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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
1章 名無しの魔王
3/98

3話 魔王、さっそく死にかける


 ラウリィさんはこの世界最強のメイドかもしれない。そうに違いない。


「ははは。さ、寝よう。」

そう頑張って自分に思い込ませて寝た翌日――あまり寝た気がしなかったが、明るくなってきたので、ベッドから這いずり降り、ラウリィが用意してくれた真っ黒の服に着替えて部屋を出た。


 自分の部屋から出ると、長い廊下の端にイスカとアーガルが立っていた。

「おはようございます。魔王様!」

「おはようございます……昨日はすみませんでした」

元気よく挨拶するイスカとは反対に、アーガルは顔色が悪い。

「おはよう二人とも。ずっと待っててくれたの? 今度からは呼びに行くから、別に待たなくていいよ」

気前が良い風を装って、元気よくそう言ってから、さぁ行こうかと、二人を自分の前に歩かせた。前を歩く二人のステータスを、後ろからのぞき見する。



名前: イスカ

種族: 悪魔族

ジョブ: 魔王軍 第1将軍

スキル: 剣術Lv68,雷魔法 Lv37,槍術Lv 36,雷耐性Lv21, ▼


HP: 3252

MP: 1247

攻撃: 3222

防御: 2864

魔法攻撃: 1887

魔法防御: 2151



名前: アーガル

種族: 鬼人族

ジョブ: 魔王軍 第2将軍

スキル: 拳術Lv52,剣術Lv47,槍術Lv 16, 火耐性Lv11, ▼


HP: 4728

MP: 280

攻撃: 3847

防御: 3211

魔法攻撃: 115

魔法防御: 1013


 二人とも攻撃3000越えか……


 この世界のダメージ計算方法がわからないから、大幅に違っているかもしれないが、簡単に計算してみよう。

 私の防御力は50だ。その私の防御力50引く、イスカの攻撃力3222で、マイナス3172。そして私のHPは500。

 つまり私は――6回死ぬ? オーバーキルにもほどがあるだろう。ははは。

 ははは……



 よし、一度状況を整理しよう。

 これまでの情報をまとめると、ここで会った3人が3人とも、私をおそらく一撃で倒すことが可能だ。

 つまり、私はこの3人に『魔王だが弱いと悟られず』、なおかつ戦って倒そうと思われないように、『魔王として尊敬』されなければならない。

  

 己の現実の過酷さに、心の中で静かに涙を流した。



 ちなみに3人のスキル欄の右端の『▼』だが、これに目を向けると、スキル欄の次のページが現れる。スキルの並びはLv順のようだが、私以外は皆、たくさんのスキルを持っているのだな! 魔王からの豆知識だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「イスカ。現状について説明してもらっていいかな?」

悲嘆していても、己を待ち受ける現実は変わらないので、とりあえず少しでも生存確率を上げるべく、魔王として知るべきことを教えてもらう。


 私がそう言うと、イスカが会議室の棚から、丸まった紙を取り出した。

「私が描いたものなので、あまり綺麗ではないですが、この世界の地図です」

イスカが恐縮といった面持ちで広げる紙をのぞき込む。確かに手作り感はあるが、細かい描き込みが何重にもされている、大事にされていたのがよくわかる年代を感じさせる地図だった。

「描いたって、もしかして自分でこの世界を回ったの? その翼で?」

「はい、魔族領だけですが。若い頃は旅をするのが好きでしたので」

イスカは嬉しそうに答えてくれた。「それは凄い」と、描かれた地図をのぞき込むと、イスカが地図の説明してくれた。


 この世界は、実際の大きさはわからないが、横長のおおよそ楕円形だ。中央に大きな山脈があり、その右側が魔族領、左側が人族領。今、私のいる魔王城は、魔族領真ん中から、やや北側の平野部にある。

 精霊の住む北の森、エルフの住む中央の森、ドラゴンのいる魔の山というように、魔族領の各地に種族ごとで固まって暮らしているようだ。


「あのさ、エルフって耳の長い種族だよね?」

「はい。そうです」

「エルフがどうして魔族領にいるの?」

私がそう聞くと、イスカは私の質問の意図がわからないかのように困った顔をした。

「もしかして、エルフも魔族なの?」

「そうですが……」

普通エルフは人間側じゃないのかな? 戸惑ったが、この世界ではそういうものなのかもしれない。他の種族はどうなのだろう。

「ドワーフは? えっとドワーフっている?」

私が思いついた『人間の味方っぽい種族』に関して聞くと、「ここにいます」とイスカは中央山脈沿いの魔族領側を指さした。場所的に、ドワーフも魔族なのか。

「じゃあ、人族領には何が住んでるの?」

「人族ですが……」

「それだけ!?」

「はい」と、イスカは私の言動に戸惑っていた。


 つまり、この世界では人族以外、全て魔族ってことか……


「つまり人族は、自分たち以外のすべての種族と敵対している……」

私はそう呟いた。本当はイスカに、「人族と魔族は敵なのか?」と問いたかったけれど、そんな当たり前すぎることを聞いてしまったらイスカに不審に思われるかもしれない。

 私のつぶやきに、イスカから反論はない。ということは、この世界は、世界の左半分に住んでいる人族と、右半分に住んでいる人族以外(魔族)で敵対していて、私はその人族以外の方の親玉らしい。


 あれ……昨日見たはずの自分のステータスを思い出す。確か私の種族は『人族』ではなかったかな……? 。


 ……いや、忘れよう。私は魔王。私は魔王だ。



「人族はこの中央山脈の切れ目から来るの?」

中央山脈が完全に大陸を二分していてくれたら良かったが、残念ながら途中で切れているように見える。そのあたりを指さしながら聞くと、「はい、そうです」とイスカから返事が返ってきた。

「海からは?」

「海はないですね。人族は飛ぶのも泳ぐのもあまり上手ではないので」

山越えはなくて、海もない。つまり、侵入経路は陸側のみだ。あとは……

「あのさ、人族って強い?」

私の心の中は恐怖で渦巻いていたが、淡々と言うことができた質問に、「弱いですよ」とイスカがあっさり答えた。

「ただ、さすがに勇者や一部の冒険者は強いですね」

「どのくらい……?」

私の質問に、イスカはうーんと考え込んでいる。


 なかなか答えが出てこないイスカのその様子を、私が息を呑んで待っていると、イスカがパッとアーガルの方を向いた。

「そうだ、アーガル、お前、前に勇者とやり合ったことがあるって言ってたよな?」

「ん? 勇者? 勇者がどうした?」

アーガルは急にイスカに声を掛けられて、目をパチパチさせている。

「勇者って強い?」

私が、アーガルの顔を見つめてそう聞くと、

「今代の勇者とは1年ほど前に戦ったが、大したことはない!」

寝ていたらしいアーガルは、堂々と答えた。


「そうなの?」

「あの剣は危ないが、それだけだ。魔法が得意なのか知らんが、勇者の中でも剣の腕はまだまだだな」

あの剣? 『勇者』という職業らしく、光り輝く聖剣のようなものを持っているのだろうか?

 アーガルは勇者のことを余裕綽々と説明していたが、アーガルが少しでも危ないと思っている時点で、私にとって勇者が危険人物であることには変わりない。

 だけど勇者は、アーガルよりは弱い――そのことにほんの少しだけ、安心できた。アーガルはイスカに敬語を使えと殴られていた。



「あのさ、アーガル。さっき『勇者の中で』って言ってたけど、前の勇者も知ってるの?」

「前の勇者はぱっと現れて、ぱっと死んだから、わしは知らんですが……」

そう言ってから、アーガルは1,2と考え事をしながら指を折って数えている。

「4人? あれ、あいつ勇者だったか?」

4人の勇者を知っている? 勇者はそんなに、ころころ代わるものなのだろうか。それとも――

「アーガルは何歳なの?」

アーガルは私の質問に、キョトンと驚いた顔をした。「何歳……?」とつぶやきながら、また指を折って数えている。


「……魔王様。こいつは5百歳くらいだと思います」

アーガルの様子を見かねたイスカが、アーガルに代わって答えた。5百歳か……魔族はずいぶん長生きなんだな。だから強いのか。


 イスカやラウリィに、「何歳?」と聞く度胸は私にはなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 今日、確認すべき話はこのくらいでいいだろう。頭が疲れた状態でこれ以上話すと、自分が弱いことをバラしてしまう恐れがある。


 試したいことがあると言って玉座の間に移動した。本当は一人で試してみたかったけれど、将軍二人は当然のように付いてきた。

 玉座の間の中央に一人立つ私を、何を始めるつもりだといった顔で、並んで見守っている。



 さぁやってみよう、私の固有能力『転移』! その存在を私はついさっき思い出した。


 試しにまずは5歩くらい前に跳んでみよう。でもどうやってやるんだろうかと、考えた瞬間、視界がぶれた。

「おおー!」

二人の驚く声が聞こえる。私の視界では、玉座の間の通路が長く、本当に前に転移できたのかがわからなかった。


 さっきは近すぎてわからなかったので、今度はこの部屋の一番奥、玉座の隣辺りを指定する。

 先ほどと同様、一瞬視界が振れたあと、目の前に壁が見えた。入り口の方を向くと、確かに玉座のある赤い舞台の上に移動しているのがわかった。

 すごい! 本当に移動している!


 玉座をつかんで二人のすぐ近くに転移したり、転移後に体の向きを変えるように指定したり、この転移能力では色々と細かいことができるのがわかった。そうやって夢中で部屋の中を一人で跳んで遊んでいると、

「魔王様! 私もご一緒にはできませんか?」

そう声が聞こえた方に目を向けると、その声の持ち主――イスカの目は光り輝いていた。



 物は運べたけれど、生き物も運ぶことはできるのだろうか? 女神に確認するのを忘れていた。

 試しにやってみるかと考えて――もしイスカの身に何かあったら困ると、別のもので先に練習することにする。

「生き物、生き物……」

広い玉座の間を跳んで探すが、こんなところには、ねずみ一匹たりともいない。



 私が何をしているのか、不思議そうにこちらを見ていたイスカに

「イスカ。先に別の生き物で試したいんだけど、何かいないかなぁ?」

と聞くと、イスカは笑顔で「お任せください!」と言って大きく頷いた。

 イスカが玉座の間の大きな窓に駆け寄り、バンッと窓を開いた。そのまま窓枠に足を乗せ、黒いコウモリのような背中の翼をバサッと開き、「あっ」と思ったときには窓から飛んでいってしまった。


 イスカが開け放った窓まで転移すると、窓からイスカが近くの森まで滑空しているのが見える。

「いいなぁ!」

翼で飛ぶとは何て気持ちよさそうなんだ。イスカが森に入り、その姿が見えなくなるまで私はイスカの飛ぶ姿を、窓枠にもたれかかって眺めていた。


 イスカの姿が見えなくなったので、座って待とうと室内を振り返った瞬間、あの強いイスカが、森で、一体、どんな生き物を捕まえてくるのかという問題に気がついた。



 外から窓枠に両足を乗せ、笑顔でこちらに差し出すイスカの手に握られていたのは、幸いにも、私が両手で抱えられるくらいの『小動物』だった。

 何だろうこれ……丸餅のようなずんぐりとした体に、耳が生えていて、クリーム色のほわほわとした毛を持つその生き物は、一応気絶していた。

 イスカから恐々と両手でそれを受け取って、そのまま抱き抱えて室内を、何度か転移する。転移に付き合ってくれたその生き物をそっと地面に置いてから、呼吸を確認するが――問題はなさそうだ。


 確認が終わって私が立ち上がると、イスカが笑顔でこちらに手を伸ばしていた。

「魔王様。よろしくお願いします!」

その元気の良い言葉に、私の方がたじたじとしてイスカの手を握る。よし、腹をくくって跳ぼう――そう思ったときには跳んでいた。

「すごい! 本当に何も感じないですね」

隣からイスカの喜ぶ声が聞こえる。調子に乗って二人で跳んでいると、「わしも一緒にいいですか」とアーガルが加わった。

 3人で手をつないで、しばらく跳んで遊んだ。



「そういえば、魔王様、魔力はなくならないんですか?」

壁にもたれかかって少し休憩していると、イスカがそう聞いてきた。

 魔力切れ? MPのことだろうかとステータスを開いてみるが、MPはまだ9926もあった。1%も減っていない。

「問題ないよ」

私があっさり答えると、イスカが感心したかの様子で頷いた。

「そういった魔法は今日初めて見ました。魔力をたくさん使うのかと思ったのですが、さすが魔王様です」

イスカからの『魔王様尊敬度』がアップしたようで内心小躍りする。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一人で、ジャンプできる高さまで跳んで、地面に着地する。何度かそればかりを繰り返し練習した。空中に跳ぶのも、何ら問題はなさそうだ。

 窓から外を見ると、良い感じに綺麗な夕日が見えている。



 さっきイスカの飛ぶ姿を見て、ものすごくうらやましかった。

 アニメや漫画などで、テレポート能力者が空中を跳んで移動するのはよく見る。似たような能力を持つ私にも、できないことはないはずだと、二人の方を向いて「ちょっと行ってきます」とだけ伝えてから、屋根にぶつからないように、私は目いっぱい『真上』に跳んだ。

 

 視界が真っ白だ。

(何か、間違えたかな?)

そう考えた瞬間、自分の体が下に落下し始めたのがわかった。そして徐々に加速する。


 しばらく落下を続けていると、真っ白のものしか見えなかった視界がバッと開けて、真っ赤な夕日と、真下に緑の『大地』が見えた。

 「綺麗だ」と、思えたのはほんの一瞬で、自分がいる位置が見えるようになって始めてわかったあまりの速度に、声も出ない。


 まずい、死ぬ。


 真上に跳んだから、今度は下だと、地面にぶつからないように、少し下に転移した。

 転移すると、速度が0に戻った。よかった、転移後に速度は保持されないみたいだと思考に余裕ができたのはほんの一瞬で、再度真下に向かって加速をはじめる。

 ものすごいスピードが出る前に、少しずつ下に転移して、何とか魔王城の頂上――そのわずかに平らな部分に足が付いた瞬間、膝を突いて前に倒れ込む。魔王城の先端にある角のような装飾品を握って、ぜえぜえと息を吐いた。


 本日、学んだこと。

 転移後、速度エネルギーは保持されない。


保持されてたら、凄い速度で魔王城に突っ込むことになっていたと――先ほどまで自分のすぐ隣にいた『死』に、冷や汗が止まらない。


「ちゃんと……やる前に試験をしよう」

私は反省した。




 息が整ってくると、やっと目の前の美しい景色が目に入ってくるようになった。


 夕日の沈む方角に大きな山脈が見える。夕日が浮かび出すそのシルエットに、鳥よりも明らかに大きな生き物が飛んでいるのが見えた。あれが中央山脈かなと、今日教えてもらった地図の内容を思い出す。そうだ、どうせだったら取りに行こうと、会議室に座標を指定して直接転移し、今日見せてもらった地図を手に取った。魔王城の頂上に戻るときは、高さを間違えないように、注意深く転移する。


 地図を広げて、見える景色と地図の内容を確認する。エルフの森がおそらくこれだから、悪魔族が住んでいるのはあの辺りだろうか。見るからに空気の違う、あちらの森は精霊の住む北の森だろう。

 地図の内容は大方確認できたけれど、ドラゴンのいる魔の山だけはエルフの森の陰になって見えなかった。さっきの二の舞にならないよう、少し、ほんの少しだけ上空に転移して、広くなった視界の先に、あれだろうか?――うっすら山の先端が見えた。



 地図の内容の確認が済んで、そのまま立ってこの世界を眺めていると、日が沈んで星が出てきた。


 あの世界の星空とは明らかに違う、この世界の満点の星空を、私はイスカに見つかるまでの間ずっと、魔王城のてっぺんから眺めていた。


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