36話 魔王、卑怯者と罵られる
今日は、聖誕祭の日だ。今日でユーリスが魔王城に来て、1年が経つ。
「ユーリス。誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
ユーリスの誕生日だから聖誕祭なのか、聖誕祭の日がユーリスの誕生日になったのかは分からないけれど、今日はとにかくユーリスの8歳の誕生日らしい。
「アーガル。例のものを!」
アーガルに声を掛けると、アーガルが、きれいにラッピングされた大きな包みをユーリスに渡した。
「ユーリス。お友だちの救出は悪いが難航していてな……私から、代わりにはならないかもしれないが、ひとまず別の子を用意したよ」
「開けてもいい!?」
「いいよ」
ユーリスが抱きかかえられないくらい大きなぬいぐるみなので、アーガルも手伝ってその包みを取る。
「わぁ! 大きいね!」
ユーリスの言う「このくらい」が、身長なのか胴の幅なのか分からなかったので、大きめに作ってもらった。間違って小さく作ってしまうよりは、大きい方がいいだろうと思って特注したのだが、ユーリスはちゃんと喜んでくれているようだ。
「エーネ。ありがとう!」
「それは約束だったからね。それで、どちらかと言えば、今日の贈り物はこっちなんだ」
私の言葉と共に、横からすっと、小さな包みが机に置かれる。何も言わずに出された包みをラウリィから受け取って、両手でユーリスに渡す。
「えっ、これもいいの?」
「あぁ、開けてみてくれ」
ユーリスが包みを丁寧に破ると、中から出てきたのは――
「箱?」
3つの箱だ。
「ユーリス、ここをひねると箱が開くようになっている。その3つの箱は、それぞれ中の仕切りの大きさが違う。ユーリスはよく、何かきれいなものを拾っているだろう? その辺に置いておくのももったいないから、そこにしまってはどうかと思ってね」
ユーリスはこの1年で少し大きくなった。それでも、相変わらず女の子にしか見えないけれど、男の子だからか、きれいな石をコレクションするのが趣味なようだ。しかもそのコレクションが、本当にどこにあったのかと聞きたくなるくらい、変わったきれいな石が多い。乱雑に置くのはもったいないので、並べてもらおうと、コレクション用の箱をプレゼントすることにした。
箱に使うための木は、魔樹コノーキナンノキの枝――悪魔族がチャンバラに使っていた、丸太くらいの太さの枝――をわけてもらった。箱の加工は、今回は木なので、ドワーフのおやっさんではなく、そういうことが得意な犬人族のトムに頼んだ。素材は一級品だし、仕上げ加工までしっかりやってもらったので、きっと長持ちするだろう。
ユーリスは、プレゼントした箱を開いたまま、何も言わず静かな目で中を見つめている。
「えっと、何かまずかったかな? 気に入らなかった?」
「ち、違うよ! エーネ、ありがとう! 嬉しくて、どういう順番で並べようか、いま、考えてた!」
「そうか、それは良かった。でも、それはあとにして、まずは食事にしよう」
「私。準備しますね!」
ラウリィでもパメラでもなく、イスカが一番に駆けだした姿を見て、ユーリスと顔を見合わせて笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私が王都を攻めたあの日から、平和なまま2年が過ぎようとしていた。このままこの平和がずっと続けばいいのに――そのためには、私が行動しなければならない。
今日はラウリィと王都に来ていた。いつもの買い出しではなく、今日はちゃんと目的がある。
だが、そう簡単に見つかるのかなぁ? 前回はずいぶん苦労したし……
「ラウリィ、本日の目的は『勇者に会う』です。前と同じように手紙を書いてきたんだけれど、どうやって渡そうか……」
そう言いながら、以前、王城を訪れたときのことを思い出して沈んでいると、ラウリィが珍しく口を開いた。
「魔王様。以前会った、魔法使いにお会いしてはいかがですか?」
「うん、それでもいいんだけれど、彼女を、どうやって見つけようか」
デートスポットでも探すか? でも、さすがにそう毎日デートをしていないだろう。というか、あれから2年も経ったんだ、結婚していてもおかしくない。
「魔王様。魔法使いでしたら、あちらにいます」
ラウリィが、突如すっと手を伸ばした。
「あっち?」
「はい。あちらの方角です」
「えっ? ちょっと待って。もしかして、あの魔法使いがどこにいるのかわかるの?」
「はい、一度会いましたので。魔王様が近くにいるので、少しわかりにくいですが、離れて頂ければはっきりわかると思います」
魔力が紛らわしいから離れろとラウリィから言われているのに、ラウリィのあまりの有能さに、「ラウリィ。好きだ!」とラウリィに抱きついた。
ふう。興奮しすぎて、危うく氷の像になってしまうところだった。
ラウリィは公園の反対側で、すっと立って、空を見上げている。その視線が降りてきて、私を見たので、私は椅子から立ち上がって、ラウリィところに駆けだした。
「ラウリィ、わかった?」
「はい。おおよその距離もわかりました。あちらです」
「ラウリィ、ありがとう!」
静かに歩みを進めるラウリィに付いていくと、通りの広い、きれいな高級住宅街に入った。ただ、歩いているだけなのに、捕まりそうだ。すれ違った、警備員と見られる男性に笑顔で会釈する。心臓の音をカウントする機械や魔法があれば、私は一発で捕まるな。
「ここです」
「ここ?」
ラウリィが立ち止まったのは、高級住宅街のさらに奥、もはや屋敷と言っていいくらいの建物の前だ。
「あの部屋にいます」
ラウリィが2階の窓をすっと指さした。あそこか……部屋までわかれば直接転移もできるけれどどうしようか。だけど、直接転移した場合は、もし誰か他の人が部屋にいた場合に困るな……
まずは普通に訪ねてみることにした。
「こんにちは。本日、エミリーさんとお約束してます、エーネと申します」
「お嬢様とお約束? 聞いてないけど……」
門番のおじさんはそう言いながら、ノートのようなものをめくっている。
「私が、日にちを間違えてしまったのでしょうか?」
どうしよう、どうしようと、ドジで困った、いいとこのお嬢様の演技をする。門番さんの目線が、静かに私の後ろに控えていたラウリィに移る。
さぁ、考えろ! 私は付き人のいるような、いいとこのお嬢様だ。勝手に帰すと、私のお父様が怒るかもしれないぞ!
「うーん……わかった。少し聞いてくるよ」
心の中でガッツポーズをしながら、屋敷に入った門番さんが戻ってくるのを待った。
「お嬢様は今、お休みですので、中でお待ち頂けますでしょうか?」
「あら、私の手違いかもしれませんのに、申し訳ございません」
少し年のいったメイドに、屋敷の中まで案内される。
「こちらでお待ちください」
通されたのは、古さを感じるが落ち着いたきれいな部屋だ。部屋の中を見ながら、座って待っていると、先ほどのメイドさんが、ワゴンを押してきた。慣れた手つきで、紅茶とお菓子を用意してくれる。
飲み方の作法なんて習っていないので、メイドさんが出て行くのを横目で確認してから、紅茶に手を付けた。おいしい。
「おいしいですね」
珍しくラウリィが先に口を開いた。
「あとで、この茶葉がどこのものか聞こう。買える物だったら、買って帰ろう」
二人でしみじみとお茶を飲んで、勝手におかわりしていいのか分からなかったけれど、ポットに残っていた紅茶を自分のカップに注いで飲んでいるときに、どたどたと足音がした。
「来ました」
ラウリィが優雅にカップを置いてから、立ち上がって、私の後ろに立つ。
扉が、バンっと開いた。
私を指さしたまま、声を出そうとして固まっている魔法使いが見える。
「あんた……あんた何……私の家で何やってんのよ!」
「やぁ、エミリー。ただ、紅茶を飲んでいただけさ。紅茶、おいかったよ」
心からの本音を笑って伝えると、エミリーは口をぱくぱくさせていた。
「今日は、エミリーに頼みたいことがあって来たんだ」
「あんた……」
エミリーは下を向いて、肩をふるわせている。2度目にあったときは大丈夫そうだったけれど、やはり私のことは怖いのだろうか。まぁ、魔王に突然家に押しかけられたら、そりゃあ誰だって怖いだろう。
そんなことを考えていると、エミリーが顔をあげて、私を睨んだ。そのまま、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。
「あんた、2年前自分がここで何したかわかってんの!」
エミリーがそう言いながら、両手で私の襟につかみかかって、私の首を締めるように、上にひねり上げる。「“ラウリィ、大丈夫だ。手出しはするな”」魔族語でラウリィにそう伝えてから、目の前のエミリーの目を見る。
「わかっているさ。自分のやったことくらい」
「あんた、殺さないって言ったじゃない! 何人死んだと思っているの、王都がどうなったか知ってるの!?」
エミリーの後ろで、おろおろするメイドさんの姿が見える。
「私が直接殺した兵士が2人、避難時に馬車に轢かれて死んだ人が3人、逃げる人に押し倒されて死んだ人が2人、混乱に紛れて窃盗犯等に殺された人が8人の、計15人だ」
エミリーが私の口からそんなことを聞きたいのではないことはわかる。目を見開いたエミリーの瞳から伝わるのは、相変わらず憤怒――いや憎悪か。
エミリーが私を突き飛ばすように私から距離をとり、小さく何かを詠唱したあと、私に向かって魔法をぶっ放した。
私の近くにあったカップとポットが音を立てて割れる。エミリーが、何事もなかったかのように立っている私の姿を見て、舌打ちをした。
「魔王! あんたが、あんたが殺したのよ!」
「エミリー、私を責めるのは勝手だが、このまま対策を取らないと、今度同じことがあったときにまた同じように、混乱の中で多くの人が死ぬぞ」
「今度は何をするつもりなの!」
「それは、君たちが決めることだ。私は私の民を守る義務がある。そのために、対策を打つだけだ」
唇をかみしめているエミリーを静かに見つめる。
「エミリー。こんな中、君に頼むのはあれなんだが、この手紙を前と同じように勇者に渡してくれないか?」
私の言葉にエミリーは、腰を抜かしている年配のメイドの方に目線を送る。
エミリーの感じている不安がこちらにまでひしひしと伝わってきた。あーあ……できれば仲良くなんて、そんな浅はかな願いを抱いていたけれど、そう上手くはいかないか。
「エミリー、私との約束を破った場合は分かっているね?」
「卑怯者」
「好きに罵るといい。頼んだよ」
何も知らずに巻き込んでしまったメイドさんの方を向く。
「メイドさん。紅茶おいしかったです。ありがとうございます」
メイドさんにせめてお礼を言ってから、机の上に割れたカップとポットのために、多めのお金を置く。
「“ラウリィ。帰ろう”」
「“かしこまりました。魔王様”」
服をひるがえして後ろを向き、エミリーの屋敷から直接、魔王城まで転移した。




