24話 魔王、おじいちゃんと魚釣りをする
「ユメニア、おじいちゃんのところに行くんだけど、一緒に来てくれないかな?」
「行く! 行く行く! 準備するからちょっと待って!」
ユメニアは、転がるように翼を広げて飛んで行ってしまった。
悪魔族と猫人族が、今日も仲良く平原で遊んでいるのを眺めながらユメニアのことを待つ。数分後、ユメニアが外に出るときは必ず持って行く魔槍ロンギヌスを抱えて戻ってきた。
「お待たせ、魔王様。行こう!」
「ユメニア。おじいちゃんのところに行くから槍はいらないんじゃない……?」
ユメニアをドラゴンのおじいちゃんに初めて会わせたとき、「今から会うドラゴンは危険じゃないから」とあんなに忠告したのにもかかわらず、驚いたユメニアはおじいちゃんに斬りかかっていた。そのときは一緒にいたイスカがユメニアを止めてくれて、大事にはならなかったけれど、ユメニアとおじいちゃんを会わすのに面白半分だった私はかなり反省した。
「今日はイスカがいないでしょ? いざって時は、わたしが頑張らなくっちゃ」
ユメニアがえへんと威張るように、槍を構えてポーズをする。
「おじいちゃんの側だから大丈夫だと思うけど……お願いだから斬りかからないでね」
ユメニアは初めて会ったときの失態を思い出したのか、誤魔化すように笑った。
「おじいちゃん、こんにちは」
「おぉ、魔王様。こんにちは」
おじいちゃんのもとに転移すると、いつものように丸まって海を見ていたおじいちゃんが顔を上げた。
「おじいちゃん、わたしのことは分かる?」
ユメニアがおじいちゃんの顔の真ん前で、よく見えるように仁王立ちしている。魔王である私以外の言葉はおじいちゃんはわからないので、ユメニアの質問をおじいちゃんに伝えてあげる。
「ユメニア」
ユメニアはおじいちゃんの言葉にぱーっと顔を明るくして、おじいちゃんの首に抱きついていた。
おじいちゃんは、私以外は『小さいの』とひとくくりで呼んでいたため、ユメニアはなかなか名前を覚えてもらえず、ずいぶん長い間、名前を覚えてもらうのに苦労していた。
ユメニアはおじいちゃんの首に抱きついたまま、翼を広げて、おじいちゃんの頭の上に移動した。そのまま、おじいちゃんの頭から出ている2本の角を持って、おじいちゃんの頭の上に座る。あっ、いいな。
おじいちゃんはユメニアを遊んであげるように、首を大きく動かしていた。ユメニアの明るい笑い声が聞こえる。
「おじいちゃん、今日は体調どう? 魚採りに行く?」
私が声を掛けるとおじいちゃんがユメニアを頭に乗せたまま、ゆっくり立ち上がった。
「行く。いつも、ありがとう」
「いいよいいよ別に。じゃぁ、おじいちゃんちょっと待ってて。先に探してくるよ」
ユメニアの側に転移すると、ユメニアが立ち上がってこちらに手を伸ばした。
「魔王様、行こう」
「ああ」
ユメニアの手を掴んで、遠い、遠い海の上に転移した。
空に転移すると、慣れた様子でユメニアが飛べない私を抱えてくれた。二人で、見渡す限りに広がる海を見下ろす。
「いないな」
「いないね」
おじいちゃんの食料である、大きな魚の姿は見えない。しばらくその場に留まったけれど、海は静まりかえっていた。
「うん。別の場所に行こう」
「魔王様。あっちから暖かい風が来る。あっちに行こう」
ユメニアが指さした方角に転移する。はじめの頃はしらみつぶしに探していたけれど、最近はユメニアがコツを掴んできたようで、ユメニアの指示に従うと見つかるのが早くなった。
2回、ユメニアの指示通り転移する。
「いたー!」
海から勢いよく潮が吹き上がっている。上空から見てもわかる、大きなものが海の中を泳いでいるのが見えた。
「魔王様。早く早く」
ユメニアに急かされて、おじいちゃんのもとに転移する。
「おじいちゃん、いたよ!」
ユメニアが声を掛けると、おじいちゃんが大きく翼を広げて羽ばたき始めた。翼に巻き込まれないように、おじいちゃんの首の付け根に転移する。
おじいちゃんの足が地面から離れるのが見えた。
「じゃあ、行くよ!」
巻き上がる風に負けないように大声を上げて、おじいちゃんに触れて、再びさっきの大海原に転移した。
「まだ居る。よかった!」
横からユメニアの声が聞こえる。おじいちゃんはすでに、大きな魚の影まで、落下するように急降下していた。
おじいちゃんが頭から海に突っ込むと、静かだった海にドンッと巨大な水柱が上がった。巨大な水柱を中心に、円状に大きな波が遙か彼方まで伝わっていく。ユメニアに抱えられて、水中に影だけ見えるおじいちゃんの姿をハラハラしながら見守る。
再び大きな音がして、水中からおじいちゃんが出てきた。足に大きな魚を掴んでいる。おじいちゃんがこちらを見上げたので、手を振ってからおじいちゃんの足の近く転移して、魚ごと連れて陸に転移した。
陸に降ろしたとたん、ばたばたと暴れる魚に巻き込まれないように、転移で距離を取る。海の上に置いてきたユメニアを拾って戻ると、魚は力尽きたのか、静かに横たわっていた。
おじいちゃんは、魚の横で翼をだらんと広げて、痛みをこらえるように静かに目をつぶっている。
「おじいちゃん、痛む……?」
ユメニアがおじいちゃんの側に移動して、おじいちゃんを心配そうに見上げている。
「……大丈夫」
ユメニアの言葉はわからないはずなのに、分かっているようにおじいちゃんは答えた。でも、その言葉が嘘であることは、おじいちゃんの様子を見れば誰にだってわかった。
おじいちゃんの左の翼は、付け根の部分が根元から半分くらいばっさりと切れている。遠い昔に、勇者に聖剣で斬られたそうだ。ちぎれかかった翼で、おじいちゃんの重い体を支えられるわけがなく、おじいちゃんは極力飛ばずにすむように、いつも山に寄り添うように丸まって眠っていた。
私たちは,狩りのときにおじいちゃんができるだけ飛ばなくて済むように手伝っている。おじいちゃんは、私たちが手伝ってくれるようになってから随分楽になったと言ってくれているし、少しだけ元気になったように見える。
けれども、丸まって眠っているおじいちゃんを見ていると、本当に息をしているのか、思わずお腹のあたりの動きを確認してしまう。
何百年、何千年も先かもしれない――それでも、おじいちゃんからは死の気配がした。
ユメニアと並んで座って、おじいちゃんが動けるようになるまで待つ。ユメニアはおじいちゃんを心配しながら、気を紛らわせるように、最近猫人族たちと何をして遊んでいるのかを報告してくれた。
「魔王様、ユメニア。ありがとう」
頭上から声が聞こえて顔を上げると、おじいちゃんがいつものように優しい目でこちらを見下ろしていた。
「うん。どういたしまして」
おじいちゃんはこれからお食事だ。私たちは邪魔にならないように退散しよう。
「おじいちゃん、また遊ぼうね」
明るく笑うユメニアを連れて、悪魔族の村に戻った。




