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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
3章 名前
30/98

28話 王都侵攻

 目の前に、人族の大軍が見える。とうとうこの日が来てしまった。


 私の肩には、精霊族のルングとヤッグに待機してもらっている。そして――自分の頭に、魔王の隠し部屋で見つけた『角』を装着した。角を取り付けるための紐を、髪で覆い隠す。

 これでよし。フードを被って顔は見えないようにするけど、念のためだ。


 後ろを振り返ると、いつものようにイスカとアーガルがいた。

「じゃあ、行ってくる。もしものときは皆を守ってくれ。頼んだよ」

「お任せください! 魔王様もお気をつけて!」


 イスカには何度も「一緒に連れて行ってください」と頼まれた。だけど、今回の件はルングとヤッグには協力してもらうとは言え、できるだけ私自身が矢面に立ちたかった。イスカの後ろにずっと隠れていたくはなかった。ただの、私のわがままだ。

 二人に手を振ってから、転移した。


「おじいちゃん」

ドラゴンのおじいちゃんのところに行くと、今日はおじいちゃんは目を覚ましていた。私の顔を見て、おじいちゃんがゆっくり立ち上がる。

 おじいちゃんの大きくて綺麗な黒い瞳をまっすぐ見上げてから、おじいちゃんの頭の上に転移する。おじいちゃんの頭に膝を突いて、真っ黒なローブに付いている大きなフードを、頭にしっかりと被った。

 大きく息を吸う。

「おじいちゃん、行こう!」

「魔王様、行こう」

おじいちゃんの角に触れて、王都の南東に広がる大平原に転移した。



 ドシンと、おじいちゃんが着地する足音が聞こえる。遮るもののない私たちの目線の先に、王都をぐるりと囲む城壁と、白い王城が見えた。

 私たちが居る場所から、王都までは人族の穀倉地帯だ。秋には、麦のような穀物で金一色になる。今は冬で収穫期は終わっているため、茶色の地面だけが見えた。

 畑はぐちゃぐちゃにしてしまうかもしれないけど、作物をつぶさずに済んで本当によかった。


 転移場所はここで問題ない。早速、勇者にわかるように合図を送らないと。

「おじいちゃん、あっちの方角にブレスを撃ってもらっていい?」

一度地面に降ろしてもらって、おじいちゃんにも見えるように、魔族領の空を指さす。

「どのくらいの、力?」

「できるだけ強く。だけど、力の範囲は絞って、なるべく遠くまで見えるようにしたいんだ」

「しばらく、動けなくなる。いい?」

「おじいちゃん、それは全然かまわないけど、無理はしないでね」

「大丈夫。少し、離れて」


 おじいちゃんのブレスが見えたら、人族領の各地に待機してもらっている魔人族たちに、魔法で勇者のところまで中継してもらうに頼んでいる。勇者側から見れば、守るべき人族領の各地からから、突如大魔法の光が見えることになる。勇者たちが、魔族領から大軍を引く理由としては十分だろう。


 おじいちゃんが魔族領の方角に向けて、大きな体を旋回させた。そして、離れたところに立つ私にまで振動が届くくらい勢いよく、地面に4つの足を打ち付けた。


 おじいちゃんが大きく息を吸う。


 魔力が――今まで気にしたこともなかった魔力の流れが、おじいちゃんの体の周りに絡みつくように、はっきりと見えた。

 私の肩にいたルングとヤッグが、なぜか私を覆うように結界を張る。

 無音になった世界で、結界が薄いガラスのように、いとも簡単にパリンと割れた瞬間、赤い一筋の光が、空を割った。


 破れた結界からなだれ込んできた風に後ろに押し倒されて、尻もちを付いたまま、呆然と、円形に雲が刈り取られた遠くの空を見上げていた。


 どのくらいそうしていただろうか。おじいちゃんが、荒い呼吸をして丸まるように座った。

「おじいちゃん! 大丈夫!?」

「これで、いい?」

「うん、完璧だ。ありがとう。おじいちゃんは休んで」

そうおじいちゃんの前では取り繕ったけれど、

(何て、威力だ……)

想定を遙かに超える威力に、顔が引きつっていた。

 無意識に、王城の方に目が行く。


 これを一発当てれば、すべてが終わる。

 ……できないことを考えても無駄だ。止そう。



 今のブレスの光は、勇者からも直接見えただろう。

 さあ、これから3日間、全力でのろのろと進む私たちが王都に到達する前に、勇者、お願いだからここに戻ってきてくれよ。


 私の初めての魔王らしい仕事は、MPを7000も使ったど派手なドラゴンブレスで開幕した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 おじいちゃんが休んでいる間に、私は仕込みをしよう。

 腰に吊っていた袋を取り外し、中に入っていた『割れた宝石』や『割れた水晶』を周囲の地面に撒く。

「これでよし」

私たちにとっては何の意味もないけれど、人族から見れば、私たちが転移してきた地点に、不自然な数の『意味のありそうな元々は高価な代物』が落ちていることになる。

 転移能力はドラゴンを転移させてもMPを1しか使わない、便利でエコな能力だけれど、それを知っているのは私だけで、普通はそうは思わないだろう。人族が転移能力について、盛大に何かを勘違いしてくれればいいな程度の気持ちで、魔王の隠し部屋にあったゴミを撒いておく。


 そんなことをしていると、おじいちゃんのドラゴンブレス直後は無音だった王都が段々騒がしくなってきた。たくさんの兵士が城壁の上に集まって、こちらを観察しているのが分かる。

「ルング、ヤッグ。おじいちゃんが休んでいる間、人族を近づけさせないでくれ。私の魔力は好きなだけ使ってもらってかまわない。あと、私に対する攻撃は、物理攻撃は防いでほしい。魔法攻撃の方は何もしなくていい」

私は、自分の身すら自分で守れない。誰かに頼ることしか出来ない。魔王だ何だと、偉そうに格好を付けたってそれだけは変わらない。


「ルング、ヤッグ。手伝ってくれて本当にありがとう」


 すぐにこちらにかかってくるような度胸のあるやつはいないと思っていたけれど、城壁の門が開いて、中から銀色の鎧を着た若い騎馬兵が4人出てきた。寝ているおじいちゃんを見て、チャンスとばかりにこちらに突撃してくる。


 おじいちゃんを守るように、おじいちゃんの前に徒歩で移動する。

「ヤッグ。馬に雷。しびれる程度でいい」

先頭の馬を指すと、ヤッグからまっすぐに雷魔法が放たれた。撃たれた馬はぎこちなく速度を緩め、そのまま動けないように足を止める。

「今度は人だ。弱めにね」

馬にまたがっている、どこかで見たような気がする派手な外見の兵士に向かって、再び雷魔法が飛ぶ。兵士がどうと真横に落馬した。

「よし、いいぞ。同じように、残りも頼む」

その言葉と同時に6本の雷が飛び、いとも簡単に全員が地に伏した。

「ヤッグ。ありがとう」

触れているのかもよく分からないけれど、ほんわりと緑色に光るヤッグを撫でる。


「……魔王様」

後ろを振り返ると、おじいちゃんが顔だけを上げて、こちらを見ていた。

「おじいちゃん、大丈夫?」

「もう、休めた。行こう」

前を見ると、先ほど倒した兵士が点々と倒れている。このまま直進すると、おじいちゃんが踏んでしまうな。でも、どかすのも面倒だしな……

「あと数時間はここで休もう。急いでいる訳ではないし」

おじいちゃんの上に座って休んでいると、いつの間にか意識を取り戻した兵士が、私たちを盛大に警戒しながら、徒歩でよろよろと仲間を引きずって城壁の方に戻っていった。



「じゃあ、そろそろちょっと進もうか」

おじいちゃんの頭の上に、這って移動して、角を掴んで立ち上がる。体を起こしたおじいちゃんの頭の上で、まっすぐ王都の方を向く。

「おじいちゃん、すべての動作をゆっくりさせて、のろのろと進んで。一歩動いたら10分休憩するくらいでいい」

おじいちゃんが指示通り、一歩、また一歩と慎重に進む。おじいちゃんが足を動かすたびに、地響きのような低い衝撃がこちらまで伝わってくる。頭の位置が大きく動くため、長時間おじいちゃんの頭の上で堂々と立ち続けるのはなかなか辛かった。


「よし、そろそろ日も沈むし、今日はここで休もう」

おじいちゃんが頭を地面に近づけてくれたので、おじいちゃんの頭から降りて地面に立つ。固い地面に降り立っても、まだ、ぐらぐらと地面が揺れている感じがした。

 あの初っ端に突撃してきた派手な騎馬兵の他には、誰もこちらに向かってこない。私たちの様子を観察しているのだろうか。対策方法でも検討しているのだろうか。


 視線を王城から魔族領の方に動かす。もし、勇者が魔族領に進めた兵を下がらせなかったら、魔人族たちに狼煙を上げて知らせてもらうようにも頼んでいた。その知らせがなかったということは、勇者は私の頼みをちゃんと守って、こちらに戻ってきてくれているのだろう。


 それにしても、勇者はどうして私に協力してくれたのだろうか。私が今、ここで裏切って、そのまま王都を攻めることは考えなかったのだろうか……


 いや、勇者がどういう考えであったとしても、私は、私との約束を守ってくれた、勇者との約束を守るだけだ。

 寒い冬の夜風をおじいちゃんに遮ってもらって、私は膝を抱えて丸まって、浅い眠りについた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 目を開くと、目の前に緑の結界が展開されていた。それが、ときおり大きく波打つ。


 おじいちゃんにもたれて丸まって眠っていた状態から目を覚ますと、朝から人族に襲撃されていた。慌てて立ち上がりそうになる体を押さえて、魔王らしく堂々と立ち上がる。

 100人以上の兵がこちらに向かってきているのが見えたが、まだまだ距離は遠く、囲まれてはいない。早まって撃ってしまった攻撃で、私は目覚めたようだ。

「おじいちゃん起きて」

私の声におじいちゃんがゆっくり目をあける。おじいちゃんは人族たちを見て「おお」とつぶやいたあと、丸まっていた体をほどいて、ゆっくり立ち上がった。

 私は、おじいちゃんの頭の上に転移で移動しそうになって、無理矢理体を止める。転移の能力が軽々と使えることをまだ人族にはばれたくはない。「おじいちゃん、頭に乗せて」とおじいちゃんに声を掛けて、私が乗れるように、おじいちゃんに頭を下げてもらった。


 そんなことをしていると、すっかり人族たちに囲まれていた。槍を持った兵士や、冒険者らしき者、ローブを着た魔法使いなど、今日は混合部隊だ。

「おじいちゃん。邪魔だったら払ってもいいけど、あまり攻撃はしないで」

おじいちゃんが本気で攻撃したら、人族は簡単に死んでしまう。だけど、おじいちゃんが無抵抗のまま傷つけられる訳にはいかないので、できるだけ急いでルングとヤッグに指示を出す。

「ルング。おじいちゃんには濡れないように、周囲にいる人族の頭から水を撒いて。足下が濡れるくらいたっぷりと」

魔法で防御して頭から水がかかるのを逃れたものも何人かいるが、たっぷりと撒かれた水が、地面に広がり足下を濡らす。

「おじいちゃん、ビリッとするかもしれないけど、ごめん。ヤッグ、弱く、全面に周囲に雷を落として!」

バチンという音と、編み目の形状の光が見えたあと、バシャンと次々に人が地面に倒れ込むのが見える。焦げ臭い匂いがかすかに漂ってきた。


 冒険者と魔法使いで、5人ほど立っている者がいるが、あとは全滅だった。

 死んではいないと思うけど、濡れた地面に頭から突っ込んでいる人がいる。このままでは息が出来ない。

「ヤッグ。風で水を飛ばして。早く!」

ごろごろと小柄な人が風に巻き込まれているが、周囲の水がヤッグの魔法で霧散した。溺死する人が居なくてほっとする。

「ルング。寒そうだから暖めてあげて」

そう指示をしてから、冒険者たちの襲撃から微動だにしていないおじいちゃんの上で、目をつぶってふーっと息を吐く。

 ゆっくり目を開くと、雷に打たれ、風に飛ばされても、倒れずに残っていた冒険者がこちらをまっすぐ見上げて睨んでいた。


「魔族! どうしてこんなことをする!」


私に向かってそう叫ぶ冒険者から、視線を逸らす。

「おじいちゃん、ゆっくり前に進んで」

「わかった」

地面を揺らせて、ゆっくり歩み出すおじいちゃんに慌てた冒険者たちは、おじいちゃんの進行方向に倒れている兵士たちを死に物狂いで引きずって避難させていた。



「しばらく休憩しようか」

さっき襲撃してきた人たちから距離が取れたので、おじいちゃんの上で体を丸めて座って休憩する。

 さっきからたびだび門が開いて、救護と思われる人たちが私たちを大きく迂回して、私たちの後方にいる襲撃者のもとへ移動していた。私が攻撃した、あの襲撃者たちは無事だろうか。

 魔王がちらちら後ろを確認するわけにはいかないので、気になって仕方ないけれど、まっすぐ前だけを見据える。


 正午になったので、また少し前進する。

 門を出入りする人が少なくなってきた。後ろを確認できないけれど、今朝方の襲撃者たちのことは大方回収できたようだ。

「おじいちゃん、大丈夫? 疲れてない?」

「大丈夫」

おじいちゃんだったらそう答えるに決まっているけど、おじいちゃんに確認せずにはいられなかった。

「ありがとう。ルングとヤッグは?」

私の言葉に、ルングとヤッグが私の顔の前までやってきた。今日も交互に点滅している。

「HPは減ってないな……二人の魔法が上手だから、助かっているよ。今朝は守ってくれてありがとう」

答えはないけれど、二人はふわふわとまた私の肩の上に戻る。

 私のMPは6000か……ルングとヤッグの魔法で大分減っているし、あまり眠れなかった所為か、いつもより回復量が少ない。

「あと1日ちょいか……」

勇者は今、不眠不休で、白馬に乗って、こちらを目指しているのだろうか。近くなってきた城壁を見ながら、あぁ、早く私を迎えにきてくれと、お姫様のようなことを考えていた。


 もう日が沈む……朝の襲撃以来、人族が襲ってくることはなかった。

 人族は夜目が利かないはずだけど、まさか夜に襲ってくるつもりだろうか。おじいちゃんの下に潜り込んで、警戒しながら眠りについた。



(朝か……)

 朝日が目に差し込んできた。深夜の襲撃もなく、目を覚ますことができたけれど、全然寝た気がしなかった。丸まって寝ているおじいちゃんの横で、立ち上がって、うーんと体を伸ばす。

 肩のルングとヤッグを見ると、少し色が薄かった。慌ててHPを確認すると、HPには問題はない。寝ているのだろうか? 起こさないように、静かにおじいちゃんの横に腰を降ろす。


 朝日をぽかぽかと浴びながら、勇者が来るまで、寝ているおじいちゃんの横でずっと静かに休んでおきたかった。

「来た……」

門が大きく開く。隊列した兵士が中から出てきた。

「おじいちゃん起きて」

「……ん?」

おじいちゃんに声を掛けながら、急いでおじいちゃんの頭の上に移動する。おじいちゃんが立ち上がって、視界が一気に広くなった。

 後ろの方にいる兵士が数人でガタガタと、木でできた兵器を運んでいるのが見える。あれは……

「まずい。あれはたぶん投石機だ」

ドラゴンのおじいちゃんは、人族の投石機ごときではダメージを受けない可能性もある。けれども一度攻撃を受けてみないと、そんなことはわからない。

 壊そう。でも魔法攻撃は、ここからでは直接狙えない。

「ルング。あっちに移動したいんだ。あっちの方角、焼き払って」

ルングが、私の指す方角に向かって、火魔法を放った。扇形に、膝くらいの高さの火が広がる。

 枯れた草木に火が付いて、細い煙が上がる。兵士たちは火に巻き込まれないように一心不乱に逃げているが、前の方にいた人は他の人が邪魔で急には下がれなかったため、何人か火に巻き込まれている人がいた。

「ルング。火の付いている人、消してあげて」

水球が上から落ちてきて、バシャーンと勢いよく火にぶつかる。火が消えたあとも、兵士たちはしばらく火を消そうと暴れていたが、不意に我に返って、私たちから逃げ始めた。

 そんなことをしている私たちの横から、次々と私たちに向かって魔法が放たれる。魔法耐性スキル満載な上、魔法防御が9000近くあるおじいちゃんに、人族の魔法はまったくと言っていいほど効かないし、私の方は直撃したときに大きくよろめく程度だ。おじいちゃんの角を掴んで落ちないように堪える必要があるが、HPには問題はない。

「おじいちゃん。あっちに進んで」

横からの魔法攻撃は無視して、ルングが火で切り開いてくれた方向に進む。燃え残っていた火も、おじいちゃんが踏むとあっさり消えた。


 運んでいた兵士には逃げられ、ぽつんと取り残されていた投石機の前までやっとたどり着いた。

「おじいちゃん。尻尾」

おじいちゃんが体を後に向けて、尻尾を軽く払うように動かすと、投石機は割り箸のように簡単にはじけ飛んだ。



 投石機はすべて壊した。だけど、投石機を壊すために移動したので、王都の門はもう目の前だ。私たちと門との間に、多数の兵士と冒険者が、決死の表情で立ちはだかる。

 故郷を守るために強大な相手に立ち向かう、そんな顔をしたものたちを、ルングとヤッグの魔法で機械的に処理していく。


 私たちをその場から動かさないためか、倒れた人の数だけ、交代要員が現れた。

 倒れた人たちは、普通の格好をした一般人とおぼしき人たちに、すぐ近くの門へと引きずって回収され、数時間経てば、HPをわずかだけ回復させた状態で戻ってきた。


 そんなことをどのくらい続けただろうか。もう諦めろよと、そう叫びたくなるくらい、私たちに向かってくる人族たちはすでに満身創痍なのに、彼らはちっとも諦めてはくれなかった。

 私のMPが1000を切った。MPがなくなれば、ルングとヤッグが死んでしまうので、おじいちゃんからMPを分けてもらうように頼んだ。ただ、おじいちゃんにMPを分けてもらうためには、ルングとヤッグが私の肩から離れる必要がある。私の防御が疎かになってしまうので、二人には交代で私の肩から,おじいちゃんの頭の先まで移動してもらっていた。


 最後まで足を引っ張るのは私か。

 そんな余計なことに意識を取られていたからだろう。突如城壁の上から放たれた一本の矢が、ルングの結界を貫通し、私の顔の前で大きく軌道をずらしたあと、私の左腕をかすった。

 腕を抑えてよろめく私の真横から、タイミングを合わせたように放たれた火魔法が炸裂し、爆風で私は軽々と飛ばされ、おじいちゃんの頭の上から落下した。


 落下の衝撃は、ルングが風魔法で緩和してくれたけれど、おじいちゃんの頭から落ちた私に向かって、一人の冒険者が槍を抱えて、突進してくるのが見えた。

 私の肩にいるルングが、私の中でほんのわずかに残された魔力を、すべて使い切る威力の攻撃魔法を準備しているのがわかった。


「ルング。待って!」


 気づいたときには、私はおじいちゃんの頭の上に戻っていた。


 せっかくここまで、人族たちに見せないようにしてきた『転移』をあっさりと使ってしまった……

 緊急事態だから仕方ない。仕方ないんだ。せめて、「気軽には使えませんよ」のアピールのため、疲れた振りはしておこう。

 あと、そうだ。さっき飛んできた弓は、ルングがとっさに風魔法で軌道をずらしてくれたけれど、結界を貫通していたし、何だかおかしかった。

「ルング。城壁の上、さっき弓が飛んできたあたり,焼き払って」

城壁の一角から火の手が上がる。細い城壁の上を、兵士が慌てて降りていくのが見えた。



 腕は痛いし、疲れた。眠い。

 座ったまま、膝を抱え込みそうになる心を、無理矢理起こして、ぼんやりとした目で、周りに群がる人族を見る。

「おじいちゃん、あと2歩、城壁の前まで移動して」

おじいちゃんの頭が大きく動く。私はもう慣れた手つきでおじいちゃんの角を持って、おじいちゃんのもう一歩を待っていたが、おじいちゃんは一向に動かない。

 どうしたのだろうと思い、おじいちゃんの視線の先を見ると、救護に来ていた一人の村人が、おじいちゃんの進行方向を妨げるように立って、震えながら,けれどもしっかりとした表情でこちらをまっすぐ見上げていた。


「どうして! どうしてこんなことをする!」


昨日、冒険者に言われたのと同じ言葉が投げかけられた。


 冒険者のときは無視したけれど、もう頭が疲れていたこともあってか、まっすぐその村人を見つめ返す。頭の中の言葉を、これまで話していた魔族語から人族語に切り替えた。


「お前たちが……お前たちが、魔族領を襲うからだ!」


 もう、いい。もう二度とこんなことをしないで済むように、城壁くらいは壊そう。


 おじいちゃんに、そう指示を出そうとした瞬間、私たちだけを見ていた人族たちの視線が、大きく後方に動いた。

 「嘘だろ」、「まさか」とそんな声が人族たちの間から次々に上がる。


 顔を後ろに向けて、人族たちが見ている方角に目をこらす。

「あぁ、やっときた」

夕日に照らされて美しい色の白馬が、勇者を背に乗せて、まっすぐこちらに駆けてきていた。思わず人族たちと同じ笑顔になってしまって、慌てて表情を固くする。


 それにしても凄いスピードだ。さっきまで点だったのが、もうすぐそこまで近づいてきた。

 駆ける白馬の足下から、白い軌跡のようなものが伸びている。魔法かなにかを使っているのだろうか。


 勇者が駆ける白馬の上で、自らの腰の剣を抜く。そのまま勇者が剣をきつく握りしめると、刀身が金色に輝き始めた。

「あれはまずいな……おじいちゃん、撤退しよう」

「そうしよう」

おじいちゃんから、穏やかな返事が返ってきた。


 すぐ目の前にまで来た勇者が、輝く剣を大きく後ろに振りかざした瞬間――おじいちゃんの額に触れて転移した。



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