がる。
「さすがに準備をするから、今からは行かないよ?」
「私も行く。アルフレッド様お一人で、魔王に会わせる訳にはいかない」
「勇者。君は王都から出れないんじゃないの?」
私の言葉が図星だったようで、勇者は忌々しそうに横を向いた。
「それにだ。ここから私と競争した場合、どう考えたって私の方が先に着く」
「魔王。その能力で、私も一緒に運べないのか?」
「勇者……その、本気?」
勇者にとってアルフレッド様は、そんなに大事なのだろうか――
「可能か不可能かで言ったら可能だ。だけど、君の手を掴んだ私がどこに跳ぶかなんて、君にはわからない。君を殺す方法なんていくらでもあるよ」
そんなこと説明しなくても分かっているだろうけど、念のために忠告をする。勇者は苦渋に満ちた顔で悩んでいた。
まぁ、東州領主ウェルス卿にとっても、魔王が突然押しかけるよりも、顔見知りの勇者がいた方が話は早いだろう。私にもかなりのリスクが生じるが、勇者には世話になったし、勇者の気持ちを尊重しよう。
「勇者。私にも準備があるから、明日またここに来るよ。ウェルス卿のところに一緒に行く気だったら、明日もここに来てくれ」
「わかった」
相変わらず物語のように整った顔で、眉間に皺を寄せて悩んでいる勇者様を見ながら、椅子から立ち上がる。
「じゃあ、レグルスト。また明日ね」
「待て。魔王、私からも話がある」
勇者の言葉に、足を止める。
「何?」
「聖女様はどうした」
やはりその質問か……
「今日は私たちがいないから、送れと言われて、近くの村まで送ったよ。今頃、友だちと遊んでいるんじゃないかな?」
「友だち? 聖女様に友だちが?」
ユーリスに友だちがいたら悪いのかと、勇者を睨んだ。犬人族だけど、そんなの関係ないだろう。
「ユーリスは,ああ見えてかなり足が速いから、人気者なんだぞ」
「ユーリス?」
「聖女様の名前だよ」
「聖女様に名などなかったはずだ。魔王が付けたのか?」
勇者の言葉に、再びむっとして勇者の顔を見る。
『ユーリス』は、彼自身の名前だ。誰が付けたのかは知らないけれど、きっと大切な名前だったはずだ。けれども、勇者にそんなことを言う訳にはいかないので、勇者には「そうだ」と嘘をついた。
「魔王。そもそもなぜ聖女様を連れ去った」
「聖女にドラゴンの怪我を治してもらいたかったんだ」
私の言葉に、勇者は険しい表情に変わった。
「ドラゴンとは、以前王都を攻めたあのドラゴンか?」
「そうだ。あのドラゴンには、いつの時代のものかわからないけれど、勇者に付けられた大きな傷がある。ユーリスにはそれを治してもらった」
いつもより熟睡した様子で寝ているおじいちゃんの姿が、頭に浮かんだ。ユーリスには何度感謝の言葉を述べても、感謝しきれない。
「勇者、ちょうどいい。ユーリスにも約束したんだが、君にも約束しよう。
私、魔王エーネは、あのドラゴン――おじいちゃんを今後二度と人族領に向かわせないと誓います」
「どういうことだ……? ではなぜ怪我を治した?」
「あのドラゴンは私の友人なんだ。手加減ができるほど圧倒的に強いから、前回は手伝ってもらったんだけれど、本当はゆっくりしてもらいたくてね。協力してもらうのは前回の一回で終わりだ」
おじいちゃんに手伝ってもらえないとなると、代わりに頑張らないと行けない部分が出てくるし、死者も増えるかもしれない。
それでも、約束は守ろう。守り続けられるように、私が頑張ろう。
勇者はじっと私を見た。
「それで、聖女様は元気にやっているのか?」
「もちろんだ。返せと言われても、ユーリス自身が『帰る』と言わない限り、私は絶対に返さない」
勇者が私に対して怒り出すかと思ったが、勇者は遠い目をして「そうか……」とつぶやいていた。
「もしかして、勇者。ユーリスと会ったことがあるの?」
「教会に行った際に、何度か、な」
「へー」
勇者と聖女はやはり関係があるのか。
「じゃあ、ユーリスが男の子って知っていた?」
素っ頓狂な顔で、こちらを向いた勇者を見て、「ユーリス。いまだ不敗だな」と――そんなことを頭の中で考えていた。
「魔王。話はあともう一つある」
今度は何だろう。さっきとは打って変わって言いにくそうな勇者の様子に、想定しうる最悪の話が順番に頭をよぎる。
「魔王……その、魔王に会いたいと言っている者がいるのだが……」
あまりに勇者が深刻そうな顔をするから、なんだそんな話かと、拍子抜けした。
「私に? 私を殺したいってこと?」
「違う。その男にそんな力はないし、純粋に『魔王』に興味があるらしい。話がしたいそうだ」
自分が部外者だったら、魔王に会ってみたいという気持ちはよく分かる。けれど、私はアイドルではないし、見知らぬ人族に会うなどと、あまり危険なことをしたくはない。
「勇者。その男に会って、一体私に何の利点があるんだ?」
勇者は私の言葉になぜか目を見開いた。
「魔王。もしそう言われたら、こう言えと、その男から伝言を預かっている――
『私はその代価として、魔王にとって、興味深い話を進呈しよう』と」
私の発言は完璧に読まれていたらしい――その男からの伝言に、笑みを作った。
「ふーん。面白い。良いだろう、今度会うときに一緒に連れてくるがいい」
勇者は私の返事に、明らかにほっとした顔をしていた。
「勇者。私に断られたら殺すとでも、脅されていたの?」
「そうではないが……断られたときに、あいつが面倒なことになるのは想像が付く……」
「勇者も大変なんだね。まぁ、その人には『つまらない話だったら、その首刎ねよう』とでも伝えといてよ」
勇者は承知したと返事をしながら、なぜか疲れた様子でうつむいていた。
「じゃあ、話は終わりだよね? またね」
「あぁ」
私と勇者が同時に立ち上がる。
さぁ帰ろうと,二人の方を振り返ると、イスカの輝く笑顔が見えた。その視線は私を向いていない――
イスカの笑顔に、背筋がぞわっとするような悪寒がした。
「イスカ」と、その気を引くために声を掛けようとした瞬間
「勇者!」
イスカが人族語で大きな声を出した。そのまま、翼を広げて一瞬で空に舞い上がる。
そして、
「勇者。わたしと戦う!」
と、何度練習したんだと聞きたくなるくらい、はっきりとした人族語でイスカは勇者に向かって語りかけた。
イスカが、はち切れんばかりの笑顔でまっすぐ勇者を見下ろしている。
「“イスカ! だめだ!!”」
イスカの下に駆けよって、必死になって上空のイスカに対して命令する。
「“イスカ!!”」
イスカがすらりと剣を抜いた。勇者も腰の剣を抜いて、静かにイスカだけを見つめて構えている。
「勇者、違うんだ。私の命令ではない! “アーガル! 止めろ!”」
「“魔王様、大丈夫ですって”」
アーガルは腕を組んで、あごを撫でながら、二人の様子をただ眺めている。
どっちも私の言うことなんて聞きやしない!
「“イスカ、殺すな……絶対に殺すな!”」
「“はい、魔王様!”」
その言葉にだけ、イスカが笑顔で答えた。
いざとなったらユーリスがいる……あーもう、どうしてこんなことになったんだ!
イスカが上空で、艶やかに笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
音を置いてきたような、イスカの上空からの初手の一撃を、勇者は足を一歩引いて体をひねり――最小限の動きで回避した。斜め下に降ろされたイスカの剣から、再び放たれる返す刃を、勇者は自らの剣で受け流したあと、そのまま力の流れる向きに従うかのようにイスカの横に移動する。勇者の体の横に、始めからそこに来るのが想定されていたかのように流された剣が、金色に輝き始める。
「“イスカ!”」
イスカが、左の翼だけを畳んで、急旋回する。翼が地面に擦れるくらいの角度から、勇者の剣に軌道を合わせるかのように、イスカの剣が動く。
二人の剣がぶつかり合った瞬間、キンッと、硬質な音色が響いて、何かが飛んでいった。イスカが地面すれすれを転がるように飛んで、勇者から距離を取る。十分な距離が空いてから、イスカは地面を蹴り上げて、再び上空に戻った。
上空で、だらりと降ろしたイスカの剣の、先端から3分の1ほどがなくなっていた。
イスカはいつも大事にしている、欠けた自らの剣を見て――笑った。心底嬉しそうに笑った。
剣が折れたらもう止めてくれると、私はそう思い込んでいたけれど、その笑顔で血の気がひいた。
イスカは、未だに金色に輝く勇者の剣を見て、何かを思いついたように、剣を持った右手に力を込めた。イスカの剣がパチパチとわずかに光り始めてから、疑いようもなく、剣に電気が絡みつくのが見えるまで3秒もかからなかった。
あんなに電気を流せば、本人にもダメージがあるはずだ。その事実にイスカは気づいた様子もない。
「“待て! イスカ!”」
いい加減、喉が痛い。
私の声なんて全く聞こえないのか、イスカが、雷をまとった剣を手に、再び構えた。
頭の中でブチンと音が聞こえた気がした。
「イスカ……さっきから、いい加減にしろって言ってるだろ!!!」
私がついにキレると同時に、自分の体から何かが放出され、イスカの剣の雷ごと、イスカの周りの魔力を吹き飛ばしたのがわかった。
「イスカ! とっとと降りてこい。何をやっているんだ!」
「ま、魔王様……」
イスカは上空で私を見ながら、おろおろしている。
「チッ」
落下の時間も計算してイスカの真後ろに跳び、再び転移が可能になると同時に、イスカの首に触れて転移した。
「おじいちゃん! 逃げないように見張っていて!」
「魔王様! 待っ――」
イスカにそっぽを向いて、元いた場所に戻った。
「勇者。怪我はないか?」
勇者はしばらく静かに私のことを見つめて、息を吐いてから、構えていた剣を降ろした。
「大丈夫だ」
「部下が済まない。私の管理不行き届きだ。私が君を殺そうとした訳では、断じてない。イスカは前々から、勇者と戦いたがっていてな。まさかこんなことになるとは思ってもみなかったけれど……」
ごちゃごちゃと、言い訳ばかりが口から出てくる。
もういいや――「とにかく、済まない」と潔く人族に頭を下げた。
勇者の視線を感じる。
「あの悪魔は、なぜ人族語を?」
なぜ、まずその質問なのかはわからないけれど、あんなことがあってもまだ私と会話をしてくれるようなので、素直に答える。
「あぁ、最近、人族語の学校のようなものを開いていてね。そこで教えてもらったんじゃないかな?」
パメラにあとで確認しよう。危険な言葉は、最後の方に教えてくれと注文しよう。
「どうして、魔族が人族語を学ぶ……」
「どうしてって、学ばないと君たちが人族が何を言っているのか、分からないじゃないか」
勇者は大いに困惑していた。
おじいちゃんのところに置いてきたイスカが心配だ。見に行ったら、おじいちゃんと戦っているなんてことはないと思うけれど、あんなことがあった直後だ。何があってもおかしくない。
「置いてきた部下のことも気になるし、私はもう帰るよ。レグルスト、さっきのことも含めて、大丈夫そうだったら、明日またここに来てくれ。じゃあね」
勇者に片手をあげて別れの挨拶をしてから、アーガルを連れて、魔王城に転移した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さぁ、行くか」
おじいちゃんのすぐ近くに転移すると、おじいちゃんが丸まった体勢から首だけを起こして、イスカのことをじっと見ていた。イスカはその場から一歩も動いていないどころか、向きさえも変わっていない。
「おじいちゃん、ありがとう」
いつものように、丸まったおじいちゃんの尻尾に座らせてもらって、おじいちゃんの体にもたれかかる。そのまま上を向くと、おじいちゃんの優しい目が私をのぞき込んでいた。
「何か、あった?」
イスカには言いたいことが山ほどあったし、どんな風に怒るかも考えていたけれど、おじいちゃんの、静かで綺麗な真っ黒の瞳を見ていると、すっと気持ちが静まるのがわかった。
「少しね。でも、大丈夫」
そういやさっき私が怒ったとき、体から何か魔力のようなものが放出されていたなと、ステータスを確認すると、MPが500ほど減っていた。
顔を降ろして前を向くと、イスカが地面に正座をして、私から目を逸らすように下を向いていた。
「イスカ」
「は、はい!」
「私はイスカの能力を買っているし、イスカのことが好きだ。だけど、今回のようなことは、だめだ――イスカ、君は勇者の返事を聞かずに斬りかかった」
そこまで、言ってから、頑なに下を向いている、イスカを見てため息をついた。
「イスカがどうして突然あんなことをしたのか、理由はわかる。私に事前に頼んだとしても、私は断っただろう。だから私にも、多少の非はある。
そこでだ、イスカ。明日私は、私と勇者が東州に行く間、けん制のためにイスカとアーガルの二人に人族領に待機してもらう予定だったけれど、イスカは明日連れて行かない。私の危険度も増すけど、それはまぁ私への罰だ」
「魔王様! もうあんなことはしません! ですから……」
イスカは必死に私に訴えてくるが、そればかりはだめだ。
「勇者側から見て、昨日の今日で、嬉々として殺そうとした相手がいるのはまずいだろう。不審がられるようなことをやった私には、少しでも挽回する必要がある」
というか、普通に考えると、明日、勇者があの場所に来るわけがない。来るとしたら、どんな度胸の持ち主だ……
立ち上がってから、イスカの前まで転移で跳ぶ。
「イスカ、剣を出して」
イスカが無言で、腰から鞘ごと剣を取り出した。私にとってはかなり重い剣を受け取り、鞘から剣を丁寧に引き抜く。聖剣スキルのせいなのだろうか。力では遙かに勝っているはずのイスカの剣の先が、綺麗な断面で切り取られて、なくなっていた。
「イスカ。大事にしていた剣、折れちゃったじゃないか……剣は、ドワーフのおやっさんのところに持って行ってみよう」
イスカに剣を返してから、少し下がって正座をしているイスカの体を眺める。姿勢がなぜかやたらといいが、イスカに怪我はなさそうだ。
「うん。でも何よりも、イスカに怪我がなくてよかったよ」
「魔王様、申し訳ございません!」
イスカが、必死な表情で私を見上げた。
「もうあんなことはしないでね? 心臓に悪いから」
「はい」
「あと、勇者に『試合して』って頼むのは別にいいけど、ちゃんと相手の返事は聞いてからにしないと」
「はい。もっと人族語を勉強しないといけませんね」
「そうだね」
最後は笑ってくれたイスカに微笑み返してから、まずは明日、私は勇者に殺されませんようにと小さく神に祈った。
悪友の見解 その2
「魔王は、私を殺したくないように見えた」
「お前のような馬鹿な勇者は貴重だから、地べたに這いつくばってでも、お前を生かそうとするさ」




