26話 魔王、デートの邪魔をする
「よし! 今日は人族領に行って、人族が魔族領にいつ来るか、調べてくるよ! 行ってきます!」
昨日、おじいちゃんの前で散々みっともなく泣きわめいたら、頭がすっきりした。まずは、人族が攻めて来るまでに、どのくらいの時間の猶予があるか調べないと。それで、採れる方法が色々変わってくる。
実際に兵を出すはずの東州の州都に来てみたが、町は静かなものだった。というか、朝早くに来すぎて人があまりいない。どうしよう。
初めて来た町を、当てもなくぶらぶらと歩いていると、あくびをしながらのんびり歩く、制服を着た男性を見つけた。なりふり構わず、男性の腕に掴みかかる。
「すみません。魔族と戦いがあるって聞いたんですけど、いつ出兵するかご存じですか!?」
男性はあくびの状態で口を開いたまま、こちらを見て固まっていた。
「すみません! ご存じでしたら教えてください!」
「あ、あぁ……命令は、つい先日届いたばかりだからね。あと一月はかかるんじゃないかな」
「あと一月」
よかった。色々と裏で手を回す時間は十分にある。よかった。
そうやってほっとしながら、頭の中で今後の段取りについて猛烈な勢いで計算していると、質問に答えてくれた男性がいつの間にか険しい顔つきで私の顔をのぞき込んでいた。
「ご家族か、恋人が出兵するのかな……? その、君の事情は分かっていないし余計なお世話かもしれないけれど、最近は魔族に捕まっても生きて帰ってくる人が多いと聞くよ。気をしっかり持って。希望を捨てないで」
初対面なのに、私の目をしっかり見つめて励ましてくれている。男性の気遣いは見当違いのことだったけれど、温かい気持ちになった。
「ありがとうございます」と丁寧に何度も礼を言ってから、魔王城に帰るために、男性から離れて、元来た道を引き返した。
一人誰もいない大通りの真ん中に立って、空を見上げる。
「誰が殺してやるもんか。見てろよ。一人も死なせずに送り返してやる!」
空に向かって吠えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さぁ、今回の作戦で鍵となるのは『勇者』だ。パメラの指導のもと、心を込めて、勇者様に向けてのラブレターを書いた。
完成した、きれいな封筒に納めた手紙を眺める。あとは、これを何とかして勇者に渡すだけだ。あと一月はある。時間はまだあるけれど、勇者はどこにいるんだろう……?
勇者の居所を探しに、一番情報の集まりそうな王都に向かった。王都を彷徨い歩き続けて、やっとのことで見つけた、おかまが経営する胡散臭い情報屋に勇者の居所を聞くと、「あっち」と、面倒くさそうに王城を指さされた。
「情報量。20銀貨よこしなさい」
くっそー! いや、待て。落ち着け。勇者が王城にいなかった場合、探しに行くのに時間がかかったかもしれない。すぐ近くで見つかって良かったじゃないか。そうだ、そう思おう。
おかまの情報屋がこちらに向かって伸ばした手に、20銀貨を丁寧に数えて叩きつけるように渡した。
「また、来てねー」
情報屋はラウリィに向かって手を振りながら満面の笑みだ。私たちは小汚い通りを抜けて、さっそく王城に向かった。
王城の門が見える。今、門は開いていて、輝くように磨かれた銀色の鎧を着けて栗毛の馬に乗った、見目麗しい4人の若者が、キャーキャー言いながら周りを取り囲む女の子たちに色気たっぷりの笑みをばらまきながら、順番に門を潜っていた。
「何これ」
どこのアイドルのご入場だよ。少し離れた場所から、私たちはその様子を突っ立って眺めていた。
はっ! 雰囲気に飲み込まれている場合じゃない。ちょうど知ってそうな人たちが大量にいるじゃないか。ちっぽけなプライドは捨てろ!
一番手前側で、友だちと手を取り合って、キャッキャとはしゃいでいる女の子に、できるだけノリを合わせるように、気軽な感じで話しかける。
「あのー、勇者様って今日は来ました?」
「あなた初めて見る顔だわ。勇者様派閥なの?」
は、派閥? その言葉に一瞬、顔が引きつるが笑顔で上書きする。
「そ、そうなんですー!」
「私たちは、今いらっしゃったアッシュフォルト様のファンなんだけれど、レグルスト様も格好いいわよねー」
「白金の髪に、涼しげな水色の瞳。そして、世界最強の勇者だなんて……」
女の子二人が目の前で「わかるー!」と盛り上がっていた。
だめだ、待っていたら話はきっと進まない。
「そ、そのー。次、いつ来られるかわかります? 田舎から出てきて、一目お会いしたいんですけど、どこで会えるのかがわからなくて……」
「うーん。ここ数日は見ていないわね。王城にはいらっしゃると思うんだけれど」
「そうですか……」
あぁ、勇者。王城は目の前にあるのに、遠い……転移していいだろうか? いやしかし、門破りは最後の手段にしよう。
そうやって、門の彼方を見つめていると、急に手をガシッと両手で祈るように掴まれた。ぎょっとして、私の手を掴む女の子を見る。
「お互い辛い恋をしているけれど、頑張りましょう!」
「あ……は、はい」
「私たちも応援してるわ」、「頑張って」と励ます声に、もはや固着してしまった笑顔で答えながら、よろよろとその場を離れた。
HP減ってない……? 確認してみたけれど、減っていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふう……」
ラウリィと並んで、通りに設置されたベンチに腰を掛けて休憩する。10分くらいそのまま黙って座っていると、さっき受けた精神的なダメージから徐々に回復してきた。
「ラウリィ……レグルスト様は、たぶん王城にいるそうだ」
「レグルスト様?」
「勇者はそう言う名前なんだって……」
「そうですか」
再び無言になって、これからどうしようかと、通りを見ながらぼんやりと考えていたとき、ラウリィが突然口を開いた。
「魔王様」
「なにー?」
「あの方……あそこでお茶を飲んでいる二人組を見てください」
いきなりどうしたんだろうと、ラウリィが見ている方向に同じように目をやると、男女の二人組が、お茶を飲みながら、仲が良さそうに笑顔で会話していた。
「カップルが見える……」
「カップル……? 言葉の意味がよく分かりませんが、奥に座っている女性が、人族にしては、魔力量が段違いに多いです。その……あまり自信はないのですが、以前勇者と共に魔王城を攻めに来た、魔法使いではないでしょうか?」
「何だって!?」
立ち上がって、目をこらして見る。言われてみればそんな気もするが、どろどろのローブではなく、今日はかわいらしい服装をしているので確信が持てない。この距離からではステータスも見えない。
「ラウリィ、確認する。行こう」
人混みに紛れて、その女性にゆっくり近づく。その女性は会話に夢中で、こちらに注意を払っているようには見えなかった。それでも、いつこちらを振り返るかわからない。いざとなったら転移で逃げることも想定して、ラウリィとの距離も気にしながら、慎重に近づく。
見えた。
名前: エミリー・アルタセ
種族: 人族
ジョブ: 魔法使い
スキル: 火魔法Lv 28,風魔法Lv 22,風耐性Lv 20,水魔法Lv 19,▼
HP: 721
MP: 812
攻撃: 39
防御: 120
魔法攻撃: 1221
魔法防御: 871
ラウリィが言ったように、人族にしては破格の魔法攻撃の高さだ。あのときの魔法使いで間違いはないだろう。そして、近づいて見てわかったが、一緒にいる男性の方は、あのときの盾使いだった。防御重視のステータスの盾使いが、今日は盾も持っていない。そして、魔法攻撃は私とラウリィにはあまり効かない。
魔王らしい、邪悪な笑みがこぼれた。
「ラウリィは人混みに紛れて、見つからないように見ていて」
ラウリィにそう伝えて、攻撃力の少し高い盾使いだけを警戒しながら、まっすぐ二人が談笑しているテーブルに進む。手を伸ばせば届く距離まで来ても、会話している二人はこちらに気づいていなかった。
「やぁ」
そう声をかけると二人はやっと私を見た。魔法使いが「何この女」と言いたげに、盾使いを一度睨んだ後、私にけんかを売るような目を向けて、そのまま目を見開いて固まった。
オッケー、オッケー、気づいてくれたな。さすが魔法攻撃1200。これで、話が早い。
「4年前、わざわざ来てくれたときには会ってあげれなくてごめんね。私にも、事情があったんだ」
その言葉に、困惑した顔で魔法使いの顔を見ていた盾使いも、私の正体に気づいたのか顔色を変えた。そのまま、盾使いが体を動かそうとしたので、
「動くな。動いたら、ここに――今この周辺にいる人たち全員殺すよ」
そう笑顔で脅して、空いていた近くの椅子に、魔王らしく堂々と腰掛けた。
わなわなと口を震わせて私を見ている魔法使いに向かって、子どもに話しかけるように優しく声を掛ける。
「私の頼みを聞いてくれれば、今日は何もしないよ。君たちにも、ここにいる人たちにも」
二人の顔を黙って見つめる。しばらく待って、盾使いが、やっと重そうに口を開いた。
「頼みって……何だ」
「あぁ、これを勇者に渡してほしいんだ」
そう言いながら、懐にしまっていた綺麗な封筒を取り出す。
「心配しなくても、ただの手紙だ。呪いとか、毒とか、そんなものは入れていない」
二人が座っているテーブルの真ん中に手紙を置こうと手を伸ばしたとき、テーブルの上でカップを持ったまま固まっていた魔法使いの手が大きく震えた。やけに静かなこの場所で、カタカタと食器のぶつかる音が、大きく響いた。
「じゃあ頼んだよ。それを、勇者に必ず渡してくれ。あと、ここで私に会ったことは、私と君たちだけの秘密だよ? わかった?」
椅子から立ち上がって、盾使いをまっすぐ見下ろして確認する。
「あ、あぁ」
盾使いは、おどおどとこちらを見上げて、返事をした。
「うん、今日は帰るよ。3日後、勇者に会えるのを楽しみにしているよ。デートの邪魔をして悪かったね」
真っ昼間から悪霊を見たかのような顔色の二人を残して、その場を離れた。




