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魔王より、世界へ。  作者: 笹座 昴
3章 名前
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27話 魔王、勇者と対話をする


「イスカ、アーガル。そろそろ約束の時間だ。行こう」

イスカは自分の装備を緊張した面持ちで何度も確認しているが、アーガルは口笛を吹くような余裕綽々の態度だ。

「今日は戦うつもりはまったくない。けれども、もしものときは頼んだよ」

真剣な私の言葉をアーガルは鼻で笑った。

「魔王様、大丈夫ですって。勇者の相手は、任せてください」

「アーガル。君が勇者と戦ったのは8年ぐらい前でしょ? 勇者が今何歳かは知らないけど、勇者も成長するんだ。油断したら痛い目にあうよ」

アーガルは、「そー言えばそうか」と納得して上を向いている。大丈夫かなぁ本当に。


 あー、緊張してきた。勇者には「少数で来て」と一応頼んだけど、待ち合わせ場所に大軍が待ち構えている可能性は十分ある。二人が強いと言っても、大軍に囲まれたらどうしようもない。そうならないようにすることが、私の最優先の仕事だ

「よし、行こう」

深呼吸して、二人の手をしっかり握って、王都の南にある小高い丘まで転移した。



「ここですか?」

「うん。そうだ」

勇者には正午と指定した。罠が仕掛けられる可能性があるため、かなり早めの時間に来たこともあってか、勇者の姿は見えなかった。

「イスカ。人の気配はしないよね?」

イスカが翼を広げて、周囲を警戒するように見ている。

「はい。誰もいません」

「ふぅ……じゃあ、勇者が来るのを待とうか」


 3人で突っ立って待ち構えているのもあれなので、私は少し離れたところから隠れて待つことにした。木の枝に腰掛けながら、まだかなーまだかなーと、勇者が来るであろう方角を見つめる。


 正午になったけれど、勇者はまだ来ない。ふふふ、私を待たせるとは良い度胸だ。「待たせてごめんなさーい」と、謝ってきたら許してやろう……

 そんなどうでもいいことを考えていると、イスカとアーガルの視線が、同時にぴたりと一点に集まるのが見えた。

 二人の視線の先――丘の向こうを見つめると、キラキラと太陽の光に反射する白金の髪の勇者を先頭に、先日会った魔法使いと盾使い、そして剣士と、4年前魔王城に来た勇者御一行が、険しい面持ちで姿を見せた。

 勇者が、イスカとアーガルから、随分距離を取った位置で、歩みを止める。そのまま、両者の視線がぶつかった。


 座っていた木の枝の上に立ちあがる。

 さぁ、行こう。

 私は、イスカとアーガルのちょうど中間に転移した。


 私の登場に驚いている勇者たちの顔がはっきり見える。

「初めまして勇者。私が魔王だ。わざわざ呼び出して済まなかったね」

そう言って、内心を隠すように、笑った。



 勇者たちは、なぜかこの中で最弱な私を、一番警戒している様子だった。

「手紙にも書いたと思うけど、今日は戦いに来たわけじゃない。話しに来たんだ。君たちが、これから魔族領に侵攻することは知っている。その件で相談しに来たんだけど……話が長くなりそうだから、私は椅子を取ってくるよ」

自分の部屋に転移して、自分の椅子を抱えて、さっきまで自分が立っていた位置に置く。つぎに会議室に転移して、4つの椅子をがんばってまとめて両脇に抱えて、勇者たちの真横に転移してどさっと置いた。

 勇者が、突然真横に現れた私を、驚いて振り返るその一瞬の間に、勇者のステータスを盗み見る。



名前: レグルスト・ルーベル

種族: 人族

ジョブ: 勇者

スキル: 聖剣,聖耐性Lv99,剣術Lv38,聖魔法Lv 22,▼


HP: 1679

MP: 840

攻撃: 1743

防御: 1631

魔法攻撃: 1011

魔法防御: 920


 聖剣スキルの威力がわからないのでやっかいだけど、ステータスはアーガルが言っていたように、脅威ってほどではないな。


 ふう……。ここまで計画通り、無傷で勇者のステータスを見ることに成功した。落ち着こう。堂々とするんだ。

 私の行動に、あっけに取られている勇者たちの前で、優雅に椅子に座る。

「あぁ、せっかく持ってきたし、勇者たちも座って。ただの椅子だよ。何も仕掛けはない」

ニコニコと勇者たちを見つめて待つと、小柄な剣士が乱暴に椅子を引いて、豪快に座った。次に、先日はあんなに私にびびっていた魔法使いが、こちらを睨むような目つきで椅子に座る。

「そう言えば、魔法使いと盾使いの君、頼みを聞いてくれてありがとう。あのときは済まなかった。周りに居る人たちを巻き込むわけにはいかなかったから、君たちが余計なことをしないように盛大に脅してしまった」

二人のデートの邪魔をしてしまったことを謝ってから、立ったままの勇者を見る。

「勇者は座らないの?」

「あ、あぁ」

「じゃあ、時間が惜しいから,始めさせてもらおう」

私は立ったままの勇者をまっすぐ見上げた。



「単刀直入に聞くけれど、勇者は魔王を殺したいの? 何としてでも殺さなければいけない事情があるのかな?」

「勇者は……魔王を倒すべき存在だ」

勇者は教科書に書いてある答えを、そっくりそのまま読み上げるように、淡々と答えた。

「じゃあ、どうして今殺しに来ないの? 魔王城まで、わざわざ大軍を連れてこなくても、今だったら私を殺せるかもしれないよ?」

手を広げて勇者を挑発するように言うと、勇者の仲間が立ち上がって武器を構えた。それと同時に、私の後ろに立っていたイスカとアーガルが、私の真横に移動する。


 勇者は、そんな周りの状況なんかどうでもいいように、ずっと私を見ていた。

「魔王」

勇者の良く通る声が響く。

「魔王。私がここに来たのは、魔王が『対話をしたい』と言ったからだ」


 勇者の予想外の答えにキョトンとする。

「そっか……」

勇者に送った手紙には確かにそう書いた。それは、私の正直な気持ちだった。


 勇者なんて、これまで私にとっては魔王を殺そうとする『敵』でしかなかった。

「勇者。君の名前を教えてくれないか?」

「レグルスト」と、勇者は私に正直に教えてくれた。



「レグルスト。私も名乗るのが礼儀だと思うんだけど、私には諸事情で名前がないんだ。悪いけれど、私のことはそのまま『魔王』と呼んでほしい。

 それでレグルスト、私と対話してくれる気になったと言うことは、君はこの戦いに賛成ではないんだね?」

勇者は、私の質問に答えずに黙った。そんな勇者を、勇者の仲間たちが驚いた顔で見ている。

「なぁ、勇者。私に協力しないか? 私に協力してくれたら、一人の兵も殺さずに帰してやろう」

「本気で言っているのか?」

「でなきゃ、わざわざこんなことはしない」

勇者はせっかくの整った顔を、ゆがめて考え事をしている。

「魔王。何のためにそんなことをする? 何が目的だ」

「何が目的って、私は私の民に傷ついてほしくないだけだ。君たち人族が事あるごとに、私たちを悪者にしてきて、私たちは大いに迷惑をしている。今回の件だって、ゴブリンが私たちの仲間だと勘違いしているようだから、代わりに退治してあげたら、『平和になったから魔族を攻めよう』って――

 そりゃあ、人族に頼まれたわけでもないし、勝手にやったのは私だけど、それでもあんまりじゃないか」

話しながら、段々むかむかしてきて、最後は愚痴を漏らすように言い放った。


 勇者が、はっきりと驚いた顔をしている。

「君たちが、ゴブリンを減らしていたのか?」

「そうだ」

「国境沿いに最近、強大な魔族が増えたのは」

「盗人が、こっちの村に被害を与えたからだ。犯罪者は、そっちでしっかり管理してくれよ。それでも、できるだけ殺さないように返しているつもりだ」

勇者はいつの間にか、座っている私の目をまっすぐ見ていた。

 見つめ返すと、勇者は私から目を逸らして、椅子を引っ張り出して、どさっと座った。

「魔王。すぐには信じられない」

「まぁ、そうだろうな」

「それで、魔王。今度の戦いでは何をするつもりだ?」

椅子に座って、静かな目で私を見る勇者の質問に


「私は王都を攻める」


私は笑顔で答えた。



「はぁ!?」

魔法使いが驚いた様子で、椅子から立ち上がる。

「どういうことよ! 王都に何をするつもりなの!?」

そのまま、怒りもあらわにこちらに歩み寄ってくるので、イスカが剣を抜いて私をかばうように私の前に立った。

「イスカ、待て。大丈夫だ」

イスカの剣幕に、驚いて立ち止まった魔法使いを見る。

「実際に兵を出すのは東州だけど、命令をしたのは王都の連中だと聞いた。だから私は王都を攻める」

「あんたさっき、殺さないって言ったじゃない!」

「『勇者が協力してくれたら』だ。魔族領に進めた兵を引かない場合は、そう――私は王都の人間を殺すことになる」

自分で言っておきながら、その事実が忌々しかった。


 これまで話を聞くだけだった盾使いが立ち上がった。

「いや、待て。王都を攻めるってそんな数の魔族が人族領に潜伏しているわけがない。あれから、俺たちで必死になって調べただろう?」

盾使いの明るく励ますような声に、勇者は静かに首を振った。

「魔王。さっき見せてくれた能力は、人も運べるのだろう? そっちの悪魔や、鬼なんかも」

「ご名答だ」

盾使いは驚愕した顔でイスカとアーガルを交互に見ていた。


 勇者が、疲れた顔で後ろを振り返り、後ろに座っている仲間たちの顔を見る。

「なぁ、みんな。私には協力する以外の選択肢はなさそうだ」

「いや、別に脅しているつもりはないんだけどね」

一応補足しておいたけど、自分でもこれほど信用できない言葉はないなと思う。


 勇者がこちらを振り返った。

「魔王。私は、何をしなければならないんだ?」

「……まぁ、いいか。君たちが魔族領を攻め入ったとわかったとき、私は人族の王都を攻める。そのとき、それと分かるように合図をするから、勇者、君は魔族領に進めた兵を引いて、できる限り早く、王都に戻ってきてほしいんだ。

 私たちには王都から引き下がる、その理由が必要だ」

「できるだけ早くって、どのくらいだ」

「できれば3日以内。王都の目の前にいて、王都を攻めずにぶらぶらしているのは不自然だ。3日……それ以上はかなり厳しい」


 私の言葉に、なぜか視線が魔法使いに集中する。

「エミリー、できるか?」

「やるわよ! 私を誰だと思っているの!? 王都を壊されてたまるものですか!」

魔法使いが、勇者に唾を飛ばす勢いで答えた。


 納得してもらえたかはわからないけど、何とか勇者たちに了承してもらえたようだ。

「今回の作戦は、『魔族領を攻めると、魔族が直接王都に攻めに来る』ということと、『勇者様を恐れて、魔族が撤退した。勇者様には人族領に居てもらわなければならない』ということを、王都であぐらをかいているお偉いさんたちに、よく理解してもらうのが目的だ。

 もし、君たちが戻ってくるのが遅れた場合、王都の連中に『魔族は、なぜか私たちに対して、攻撃ができないようだ』なんていう馬鹿な勘違いをされないように、私は少なくとも城壁を破壊するくらいのことは、しなくてはならない。

 それに私たち魔族の姿を見て、王都から避難する住人もたくさんいるだろう。その人たちのためにも、勇者、君はできるだけ早く戻ってきてくれ。頼んだよ」

「……責任重大だな」

勇者はそう言いながら、少し遠くの方を見つめていた。



 今日話すべき内容は、すべて話した。引き上げよう。

「じゃあ、レグルスト。君が私に会いに来てくれるのを、王都で心待ちにしているよ。 

 必ず、必ず、会いに来てね」


 恋人に思いを伝えるように、最後は熱く、切実に言葉を紡いだ。



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