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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
3章 名前
31/98

29話 魔王、開き直って宣言する


 自分のベッドの上でごろごろしながら、幸せに浸りつつまどろんでいると、はっと我に返った。

「パメラ。私はどのくらい寝ていた?」

「丸一日ぐらいです」

「あー……」

しまった……まだ仕事が残っているのに、想定よりも遙かに長く寝てしまった。ぼさぼさの頭を、がりがりと掻く。


 王都から戻ってきたあと、3日間何も食べていなかったおじいちゃんに、鬼人族が捕ってくれていた大型魔獣を届けたり、ルングとヤッグを北の森に返して、本人たちと族長さんに何度も礼を言ったり、人族領の各地に待機してもらっていた魔人族を迎えに行ったりと、私にはやることがたくさんあった。

 最後はベッドに直接転移して、そのまま前に倒れ込んで寝てしまったので、数々の魔法攻撃を受けてぼろぼろのローブと、履いていた靴もそのままだ。

「パメラ。ベッドを汚してごめんなさい」

ベッドの上で、パメラに向かって、とりあえずそのまま丸まるように土下座をしておく。

「魔王様。それはいいのですが、お腹は空いていませんか?」

「空いた」

「スープをすぐに温めますから――」

優しい笑顔で、そう言いかけているパメラの手に触れて、キッチンまで転移した。



 寒い冬の日においしい、温かいスープを急いで頂いたあと、国境付近で待機してくれていた魔族たちのもとへと転移する。

「魔王様。おっはよう!」

「おはよう」

転移すると早速、悪魔族たちがわらわらと集まってきた。

「怪我はない?」

「勇者たちはすぐに引き返したし、何もなかったわ」

「そっか。良かった」

勇者はちゃんと約束を守ってくれた。


 私の方は……私は……


 そんなことを考えていると、悪魔族族長代理のミルグレが、私の横にふんわりと降りたって、私のぼさぼさの髪を丁寧にといてくれた。

「魔王様、髪がぼさぼさよ。乙女が台無しじゃない。それに服も……着替えてきなさい」

ミルグレは私の服の匂いを嗅いで、むっと顔をしかめている。その様子が、あまりにいつも通りで

「ふふ、そうだな。急いでいたんだ」

沈んでばかりじゃだめだな。まずはやるべきことをしよう。私は笑顔で顔を上げた。

「皆、ここの監視はもう終わりだ。4日間、本当にありがとう! 今から、村まで送るよ」

わいわいと遠足に来ていたかのような様子の悪魔族を、転移で順番に捕まえて、村まで送り返した。



「魔王様。その腕……」

着替えている途中にパメラに指摘されて腕を見ると、腕をかすった矢傷が残っていた。傷周辺が変な色をしているが、傷自体はもうかさぶたでしっかりと覆われていた。

「あぁ、一発くらったんだ」

私の言葉にパメラが悲しい顔をして、何かを言おうと口を開こうとする。そんなパメラを遮るように私は先に口を開いた。

「パメラ。今回、私は頑張ったつもりだ。頑張って、魔族領を攻めてきた人族は勇者との約束通り、無傷で帰した。だけど、王都の人族は……」

殺すつもりはなかった。殺したくはなかった。


 だけど……私たちに何度も、何度も立ち向かってくる人族のHPに気を配って手加減する余裕なんてなかった。倒れていた人族の中で、誰が息をしていて、誰が息をしていないなんて、そんなことを確認できる訳がない。


 パメラは、そんな私を何も言わずに見守っていてくれた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 王都はしばらく入場規制がされていて入れなかったが、1ヶ月もすれば、これまで通り、行商人や旅人なんかも出入りできるようになった。

 

 ラウリィと一緒に王都の様子を見に行ってみたが、時折魔族に対する呪詛が聞こえる以外は、王都の中は何事もなかったかのように、以前来たときのままだった。

 私たちの襲撃など、後ろに置いてくるような人族のその回復力に、少しほっとする。


 ……でも、どうか、王都のお偉いさんの頭の中には、悪夢として残り続けますように。


 そんな物騒な願いを、私をこの世界に連れてきた、三神の像の前で必死になって祈っていると、

「あらぁ。こんにちは」

以前と同じ司祭さんが、私たちに向かって優しく微笑んでいた。

「こんにちは、司祭様。お邪魔しています」

「いいのよ。ゆっくりしていってくださいね」

司祭さんはこちらに近づいてきて、長いすに座り、静かに像を見上げていた。拒む様子のまったくない司祭さんの横に、私も腰掛ける。


「久しぶりに来たのですが、王都は大変だったようですね」

騒動の元凶が、悪びれる様子もなく聞く。

「そうですね……」

像を見つめ続ける司祭さんの言葉は続かない。

「司祭様も、出られたのですか?」

「えぇ、私もお手伝いさせてもらったのですが、私一人の力などちっぽけなものですね」

そんなことはないですよ、なんていうごまかしのような励ましはできず、かといってうまい言葉も見つからず、私は黙ることしかできなかった。


 司祭さんは、今、心の中で何を考えているのだろうか――ただまっすぐと神の姿を見上げていた。

「司祭様は、他の人たちと同じように、魔族のことを憎く思っていますか?」

私は、他の人と違う空気が流れるこの人に、責めてほしかったのかもしれない。

「いいえ。アウシア教では、魔族と人族を明確に区切っていますが、三神様にとっては等しく子どもなんですよ。私たちが魔族領を攻めていたように、魔族たちにも事情があったのでしょう」

そんな願いは、あっさり破られた。

「失礼なことを言いました」

「いえいえ、いいのですよ」

司祭様は優しく像を見上げていた。


「司祭様、今日はありがとうございます」

長いすから立ち上がって、司祭さんに礼を言う。

「またいつでも来てくださいね」

司祭さんの声に、笑って答えてから、立って3つの像を見据える。

「司祭様。最後に一つ質問をよろしいでしょうか?」

「なんでしょうか」

「ご存じだったら、教えてください……魔族が王都を攻めてきたとき、何人が亡くなりましたか?」

「確か兵士が2人、王都内部の暴動で市民が10人亡くなったと聞きました」


 私は自分の手を、限界まで固く握りしめた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 重い足取りで通りを歩いていると、横から変な気配を感じて顔を上げる。真っ白な教会が見えて、息が止まる。

「あぁ、あの教会か」

前来たときは、天使がいたけれど、今日は天使の姿は見えない。今日は、見るのも嫌になるくらい気持ち悪い教会、ただそれだけだった。

 その教会の前に,今日はみすぼらしい格好の人たちが集まっている。教会なのに、そんな人たちを拒絶するかのように門は固く閉ざされたままだった。

 集まって、何かを訴えている人たちのもとに、歩みを進める。まるで、粘土の中をかき分けて進むような、絶対的な拒絶心を感じた。

「魔王様。大丈夫ですか?」

ラウリィが心配するようにこちらをのぞき込んでくる。

「ラウリィはなんともない?」

「はい」

私は息も絶え絶えなのに、うらやましい。


 もうこれ以上は無理だ。足が地面に縫い付くように止まる。息も荒くなってきたので、その場にしゃがみ込んだ。

 まだ教会から距離はあるけれど、この距離でも話し声は聞こえてきた。どうやら、教会の前に集まった人たちは、「聖女様を出せ」と訴えているらしい。

 あの天使大人気だな……地面を見ながらそんなことを考えていると、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「あんた、大丈夫かい? 顔、真っ青だよ」

「なんとか……」

ラウリィが肩を貸してくれたので、もたれかからせてもらう。

「聖女様だったらすぐに治せるのにね。あいつら、いつも偉そうに金をむしり取って行くくせに、本当の金持ちのためにしか聖女様の力を使わない! 魔族が攻めてきて、けが人がたくさん出ても、隠れたままだ!」

女性は怒りあらわに教会を睨んでいた。


「聖女様だったら治せる……?」

女性の話を聞いて、無意識に言葉が出てきた。

「聖女様のお力は、足がなくなっているような傷も、生えて治るそうだよ。ほんとありがたい話だ。金持ちにとっては!」

吐き捨てるように続く女性の言葉が、何度も、頭の中で繰り返された。


 怪我が治る。

 私のせいで怪我をしたかもしれない人々の前で、こんなことを考えてしまう私は……


「ラウリィ。帰ろう」

足を引きずるようにその場から離れて、魔王城に戻った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 魔王城の会議室に、この城の全員がそろって椅子に座っている。その顔を順番に眺めながら、口を開く。

「皆のもの、集まってくれてありがとう。今日の話はあれだ。私は聖女を誘拐する」

「ちょ、ちょっと待ってください。話が分からないのですが……」

イスカの問いかけに、私はここ数ヶ月前で集めた調査結果を報告する。


「人族の中には、ごくまれに『聖女』と呼ばれる不思議な力を持った人が生まれるらしい。今の聖女は6年前に生まれて、今は王都にあるアウシア教の総本山に、軟禁されている。

 皆はあまり知らないと思うが、このアウシア教ってやつは、とにかく『魔族は敵。滅ぼせ』という教義内容でな。つまり私たちの敵だ。で、このアウシア教に捕らえられている聖女様が持っている力っていうのが、『癒やし』だ。切られた腕や足なんかも生えてくるような、それこそ神の奇跡のような力らしい。精霊族の族長さんにも確認したから間違いはない。

 私は、この聖女を誘拐して、おじいちゃんの怪我を治してもらう」


「6歳の幼子を、無理矢理連れてくるのですか?」

アーガルの静かで、刃物を突け付けるような問いかけに、ぐっと、言葉を詰まらせる。私だって、これまでその件で散々悩んだ。

 だけど、私は魔王だ。自分の都合を優先させて何が悪い。


「そうだ。たとえ嫌だと言われようが、泣き叫ばれようが、おじいちゃんの怪我だけは絶対に治してもらう」

これだけはアーガルにはっきりと伝えたあと、少し小声になって続ける。

「でも、聖女にそのあとで『帰りたい』と、言われたらすぐに元の場所に帰すよ。それに、もしだよ、もし聖女がこのままここに居てくれたら、君たちが万一怪我をしたときも、安心だ。大型の魔獣に襲われて、怪我で亡くなる魔族もいなくなるしれない。

 その代わり人族側が、聖女に癒やしてもらえなくなってしまうけど、これまで聖女は金を積んだアウシア教徒の金持ちしか治療してこなかったそうだ。聖女がいなくなれば、そいつらからアウシア教への寄付金も減るだろう。アウシア教の力も減って、私たちにとっては、一石二鳥だ」


 重苦しい空気の中で、アーガルが固く握りしめた拳を、いつ机に叩きつけるか気が気でない。

「……子どもが帰りたいと言えば、帰してあげてください。魔王様、約束ですよ」

アーガルがやっと口を開いてくれた。

 ふーっと、止めていた息を吐く。


「約束しよう」



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