23話 魔王、ワイバーンを退治する
パメラが部屋の掃除をしてくれている。私は邪魔をしないように、大人しく机に向かって、人族領で新しく見つけたものについて整理するために、紙にまとめていた。
「パメラ。そう言えば人族って、どこで肉を調達するの? 王都の周りって、空から見た感じあんまり動物いないんだよね」
「王都ではどうかは分かりませんが、家畜として動物を育てていますので、それを食べます」
「それもそうか」
当たり前だったはずのことに納得する。最近、人としての常識を忘れてきた。
魔族領には、大型の動物というか、魔法も少し使える魔獣が多く、大きさに比例するようにそれなりに強い。けれども、どんな魔獣であっても我が魔王城の人員の敵ではない(私は除く)。それをちょちょいと狩ってくれば、その日の肉の調達は完了だ。
「肉の調達は大変だけど、人族領に大型の魔獣が少なくてよかったね。人族にとっては、倒すの大変でしょー?」
私が軽く思いついたことを言うと、パメラの顔色がさっと変わった。
うん。パメラのこの顔にはだんだん慣れてきた。さぁ、今度は何が出てくるんだろうか。
「えっと、パメラ。怒らないから、今何を考えたのか言ってみて」
恐ろしく見えないように、普段通りを心がけて「ね?」と軽く笑いかける。パメラは、両手でしっかり握りしめていたはたきをテーブルの上に置いて、ゆっくりとこちらに近づいてきた。表情は固いけれど、私から恐怖心を感じている訳ではなさそうだ。
「……魔王様。人族領にいる魔獣は……魔王様が放った訳ではないのですよね?」
またこれか……人族から見た魔王の評判の悪さに、呆れてものも言えない。
「パメラ。ゴブリンのときも言ったと思うけれど、違うよ。魔獣は魔族とは違う。魔族はそれなりに私の言うことを聞いてくれるけど、魔獣は私の言うことを聞くどころか、こちらに攻撃をしてくるからね」
魔族から見た魔獣は『話の通じない生き物』で、自分たちとは明らかに違うと認識しているけれど、人族からこちら側を見れば魔獣も魔族も『人族以外』という分類でひと括りなのだろう。
「と言うことは、魔獣の被害は『魔族からの被害』ということか……パメラ、人族領で被害の多い魔獣は?」
私が問いかけると、パメラは思い詰めたような顔をして、私から目を逸らした。「パメラ?」と、もう一度聞くと、パメラは重たげに口を開いた。
「ワイバーン、です……」
「ワイバーン? 空を飛ぶやつだよね?」
「はい。私の村は被害にあったことはないのですが、中央山脈から、時折飛んできて町を襲います。ギルドや町の守備兵が戦ってくれるのですが、一匹一匹が強いらしく、100年程前、群れで飛んできたときは、町一つが全滅したと聞いたことがあります」
「そっか。わかった」
私がそう言って立ち上がると、
「待ってください!」
パメラがまっすぐこちらを見た。
「お願いですから……人族の代わりに、怪我をしないでください!」
心配した顔で、私に向かって放たれる言葉に、ゴブリンで怪我をしたあの件はパメラにもばれていたのかと苦笑した。
「わかった。わかったからそんな顔をしないでくれ。マーシェに怒られる」
気恥ずかしくなって、そう誤魔化して、「じゃあ、行ってくるよ」と言葉だけを置いて、私は転移した。
「イスカ、今からワイバーンに会いに行こうと思うんだけど」
「中央山脈にですか?」
剣の素振りをしていたイスカが、やけに驚いた顔をしている。
「うん」
「では、装備を整えて参ります。魔王様、逃げるだけなら私だけでも大丈夫ですが、倒されますか?」
「襲ってきたら倒すかな?」
「では、悪魔族をもう数人連れて行った方がよろしいでしょう」
イスカはそう言って、装備を取りに、自分の部屋に行ってしまった。
「今から大きな鳥を見に行くか」くらいの軽々しい気持ちだったけれど、あのイスカが警戒するほど強いのか……イスカに言われたとおり、悪魔族に手伝ってもらおう。
悪魔族の村に行くと、案の定悪魔族に盛大に絡まれた。けれども、今回来た目的であるワイバーンを倒しに行くことを伝えると、大はしゃぎで誰が行くか『ジャンケン』大会が始まった。時間がかかりそうなので、この間にイスカを迎えに行こう。
格好良く装備を固めたイスカと並んで、勝者が決まるのを待つ。ユメニアは早々に負けてしまっていて、少し安心した。やっと決まった勝者に、今日はちゃんと防具を着けるように指示して、防具を着けさせる。
連れて行くのは、イスカも含め悪魔族4人だ。一度に2人しか運べないので、その中で一番強いイスカとアメニアだけを先に送る。
「じゃあ、行くよ」
むっすりした様子のユメニアに見送られ、イスカとアメニアの手を掴んで中央山脈まで転移した。
「魔王様、もう少し先へ。あの一本だけ高い木の辺りでお願いします」
空に転移すると、慣れた様子でイスカが転移先の修正を指示した。「了解」と、ぽつんと立つ背の高い木の近くまで転移する。
「村に戻って、あとの二人を連れてくるよ」
悪魔族の村に戻って、残りの2人を探してみたが、さっき居たはずなのにもう居ない。どこに行ったんだと探していると、上空から声を掛けられた。2人が降りてくるのを待つ。
「イスカたちが待ってるから、行くよ」
2人の手を持って、さっきの木のところまで転移した。
その瞬間、
「あ。やば」
斜め上の方角にワイバーンがいて、まっすぐ私を見ていた。口に何かをためるような動作をして、素早くこちらにはき出す。
その間1秒も経っていない。再転移はできない。
「あぁ私死んだな」とか考える暇もなく、はき出された直径1メートルくらいの火の玉が私に直撃した。
「魔王様!」
イスカの叫ぶ声が聞こえる。続いてどさっと大きな何かが地面に落ちる音がした。
「魔王様、魔王様!」
イスカが上空からまっすぐこちらに飛んでくるのが見えた。そうだ、見えている!
「あれ。私死んでない?」
変に落ち着いてステータスを確認すると、ただいまの私のHPは490だ。HPは10しか減っていなかった。魔法防御50しかないのに? ワイバーンの魔法攻撃が弱かったのかな……そんなことを考えていると、イスカに捕まった。
「魔王様、大丈夫ですか!」
「大丈夫だ」
私がそう答えると、イスカは私の近くに突っ立っていた2人の悪魔族に、文字通り斬りかかった。
「イスカ待って、待って!」
必死に割り込むと、イスカはようやく剣を収めてくれた。
「貴様ら、あとで鍛え直しだ」
イスカの鬼のような剣幕に、怒られた2人の悪魔族は震え上がっていた。
「魔王様。当たっていたけれど大丈夫?」
アメニアも空から降りてくる。
「うん」
そう返事をして息を吐いて周囲を見ると、ワイバーンらしき物体が3匹、首を切り落とされて転がっていた。で、でかい……せいぜいダチョウくらいの大きさかなと思っていたけれど、小型の飛行機くらいはあった。
「魔王様、来たわ」
ワイバーンを十分に観察する余裕もなく、アメニアが上空を見上げて声を上げた。続いて「お前ら、行け! 怪我はするなよ」と鬼将軍が2人の悪魔族の尻を蹴り上げる。2人の悪魔族はイスカから逃げるかのように、ワイバーンのもとへと飛んでいった。
「イスカ、ワイバーンの近くに連れてってもらって良い? もう少し近くで見たいんだ」
ここからではワイバーンのステータスが見えない。転移で飛んでいってもいいけれど、さっきの二の舞になる可能性がある。
「わかりました。じっとしていてくださいね」
イスカが慣れた様子で私の腰を抱えて、宙に上がった。そのまま、まっすぐ悪魔族と戦っている一匹のワイバーンのところに向かう。
「イスカ、止まって……えっ、強!」
名前: (なし)
種族: ワイバーン
スキル: 火耐性 Lv50, 火魔法Lv 17、雷耐性Lv12、
HP: 1720
MP: 218
攻撃: 1293
防御: 691
魔法攻撃: 1071
魔法防御: 526
ワイバーンのステータスが見えた。ステータスは見えたけど、思わず声に出てしまった。なんだこのステータス。人族はおろか、その辺の魔族よりよっぽど強いぞ。
こんなのに襲われたら、人族の町一つくらい余裕で滅ぶな……
ワイバーンと戦っている悪魔族は、はじめはイスカにびびっていたのか腰が引けていたけど、今は調子よさそうに笑顔で戦っている。ワイバーンの体の大きさを活かした突撃を、直前でひょいと器用に避けている。悪魔族がワイバーンの後ろをとって、黒い槍が綺麗に回ってワイバーンの首がはね飛んだ。さすがだな。
「魔王様! 見たー?」
「戦闘中に、よそ見をするな!」
こちらに笑顔で手を振る悪魔族が、イスカにまた怒られていた。
飛ぶことができて、なおかつステータスも高い悪魔族はワイバーンを簡単に倒しているけれど、他の魔族は倒すのが大変だろうな。魔法で倒そうにも、ワイバーンは使用者の多い、火魔法に耐性がLv50もある。
耐性?
ふと、自分のステータスを確認する。私のスキル欄には魔耐性 Lv99と四属耐性 Lv50というものがある。自分は『弱い』という認識だったので、一度見ただけで気にしたことがなかったけれど、四属耐性とは火・水・雷・風の四属性の耐性が集まったものではないのだろうか? ということは、私には魔法攻撃が利きにくいのか!
今日やっと気がついた。
さっきのワイバーンのステータスは魔法攻撃1000くらい、火魔法スキルLv17だった。同じ個体ではないけれど、別のワイバーンの火の玉一発でHPの減少が10か……私のHP500すべてが一度に吹き飛ぶのは、どのくらいの魔法攻撃になるのだろうか?
結局試せないので、これまで通り『攻撃は受ければ死ぬ』と考えておこう。
そのあとも、その場に留まっていると数匹のワイバーンが、こちらに戦いを挑んできた。
それも倒すと、ワイバーンたちが遠巻きに見ているだけで、こちらに襲いかかってこなくなった。イスカと転移で間合いを詰めてステータスを見ると、さっき戦ったのと比べてステータスが半分くらいしかない。体格も小さい気がする。悪魔族にかなわないと見て戦いを止めたのではなく、弱い個体だけが残ったのか……
「帰ろうか」
「こいつらは残して帰ってしまっても、いいのですか?」
イスカの声に、私たちから必死に逃げようとするワイバーンたちを見る。
「好戦的な個体はもう倒した。さすがにワイバーンは、一気に増えたりはしないだろうから、しばらくはこのままでいいだろう」
人族は魔獣からの被害を、魔族のせいだと思っている。そして、ワイバーンたちは人族の手に負えないくらい強い。だから今日は、私たちに向かってきた好戦的なワイバーンを倒した。
ワイバーンたちを、魔獣たちをすべて殺せばいいのだろうか。そうすれば平和になるのだろうか……?
人族が魔獣から被害を受けていたとしても、そんなことをする訳にはいかないことはわかっていた。では私は――どうすればいいのだろうか。
手伝ってくれた悪魔族を村に送り届けたあとも、その問いかけを、一人自分の部屋で考えていた。




