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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
4章 想い
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33話 魔王、「お願い」に折れる


「久しぶり! 魔王様」

「やぁ、マーシェ。そのー、ずいぶん大きくなったな……?」

今日は、マーシェが夏休みの間魔王城に帰省するために、人族領東州まで迎えに来た。去年同じ場所で別れてから、だいたい1年ぶりだ。12歳の女の子は確かに成長期だろうけど、ここまで大きくなるとは……背なんてもう、私とあまり変わらない。

「へっへー。でしょ?」

マーシェは胸をはって、自慢気に答えた。

「うん、大きくなったな。マーシェ、私以外の人が首を長くして待っているから、立ち話はやめて、すぐに行こう」

来る前に覗いてみると、魔王城は準備万端だった。イスカが食卓の椅子に座って、すでに両手にナイフを装備済みだった。


 マーシェが、私に向かって手を伸ばす。小さかったあのときの手の大きさを思い出しながら、あのころのままの笑顔に微笑み返して、手を握った。



「お母さん、アーガル、みんなただいま!」

パメラがマーシェを見て、少し驚いた顔をしたあと、マーシェを抱きしめた。アーガルは大きくなったマーシェを見て、涙ぐんでいる。泣くの早すぎだろう。


 服の裾が、ちょいちょいと下に引っ張られる。

「エーネ。この人が、前から来るの待ってた人?」

「そうだ。名前はマーシェだ。パメラの娘で、去年までこの城にいたんだ」

ユーリスが私に隠れて、イスカやラウリィたちと話しているマーシェのことを遠巻きに見ている。

「あの人、人族だよね? イスカたちの言葉が分かるの?」

「あぁ。マーシェはこの城に4年いたからな。魔族語が上手だよ」

私の陰から出てきて、興味津々の様子でマーシェを見始めたユーリスの頭を撫でていると、マーシェの視線がふと私に移って、私の横にいるユーリスを目を見開いて見たあと、そのままずんずんとこちらにやってきた。

「魔王様! その、すっごくすっごく可愛い子、誰!?」

マーシェは私に掴みかからんばかりの勢いで聞いてくる。

「あれ知らない? 東州まで、まだ話が来ていないのかな? この子は『聖女様』だよ」

「聖女様!? えっ?」

マーシェは、腰が引けているユーリスの肩を掴んで、じっとユーリスの顔を見たあと、ユーリスに抱きついた。

「聖女様が何でここにいるのかはわからないけど、とりあえず、かわいい!」

「マーシェ。ちなみに、その子は男の子だよ」

抱きついていたユーリスから身を起こして、驚愕のまま固まっているマーシェを見ながら、全戦全勝中のユーリスの敗北が知りたいと思った。


 忙しそうなマーシェの荷物を、私が代わりに部屋まで運ぶ。マーシェが来るまでの数日間、大喜びで歓迎の準備をするパメラとラウリィのために、私は、ただ言われるがままに物を運んでいた。皆が喜んでくれるんだったら、何だってしようじゃないか。いまだに涙しているアーガルの代わりに、いい匂いのしてきたオーブンから、料理を取りだし、食卓に運ぶ。

「食べましょう!」

イスカから号令がかかり、立って話をしていた皆が席に着く。なぜか、皆の視線が私に集まる。

「マーシェ。君がこの1年何を見て、どんなことをしたのか教えてくれ。じゃぁ食べよう」

私の短い挨拶の後、イスカのナイフが鮮やかに宙を舞った。


 マーシェが現在通っている全寮制の学校は、ほとんどの生徒が貴族だ。マーシェをここから送り出す上で、こんな場所で暮らしていたマーシェが、人族の貴族ときちんとやっていけるのかという点が、私は少しだけ不安だった。

 そのマーシェは私の不安を吹き飛ばすように、面白おかしくこの1年のエピソードを話してくれた。商人でもない本当にただの一般人のマーシェは入学早々、態度も偉そうな貴族の女の子に目を付けられたらしい。だが、色々あって――マーシェは「女の子らしく、誠心誠意お話をしたらわかってもらえた」と言っていたが、何をしたんだ本当は……なんだかんだで、今はその子と一番仲がいいそうだ。


 学校での宿題も多いが、休日は時間を作ってマーシェの後見人をしてもらっているギルドの人たちに、剣を教えてもらっているらしい。そう言えば、マーシェのステータスを覗くとスキルが色々増えている。「教えてもらうのに、お金はどうしているの?」とパメラは聞いていたが、マーシェは軽やかに笑っていた。さすがマーシェだ。魔王直属の将軍様二人を、足で使っていただけのことはある。


 学校の授業は楽しいけれど、はじめは読めない文字が多く苦労したと言っていた。そのことに関しては、完全に私のせいだったためマーシェに対し謝ったが、マーシェは何も困ったことはないかのように「代わりに算数はぶっちぎりの一番だ」と笑っていた。

 マーシェが魔王城にいるときに、算数は私が前の世界の知識を総動員して教えたからな。それは、良かった……


「マーシェ、楽しい?」

マーシェは「うん」と笑っている。マーシェは私たちも楽しめるように話してくれるけれど、当然そんな楽しいことだけではないだろう。


 それでも笑える、マーシェの強さが、私たちが楽しくマーシェの周りに集ってしまうものの正体なのだと思う。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「そう言えば、魔王様! ドラゴンに乗って、王都を攻めたって本当!?」

朝、会って突然マーシェにそんなことを言われて、体がびくっとする。

「うん……本当だ」

「へー! あの話ほんとうだったんだ。友だちが『王都のやつら、ざまーみろ』って言ってたよ!」

東州の人から見れば、そうなのかもしれないが……

 あのときのことで私が一番思い出すのは、必死に私たちに立ち向かおうとする王都の人々の姿だ。

「マーシェ。私は、人族と戦いたくなくて、ああいうことをしたが、ざまあみろという話ではない」

「魔王様にとってはそうかもしれないけれど、友だちはお父さんがすぐに帰ってきて喜んでたよ。私も、戦争が始まるって聞いたときは不安で仕方なかったけど、結局戦いは起きなかったって聞いて、魔王様さすがだなって思った」

マーシェが、あまりにまっすぐ私を見るから、私は目を逸らしてしまった。

「私はここで静かに暮らしたいだけなんだが、難しいな本当に……」

「そうだね。でも、待ってて魔王様。私、将来王都に行くから」

「急に何を言い出すんだ、マーシェ!?」

顔を上げると、マーシェは私を見つめて、笑っていた。

「魔王様。私、決めたんだ」

こんな目をしている子どもの意思を、私が変えられるはずがなかった。


「でね? ドラゴンに会ってみたいんだ。魔王様、お願い?」

マーシェの初めて見るお願いのポーズに、私は固まった。

「お願い」

「マーシェ、ドラゴンのおじいちゃんは危険な人ではない……危険ではないが、会っていいかパメラに聞いてくれ」

「お母さーん」

マーシェがパメラを探しに、走ってどこかに行ってしまった。


 ものの5分ほどで、「いいって!」とマーシェが輝いた目で私に声を掛けてきた。



「マーシェ、何度も言うが、転移したら、目の前にそれはもう大きなドラゴンがいるからね」

「分かってるって。行こう」

なめてかかっている小娘に、おじいちゃんの顔の前に転移してやろうかと考えるが、マーシェが驚きすぎて何かあったら私がパメラに怒られる。いつも通り、おじいちゃんの全体が見える、常識的に離れている場所まで転移した。


 他人があごが落ちんばかりに驚いている様子を見るのは、気持ちのいいものだ。

「えっえっ?」

マーシェが、おじいちゃんを指さして、私の服を引っ張っている。

「言葉が出ていないぞ。マーシェ」

私がそう指摘すると、マーシェが、ごくりと唾を飲んだ。

「魔王様。本当にあれに乗って王都に行ったの?」

「あぁ」

私がそう答えると、マーシェは「うそ」と口だけ動かした。そんなマーシェを横目に、

「おじいちゃん!」

と私がおじいちゃんに向かって、大きく声を上げると、おじいちゃんがこちらを見た。

「おお、魔王様」

「翼の調子はどう?」

「最近、夜、痛まない」

おじいちゃんの怪我はまだ完全には治っていないけれど、おじいちゃんの怪我は昔に比べてずっと良くなっているのがわかる。すべてユーリスのおかげだ。

「おじいちゃん、良かったね」

頷いていると、おじいちゃんがゆっくり立ち上がった。

 おじいちゃんの体の動きで生じた風を顔に感じながら、横を見ると、マーシェが中腰のまま数歩下がっていた。そんなわずかな距離だけ、さがっても無駄だぞ。


「ユーリスは、出会い頭にドラゴンに抱きついていたというのに……」

自分の時のことは棚に上げて、呆れた振りをしてそう言うと、マーシェが驚いた顔でこちらを見た。

「さ、触れるの!?」

「頼んでみる?」

マーシェは随分長い間考え込んだあと、意を決したようにおじいちゃんを見上げて、ほんのわずかに頷いた。


 恐る恐るおじいちゃんに手を伸ばして触れるマーシェを見ながら、本当にこの子は度胸があるなと笑った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 今日はマーシェが人族領に帰る日だ。

 パメラと一緒に、人族領の森の中でマーシェを見送る。

「マーシェ。体には気を付けてね」

「わかってるよ、お母さん。お母さんも元気でね」

顔はあまり似てないけれど、お互いを気遣う様子の母娘二人を見守る。

「魔王様も、元気でね!」

マーシェが私に向かって手を挙げたところで「マーシェ」と名を呼んでから、マーシェを驚かせるように、抱きしめる。去年は胸元に頭があったはずなのに、今はもう同じ高さだ。仕方ないので肩にあごを置く。

「マーシェ。別に休みのときだけじゃなくていい――何か辛いこと、苦しいことがあったらすぐに私を呼んでくれ。跳んで迎えに行くよ。君にもし何かあったら、私は、魔王軍の精鋭を止められる自信はないからね」

最後は笑ってそう言うと、「うん」と静かな返事が返ってきた。


 言わなければいけないことは伝えたので、マーシェから体を離そうとしたとき,逆にマーシェからしっかり抱きしめられる。

「魔王様。お母さんを頼んだよ。幸せにしてあげてね」

耳元で小さく聞こえた声に、「えっ!?」と動揺していると、マーシェが私からバッと体を離した。そのまま小悪魔のような笑みで、こちらに手を振ってから、後ろを向いて歩き始める。

「マーシェ。ちょっと待ってくれ! どういうことだ!?」

「魔王様は、そのままでいいから! それだけ!」

「わ、わかった! 約束しよう」


 再度こちらを振り返り、「じゃあね」と言ってから堂々と歩き出すマーシェを、これはもう一生勝てる気がしないなと思いながら、笑顔で見送った。



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